魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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96・新たな発見 下

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「ええ、名前はシーラと名乗りましたよ。歳は16だと。おっしゃるとおり、父親が帰らないから探しに来たと言ってました」
質素な宿の主夫婦は、私達の訪れに目を丸くして話してくれた。毎日町に出て父親を探していた、と。名前はまた変わっていたけれど、特徴はカナで間違いない。
「3日前の昼頃でした。急に戻ってきて、『ほかの町で父に会った人がいたので、そこへ行ってみる』と言って部屋を引き払ったんです。あの子にしては慌てて荷物をまとめて、すぐに出ていきました」

 声こそ出さなかったけれど、私は思わずカインと目を合わせた。3日前の昼頃というと、まさに秘薬が完成したときではないか。
「あの、お願いがあるのですが……」
私は宿の主に願って、カナが使っていた部屋に入らせてもらった。幸いカナの泊まった後、部屋はまだ空いていた。
「何か分かったのか、ミア?」
何も感じられない。これは逆に、何も残していかなかったということだ。主夫婦の前なので頷くだけに留め、私達はその宿を後にした。


「どうだった、ミア?」
館に戻って、カインが聞いた。
「うん、部屋が完全に清めてあった。あれは、魔導師クラスの魔力がないと出来ない。やっぱりソフィアで間違いないと思う」
全員が頷いた。
「やっぱり、秘薬に感づいて逃げたんだと思うか?」
「秘薬の存在自体は知らないと思うけど。ソフィアくらいだと、完成した瞬間の気配を感じ取って、何か不安に思ったのかも」

 ということは、ソフィアは今、おそらく王都にはいないと思われる。
「戻ってくる気かな」
「ああ。あいつの目的は今も嬢ちゃんだ。……と言ってももう執念だけで、先の事なんか考えられなくなってるんだろう」
グリフが私の肩に手を置いた。
「だよな。まともな判断力が残ってりゃ、ミアなんか諦めてこのまま逃げるしかないはずだよ」
カインはいつかの私の言葉を思い出したのだろう、大きく息を吐いた。


「それなら……、王都の門で、ソフィアが戻って来るのを待ち伏せればいいんじゃない?」
「それはそうだが……、カナの人相が正確でない以上、ミアの魔力に頼るしかないぞ?」
開門から閉門まで、14時間。しかも今日か明日かもわからない。
「長官に、信頼できる魔導師を何人か出してもらおうか?」
「いや、それなんだけど。ウェイン、いっそのことショーン師に頼めねぇか? 王宮の魔導師より、断然信頼できると思うんだが」」






 翌朝6時、王都モルシェーンの町の門が開く。開門と同時に動き出すのは、旅人を乗せた馬車に、森へ狩りや採集に行く人々。そして巡回に出てゆく騎士達……。外から入ってくる人は、まだほとんどいない。ごく稀に、閉門に間に合わず野宿になった強者(つわもの)がいるくらいだ。
 朝靄の中行きかう人々を、門番を担当する騎士たちが見守っていた。

 門の左右には2階建ての細長い建物があり、倉庫として使われている。その一番端の一画に、エリスと私で潜り込んでいた。
 この建物は有事の際には防塞兼物見としても使うよう想定されているので、小さな窓がいくつか空けてあり、門全体を見渡せるようになっている。

「ミア、まだ外から来るには早いから。もう少しゆっくりしていていいよ」
エリスがこちらを見て言ってくれるけれど、実はエリスには、私が見えていない。いつかルカ様の館で使っていたのと同じような、封の術を施した布をすっぽり被っているからだ。
「それにしてもすごい布だね。本当に見えないよ」
「そう? なら良かったけど」
「声は聞こえるんだね」

 昨日の話し合いで、ソフィアがまた戻ってくるのをここで待ち受けることになり、急いで布を用意した。ソフィアが門を通る際に、私の気配や魔力に気付かれては元も子もないからだ。姿だけでなく、そういうものも封じるように作ったので、長官様に実験台になっていただいたときは、魔力を探っても気付かれなかった。私が加減すれば声は届けられるし、触れれば感触はある。ここにいる間は被っているつもりだ。
「午後にはウェインがショーン師を連れてきてくれるって言ってたから、少しは休めるよ」
「うん、ありがとう。でも今日のところは大丈夫」


 2時間ほどたつと、近くの村や町からの馬車が門を通るようになってきた。馬車は門を通過する際、中を検めるきまりだ。中がすべて見える訳ではないけれど、エリスが窓から確認し、私はひそかに魔力を探る。他にも徒歩や馬で通る人も、だんだん増えてきているけれど、今のところ怪しい気配はなかった。

 ふと、門の向こうから、大きな魔力の気配が近づいてくるのを感じた。もちろんソフィアとは限らないのだが、確認するまでは気を緩められない。私はエリスに合図を送った。エリスは窓に張り付いて目をこらす。
 次第に近づく気配はかなり大きくて、相当魔力が高いだろうと思われた。私は緊張して手を握りしめていたけれど、突然、あることに気がついた。
「エリス、これ……ショーン様」
そう、ウェインが迎えに行ったショーン様の魔力だ。窓からも見えたらしく、エリスも笑った。

 ウェインと共に見張り部屋に入って来たショーン様は、私の纏う布を見て感心した。
「なるほど、道理でほとんど分からなかった筈だね。それなら大丈夫だろう」
今日は夕方から閉門までを、ショーン様が担当して下さることになった。
「じゃ、館で詳しい説明と、腹ごしらえさせてからまた来るぜ」
ウェインがそう言って、ショーン様と出ていった。
 結局その日はソフィアは現れず、ショーン様は館に泊まって皆と飲み交わしていた。



 ◆◇◆

 王都モルシェーンから半日ほどのところにある、ヨルンの町。以前フェンリルが出て、ミア達一行が討伐にきたこともある。歴史のある古い町並みは有名だが、古いだけあって外れの方には空き家や廃屋も点在する。

 そのうちの比較的新しい一軒の家に、明かりが灯っていた。ルカやミアならば分かっただろうが、強力な術によって、外からは見えないようにされていた。
 そして家の中も、外からは想像もつかないほど居心地の良い部屋になっている。

 長椅子にいるのはシーラ……ソフィアだ。栗色の髪を下ろし、シルクのドレスに身を包んで、ワインを口に運ぶ。
 が……、ふいに舌打ちをし、ワインのグラスをテーブルに戻した。手荒く扱われたグラスが音をたてる。
 ―――ワインすら飲めないなんて。
 15歳のシーラの味覚は、ワインを受け付けないようだった。
 本人は気づいているのかどうか、着ているシルクのドレスも、シーラの身体に合っていない。子供が大人の服を着たようで、雰囲気もサイズさえもそぐわない。
 ―――やはりこんな身体ではだめだ。私に相応しくない。
 ……そして思うのは、あのとき逃がした獲物。

 百年以上も王宮で暮らし、突然追われる生活になったのが原因か。それとも何度も乗り移ることを繰り返したからか。本当の理由は誰にも分からない。だが確かにソフィアの精神は、微妙にバランスを崩しかけていた。
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