Please Say That

国沢柊青

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act.40

 昨夜は、別々に眠った。
 前とは違って、ショーンが下で寝て、羽柴が上のロフトを使った。
 今はどちらかと言えば、羽柴の方が仕事で身体は疲れているのだから、ムリはさせたくなかったのだ。
 ショーンは、下で眠る為の準備をしっかりとしてきていたので、羽柴もムリには言い出さなかった。
 でも結局、ショーンはあまり眠れなかったのだけれど。
 同じ空間に、愛する人が眠ってると思うと、本当にドキドキする。
 もちろん隙を見て襲いに行くような気は更々なかったので、ドキドキしたって仕方がないのだけれど、羽柴が身じろぎする度に聞こえてくる衣擦れの音を聞くだけでもドキリとするのだ。
 次の日の朝は、なぜか眠れなかったことがあまり負担になっていなかった。
 それよりも羽柴の顔色の方が気になって、ロフトから降りてきた羽柴をマジマジと見つめてしまった。
「なんだい? 何か、寝癖でもついてる?」
 仕切りと髪を撫でつける羽柴に、ショーンは首を横に振った。
「ううん、何でもない。よく眠れた?」
「ああ、よく眠れたよ」
 羽柴の目は若干充血していたが、その笑顔は穏やかだった。ショーンはホッとして笑顔を浮かべる。
 二人並んで洗面所で髭を剃った。
 その日初めて、羽柴が電気シェーバーを使わずにフォームと剃刀で髭を剃ることを知った。
 ショーンが居候している時は、剃刀もフォームも鏡の後ろの戸棚に仕舞われてあったし、洗面所に電気シェーバーが用意されていたので気づきもしなかった。ひょっとしてショーンのためを思ってそれも用意してくれていたのかもしれない。
 その日はショーンも羽柴を真似して剃刀で剃ってみることにしたが、如何にも怪しい手つきだったのか、途中から羽柴が剃ってくれた。
 顎の下をソロリとなぜられて、ドキリとする。
「やっぱりショーンも男だなぁ」
 そう言われて、更にドキッとした。
 ── え?! 俺、まだ勃ってなんかないよ!
 ショーンはそう思ったが、羽柴はそういう意味で言った訳ではないらしい。
「いつもツルツルの顎してるからさ。髭薄いのかと思ってた。前に泊まってた時も気にしてなかったし。生えてる場所見ると、結構綺麗な形で髭生えるかもな」
「そう? じゃ無精髭生やしてみようかな。そしたら、あの付け髭もいらなくなるかも」
 羽柴がハハハと笑う。
「ありゃ、無精髭のレベル越えてるぞ」
 そう言って、また羽柴は笑った。
 ── やっぱりコウは、笑ってる時が一番いい。
 ショーンを一番最初に魅了した笑顔だ。
 もっともっと笑ってもらえたらいいんだけど。
 ショーンはそう思って、瞳を真ん中に寄せ、コミカルに顔を顰めてみせる。
 羽柴が鏡の中のショーンを見て、ポンッと頭を叩いた。
「そんな顔しない。ハンサムが台無しだぞ」
 そう言いながらも羽柴の目は笑ってる。
 思わず嬉しくなって、ふふふとショーンは笑った。
 ── コウが笑ってくれるんだったら、格好つけるよりこっちの方が断然いいよ。
 けれどそんなことを口に出すとまた羽柴が気を使ってしまうと思って、ショーンは黙ったまま羽柴の後を追って洗面所を出た。
「朝飯、どうする?」
 廊下を歩きながら、羽柴がショーンに訊いてくる。
「簡単なものでよければ、俺が作るよ。コウは着替えて、新聞読んでたら?」
「いいのか?」
「トーストと目玉焼き、それとソーセージのソテーなんかでよければ」
「OK。コーヒーは俺が入れるとしよう」
 ── うん。よしよし。なかなかいいコンビ。
 ショーンの胸は、些細なことでも躍る。
 羽柴が着替えを終え、コーヒーメーカーを準備した後に新聞を取ってくる間、ショーンはテキパキと朝食を準備した。
