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なまえを呼ばないで
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今日これから会えたりする?ごうから当日に連絡が来るのってちょっと珍しい。今日は珍しく撮影がなくて、午前の打ち合わせだけだった。帰りにショッピングにでも行こうかと思ってたおれは、【行けるよ。どこで会う?】って即レスする。気になってたブランドの新作も、新しくできたショップも、【家おいで。お昼まだなら作るから】ってごうから返事が来た時には、おれの頭からキレイに飛んでしまった。
[chapter:なまえを呼ばないで]
「いらっしゃい、イオ」
ごうに迎えられて、ハグされる。その時間がいつもより長い気がして「熱烈歓迎だね」と照れ隠しに呟くと「……会いたかったからね」と言われて簡単に心臓が跳ねる。「今日トレーニングじゃなかった?」「うん、朝はね。早めに切り上げた。試合も近いし」ごうについて廊下を歩きながら、前より厚みが増した気がする背中を見つめる。日本代表に選ばれているごうの試合は、三日後だ。
「観に行きたかったなぁ」思わず零れる声にごうは朗らかに笑って、「俺もイオのショー観れないの超悔しい。でも後から配信で見るから」とリストバンドの着いた手でそっと頭を撫でる。「珍しいね、リストバンド」「これね、スタッフからのプレゼント」「へぇ」「お昼食べる?魚介のリゾット」「たべる!」
一緒にごはんを食べて、ソファでお茶飲みつつまったりしながら「どっか行く?買い物とか」と訊いてみる。おれと違ってごうは結構外出が好きで、買い物とか、バスケ以外のスポーツ観戦とか、友達同士ではアウトドア系の遊びもしてるみたいだから、一応って感じで。おれはごうとこうやってまったり過ごす時間が好きだし、コイビトって感じがして落ち着くんだけど、ハードな大会前のせっかく空いた時間だし、ごうの好きなことをしてほしかったから。
「んー……今日は、こうしてたいかな」
そう言ってごうは、おれの手を握る。「イオは出掛けたい?」「いや全然」「ふ、かわい」上がった唇がちゅ、と頬に触れて、うれしいけどちょっと物足りなくなって勝手に口が尖る。
「出不精がかわいいって意味わかんない」
「そう?だって俺といたいんでしょ?二人で」
「わ、自意識カジョーだ」
「違うの?」
ごうの顔が近づく。キレイな二重の下の深茶色をした瞳に真っ直ぐ見つめられて、そこに確かに揺らいでる情欲の炎を見出して、おれは簡単に白旗を上げる。「……ちがわない、けど」「よかった」
触れた場所から、ちゅ、と恥ずかしくなるような明るい音がする。思わず肩を竦めてクッションを抱きながらじと、っと見つめると「なに?」ってごうが目を細める。「もぉ終わり?」「もっとしていいの?」白々しい言葉に、わかってるくせに、と思いながら掠めるようにキスをすると、ぐ、とごうの体重がおれの身体に乗った。
「は……っぁ……っ」
「熱いね、ココ」
まだ明るい部屋。海鮮とミルクとコンソメが混じったあったかい匂いのする部屋。ソファの上で、ごうの唇を身体中に受ける。押し当てられたごうのは熱く昂っていて、それだけのことがおれをとても安心させる。ああ今日も、おれで勃つんだ、って。想いがズレていないことを、確認できて。
一旦家に帰ってきて急いで準備してきたおれの身体を、ごうの長い指が拓いていく。あの真っ直ぐな指が自分のいちばん恥ずかしいトコロに触れることに一々激しく動揺する心はともかく、身体は拓かれることに慣れて、それを望んでいる。懐柔は容易で、ごうの二本指が弱いトコを刺激する頃には、おれの視界も心もグズグズに蕩けていた。
