引きこもりの魔王と魔道士の息子は愛を育めるか?

郁子木通

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魔王との出会い

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ふと我に返ると
目前には瓦礫が広がっていた。

今思い返すと些細な事がきっかけで魔力を爆発させてしまった。

そしてこの事が、自分の命を世界中から狙われる要因となってしまった。

爆発させた瓦礫を後にし、朦朧としながら彷徨っていると、深い樹海の奥に廃墟の宮殿が現れた。薄暗く蔦に覆われたそれは、身を潜めるのに最適な場所だと思った。

 爆発事件の容疑者の噂は瞬く間に広がり、自分は世界を滅ぼす力を有するものとして世界中から指名手配されており、そのまま見つからないように宮殿に潜み過ごし続けるうちに長い年月が過ぎてしまった。


しかしその間、孤独である事に不自由さを感じることは無かった。

宮殿には精霊が住み着いており、自分は久しぶりに現れた主として歓迎され、以来、姿を現さずに食事や衣服も提供してくれている。

手紙を書いて卓上に置いておけば、しばらくすると何でも用意されているのだ。
このまま死ぬまで誰にも見つからずに、ここで暮らしていけそうだと思っていた。
ところがある日の晩、訪問者が現れた。
宮殿の精霊が謁見の間を清掃し装飾していた。