 元々実家でも父親をよく手伝っていたので、これぐらいは簡単にできる。
 皿にそれぞれの分を盛りつけた頃、羽柴が新聞を持ってダイニングキッチンにやってくる。
 その手を見ると既に1部だけになっていたので、他の4部はリビングで既に読んできたことが分かった。
 羽柴は仕事柄、いつも新聞を5紙読む。
 ショーンがここに居候している間も、羽柴は朝食中に新聞を読んだ。
 きっと普通の人なら行儀悪いっていうだろうけど。
 むしろショーンは、その羽柴の姿を見るのが好きだった。
 ── だって、格好いいんだもん。
 仕立てのいいパリッとしたスーツに身を包み、完全に仕事モードの顔つきになった羽柴が、ただ黙々と羽柴の武器である情報を頭に叩き込んでいる姿。
 ショーンには決して羽柴が日頃働いている時の姿を見ることができないから、それは貴重な瞬間だった。
「ごちそうさま」
 羽柴が新聞を畳んだ頃、見事に羽柴の皿の上もすっかりきれいになっていた。羽柴は、新聞を読みながらでも器用に食事をする。返ってショーンの方が遅いぐらいだった。── 羽柴に見惚れていたせいで。
「あ! 後片づけ、俺がしとく。俺、食べるの遅いから」
 さも普段からそうだと言わんばかりの顔つきでショーンが羽柴を見ると、「悪いな。もう出るけど、いい?」と羽柴は席を立ち、汚れた皿をシンクに運ぶ。ショーンもあわせて席を立った。
「玄関まで見送りに来なくてもいいよ。食事中なのに」
 羽柴がテレ笑いのような表情を浮かべて言う。
「あ、そうか。そうだよね」
 ショーンも同じ様な笑顔を思わず浮かべてしまった。
 これじゃ、いかにもうっとうしく付き回る新妻だ。
 ショーンは額に冷や汗を浮かべて、再びイスに座りながら、ダイニングキッチンを出て行く羽柴を見送る。
 ── いけない。あんまり付きまとわないようにしなきゃ。
 そう思うショーンに、ふと羽柴が振り返った。
「・・・あの、ショーン」
「ん?」
 ショーンはすぐに反応したが、羽柴はじっとショーンを見つめ、なぜか言葉が出てこないような表情を見せた。
「何?」
 ショーンが首を傾げると、羽柴は鼻の下を擦って「今日は遅くなると思うから、先に夕飯、食べていてくれ」と言い残し、出ていったのだった。
 
 
 地下鉄に乗り、人混みに揉まれながら、羽柴はぼんやりと窓の外を眺めていた。
 とはいっても地下鉄なので、偶に赤や緑の 灯りが過ぎ去っていくだけであとは真っ暗。風景らしい風景なんて見えない。
 それでも、考え事をするのは好都合だ。
 羽柴はつらつらと思い浮かべていた。
 昨夜見たポラロイド写真や、今朝のショーンのことを。
 いくら試し撮りの小さな写真とは言え、それは素晴らしい写真だった。
 スナップ写真とはまったく違うもので、一生取っておきたいと思うような写真。
 そういう写真はカメラマンの腕もあるだろうが、被写体のよさがやはり大きく影響する。
 まさに、写真の中のショーンはスターだった。
 見る者の誰もが胸をざわつかせるものを感じさせる。
 ある人にとっては憧れであり、ある人にとっては理想の男性かもしれない。
 有閑マダムにとっては愛人として囲っておきたい坊やだと思い、どこかのプロデューサーにとっては銀幕のスターに仕立て上げてみたいと思うこともあるかもしれない。
 今までのショーンはギターの腕ばかりが取り沙汰されてきたが、今回の一件で世界中の人々がショーン・クーパーの端正な姿に夢中になるだろう。その美青年ぶりは、ハリウッドの人気俳優も裸足で逃げ出しそうなほどだ。
 ショーンは、「そんなのカメラマンやスタイリストのせいだ」と言うけれど、そんなはずはない。
 やはりそれは、彼の内面から輝き出る美しさなのだ。
 ── 今自分が、こんなにも惑っているほど。
 羽柴は、苦々しい溜息をつく。
 ショーンが事務所やマスコミから受けていた仕打ちに我慢ができなくて自分がしたことが、今の自分を更に悩ませるきっかけとなるなんて。