「や……っ、もぉいれて……ごう……っ」
「イオの中、熱くて、トロトロでかわい……」
剥き出しの性感帯を大好きな指で挟まれ、小刻みに刺激されながら独り言みたいに言われて、簡単に駆け上る。「ぅぁああ……っ!!!!」飛ばした精が腹を濡らす感触にすら震えるおれを、ごうが愛し気に見下ろす。
「気持ちいい?イオ」
「う……はっぁ、……ぃい……、から、はやく……」
強請るように擦りつければ、「まだしんどいでしょ」って頬を撫でられる。確かにイったばかりのそこはイヤになるくらい敏感で、勝手に収縮する襞にごうのが擦れるたびに息が詰まる。それでもごうのが早く欲しくて、おれを慮って辛抱強く待ってくれるごうがもどかしくて、おれはごうの腰に脚を、首に腕を巻き付けて、ぐ、と引き寄せた。
「イオ、まだゴム」
「やだ……欲しい、ごぉ、お願い」
「おねだり上手だなぁ」
苦笑しながら、「……俺にだけね」ってちょっと低く呟いてごうが這入ってくる。ごう以外に、こんなこと言うかよ、って台詞は、腹の中まで一気に充たされた苦しさと快楽で、意味のなさない音になった。
その日は日が暮れるまで、ソファの上で交わった。おれは泊まりたかったけど「明日迎えが来るんでしょ」ってごうが車で送ってくれて、別れ際珍しく強く抱き締めて「……好きだよ、イオ」なんて言ってくれて。別れてからもごうがナカにいるみたいで、充たされて、仕事も頑張れる気がした。
実際そっからおれはいつも以上に調子が良くて、モデルに厳しいで有名なブランドのアートディレクターにも褒められて、やっぱごうの力はすごいなぁ、なんて思ったりして。ごうもおれと同じ感じで絶好調だといいな、なんて思いながらショーを終えて、いつもチェックしてるスポーツ誌のSNSで急いでごうの試合結果を見た。
そこにあったのは、『青田豪、負傷を乗り越えチームを一歩ロスへと導く17得点』という煽り文句だった。
記事によると、ごうが手首に怪我をしたのはおれと会ってた日の数日前の試合で。今回の世界戦も、出るかどうか本当に直前までブレインとの協議が続いていたという。ヘッドコーチ、メディカルトレーナー、スタッフの反対を押し切って出場したごうは、ケガの影響を見せない活躍ぶりで、走って、打って、また走って。その日一番の決定率で、チームを勝利へ導いた、らしい。
おれは、この間会ったばかりのごうの様子を必死に思いだそうとする。変わったところ、痛そうな表情、何かを言いたげな唇。どれもなかった。まるでいつものごうだった。変わったところといえば、リストバンドの他は外に出たがらなかったくらい。それだっておれとコイビトとしてゆっくり過ごしたいのかなって、おれは呑気に捉えていた。触れる手は優しくて、ちょっと強引ないつものそれで。おれはごうの身体にワケわかんなくなるまで何度も昇って。
運転だって上手くて、……考えてみれば片手でハンドルを握ってることが多かった気がするけど、普段とそう違いはなかった。そうだ散々ごうにイかされたおれは、帰りの車でちょっと寝ちゃったんだった。起きたらごうが優しい目をして「ついたよ、イオ」って言ってくれた。静かなエンジン音に、しばらくおれの顔見てたのかなって思って、恥ずかしくなって「じゃあね」ってろくに顔も見ず、お礼も言わずに車を出た。ごうは『ちゃんと部屋入った?鍵忘れてない?』って確認のメッセージまで送って来て、過保護だなぁって苦笑いしたんだった。おれは、何も知らなかったし、知らされなかった。
「長男、って感じだな」
お兄ちゃん大活躍じゃん、現場で声掛けてきたケイに少しだけ溢したら、そう言われた。
「見せたくねぇのよ、弟に弱みを。アイツらお兄ちゃんは」
