Please Say That

国沢柊青

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act.43

 ショーンは下着を脱いで丸裸になると、ザブッと浴槽に両足を突っ込んだ。
 バシャバシャと顔を洗って、はぁと溜息をつく。
 ズキズキと頭が痛んで、ショーンは眉間を指で押さえた。
 またじわりと涙が滲んでくる。
 ── 本当にどうしちゃったんだろう、俺・・・。
 そう思うと、また涙が零れ落ちる。
 本当はあんなこと、コウに言うつもりじゃなかった。全然。
 あんなに彼を責めるようなことを言うつもりじゃなかった。
 けれど、なぜだか言葉がスルスルと出てきて、泣いてるにもかかわらず、声は途切れることがなかった。
 自分の言ったことは間違っていないとは思う。
 けどあの場でああいう風に言い出してしまったのは、いけなかった。
 羽柴に拒絶されたこともショックだったが、彼が愛する人をああいう風に言ってしまったことにもショックを受けていた。
 ── 亡くなってる人の悪口言うなんて、最低だ、俺・・・。なんで俺はあんなこと言っちゃったんだ・・・。
 また新たな涙が浮かんできた。
 ショーンはそれを誤魔化すかのように息を止め、身体をずらしてお湯の中に仰向けに潜り込む。
 まるで胎児が母親の胎内の中で身を丸めるように。
 