 あの時は激情にかられて、一心不乱に手だてを考えた。
 ただショーンの不当な扱いを正したかったのだ。ショーン・クーパーの素晴らしさを、正当に評価してもらいたかった。
 元来、羽柴も負けず嫌いな性格をしている。
 ショーンは優しいから黙って耐えていたが、羽柴には納得できなかった。
 丁度、真一が奇異の目を周囲から向けられた時のように。
 ショーンに向けられたあからさまで攻撃的な質問は、まるで真一のようなHIVに罹っている人々を同じように傷つけているように思えたのだ。
 だからこそショーンには真実をきちんと語って欲しかったし、それをきちんと伝えたかった。
 今回自分が行動を起こした件について、羽柴は後悔していない。
 けれど、そのことが自分の苦悩を更に深めてしまった。
 今、ショーンに惹かれかけている自分がいる。
 そしてその感情に嫌悪感を抱いている自分もいる。
 ショーンに告白を受けた時は自分でも酷く動揺していて、勢いに任せて「時間をくれ」だなんて言ったけれど、自分が本当にどうするつもりでそんなことを言ったのか、まるで分からなかった。
 第一、そういう言い方は卑怯だと思うし、今でも自分とショーンがそういう関係になるのはいけないことだと思っていたからだ。常識的に。
 けれど、それから以後、そういう可能性があるのだという考えが羽柴の頭の中に浮かんできて、そんな目でショーンを見ている時がある自分に気が付いた。
 露骨に感じたのは、そう、今朝のことだ。
 何気なくショーンの髭を剃ってあげた時。
 うっとりとした顔つきで自分の手に身体を委ねてくるショーンに、正直ドキリとした。
 努めてそんな気配を気取られまいと羽柴は振る舞ったが、ショーンはどう感じただろう。
 今までずっと子どもだと思ってきたのに、ポラロイドの中の大人びたショーンを見て、その見方が変わったのかもしれない。
 世界中を魅了するビッグスターが、自分のことを好きでいてくれることの優越感。
 それを感じないと言ったら嘘だ。
 ── まったく・・・嫌な男だな、俺は。
 電車が止まって羽柴は車両から降りると、いつもとは違った重々しい足取りで改札に向かった。その足取りは朝のラッシュには似つかわしくなく、途中後ろから追い越された人々にドンドンとぶつかった。羽柴に罵声を浴びせかける男もいたが、羽柴がぼんやりとしていてまったく取り合う気配がないと分かると、悪態をついて走り去った。
 羽柴は再度溜息をつく。
 首に掛かる鎖が首筋にめり込んでくるような錯覚を覚えるほど、重たく感じた。
 ── 本当に俺はどうかしてる。
 ろくに自分自身のことが分からず、それどころかショーンの気持ちを宙ぶらりんにしたまま、彼の優しさに甘えているだなんて。
 人が自分のことを想ってくれることは心地が良いし、それに安らぐ。
 相手があんなに素敵な子であれば、それはなおさらだ。
 けれど、そんなぬるま湯に浸かったような感覚に溺れているのは間違いじゃないのか。
 この状況は、自分が心地いいだけで、ショーンにとっては辛いだけだろう。
 ── 俺は、ショーンも裏切っているし、真一のことも裏切っている。
 そんな考えが羽柴を捉えた。
 いまだ自分は真一を愛している。それなのに、ショーンも愛せるというのだろうか。同じように。
 羽柴の口の中に、苦々しいものが広がっていく。
 羽柴が真一を思う時、言い知れぬ喪失感と悲しみが彼を支配するが、それによって真一への愛が消えることはなかった。それも一生、羽柴が生きている限り。それだけは確かな自信があった。
 その愛情を抱いたまま、別の人間を愛することは不実じゃないのか?
 それは、新たな相手を傷つけることになるのでは?
 そうなることが分かっていて、ショーンに自分のことを想い続けろとは、ムシのいい話ではないのか?