“お兄ちゃん”、“弟”。双子の兄を持つケイの言葉は、悪意がなくて、ただ実感がこもったもので。だからこそおれは、いつまでも脱げない役割の重みを、強く感じてしまう。身体を繋げて、キスして、抱き合いながら「好きだよ」と言い合って。それでもおれはどこまでいっても弟で、ごうは兄で。じゃあごうはどこで弱みを見せるんだろう。不完全でも何でも、コイビト、でもあるおれに見せられないなら、どこでその鎧を脱ぐんだろう。
「あんま思い詰めんなよ。ただお前のお兄ちゃんが見た目に寄らずマッチョなだけかもしんねーし」
頭を撫でながら落とされたケイの言葉に、「最近結構、名実ともにマッチョだよ」と軽く笑う。コイビト、がおれじゃなければ、他の誰かにごうは寄りかかれるかもしれないのに、なんて弱い気持ちが、ただの一部でも漏れないように。
【ケガ大丈夫?】そう送ると、ごうからは【心配かけてごめんね、もう大丈夫!】と返ってきた。【本当に?】打ちかけた文字を消して、【さすがごう】と一言返してスタンプで誤魔化す。
すぐに通知が来たけどそれ以上見る気にならないスマホをシーツに投げて、腕で顔を覆う。あれからごうには会ってない。ケガのケアもあるだろうし、今のおれのネガティブな感情を、きっとままならない身体と戦っているであろうごうにはぶつけたくなかった。
「おれって頼りない、よな……」
出すつもりのなかった声は、バカみたいにか細くて、それにいっそう打ちのめされる。頼りないって言えばそれは頼りないだろう。小さい時から、何かあれば泣くのはおれで、慰めるのはごう。転ぶのはおれで、引っ張って起こしてくれるのもごう。おれが隠れるのはいつもごうの背中で、ごうがおれに助けを求めたことなんて、ほとんど思い当たらない。
コイビト、になったからって、それまでの関係性がゼロになるわけじゃない。むしろ兄弟であるまじき関係になって、二度と抜け出せないような深みにハマればハマるほど、ただの“兄弟”だった頃の記憶や空気感はおれたちの中で存在感を増している気がする。
どんなに好きだなんだと言ったって、ごうは兄で、おれは弟。それは、男と男であるという以上に、生得的に、当たり前に、おれには重すぎる事実だった。相手が男だったって、弟ですらなければ、ごうだって弱音を吐けるかもしれないのだ。
そんなふうに悶々と考えて、気付けば明け方近く、なんて日が一週間くらい続いた。満足に寝てないせいか、この仕事をやり始めて以来ほとんど引かなかった風邪を引いた。とはいえ子どもの頃は虚弱で、しょっちゅう熱を出していた。だから対処法もわかってるし、この気怠さ、身体が自分のモノのじゃないみたいになる感じも慣れている。動いているうちにだんだん麻痺して、そのうちウイルスが根負けする。だからおれは誰にも言わずにいつもよりちょっと濃くしてもらったメイクで誤魔化して、キツめの解熱剤と鎮痛剤を飲みつつ撮影と打ち合わせを毎日こなした。
家に帰ったらベッドに倒れ込んで、それで気を失うように眠ることができて、ごうのことを考えずにすんでいられた。でも動き回ってるせいか熱は一向に引かないし、食欲もない。人より低めの平熱より二度ほど高い体温にも慣れた頃、おれは撮影中に意識を失った、らしい。
「イオ……大丈夫?」
大きな掌が額に触れて、少しひんやりとした心地良さに意識が浮上する。見渡すとそこはおれの部屋で、目の前にいるのはごうだった。「撮影中に倒れたってマリさんから連絡が来て……」心配を絵に描いたようなごうの視線から目を逸らして、「大丈夫、ごめんね抜けてきたの?」とジャージ姿のごうに問う。枕元の時計は17時を指していた。昼過ぎの撮影再開までは記憶があるから、割と長い間気を失っていたのかもしれない。着替えさせられたパジャマと、脇に置かれたタオル、スポーツドリンクと体温計。完璧な庇護に、胸が軋んだ。