 
 その頃、リビングでは、初対面の二人の自己紹介が終わっていた。
「そうか。今回ショーンを撮影してくれたのは君か」
「昨日も撮影してたのよ」
 そう言って、昨日撮影したモノクロ写真を鞄から出した。
 フィルムはもうニューヨークに送っていたが、紙焼きしたものは鞄の中に突っ込んだままでそのままになっていたのだ。
 窓際に佇むショーンの写真。
 上半身裸で、下はジーンズだけ。
 腰履きにしたウエストのきわに、小さいけれど美しい羽根の刺青が覗いている。
 若々しくてしなやかな背中のラインと腕越しに目元だけ見えるショーンの切なげな視線が、とても印象的な写真だ。
 それはシンシアの切れ味鋭いいつもの写真とは違って、とても繊細で静かな優しい写真だった。
「そう・・・これ。さっき見たよ、この刺青」
 ルイがショーンの腰の付け根を指さして言う。
「正直、驚いた。ショーンは刺青なんかどこにも入れてなかったから。・・・いつ入れたんだろう」
「失声症になってから、それが治った後で入れたそうよ。天使の羽根なんだって、それ」
 レモンソーダを飲みながら、シンシアが答える。
「天使の羽根か・・・。なるほど。こういっちゃなんだが、凄くセクシーだな、これ」
 ルイは肩を竦める。シンシアは「全くね」と答えながらも、ルイもゲイなのか訊いてみた。
 これほどゴージャスな容姿をしているのなら可能性は高いと思ったが、ルイは激しくそれを否定した。
「まさか! ホント、違うから、誤解しないで」
 彼が焦った口調で何度も否定するから、思わずシンシアは笑ってしまった。
 ルイもつられて笑顔を浮かべる。
 シンシアは、ルイの手にある写真をゆっくりと優しい手つきで撫でた。
「 ── 好きな人の名前に、『羽根』の意味があるんだって。凄くロマンティックよね・・・」
「でも、その彼とケンカして、今は泣いてる」
「そう」
「ショーンはその人と付き合い始めて、どれくらい経つの?」
「あら、まだ付き合ってないのよ。彼ら」
 ルイがギョッとして、眉間に皺を寄せた。
「ショーンは告白したって言ってたけど。相手に死別した恋人がいて、その人のことが忘れられないみたい」
 ルイはハァ・・・と大きく息を吐いて、脱力したようにソファーに身体を埋めた。
 しばらく彼は、視線を宙に泳がせて考え込む表情を見せる。
「ひょっとして、その死別した相手って、エイズで亡くなったりしたのかな・・・?」
「さぁ、そこまでは。でも可能性は高いと思う」
「そうだよなあ。だからこそ、あのチャリティーコンサートで初めて歌ったんだ」
 ルイは、あの日の晩、唐突にかかってきた電話のことを思い起こしていた。
 夜中、切羽詰まった声でかかってきた電話。
 そしてコンサート当日、並々ならぬ顔つきでステージに上がったショーンは、何か大きなモノを背負っているかのように感じた。
 ── ズズッ。
 ふいにルイも洟を啜る。
「あれ? ひょっとしてショーンのが伝染しちゃった?」
 シンシアに下から覗き込まれ、ルイはゴホンと咳払いをした。
 この輝くようなプラチナブロンドと澄み切ったスカイブルーの瞳を持つ、素晴らしく魅力的な女性がエニグマの専属カメラマンだなんて、ルイにはいまだ信じられなかった。カメラマンと言うより、本人が被写体になった方がいいほど、美しくて可愛い。
 そうこうしているうちに、ショーンがバスルームから出てきた。
 ショーンが言うように、確かに効果はあったらしい。
 目の腫れが幾分引き、無精ひげも剃り落として、大分さっぱりとした顔つきをしていた。
 ルイとシンシアは二人してショーンを手招きすると、自分達の間に座らせた。
 頭からタオルを被ったショーンは、バスローブを引っかけた格好でソファーに座り込んだ。
 シンシアが、髪の毛を拭いてくれる。
 その手に身を任せていたショーンは、深く深呼吸をすると「二人とも、心配かけた。ごめん。特にシンシア」と言って、シンシアの手にそっと触れた。
「疲れたろ? 一晩中こんな俺に付き合って。ルイ、悪いけどシンシア、昨夜から寝てないんだ。どこかゆっくり眠れるところある?」
「ああ、あるよ。ゲストルームが・・・」
 立ち上がりかけたルイを、ショーンの背後から伸びてきたシンシアの手が止めた。
「待って、ショーン。眠るのはいつでもできる。まずは、あなたの話を聞かせて。何があったのか」
 ショーンの落ち着き具合を見越して、シンシアは訊いた。
 ショーンは、洟を一回啜ったが、さっきみたいに泣き出すことはなかった。
 ショーンが、チラリとシンシアを見る。
 シンシアは勇気づけるように頷いた。
「 ── コウを・・・傷つけちゃったんだ。また」
 ショーンが重い口を開く。
「しかも、コウの大切な人のことを、俺、冒涜した・・・」
 ショーンは昨夜羽柴が言ったこと、自分が言ったこと、それらを取り囲む状況全てを話した。
 シンシアもルイも信頼できる人だから、何もかも話そうと思った。
 長い時間のかかる告白だったが、ルイもシンシアも熱心に耳を傾けてくれた。時にくじけそうになったら、手や肩に触れてくれて。そのお陰でどうにかショーンは落ち着いたまま話が続けられたのだった。
「でもショーン。あなたは本気で彼の亡くなった恋人を冒涜しようとした訳じゃないでしょ? 彼がそういう意味で羽柴さんにメッセージを残したんじゃないってことを伝えたかったのよね」
 シンシアが言ってくれたことに、ショーンが頷いたが、再び彼は顔を歪めた。
「 ── でも、コウはきっとそうは取らなかったと思う・・・。とても怒ってたから・・・。殴られなかったのが奇跡かも。誰だって、大切な人を傷つけられたら怒るでしょ? 俺はそれを彼に対してしてしまった・・・。もうコウに逢えない。逢えないけど、今でもどうしようもなく好きなんだ・・・凄く!」
「ショーン」
 ルイがショーンの頭を撫でる。
「きっと彼は、凄く優しい人なんだよ。今まで周囲に、愛する人を亡くした苦しみをさらけ出すことができなかったんだ。今の弱っている彼は、本当の彼じゃない。だから正気に戻れば、ショーンの言ったことも理解してもらえるよ。── これはいいチャンスなんだ。彼にとっては。今までできなかったこと、泣き叫んで、神を罵倒して、心の底から失った人を愛していたんだと全身で訴えて・・・そういうことがやっとできるきっかけをショーンは彼に与えたんだよ」
 ショーンが、再び涙の溜まった瞳でルイを見る。
 ルイは優しげな微笑みをショーンに向けた。
「俺も昔、弟を亡くしたことはショーンも知ってるだろ?」
 ショーンは頷く。
「その時は、流石に堪えて、周囲の人に当たりまくってたよ。一番可愛がっていた弟だったし、交通事故の巻き添えを食っての死だったからね。あまりの理不尽さに、神を呪って、事故を起こした相手の家族を憎んだ。毎日吠えて、泣いて、そりゃもう獣みたいだったと思うよ。けれど、それほど前後見境なく『死』というものに濃厚に触れる時間が人には必要なんだと思う。人を喪うということは、きれい事ではないからね。── ショーンだって、そうだろ?」
 ショーンは洟を啜りながら、少し首を傾げた。
「両親が殺された時、俺は凄く幼くて・・・実はよく覚えてないんだ。その時も失声症になったし、苦労もしたと思うんだけど、そこの記憶がぽっかり抜け落ちてる。医者に言わすと、あまりに幼くて、その記憶を消去してしまったんだろうって言ってた。自分を壊さないために」
 ショーンはハァと息を吐き出すと、ソファーに凭れ掛かって、天井を仰いだ。
「本当なら、傷ついた彼の傍に寄り添っていたいって思ってた。彼の傷が癒えるまで、付き添っていたいって・・・。でももう、それもできない・・・。好きって気持ちだけじゃ、どうにもできない。言いたいこと、伝えたいこと、いっぱいあるのに、もう逢えないんじゃ、ダメじゃんか・・・!」
 ショーンは両手で目を覆う。
 息苦しくて、どうにかなってしまいそうだ。
 ── 自分は若くて。若過ぎて。コウのことを助けたいと思うのに、いつも彼を傷つける。
 不器用で、一方方向で。そんなやり方しかできない。
 どうして自分は19歳なんだろう。
 どうしてコウと同世代じゃなかったんだろう。
 大人なら、もっといい方法が思いついたかもしれないのに。
 もっとスマートに、コウを励ますことができたかもしれないのに。
 年齢差はいつまでも永久に詰まらないし、俺がすることと言ったら、コウを追いつめることばっかりだ・・・。
「ショーン。寄り添うことは、別に傍にいなくったって、できるんじゃない?」
 ふと、シンシアがそう言った。
 ショーンが頭を起こすと、シンシアが穏やかな微笑みを浮かべてそこにいた。
「例え遠く離れていたって、物理的に傍にいなくたって、気持ちを支えることはできる。言いたいことや伝えたいこと、あなたなら、できるじゃない。今日は一体、何しにここに来たの?」
 シンシアがそう言ったのと同時に、窓ガラスから燃えるような夕陽が射し込んできた。
 ショーンにとって、まるでそれが神の啓示のように思えた。
「一生懸命やれば、想いはきっと届く。ショーンが好きになった人でしょ? その彼をあなたが信じなくてどうするの?」
 シンシアが、ショーンの頬に流れる涙を指で拭う。
「さぁ、泣いてる場合じゃないんだからね。できるでしょう?」
 ショーンは、ゴシゴシとバスローブの袖で残りの涙を拭った。
 そして夕陽に負けないぐらいに美しい笑顔を浮かべ、頷いたのだった。
 
