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80・気配
しおりを挟むそして、その夜。
夕食後、私は部屋でお湯を使い、しばらく1人でくつろいでいた。
その時、わずかに視界が揺らぎ、例の気配を感じた。一瞬はっとしたけれど、こちらが動揺したら、もしかすると相手に悟られるかもしれない。そう思って出来るだけ冷静にと自分に言い聞かせ、次の気配を待った。でも特殊魔法の気配はその一度きり、他には何も感じられなかった。
しばらく様子を見て、私はサロンへ降りて行った。サロンにはまだ4人が揃っていて、カインとウェインはお酒を飲んでいた。
「どうしたんだ、ミア?」
「実は、今……」
グリフが私を火のそばに座らせて、温かいお茶を持ってきてくれた。そんなに動揺していたつもりはなかったのに、そう見えたのだろうか。
「気配は一度だけなんだね。距離とか方向とか、なにか分かる?」
温かい飲み物を一口飲んで、やはり身体が強ばっていたことに気づいた。グリフに感謝しつつ、さっきのことを思い出してみる。
「距離は、あまり近くない、と思う。方向は……南、ううん、南西……その辺りだと」
「ここからその方角だと、町の中なら宿屋が多い辺りか、酒場や娼館が固まってる辺り。もっと遠くなら、セフの森。どっちが近そう?」
エリスが的確に導いてくれるおかげで、漠然とした気配だと思っていたのに、いくらか記憶をはっきりさせることが出来た。
「たぶん、町の中だと思う。少なくとも、セフの森からここまでは気配は伝わらないと思うから」
「逆にもう少し近いと……、王宮の一部と、騎士団の宿舎もあるぞ?」
ウェインの言葉に、私は首をかしげ、少し考えて答える。
「王宮は、ないと思う……。騎士団宿舎は、距離だけ考えると迷うけど……でもまさか?」
「まあ、女騎士も3割くらいはいるけどな」
でも、騎士は魔力を持たないし、部外者が簡単に入れるところでもない。やはり宿舎は考えないことにした。
カインが王都の地図を広げた。
町の中心、やや北寄りを王宮が占め、その周りに騎士団や文官、王宮関係者の住まいや建物が置かれている。一番南に町の門、北側にも門があるけれどそちらは日中しか開けられていない。
南門を入ると王宮へまっすぐ続くメインストリートで、南側の門に近いほうには土産物店や商人向けの手ごろな宿と飲食店。王宮に近いほうには高級な宿に王宮御用達のような高級店が立ち並ぶ。
メインストリートを一本はいると、東側には大きな市場があり、地元向けの日用品や食料品店、町の人たちの家がある。そして問題の西側が、メインストリートには相応しいとは言えない、やや場末といった雰囲気の安宿と安直な食べ物を売る屋台が並び、その奥は酒場に娼館といった、いわゆる歓楽街になっている。
ちなみに王宮の北側には、鍛冶屋や製材、宝飾品や武器防具などの工房が構えられている。
「すると、この辺りだな」
地図を指さして、4人が話し合う。
「そうか、一番人が多いというか、紛れ込み易いところだな」
「そうだね、知らない顔がいても気にならないところだ。ここじゃ、怪しい奴を見なかったか、って聞いても分からないだろうね」
「鏡見ろよ、って返ってくるからな、ほんとに」
「この時間に行っても見つけられる訳がないし、ましてミアを連れて行ける時間じゃない。報告も明日でいいだろう。ミア、もしまた気配を感じたら言ってくれ」
カインの判断でその夜はそこで解散とし、翌朝陛下に報告することになった。
翌朝、カインは一番に陛下に面会の願いを出した。勇者であるカインの願いは当然受け入れられ、私はカインと一緒に陛下に報告に行った。
やはり安宿や歓楽街を中心にした区域では、顔も体つきもまったく分からない者を探すのは絶望的だ。
「騎士団を巡回させたとて、彼らにも捕えることは不可能だろう」
陛下は最近また、苦虫を嚙み潰したようなお顔が定着してしまったようだ。
「むしろ魔導師を巡回させて、常に魔力を探ったほうがましなのではないですか?」
カインが思いがけないことを言い出した。確かに、特殊魔法の気配は分からなくとも、そこそこの魔力を持つ者を探し出すことは出来るだろう。
「しかし、魔導師がぞろぞろと歓楽街を歩いたりすれば、何かあったと知らせるようなものだ。と言って、まさか嫁入り前の娘をうろつかせる訳にも……」
陛下はそう言って、私をちらりと見る。とたんにカインが声をあげた。
「陛下。そのようなことはいくらなんでも……!」
「落ち着け、カイン。まさか、と言ったであろう。だいたい、誰が見ても一目で『魔導師ミア』だと分かるわ」
カインは口を噤んで頭を下げた。
その時、廊下を慌しくやってくる気配がした。しばらくすると、次の間に控えていた侍従長が静かに入室して、
「陛下、急ぎの知らせでございます」
と言って恭しく書類を差し出した。陛下は話を中断して書類に目を通し、驚愕したような表情を浮かべた。けれど、
「追って指示を出す。ひとまず待て」
そう言って侍従長を外に出した。
そして疲れたように笑い、私達に書類を差し出した。
「カイン、ミア。また異常発生が起きた。これをどうみる?」
「―――!?」
カインと私は、陛下と同じように疲れた目を見かわして、小さくため息をついた。
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