用意されていた衣服を身に纏い、玉座へ座る。

すると扉が開き、訪問者が入ってきた。

一人は魔道士で、預言者でもあると言っていた。

もう一人は子供で、まだ幼く魔道士に連れてこられたようだ。

魔道士は、モーグと名乗り、予知夢を見る事でここへたどり着き、私に進言があるという。

いずれここに魔王を討伐するという人間の者が現れて、私の生命を狙いに来るというのだ。

それに備え、護衛を付けること、魔道士自身を第一の側近にすることを勧めてきた。

一緒に連れて来た子供を、私に献上するといって宮殿に置いていき、そのままある程度の目星をつけているという護衛者を募る為に、魔道士モーグはどこかへ旅立っていった。

しばらくひとりきりで暮らしている時間が長すぎたので、口数も減り、その事が威厳があるように受け止められたようだ。

しかし、置いていかれた子供をどう扱えばいいのかが分からなかった。

子供の方は、酷く怯えた様子で私を見ている。

ひとまずこの子供を、宮殿の中にある書庫へと案内した。

書庫に招き入れた途端、子供は目を輝かせて並んだ背表紙を眺めていた。

「お前、本が好きなのか?」

子供は驚き、大きく見開いた目でこちらを振り返り、うなずいた。

しばらくはこれで時間を稼げそうだと思い、数冊の本を渡して私は寝室へ向かい休む事にした。

「お、おまちください!」

子供に呼び止められた。

「わ、わたしをたべないのですか?」

驚いた事に、この子供は私への生贄として連れてこられ、私に殺され食べられてしまうと覚悟して来ていたのだ。

私としては小姓のようなものだろうと認識していたのだが…

「お前、名は?何という。」

子供はギョッとして固まり、地面に跪き頭を下げた。

「しどといいます。」

「そうか、私はゲインという。書庫は好きにみてくれればいい。子供を食べるような趣味はない。」

「ありがとうございます!」

シドという子供は、そのまま貪るように書庫の本を読み漁っていた。

翌朝、目覚めて書庫に行くと、何冊も積み上げられた本の傍らにシドはいた。

一睡もしていない様子だった。

私が来た事にも気づかず本の虫になっている。

私はシドのくせ毛頭を鷲掴みにした。

その時になって初めて私の存在に気づいたシドは、あわててキャッ!と大声を出した。

「おはっ、おはようございますげいんさま…」

「お前は今からおやすみなさいだ、シド。」


魔道士モーグが旅から戻り、宮殿を訪問した際、ゲインはシドを連れ帰るように言った。

シドは魔道士モーグの実の子供で、時々夜中に父に会いたいと泣いているのをゲインは目にしていたからだ。

シドはゲインに感謝の言葉を述べると、父と共に宮殿を去った。
                
それからまた何年もの間、ゲインはひとり、宮殿での生活を過ごしていた。

このまま何事もなく今の生活が死ぬまで続けばそれでいい、と思っていた。
                                 
ところが、十年ぶりくらいに宮殿の精霊が騒ぎ出し、訪問者が来る事を匂わせた。

謁見の間がきれいに清掃され、明かりが灯されていたのだ。

ゲインは衣服を着替え、玉座に座った。

扉が開き、現れたのは、一人の白衣を纏った、フィンチ型の眼鏡をした、くせっ毛の男だった。

「ご無沙汰しております、ゲイン様。」

そういって跪いた男の傍らには、人間ではない生き物が寄り添っていた。

「私はシドです。幼少の頃は大変お世話になりました。こちらは私からの贈り物です。」

幼児ぐらいの大きさのずんぐりした鳥、といった風貌のそれは、人の言葉を発した。

「はっ!誠心誠意を持って、貴方様にお仕えします!!」

あまりの滑稽な姿と意表をついた発声に、ゲインは思わず噴き出してしまった。

つられてシドも一緒に噴き出してしまった。

鳥だけは不服そうな顔をしていた。

思えばゲインは何年も笑っていなかった。

話を聞くと、シドは魔力で生物を生成したり様々な研究に励んでいるとの事。

その一つとして今回の鳥の様なものを作り、ゲインの為に偵察、伝書兼世話係として献上するというのだ。

「その鳥の名は、ギョロンと名付けよう。」

目玉がギョロっとしているので、安直だが、そう名付けた。

久しぶりに会った、成長したシドの姿には、違和感があった。

「ところでシド」

特に違和感を感じたのはシドの腕だった。

「腕をよく見せろ」

 「はい」

右腕をめくると鎧の装甲のような、爬虫類の殻のような皮膚になっていた。

「自身を研究材料にしているのか?」

「はい、実験体が不足した際に父上と相談の上・・・」

「痛くはなかったのか?」

「はい、この研究はきっとゲイン様のお役に立ちます。」

思えばシドは幼少の頃に父から献上された時にも死を覚悟していた。

今でも自分の身を呈して父の言いつけを守っているように思う。

なぜそうまでして父に従うのか?疑問に思った。

「シド、お前はモーグが死ねと言えば死ぬのか?」

シドは迷いなく答えた。

「はい。父がいてこその私。
私に名を付けてくださったのも、
幼少時こちらへ訪れたのも、父の為です。
私が父の大切なものを奪ってしまった償いです。」

もうそれ以上深く聞く事はやめておこう。

ゲインはシドに歩み寄り、抱擁した。

ギョロンはそれを見て、ゲイン様はいい人なんだなあ~お仕えすることが出来て幸いだと思いながら目を潤ませていた。

ゲインの腕の中でシドは黙り込んでいた。

「私はお前が自身をぞんざいにする事に心を痛めている。
たとえ肉親であろうと、言いなりにはならず時には疑う事も必要だとお前に忠告する。」

「ご忠告、ありがとうございます。」

ゲインはシドから離れ玉座に戻った。

シドは、そのまましばらく押し黙ったあと、意を決したように声を発した。

「ゲイン様」

「何だ?」

「またこちらへお伺いしてもよろしいでしょうか」

「来たい時にいつでも来ればよかろう」

ゲインは素っ気なく答えた。

「それでは、ギョロンをよろしくお願いいたします。」

「シドさま、お気を付けて~」

宮殿から出た帰り道、シドは考え込んでいた。

(父にも抱擁なんてされたことないのに・・・)

ゲインもまた、シドが去った後に頭を抱え考え込んでいた。

(思わず抱擁してしまった・・・)

ゲインの傍らでギョロンはにこにこしていた。

「シド様、またすぐ会いに来てくれるといいですねっ!」

「・・・静かにしろ、鳥。」

そう言いながら、ゲインは無表情でギョロンの頭の羽根を頭の形が変わる程強く引っ張った。

(ぼっ・・・ぼくには優しくない・・・??!!)


                    
シドの住居兼研究所は、孤島の洞窟の中にあった。

その中で、シドは一人、物思いにふけっていた。

(ギョロンはゲイン様と上手くやれてるだろうか。

ゲイン様はお元気にされているだろうか・・・)