 
 波が寄せては、帰って行く。
 それは永遠に終わることなく、そしてどれひとつとして同じじゃない。
 まるでそれは、人の気持ちに似ている。
 どれひとつ取ってしても同じ苦しみはないし、悲しみもない。
 『一生懸命やれば、きっと気持ちは通じるよ』
 シンシアに言われたことを、打ち寄せる波にも言われているような気がする。
 そんなの、ちょっとセンチメンタル過ぎるかな・・・。
 でも、こういう時はそれに甘えてしまおう。
 波が味方してくれるんなら、こんなに心強いことはない。
 美しい海、燃えるような夕陽、潮の香り。
 『君の悩みなど、ちっぽけなものだよ』と笑われてるんじゃないかな。
 こうして目を閉じて波の音だけ聞いていると、本当に励まされている気持ちになる。
 何事も懸命にやれば、想いは届く。
 例え上手くいかなくても、望み通りの結果が出なくても、己の魂に懸命でさえいれば、きっと後悔なんてしない。
 ザザーザザーと穏やかに打ち寄せる波が、「そうだ、そうだ」と自分を押し上げてるみたいだ。
 自分の気持ちに正直に。
 例え今は力不足で、できなかったとしても。
 その想いを語ることは罪じゃない。
 だから、どうか、どうか。
 この世に、本当に神様がいるのなら、俺のお願い、聞いてください。
 どうかこの想いを、あの人に届けて。
 そしてあの人を、苦しみから解き放って。
 
