何も持たない僕の話

東風花

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魔術師達の宴

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「いよいよダメかもしれねぇ」

 僕の目の前に立つ大男が、神妙な顔で言った。それは、魔術師の塔と呼ばれるこの建物内を案内されているときだった。魔術師の塔と呼ばれているが、その建造物は塔だけでできているわけではなく、回廊のあるお屋敷とシンボルである、あの大きな塔がくっついていた。
 そして、ちょうど、あまり手入れのされていない中庭に面した回廊を歩いてる時に、その大男に声をかけられたのだ。

「どうゆうことです?」

 少年の問いに、大男はいよいよ険しい顔つきになり、答えた。

「キューイ将軍が討たれた」

「え!」

「精鋭部隊はまだ無事だが、もう時間の問題だろう」

「僕たちも戦に出るんですか?」

「お呼びがかかれば、だが、それもいよいよだ」

 なにか、あまり状況は芳しくないらしい。だが、大男は不安で顔を曇らせている少年の肩をたたき、にこやかに言う。

「と言うわけで、これから宴会だ。最後の晩餐だよ」

 宴会? こんな時に?
 大男と目が合う。

「その子か、朝の集会で言ってた子は」

 少年は、頷いた。

「そうなんです。彼には彼の思うように生きられるようにできるだけサポートしたいと思っているんです」

「おう、そうしてやれ。俺もできることは協力するからよ。んじゃ、宴会の準備に行ってくるわ。後で二人も来いよ」

「はい」

 大男は、僕たちを呼び止めた時とは打って変わった満面の笑みで去っていった。
 一体、何だって言うのだろう?
 もうすぐ、この国は終わるんだろ?
 それも、本当にいよいよそこまで差し迫っているんだろう?
 ふと、少年の方に目を移すと、少年も先ほどはあんなに不安で顔を曇らせていたのに、もう笑顔になっている。そして、のんきそうな声でこう言うのだ。

「楽しみですねぇ」

 分からない。
 どうあっても、そのオーダナっていう国の支配下に置かれたくはないのじゃなかったっけ?
 だから、戦争をしているんだろう?
 なのに、この状況で宴会が楽しみって?

 この人たちは、僕や元居た世界とは全く違う思想を持っているのかもしれない。

 僕が、少年に連れられて宴会場についたとき、魔術師達はすでに出来上がっていた。

 酒を酌み交わし、ごちそうを食べ、誰もが笑顔で語らっていた。
 カラ元気なのかもしれないと、一瞬は思った。終わりゆく国のことを憂いていても、現状に変化はないのだったら、いっそ、笑い飛ばそうと彼らはしているのではないかと思ったのだ。
 だが、よくよく観察していると、どうにも本気でその場を楽しんでいるように見えるのだ。

「どうだー! 飲んでるか? お? なんだ一口も飲んでないじゃないか? おい、ちゃんと、勧めてやれよ!」

 僕の元に、さっきの大男がやって来てそう言った。背中を強かに叩かれた少年は、痛みで顔をゆがめる。

「ええ、僕もさっきから勧めているんですけど、どうも彼、飲めないようで」

「の、飲めない? 酒がか?」

 大男は、目を丸くして驚いている。さっき、僕が少年にお酒は飲めないと説明したときも、少年は同じように驚いていた。この世界には、お酒が飲めない人はいないということだろうか?

「あ、あの、そもそも、その、僕、み、未成年で」

 我ながら情けなくなるような、蚊の鳴く声で僕は、そう呟いた。

「み、みせいねん?」

 大男は首をかしげる。少年は頷く。

「彼、さっきからずっと、僕はミセイネンデって言うんですけど、それってどういう意味なんですか?」

「え? え? あの、成人していない者のことを指す、言葉で……その」

「せいじん?」

 大男と、少年は声を合わせて首を傾げた。

「え?」

 この世界には、成人と言う概念もないのだろうか?
 それとも、この国だけか?
 僕はしどろもどろと説明をする。

「あの、まだ、人としては、半人前とされる年齢の間に、その、お酒を飲むことは法律で禁止されてます」

「そ、そんなこと、法律で決めてるのか!?」

 大男が、大声で驚く。僕は、少しビビりながらも、頷いた。少年が、憐みの目を向けてくる。

「あなたの元いた国はずいぶんと、堅苦しいんですね。まるで、オーダナのようですね」

「ま、とにかく、この国にはそんな法律ないから、好きな物飲んで好きなもん食って、騒げよ!」

 大男は、僕の背中をバシっと叩き、大声で笑いながら去っていった。
 僕は、手元のお酒をじっと見つめた。
 法律で決まってはいても、実際未成年のうちに飲酒している者なんて、五万といる。馬鹿でない限りわざわざ口外しないだけ。
 落ちこぼれの癖に、変にルールに縛られる僕は、本当になんて愚かなのだろうか?
 ああ、つまらない。
 みんなは、うまくやっているのに!

 僕は、震える手で木で作られた酒杯を持ち上げ、勢いよく中身を飲み干した。

 甘くて、とろりとしていて、とても飲みやすいが、のどが焼けるように熱くなる。

「おお! いけるじゃないですか!」

 少年は、瞳を輝かせ、本当に嬉しそうに笑っていた。
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