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4・襲撃

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 あのパーティーから十日ばかり経ったある日、パメラはロドリゴに従って街へ出た。

 腿にナイフを身につけるために、大胆なスリットの入ったスカートがトレードマークのパメラだ。だが、昼のことでもあり、金融街にほど近い場所でもあることから、あまり露出のたかいドレスはふさわしくない。今日は他にも部下もいることで、パメラは男仕立てのジャケットを着こみ、腰とブーツにナイフを仕込んだ。

 ここのところ挙動が怪しかった人物に、コルデラーラと敵対する組織とのつながりが浮かんだ。これは早めに手を打ち、なんなら少しばかり痛い目に遭わせておかなくてはならない。コルデラーラの利益だけでなく、街を二分するような抗争は、住民も望んでいないはずだ。

 ロドリゴが自ら乗り込んだためか、その人物―――セイラー氏は意外にあっけなく折れ、詫び金まで差し出した。いくらか拍子抜けした感もあるが、それを受け入れて新たな誓約書を書かせ、セイラー氏のオフィスを出る。

 ところが、車に乗り込もうとした一行を、意外な声が呼び止めた。

「ロドリゴ様」
「あんた……!」

 いつかと同じような色合いのワンピースに身を包んだ、メルヴィル家のマーガレットだ。化粧をしていない分、今日はさらに子供っぽく見える。

「こんにちは、ロドリゴ様」

 ロドリゴはちらりと視線を向けたが、もう答えない。部下たちがすぐに進み出て、ロドリゴを取り囲んだ。許可なく近づくものには、女だろうが子供であろうが、そうすることになっている。
 マーガレットは屈強な男たちに見下ろされて、さすがに少し怯んだようだ。それでもあまりこだわる様子もなく、首をかしげて問いかける。

「今日は、そちらの女性にお話があるの。ロドリゴ様、少しだけこの方を貸してくださらない?」
「……はあ?」

 ―――この小娘、馬鹿なの?

 パメラはついそんなことを考えた。おそらくメルヴィル家のことだ、さぞやきつく叱られただろう。それがこともあろうに「愛人」の自分と話したいだなんて、いったい何を考えているのか。いっそ無視して車に乗り込んでしまいたかったが、ロドリゴは軽く肩をすくめただけだった。パメラにはそれが「行ってこい」の意味だと分かる。
 こんな娘のために任務から離れたくないので、パメラはマーガレットに顎をしゃくり、すぐ近くの路地の入口まで歩いて行った。そこからならボスの姿が目に入る。

「で、なに? 往来で呼び止めるなんて、メルヴィル一族のお嬢ちゃんにしては、ずいぶん無作法な真似をするじゃないの」
「ひとを顎で示すのも失礼だと、お母様に教わりませんでしたか?」
「あいにく、お母様なんてものには縁がなかったの。……で、何かしら?」

 小娘に言い返され、パメラは苛立たしげに目を細めた。マーガレットはそんなパメラをきっと正面から見つめる。

「お兄様に、貴女がロドリゴ様の愛人なのだとお聞きしました。……本当なのですか」
「そうよ。それが何?」

 すると目の前の娘は、信じられないといった顔をした。

「やっぱり……! そんな、なんてお可哀そうな方……」
「はあっ?」

 つい大きな声をあげてしまい、ボスの周りの手下たちがちらりとこちらを見た。マーガレットは人目も気にせず、目を潤ませている。

「貴女はあの方の、どこが気に入らないと言うんですの ? ロドリゴ様は、あんなに強くて素敵なのに」
「……はい?」

 パメラにはもう、何を言っているのか分からない。

「でも大丈夫、私が貴女を解放して差し上げますわ。私がロドリゴ様の妻になりますから、どうぞ貴女に合った方と、結婚なさってください」
「……えーと」

 思わず頭を抱えたくなった。この娘の頭の中は、いったいどうなっているのか。それとも箱入りで育つと、こういう思考回路が出来上がるのか。どちらにしてもこの子は、父や兄の言ったことなど微塵も理解していないらしい。
 呆れを通り越して憐みすら浮かんだその時、ふと違和感を感じた。むろんマーガレットにではなく、遠目にも注意を逸らさなかった、ボスの車のほうだ。はっと視線を向けると、すぐ横の二階の窓から、男が銃を構えている。

「セナート!」

 ナイフを投げると同時に、鋭く叫ぶ。鈍い音をたてて、男が落ちた。さすがに余裕がないので、急所を狙ったから仕方ない。

「きゃあっ!?」

 マーガレットが派手な悲鳴をあげ、あろうことかパメラにしがみついた。舌打ちしながらその手を引きはがそうとしていると、物陰から飛びだす複数の影。さらに通りの向こうにも、銃を構えた男が見えた。

「せナート、後ろだ! ―――こら、離しなさい!」
「いやあああ! 怖い、怖い! 助けてよぉ!」

 マーガレットは死にものぐるいでしがみつき、さすがのパメラもてこずった。やっと両手を掴んだところで―――続けて響き渡る銃声。ロドリゴが崩れ落ちた。数人の部下が、その上に覆いかぶさるように駆け寄る。

「ボス!?」

 低い叫びは、自分の口から出たとは思えなかった。次の瞬間、パメラはマーガレットを突き飛ばした。

「邪魔をするな!!」

 駆け寄ったパメラは、かすれた声で呼びかけた。ナイフを握るその手が震えているのに、その場の誰が気付いただろう。どうやら呼吸のしかたを忘れたようで、胸が痛い。誤って自分を刺しただろうか。こんなことは生まれて初めてだ。

「……ボス」

 膝がくだけそうになったその時、思いがけずしっかりした声が聞こえた。

「大丈夫だ」
「あ……」

 弾除けに覆いかぶさった部下が退くと、落ち着いた表情のロドリゴが顔を出す。肩を押さえた手の下から、わずかに血が滲んでいるが、それだけのようだ。

「ご無事で……!」
「掠っただけだ」

 パメラは安堵のあまり、不覚にも泣きそうになった。指先ばかりか身体中が震え、今度こそ立てなくなるかと思った。
 だがセナートが二人目の男を捕らえて引きずってきたのを見て、きっと表情を引き締める。さっきの二発目の銃声は、セナートのようだ。気を抜いている場合ではない。ジャケットのなかで銃をかまえ、ロドリゴの前に立って油断なく視線を走らせた。やはり距離では銃に敵わない。街ではナイフの遣い手として知られたパメラだが、決して銃だとて劣るわけではない。

 騒ぎが終結したのは、それから間もなくのことだった。


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