「まだ熱あるね、着替え……」
「いや、いい。撮影戻るわ」
「え?や、マリさんはもう良いって言ってたよ。今日はゆっくり休んでって」
「昼のは無理かもだけど、今日夜にもう一本あったはずだから。ごめんねマリさんに電話する」
スマホに伸ばした手を、ごうが捕らえる。「ダメ。今日はやめときな」芯のある声に、唇が歪む。手首のリストバンドが、目に痛い。
「ごうは?大丈夫なの?怪我」
「……ああ、うんだいじょう」
「ぜんぜん気付かなかった」
さすがはお兄ちゃんだね、皮肉な言葉が洩れて、ごうが黙る。不自然な沈黙に、すぐに居た堪れなくなった。
「ごうの根性、おれにもあるはずだからさ。ホラ一応弟だし?」軽く笑って、そっと手を払おうとする。
リストバンドをしたごうの手はビクとも動かない。
「着替えよ、イオ」
「……やだ」
「イオ」
諭すように優しく頬に触れられて、まだ色濃い記憶がよぎる。ごうに触れて、触れられて。ただただ幸せだった、充たされた記憶。何も知らずにはしゃいで、腕のぬくもりに甘んじた。ごうの痛みに気付くことなく、与えられた幸福を甘受して。お膳立てされた安全地帯で、おれだってごうに与えられている気がしていた。安心とか、幸福とか。
でもごうは、一人で戦っていたんだ。戦えなくなる恐怖と、シューターとして致命傷になるかもしれない痛みと。おれに触れる手は、触れるたびにごうに苦痛を与えたかもしれないのに。
「今日は、もう寝な。寝るまでここにいるから」
頭に置かれた手を、今度は反射的に払う。パチン、乾いた音に、ごうが目を丸くする。優しさ、理解、包容力。どこまでも健全な兄らしさを失わない何もかもに、こんなときにすらごうにエゴをぶつけてしまう自分に、おれは苛立った。
「……っ、こんな、」
「イオ?」
「なんで、おれだけ?」
不意に、胎の中がきゅう、と疼いた。こんなときに、こんなグチャグチャな気持ちで、おれはごうを欲しがってる。そう思ったら、あまりの浅はかさに笑えた。こんな手段でしか、“弟”を脱する術を知らない自分の。
「お兄ちゃんすんの、やめてよ」
殴られてもおかしくない、刃しか持たない言葉は、次々に零れる。
「おれを抱くくせに」
「いっぱい、カラダ変にして」
「ごうしか見れない……っ、ように、したくせに……っ」
「自分は、絶対に降りない」
「結局おれを、弟にしか」
してくれない、なのに。
『好きだよ、イオ』
ごうの慈しむような声が、おれの心臓を縛っていく。完全な愛情という針金が食い込んだそこは、それでも全身に血を送ろうと収縮して血を流す。
「無理して、恋人ヅラすんなよ」
零れた声に「……無理?」無機質なそれが重なる。濃い影を落としたごうの視線から逃れるように腕で顔を覆えば、それにも針が食い込んだ。
「俺が無理してると思ってるの?」
「……っ、やだ……ゃっ……」
「庵」
ごうがおれを呼ぶ。いつもの呼び方じゃない、呼び方で。温度のない、年長者の声で。喉が変な風に震えて、子どもみたいに俯いて被りを振る。ごうに腕を解かれて、顎を掴んで上を向かされる。零れた汚い涙が、強い視線に捕まる痛みを感じて。
「本気で言ってるの?……庵?」
おれを呼ぶ、ごうが怖い。ただ名前を呼ばれているだけなのに、引き剥がされるような、谷底に落ちていくような不安を感じる。見たくない。見られたくない。ごうがどんな顔をしているか、自分がどんな顔で、ごうを求めているか、なんて。
「なまえ、呼ばないで……」
いつもみたいに、イオって呼んで。
頬を伝って、首筋に落ちる。熱いはずのそれがす、と喉元を冷やして、おれは自分の体温を知る。