 だからこそ今朝、家を出際、ショーンに「もうこういうのはやめにしよう」と言おうとしたのに。
 けれど、その台詞を遂に口にすることはできなかった。
 羽柴はふいに自分に強い苛立ちを感じて、獣じみた唸り声を上げた。バンッと鞄を床に叩き付ける。鞄の留め金が弾け飛んで、カラカラと遠くで音を立てた。
 周囲はもうすでに人影がまばらになっていたが、その場にいた全員が羽柴を振り返って、不安げな視線を送ってきた。
 羽柴は、唇を噛みしめ、コートの上から胸元のロケットを握りしめた。
 ── 俺は世界一不実な存在だ。
 羽柴はそう思った。
 
 
 羽柴が出勤した直後、入れ替わるようにしてシンシアがやってきた。
 彼女の手には、黄色い封筒があった。
「昨日の写真。ピックアップして持ってきたわ」
「こんなに早く見られるなんて、ちょっとびっくりしたよ。編集部の方には送った?」
 ショーンが訊くと、シンシアは頷いた。
「リサが今朝全カット持って行ったわ。どの写真が選ばれるかは、エレナ次第。でも多分私の推薦した写真の中から使われると思う。取り敢えず、私の仕事はここまで」
「そうなんだ。入って。コーヒー入れる」
 キッチンで二人分のコーヒーを入れてリビングに戻ると、シンシアと並んでソファーに腰掛け、ショーンは早速封筒の中身を取り出した。
「わぁ・・・・。まるで俺じゃないみたいだ・・・」
 それがショーンの正直な気持ちだった。
 葡萄酒色のスーツやアジアンチックな衣装のはもちろんのこと、何気ないTシャツ姿の自分までも、まるで一枚の絵画のように写っている。写真に切り取られた空間が、見事なバランスで写真の中のショーンを引き立てていた。
「これなんか、あなたの瞳の色が一番キレイに写ってるでしょ」
 Tシャツ姿で、窓の外を何気なく眺めている姿。他のショットより顔がアップで写っている。長い睫の一本一本までがクリアに写った写真。
「世の中の女の子が羨ましがるわね、この睫」
 シンシアが小悪魔チックな笑みを浮かべてショーンの顔を覗き込む。
「シンシアだって十分長いじゃん」
 ショーンは、シンシアの顔を避けながら、苦笑いを浮かべた。
 確かにシンシアも十分長い睫をしていたが、彼女の場合地毛がプラチナブロンドなので、長さが分かりにくいのだ。
「でもシンシア、本当に凄い。ポラロイドとは全然違うよ。まさかこんなに豊かな色あいが出てたなんて感激だ。ありがとう」
 ショーンはシンシアをそっと抱きしめる。シンシアも、嬉しそうにショーンの背を撫でてくれた。
 ショーンは、自分の腕の中にすっぽりと収まってしまう小さなシンシアが、これほどまでにパワフルな写真を撮ることができる事実に、純粋に感動した。
「ねぇ、シンシアが写真を始めたきっかけって何?」
 互いにすっかりリラックスした中でコーヒーを啜りながら、ショーンが訊く。
 シンシアは、行儀悪くソファーの上に足を上げ、横向きになって座りながら答えてきた。
「マックスの従姉の影響なの。彼女、C市で報道カメラマンをしてるのよ」
 ショーンはそれを聞いて、ああ、と思った。
 それでシンシアの写真は、ファッションフォトという割に鋭い切れ味があるのだ。彼女のレンズがものの本質を写し出すのは、そのせいかもしれない。
「将来この道でやっていくの?」
「そうね。一応、大学はちゃんとでなきゃって思ってるんだけど。まぁ、それは別に焦る必要はないし。でも今撮れる写真は今しか撮れないって思うから、取り敢えず納得できるまではしばらく写真に集中したいと思ってるの」
 おそらくショーンとシンシアはさほど年齢的に離れていないと思うが、やはりシンシアは成人している分、大人っぽかった。
「 ── 凄いな、シンシアは。しっかりしてる。道がしっかり開けているんだね」
 ショーンがそう言うと、シンシアがショーンの肩をドンとついてくる。
 意外なほど強い力で押されたので、思わずショーンは横に転げてしまった。
 ハハハと笑いが零れ落ちる。
 シンシアもつられて笑い声を上げた。
「何言ってるの、ショーン! あなただって、顔をしっかり上げれば素晴らしい道が前に伸びてる筈よ。それが見えないの?」
 シンシアにそう言われ、ショーンは苦笑を浮かべた。
 確かに羽柴が策を練ってくれたお陰で、道は繋がった。
 けれど、ちょっとまた臆病になってしまう。
 前とは少し違う、自分と羽柴の間の空気。
 ひょっとして自分は、羽柴を追いつめているのではないかという疑問。