 
 潮風の当たるテラスで仮眠を取ってきたショーンが地下の録音スタジオに降りてきた時、その表情の変化にルイは驚いた。
 ここに最初訪ねてきた時とはまるで別人で、非常に穏やかな顔つきをしていた。
 その顔は、まるでルイより年上のような錯覚を覚えるほど大人びていて。
 いつもどこか末っ子のような雰囲気を漂わせていたショーンから、そんな香りがすっかり消えていた。
「ごめん、ルイ。待たせてしまって」
 そういうショーンの声は、いつもの彼のものだったが。
 妙に別の人と話しているような印象を受けた。
「 ── ああ、どうせ準備してたから問題ないよ。早速始める?」
 ショーンは柔らかな笑顔を浮かべながら、うんと頷く。
 録音機材の準備が全て整ったブースに、ショーンが入る。
 ルイがギターをショーンに手渡そうとして、ふいにその手をショーンに阻まれた。
「?」
 ルイが怪訝そうにショーンを見つめる。
 マイクの前のイスに座ったショーンは、ゆっくりと首を横に振った。
「ギターは必要ない」
「 ── え・・・? どうして・・・」
「ギターは今回弾かないから。俺の声を、きちんと伝えたいから。歌うことに集中したい。よければルイ、ピアノ、弾いてもらえる? この前コンサートで歌った曲、覚えてる?」
 ショーンにそう言われて、ルイはええと・・・と言葉を濁した。
 確かに幾度かVTRで繰り返し聴いてはいたが、自分が伴奏をするとなると聴き方も変わってくる。しかし、そんな聴き方はしていない。
「思い出して、ちょっと試しに弾いてみて? できれば、同時に録音したい。その方が、自然だから」
 ショーンの言いたいことは分かった。
 大抵は、伴奏は伴奏、歌は歌という風に収録するのが普通だが、あくまでライブ感を大事にしたいのだ、ショーンは。
 ルイは録音室の片隅に置いてある、コンパクトなタイプのグランドピアノの前に腰掛けた。
 ショーンが軽くあの時の曲をハミングする。
 はっきり言ってルイは自信がなかったが、思い切って鍵盤に指を這わせると、ハミングに併せて、驚くほどスムーズに鍵盤を叩くことができた。
 職業柄、プロのピアニストに近い腕を持っているとはいっても、ピアノを弾くのは随分と久しぶりだし、これほど迷いなくコードを次々と押さえられるとは、ルイも正直思ってみなかった。
 それほどまでに印象に残っていたということか。
 ショーンのハミングを聴かずとも、その先の音階がみるみる身体の内に沸き上がってきて、考えるより先に指が動く。
 まるで、天才にでもなったかのようだ。
 ルイは突き動かされるように、完璧に演奏した。ショーンがあのステージでもしなかったアレンジも加えて。
「素晴らしいよ、ルイ」
 そう言われて、ルイは戸惑ったような顔つきをしてみせた。
 まるで自分の手じゃないようだ。
 けれど、確かな手応えを感じていた。
 ── 凄いことが起こるかもしれない。
 そんな予感がルイの中に沸き上がってきた。
「もう早速録ってしまおう。なに、失敗しても気にしないさ。テープは回し続けたらいいんだから」
 ショーンがじっとルイを見る。
 ふいにルイは顔を赤らめた。
「そうか。もうデジタルだよな・・・。ははは」
 ついつい口に出た昔の癖を恥ずかしく思いながら、ルイは一旦録音室の表に出て、録音ボタンを押した。
 再び録音室に戻って、ピアノの前に腰掛ける。
 別にルイが歌う訳ではないのに、ルイはンンンと咳払いをした。
「ルイ、始めるよ。ワン、ツー、スリー・・・」
 フォーのタイミングで、ルイの伴奏が始まる。
 そして次のタイミングで、ショーンが歌い始めた。
 それは以前ルイが聞いた時より更に神々しい声で、伸びがあり、まるで吸い込まれるような力に溢れた声だった。
 息遣いまで優しく、聴いているものの身体に満遍なく浸透していくような。
 ── ああ。これがさっきまで大泣きしていた人間の出す声だろうか。
 その声は、涙のせいで衰えるなんてことはちっともなく、むしろ以前より滑らかさを増して、響き渡った。
 ルイは、ピアノを弾きながら鳥肌を立てていた。
 コンサートの時も、大概身体が打ち震えたが、今回の比じゃない。
 ── 何てことだ・・・。こんなの、とんでもない・・・・。
 まるで心地よい揺りかごに包まれて、揺すられている感覚。
 もはやイアンなんて及びもしない。いや、それどころか、ロック界の誰もが到達しえないレベルにこの少年はいる。
 いや、もう少年と呼ぶにはおこがましい・・・。
 瞳を閉じて、丁寧に歌い上げるショーンの横顔はとても真摯で、どんな人間も触れられないほど神聖な光を放っているようだった。
 