[chapter:なまえを呼ばないで]
「いらっしゃい、イオ」
ごうに迎えられて、ハグされる。その時間がいつもより長い気がして「熱烈歓迎だね」と照れ隠しに呟くと「……会いたかったからね」と言われて簡単に心臓が跳ねる。「今日トレーニングじゃなかった?」「うん、朝はね。早めに切り上げた。試合も近いし」ごうについて廊下を歩きながら、前より厚みが増した気がする背中を見つめる。日本代表に選ばれているごうの試合は、三日後だ。
「観に行きたかったなぁ」思わず零れる声にごうは朗らかに笑って、「俺もイオのショー観れないの超悔しい。でも後から配信で見るから」とリストバンドの着いた手でそっと頭を撫でる。「珍しいね、リストバンド」「これね、スタッフからのプレゼント」「へぇ」「お昼食べる?魚介のリゾット」「たべる!」
一緒にごはんを食べて、ソファでお茶飲みつつまったりしながら「どっか行く?買い物とか」と訊いてみる。おれと違ってごうは結構外出が好きで、買い物とか、バスケ以外のスポーツ観戦とか、友達同士ではアウトドア系の遊びもしてるみたいだから、一応って感じで。おれはごうとこうやってまったり過ごす時間が好きだし、コイビトって感じがして落ち着くんだけど、ハードな大会前のせっかく空いた時間だし、ごうの好きなことをしてほしかったから。
「んー……今日は、こうしてたいかな」
そう言ってごうは、おれの手を握る。「イオは出掛けたい?」「いや全然」「ふ、かわい」上がった唇がちゅ、と頬に触れて、うれしいけどちょっと物足りなくなって勝手に口が尖る。
「出不精がかわいいって意味わかんない」
「そう?だって俺といたいんでしょ?二人で」
「わ、自意識カジョーだ」
「違うの?」
ごうの顔が近づく。キレイな二重の下の深茶色をした瞳に真っ直ぐ見つめられて、そこに確かに揺らいでる情欲の炎を見出して、おれは簡単に白旗を上げる。「……ちがわない、けど」「よかった」
触れた場所から、ちゅ、と恥ずかしくなるような明るい音がする。思わず肩を竦めてクッションを抱きながらじと、っと見つめると「なに?」ってごうが目を細める。「もぉ終わり?」「もっとしていいの?」白々しい言葉に、わかってるくせに、と思いながら掠めるようにキスをすると、ぐ、とごうの体重がおれの身体に乗った。
「は……っぁ……っ」
「熱いね、ココ」
まだ明るい部屋。海鮮とミルクとコンソメが混じったあったかい匂いのする部屋。ソファの上で、ごうの唇を身体中に受ける。押し当てられたごうのは熱く昂っていて、それだけのことがおれをとても安心させる。ああ今日も、おれで勃つんだ、って。想いがズレていないことを、確認できて。
一旦家に帰ってきて急いで準備してきたおれの身体を、ごうの長い指が拓いていく。あの真っ直ぐな指が自分のいちばん恥ずかしいトコロに触れることに一々激しく動揺する心はともかく、身体は拓かれることに慣れて、それを望んでいる。懐柔は容易で、ごうの二本指が弱いトコを刺激する頃には、おれの視界も心もグズグズに蕩けていた。
「や……っ、もぉいれて……ごう……っ」
「イオの中、熱くて、トロトロでかわい……」
剥き出しの性感帯を大好きな指で挟まれ、小刻みに刺激されながら独り言みたいに言われて、簡単に駆け上る。「ぅぁああ……っ!!!!」飛ばした精が腹を濡らす感触にすら震えるおれを、ごうが愛し気に見下ろす。
「気持ちいい?イオ」
「う……はっぁ、……ぃい……、から、はやく……」
強請るように擦りつければ、「まだしんどいでしょ」って頬を撫でられる。確かにイったばかりのそこはイヤになるくらい敏感で、勝手に収縮する襞にごうのが擦れるたびに息が詰まる。それでもごうのが早く欲しくて、おれを慮って辛抱強く待ってくれるごうがもどかしくて、おれはごうの腰に脚を、首に腕を巻き付けて、ぐ、と引き寄せた。