 今朝キッチンを出際、羽柴が言おうとした言葉。
 それが一体何だったのかショーンには分からなかったが、でも推し量ることはできそうな気がした。けれど、それはとても怖いことで。
「今、好きな人のこと考えてるでしょ」
「え?! わ、分かる?」
 シンシアは大きく頷いた。
「分からない方がおかしいわ。この部屋の主が相手なんでしょ?」
 シンシアはそう言いながら、一番下になっている写真をショーンの前にぴらりとぶら下げた。
 斜めから写されたショーンの笑顔。
 まさに水辺の花の香りが漂ってきそうなほど、瑞々しくて甘い笑顔だ。
「これ。その人と電話で話している時のショーンの顔」
 まざまざと見せつけられ、ショーンは頬を赤らめた。
 ── 俺って、こんな顔してコウと話してるんだ、いつも。
 次から次と冷や汗が額から零れ落ちた。
「こんな顔してるんじゃ、バレバレだ・・・」
 苦々しい声でショーンは呟く。
「バレバレでいいじゃない」
 ぶら下げた写真がずれて、その向こうにシンシアの顔が覗く。
「ショーンの気持ちは、人様に隠さないといけないような疚しいものなの? それとも恥ずべきもの? コンサートでのあなたの告白は、邪な思いが込められていた?」
「え?」
 シンシアにそう訊かれて、ショーンの胸がギュッとなった。
 ── そんなの違う。・・・いや、違っていてほしい。恥ずべきものなんかじゃないって、誰かに言ってもらいたい・・・。
 ショーンは気弱な表情を浮かべ、俯いた。
「そうは思いたくないけど・・・。俺はいつもパパラッチに狙われてるような人間だし、相手がバレて迷惑をかけるのは嫌だよ・・・」
「違う違う。私が言ってる意味は、そんなんじゃないわ」
 シンシアがよいしょと身体を起こした。
「パパの時に経験してるから分かるの。確かに、同性同士の恋愛はリスクが高いから公にするのは難しいし、運動家でもないんだから無理にそうする必要もない。隠すのだって自由よ。現にパパも仕事先では敢えてそんなこと公言もしてないしね。マックスもそう。けれどパパ達は、自分達に近い人、本当に信頼できる人達の前では決して隠さなかったわ。自分達の愛情を。彼らは、それを誇りにしていたの。そしてその巡り合わせに感謝もしていた。それは素敵なことよ」
 ショーンも身体を横に向けて、シンシアと向き合う。
「シンシアはその・・・。すぐ納得できたの? 自分の父親が凄く年下の男性と付き合うってことを」
 ショーンはあの写真を思い出していた。
 マックスとウォレスの写真。
 撮る側も撮られる側も愛情に満ちあふれた、奇跡のような写真を。
 シンシアは少し苦笑いして、コミカルに肩を竦めた。
「ホント言うとね。私、マックスに片思いしてたのよ、最初は」
「え! そうなの?」
「うん。だって王子様みたいでしょ、マックスって」
 シンシアにそう言われ、ショーンはマックスの姿を思い浮かべる。
 確かに、彼の容姿といいそのハートといい、温かで優しくて、大人なのにちょっと可愛い人。
 ショーンはクスッと笑った。
「大食いだけどね」
 それを聞いて、シンシアが大笑いする。
「そう! そうなの!! 昨夜久しぶりに三人で夕食食べたけど、彼、本当によく食べるのよねぇ」
 部屋に、いかにも女の子らしい華やかな笑い声が響き渡る。
 部屋の中に女の子がいるってだけで、空気の色が変わる感じがするから不思議だ。
「 ── でもねぇ。私、気付いちゃったの。マックスが必要としているのは私ではなく、パパだって。そしてパパもそう。ましてパパにはマックスが必要だった」
 シンシアは、遠くを見つめるような目の色を浮かべながら語る。
「昔はそりゃ私、悪い子で。パパが新しい女性を連れてくる度に反発してたわ。わざと嫌われるようなことをしまくった。どの人も、パパが必要としている人ではなく、パパが私にとって必要だと思い込んでた人達ばかりだった。そんなの、違うじゃない?」
「── うん」
「でもマックスの時は違った。そりゃ、父親がゲイだなんて受け入れるのは大変だけど、自分のために孤独な人生を生きることを受け入れていた父親に、本当に素晴らしいと思える人が現れてくれた。零れるような愛情を注いでくれた。他に何がいるっていうの?」
 スカイブルーの瞳が、力強くショーンを捉える。
「私はパパを愛してる。そしてマックスも。パパとマックスが幸せそうにしているのが私の幸せ。家族の幸せ。だから、きっとショーンのことを大切に思ってる人達は皆、そうだと思う。そんな人達の前で、隠す必要なんか全くないのよ。その気持ちが恥ずべきものでなければ」