 
 シンシアがゲストルームから起き出してくると、リビングの如何にも高価そうなオーディオから、ショーンの歌声が流れ出てきていた。
 リビングにはなぜかルイしかおらず、彼はラム酒の入ったグラスを傾けていた。
「ショーンは・・・?」
 シンシアがルイの隣に腰掛けると、ルイは優しげな微笑みを浮かべて「疲れたみたいで、また寝てる」と言った。
「凄く集中したんだろうね。一発テイクした後、すぐに倒れ込むようにして眠ってしまった」
「一発テイク?」
 シンシアが首を傾げると、ルイはソファーを立って、側のカウンターバーから新しいグラスを取りに行きながら答えた。
「一回でOKってことさ。普通は何回かテイクを重ねて、一番いいものをCD化するけど、今回は一発でOK。まったく、ろくに打ち合わせもなしで、いきなりぶっつけ本番だったのに、ホント信じられないよ。さっきまでオイオイ泣いてた男がだぜ?」
 シンシアはそれを聞きながら、ショーンの歌声に耳を澄ませた。
 エンドレスに流れるその歌声は、さっき録音仕立てホヤホヤというのが信じられないくらい完成されていて、確かにルイが言った通りだった。
「── ショーン・・・、頑張ったんだ・・・」
 シンシアは思わず微笑んだ。
 ソファーに戻ってきたルイも、新たなグラスにシンシアの分のラム酒を注ぎながら頷く。
「凄く、すごぉく頑張った。感動して、もう声なんて出ないよ・・・」
 ルイはそう言うと、今度は涙を隠しはしなかった。
 ショーンのこの歌声は、そうするほどの価値がある。
 ゾクリとシンシアの背中が疼いた。
「シンシア、君はコンサートを見たかい? ニューヨークでの例のチャリティーコンサート」
「ええ。ライブではないけれど、VTRで全て見たわ」
「 ── じゃ、気が付かない?」
「え?」
 シンシアは怪訝な視線をルイに送った。
 ルイはシンシアの言葉をしばらく待っていたが、シンシアがやがて首を横に振ると、恭しく丁寧にこう言った。
「歌詞が、違うんだ」
「え?」
「あの時と今回と。歌詞がまるで違ってるんだ」
 そう言われ、シンシアは耳を澄ませた。
 シンシアもよくは覚えてないが、確かにそう言われれば違っているような気がする。
 ── ああ、とシンシアは思った。
 あの時は、『支えてくれて、ありがとう』といった内容だったのに。
 たった今流れているその歌は、『あなたが怖くて下を見られないのなら、私が支えてあげる』※(最後に作者注釈あり)と歌っていた。
 まったく同じ旋律の違う曲。
「・・・これがショーンの答えだって。『answer』。それがこの曲のタイトルだ」
 シンシアは息を詰めた。
 スピーカーから、ショーンの切なく掠れた歌声が香る。

『たとえ一生かかっても、私はくじけない
 最後にはきっと報われる
 伝えられるのは 自分が知っていることだけ
 私の人生にはあなたが必要
 例え星が消え果てても
 あなたは輝き続ける・・・』※

 ── これが、ショーン・クーパーの答え。
 飾り気のない、ストレートな、愛の言葉。
 そしてシンシアの瞳からも、心を揺り動かされた一筋の涙が零れ落ちた。

*********************
※作者注釈
『answer』Written by Sarah McLachlan 対訳:斉藤真紀子 from albam『afterglow』2003

ええと、今週の更新分では、サラ・マクラクランの曲の歌詞の引用させていただきました。上記は、その出典先です。
というのも・・・・。
結局、あまりにもサラの曲がはまり過ぎて、自分でオリジナルの歌詞を書けなかったからです(大汗)。
国沢に、人の心を打つような素晴らしい歌詞を書くことはできませんでした(大汗)。(っていうより、書こうとすると絶対誰かのパクリになるに決まってる)
最後まで、こういう形で人様の歌詞を本文に織り交ぜるか酷く悩んだんですが・・・。結局、外すことができませんでした。
こういう引用の仕方が可能かどうか、ちょっと不安なんですが・・・。『ダメだ』ということになったら、外すことも考えます。でも、今はこの形で少しチャレンジさせてください(大汗)。
サラのこの曲は、本当に素晴らしい曲です。
穏やかなピアノ曲ですが、まだ聴いたことのない方は、ぜひ聴いてみてください。
純粋に感動していただけるはずです。
もちろん、プリセイのイメージも膨らむと思います。
感想 1

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