「イオ、まだゴム」
「やだ……欲しい、ごぉ、お願い」
「おねだり上手だなぁ」
苦笑しながら、「……俺にだけね」ってちょっと低く呟いてごうが這入ってくる。ごう以外に、こんなこと言うかよ、って台詞は、腹の中まで一気に充たされた苦しさと快楽で、意味のなさない音になった。
その日は日が暮れるまで、ソファの上で交わった。おれは泊まりたかったけど「明日迎えが来るんでしょ」ってごうが車で送ってくれて、別れ際珍しく強く抱き締めて「……好きだよ、イオ」なんて言ってくれて。別れてからもごうがナカにいるみたいで、充たされて、仕事も頑張れる気がした。
実際そっからおれはいつも以上に調子が良くて、モデルに厳しいで有名なブランドのアートディレクターにも褒められて、やっぱごうの力はすごいなぁ、なんて思ったりして。ごうもおれと同じ感じで絶好調だといいな、なんて思いながらショーを終えて、いつもチェックしてるスポーツ誌のSNSで急いでごうの試合結果を見た。
そこにあったのは、『青田豪、負傷を乗り越えチームを一歩ロスへと導く17得点』という煽り文句だった。
記事によると、ごうが手首に怪我をしたのはおれと会ってた日の数日前の試合で。今回の世界戦も、出るかどうか本当に直前までブレインとの協議が続いていたという。ヘッドコーチ、メディカルトレーナー、スタッフの反対を押し切って出場したごうは、ケガの影響を見せない活躍ぶりで、走って、打って、また走って。その日一番の決定率で、チームを勝利へ導いた、らしい。
おれは、この間会ったばかりのごうの様子を必死に思いだそうとする。変わったところ、痛そうな表情、何かを言いたげな唇。どれもなかった。まるでいつものごうだった。変わったところといえば、リストバンドの他は外に出たがらなかったくらい。それだっておれとコイビトとしてゆっくり過ごしたいのかなって、おれは呑気に捉えていた。触れる手は優しくて、ちょっと強引ないつものそれで。おれはごうの身体にワケわかんなくなるまで何度も昇って。
運転だって上手くて、……考えてみれば片手でハンドルを握ってることが多かった気がするけど、普段とそう違いはなかった。そうだ散々ごうにイかされたおれは、帰りの車でちょっと寝ちゃったんだった。起きたらごうが優しい目をして「ついたよ、イオ」って言ってくれた。静かなエンジン音に、しばらくおれの顔見てたのかなって思って、恥ずかしくなって「じゃあね」ってろくに顔も見ず、お礼も言わずに車を出た。ごうは『ちゃんと部屋入った?鍵忘れてない?』って確認のメッセージまで送って来て、過保護だなぁって苦笑いしたんだった。おれは、何も知らなかったし、知らされなかった。
「長男、って感じだな」
お兄ちゃん大活躍じゃん、現場で声掛けてきたケイに少しだけ溢したら、そう言われた。
「見せたくねぇのよ、弟に弱みを。アイツらお兄ちゃんは」
“お兄ちゃん”、“弟”。双子の兄を持つケイの言葉は、悪意がなくて、ただ実感がこもったもので。だからこそおれは、いつまでも脱げない役割の重みを、強く感じてしまう。身体を繋げて、キスして、抱き合いながら「好きだよ」と言い合って。それでもおれはどこまでいっても弟で、ごうは兄で。じゃあごうはどこで弱みを見せるんだろう。不完全でも何でも、コイビト、でもあるおれに見せられないなら、どこでその鎧を脱ぐんだろう。
「あんま思い詰めんなよ。ただお前のお兄ちゃんが見た目に寄らずマッチョなだけかもしんねーし」