 シンシアが、ギュッとショーンの手を握ってくる。
 何だか力を貰ったようで、ショーンも握り返した。
 シンシアは、再びテーブルの上の写真に目をやると、
「美しい表情をしてる。とても純粋な。私もこういう写真を撮ることができて誇りに思ってるのよ。だからあなたも、後ろめたく思わないでほしいの。それに、写真にいくらあなたが恋してる顔が写ったって、見てる人はその相手が誰かなんて知る訳がないわ。現に、リサもアンもティムもジョーだって、あなたの相手が誰かなんて分かってない。私はほら、マックスに白状させたから。昨夜」
 ショーンがギョッとして、シンシアを見る。
 シンシアは「ごめん」と両手を併せた。
「あんなに熱烈な視線をカメラで受けちゃったんだもの。気になっちゃうでしょ、そりゃ。マックスにお酒をしこたま飲ませて、ショーンの写真を見せた後にカマかけたら、ボロッと出てきた。でも大丈夫。他には絶対に漏れないから。マックスのこと、責めないでやって」
「そんな! あの二人のことは信頼してる。もちろん、君のことも。ミスター・ウォレスも言ってた。『今日の出会いは、君にも私達にも必ず必要だった運命なんだろう』って。きっとシンシアともそうだよね。偶然に会ったとは思えない巡り合わせだもの」
「そうね。私も本当に昨日はびっくりしたわ。それを聞いたパパもマックスも本気で驚いてた」
 二人は顔を見合わせたまま、フフフと笑った。
 そうしていると、まるで姉弟のように見える二人だ。
 出会ってまだたった二日だが、妙に縁の濃い出会い方をした上に、互いに自分をさらけ出しあって濃い時間を過ごしてきたので、彼らはもう十数年来の友人のような雰囲気になっていた。
 元々人間としての波長が合うのかもしれない。
「 ── 隠す必要はない、か・・・」
 ショーンはそう呟いて、少し考え込んだ。
「シンシア、今日カメラ持ってきてる?」
 突然そう訊かれたシンシアは、飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、自分の鞄から一眼レフを取り出した。
「一応35ミリは持ってるけど。でもフィルムは生憎モノクロしか持ってないわ」
「モノクロでいい。俺のお願い、聞いてもらえる・・・?」
 ショーンは真剣な瞳をシンシアに向けた。
  
 
 その日の午後、羽柴の家のラップトップにエニグマ編集部からメールが届いた。
 メインの用事は、ショーン宛の昨日のインタビュー原稿の校正依頼だったが、メールの本文にはリサから興奮のコメントが書かれてあった。
『ショーン、信じられないわ! エレナが写真と原稿を見てパーフェクトだって! 巻頭12ページの特集!! 飛び入りの企画でここまでのものは今までなかったことよ。もちろん、表紙もあなたで行くって。── 4月。きっと大騒ぎになるわ。あとはレコーディング頑張って』
 思わずショーンは飛び上がって喜んだ。
 その時はシンシアと一緒にまだ写真を撮影していたから、二人でジャンプしあって喜びを分かち合った。
 随分子どもじみていたけれど、それほど二人にとっては価値のあるメールだった。
 シンシアもすっかり興奮して、父親の職場に電話をすぐにかけたぐらいだ。
 シンシアにとっても、巻頭特集は初めての経験らしい。
 被写体がショーンでカメラマンがシンシアという組み合わせでなければ、ここまで来られなかったのではと、二人とも思っていた。
 目の確かなエレナ・ラクロワが太鼓判を押したのなら、それは間違いなく大成功の証だ。
 ── よかった。本当によかった。コウの努力を無駄にせずに済みそうだ・・・。
 ショーンは思わず力が抜けて、その場に座り込む。
「どうしたの? ショーン?」
 シンシアがショーンの前にしゃがみ込むと、ショーンはハハハと力無く笑った。
「本当にホッとしたら・・・力が抜けた・・・」
 そのほっぺたを、グイッと摘まれる。
「安心するのは早いわよ。まだ、CDの方が残ってるんでしょ」
 ショーンは頬を掴まれたまま、ニヤリと不適な笑顔を浮かべる。
「それなら任せてよ。絶対に皆を震え上がらせてみせるから」
 ショーンの瞳には、先程のシンシアのように力が漲っていた。
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