頭を撫でながら落とされたケイの言葉に、「最近結構、名実ともにマッチョだよ」と軽く笑う。コイビト、がおれじゃなければ、他の誰かにごうは寄りかかれるかもしれないのに、なんて弱い気持ちが、ただの一部でも漏れないように。
【ケガ大丈夫?】そう送ると、ごうからは【心配かけてごめんね、もう大丈夫!】と返ってきた。【本当に?】打ちかけた文字を消して、【さすがごう】と一言返してスタンプで誤魔化す。
すぐに通知が来たけどそれ以上見る気にならないスマホをシーツに投げて、腕で顔を覆う。あれからごうには会ってない。ケガのケアもあるだろうし、今のおれのネガティブな感情を、きっとままならない身体と戦っているであろうごうにはぶつけたくなかった。
「おれって頼りない、よな……」
出すつもりのなかった声は、バカみたいにか細くて、それにいっそう打ちのめされる。頼りないって言えばそれは頼りないだろう。小さい時から、何かあれば泣くのはおれで、慰めるのはごう。転ぶのはおれで、引っ張って起こしてくれるのもごう。おれが隠れるのはいつもごうの背中で、ごうがおれに助けを求めたことなんて、ほとんど思い当たらない。
コイビト、になったからって、それまでの関係性がゼロになるわけじゃない。むしろ兄弟であるまじき関係になって、二度と抜け出せないような深みにハマればハマるほど、ただの“兄弟”だった頃の記憶や空気感はおれたちの中で存在感を増している気がする。
どんなに好きだなんだと言ったって、ごうは兄で、おれは弟。それは、男と男であるという以上に、生得的に、当たり前に、おれには重すぎる事実だった。相手が男だったって、弟ですらなければ、ごうだって弱音を吐けるかもしれないのだ。
そんなふうに悶々と考えて、気付けば明け方近く、なんて日が一週間くらい続いた。満足に寝てないせいか、この仕事をやり始めて以来ほとんど引かなかった風邪を引いた。とはいえ子どもの頃は虚弱で、しょっちゅう熱を出していた。だから対処法もわかってるし、この気怠さ、身体が自分のモノのじゃないみたいになる感じも慣れている。動いているうちにだんだん麻痺して、そのうちウイルスが根負けする。だからおれは誰にも言わずにいつもよりちょっと濃くしてもらったメイクで誤魔化して、キツめの解熱剤と鎮痛剤を飲みつつ撮影と打ち合わせを毎日こなした。
家に帰ったらベッドに倒れ込んで、それで気を失うように眠ることができて、ごうのことを考えずにすんでいられた。でも動き回ってるせいか熱は一向に引かないし、食欲もない。人より低めの平熱より二度ほど高い体温にも慣れた頃、おれは撮影中に意識を失った、らしい。
「イオ……大丈夫?」
大きな掌が額に触れて、少しひんやりとした心地良さに意識が浮上する。見渡すとそこはおれの部屋で、目の前にいるのはごうだった。「撮影中に倒れたってマリさんから連絡が来て……」心配を絵に描いたようなごうの視線から目を逸らして、「大丈夫、ごめんね抜けてきたの?」とジャージ姿のごうに問う。枕元の時計は17時を指していた。昼過ぎの撮影再開までは記憶があるから、割と長い間気を失っていたのかもしれない。着替えさせられたパジャマと、脇に置かれたタオル、スポーツドリンクと体温計。完璧な庇護に、胸が軋んだ。
「まだ熱あるね、着替え……」
「いや、いい。撮影戻るわ」
「え?や、マリさんはもう良いって言ってたよ。今日はゆっくり休んでって」
「昼のは無理かもだけど、今日夜にもう一本あったはずだから。ごめんねマリさんに電話する」
スマホに伸ばした手を、ごうが捕らえる。「ダメ。今日はやめときな」芯のある声に、唇が歪む。手首のリストバンドが、目に痛い。
「ごうは?大丈夫なの?怪我」
「……ああ、うんだいじょう」
「ぜんぜん気付かなかった」
さすがはお兄ちゃんだね、皮肉な言葉が洩れて、ごうが黙る。不自然な沈黙に、すぐに居た堪れなくなった。
「ごうの根性、おれにもあるはずだからさ。ホラ一応弟だし?」軽く笑って、そっと手を払おうとする。
リストバンドをしたごうの手はビクとも動かない。
「着替えよ、イオ」
「……やだ」
「イオ」
諭すように優しく頬に触れられて、まだ色濃い記憶がよぎる。ごうに触れて、触れられて。ただただ幸せだった、充たされた記憶。何も知らずにはしゃいで、腕のぬくもりに甘んじた。ごうの痛みに気付くことなく、与えられた幸福を甘受して。お膳立てされた安全地帯で、おれだってごうに与えられている気がしていた。安心とか、幸福とか。
でもごうは、一人で戦っていたんだ。戦えなくなる恐怖と、シューターとして致命傷になるかもしれない痛みと。おれに触れる手は、触れるたびにごうに苦痛を与えたかもしれないのに。
「今日は、もう寝な。寝るまでここにいるから」
頭に置かれた手を、今度は反射的に払う。パチン、乾いた音に、ごうが目を丸くする。優しさ、理解、包容力。どこまでも健全な兄らしさを失わない何もかもに、こんなときにすらごうにエゴをぶつけてしまう自分に、おれは苛立った。
「……っ、こんな、」
「イオ?」
「なんで、おれだけ?」
不意に、胎の中がきゅう、と疼いた。こんなときに、こんなグチャグチャな気持ちで、おれはごうを欲しがってる。そう思ったら、あまりの浅はかさに笑えた。こんな手段でしか、“弟”を脱する術を知らない自分の。
「お兄ちゃんすんの、やめてよ」
殴られてもおかしくない、刃しか持たない言葉は、次々に零れる。
「おれを抱くくせに」
「いっぱい、カラダ変にして」
「ごうしか見れない……っ、ように、したくせに……っ」
「自分は、絶対に降りない」
「結局おれを、弟にしか」
してくれない、なのに。
『好きだよ、イオ』
ごうの慈しむような声が、おれの心臓を縛っていく。完全な愛情という針金が食い込んだそこは、それでも全身に血を送ろうと収縮して血を流す。
「無理して、恋人ヅラすんなよ」
零れた声に「……無理?」無機質なそれが重なる。濃い影を落としたごうの視線から逃れるように腕で顔を覆えば、それにも針が食い込んだ。
「俺が無理してると思ってるの?」
「……っ、やだ……ゃっ……」
「庵」
ごうがおれを呼ぶ。いつもの呼び方じゃない、呼び方で。温度のない、年長者の声で。喉が変な風に震えて、子どもみたいに俯いて被りを振る。ごうに腕を解かれて、顎を掴んで上を向かされる。零れた汚い涙が、強い視線に捕まる痛みを感じて。
「本気で言ってるの?……庵?」
おれを呼ぶ、ごうが怖い。ただ名前を呼ばれているだけなのに、引き剥がされるような、谷底に落ちていくような不安を感じる。見たくない。見られたくない。ごうがどんな顔をしているか、自分がどんな顔で、ごうを求めているか、なんて。
「なまえ、呼ばないで……」
いつもみたいに、イオって呼んで。
頬を伝って、首筋に落ちる。熱いはずのそれがす、と喉元を冷やして、おれは自分の体温を知る。
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王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
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*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
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