「何を考えこんでおる?」

その声にハッとし、振り返ると、旅から戻った父の姿があった。

「お疲れ様です。父上」

シドはモーグの前に跪いた。

「もうすぐ一人目の護衛者がやってくる。それまでに、お前の研究の成果を出しておくんだな。」

モーグは冷たく言い放った。

「はい・・・。」

シドはゲインの抱擁以来、時々考え込んでしまい、研究に身が入らなかった。

久しぶりに父の声を聞き、身が引き締まる思いをした。

それからは、しばらく無心で自身の研究に没頭し続けた。

時間も何も気にならない程に没頭し続けていた。

ギョロンがゲインの宮殿に来てから、随分と日が経った。

あれからもう一年は経ようとしているが、その間シドからは一切音沙汰なしである。

ギョロンはゲインに提案した。

「ゲイン様、シド様のところに行きましょう!!」

突然のギョロンの提案に、不機嫌そうなゲインは

「何故だ」

とぶっきらぼうに返した。

ギョロンは目玉をキョロキョロさせながらゲインに伝える。

「あの、シド様って、研究に没頭すると、自身に無頓着で、たまに息抜きさせないと、根を詰め過ぎちゃうんです。」

確かに、思い当たる節はある。シドが幼少時に書庫で夜を明かした事を目撃したゲインだ。

「ねぇ、行きましょうよ。場所は知っていますから!」

来たい時にいつでも来ればよかろう。

そう言った手前、向こうからやって来るのを待っていた所はある。

ゲインは元々不特定多数の者から命を狙われている身なので外出は控えねばならない。

それを理解していないのか、この鳥はやたらと煽ってくる。

「だまれ鳥頭」

ゲインは、ギョロンの顔を無心で左右に引き伸ばしたりしていたが、ギョロンの言う通りシドの事が心配なのも一理ある。

「あの・・・ゲイン様なら身を隠して移動する事ぐらい他愛ないことなのでは・・・?」

いくら顔を引き伸ばしても一向に黙らないため、ゲインは根負けし、ギョロンの提案に乗ることにした。

新月の晩、ゲインはギョロンに導かれ、孤島へと向かった。

ゲインにとって、相当久しぶりの外出である。

外の様子は度々偵察に出るギョロンから聞いてはいたが、澄んだ夜の空気がゲインの身体と心を満たした。

シドは研究に没頭すると食事も睡眠も無頓着で、たまに目を覚ます為に顔を洗うぐらいだった。

髪も衣服の乱れも気にせず、風貌はマッドサイエンティストそのものであった。

寝不足で目の下に隈ができており、顔面蒼白といった状態で卓上に向かっていた。

孤島に到着し、洞窟の中に入ると、地下に続く階段があった。降りて行くと、そこにシドの研究所がある。

「しばらくぶりだな。」

背後からの声に驚愕してシドが振り向くと、そこにはゲインとギョロンが立っていた。

突然の訪問に、シドは跪き、、うろたえながら

「お、お久しぶりでございます!」

と返答し、膝をついた。

そして、身を整えようと立ち上がろうとした時に立ちくらみでふらつき、壁を伝いながらも

「今、身体を拭いてきます!」

とあわてて洞窟の奥へ行ってしまった。

「ねぇ?言ってた通りでしょう?」

ギョロンはゲインにそうつぶやき、シドの向かった洞窟の奥へ飛んでいった。

「お手伝いしてきますので、ここでお待ちくださ~い!」

数分後、洞窟の奥からシドとギョロンが戻ってきた。

「お待たせしてしまって大変申し訳ありませんでした。お見苦しい所をお見せしてしまい・・・」

シドの言葉を遮り、ゲインが言った。

「ギョロンの言う通りだったな」

自分の名前が挙がり、目をぱちくりさせるギョロン。

なんの事かと戸惑うシド。

「はい?」

「シドが研究に没頭し、根を詰め過ぎるというところがだ。」

「ギョロンがゲイン様にそんな事を?!」

「私はその鳥がギャーギャーうるさく言うから様子を見に来ただけだ。」

「ゲイン様、私を心配して下さるのですか・・・ありがとうございます。」

ゲインに心配されるなど思いもよらず、シドは感激していた。

「来たい時にいつでも来ればいいとは言ったが、まさか自分から向かうことになろうとはな」

皮肉のように聞こえるが、ゲインにとっては無意識の発言である。

「言葉もありません・・・父にも心配されたことがございませんというのに。ギョロンもありがとう。」

幸が薄そうな笑顔で言葉を返すシド。

シドと対峙していると、ゲインは何かが胸を支えてる感覚があった。

本当はお前に来て欲しかった。

こんなにも疲弊しているのなら、傍に仕えさせておけば良かった。

没頭するあまり、私の事も頭になかったのだろう。

ならばお前が私の事を忘れないように、何か出来ないだろうか。

ゲインはこれまで極力、思いを言葉にすることをしなかった。

他人と関わることが煩わしく、爆発させてしまった過去が去来する。

以来、他人とは接触せず、ひとり宮殿で一生を終えるつもりでいたのだ。

それがあの晩、お前たち親子がやって来たせいで、何かが変わってしまった。
ゲインは口を開いた。

「それほどまでに集中し、研究に励むことは評価する。ただ、お前はその間一度も、たった一度でも宮殿へ来ようという意思は無かったのか」

語気鋭いゲインの発言に、シドは身をすくめた。

「申し訳ありません」

傍らでギョロンが心配そうにふたりを見守っている。

ゲインはシドの左腕を掴んだ。

「お前が自身の仕える主を忘れないよう、呪いをかける。」

ゲインの魔力でシドの左腕には光とともに装飾品が施された。

ブレスレットと、そこから細いチェーンで1つの指輪に繋がっている。

「これには外れないように私の呪いがかけてある。以上だ。」

そういってゲインは踵を返し、ギョロンを呼びつけた。

「帰るぞ」

ギョロンは動揺しながらも、

「はいっ!」と返事をし、ついて行った。

シドはそのまま、緊張が解けたのか、地面にへたりこんでしまった。

宮殿への帰り道、ギョロンはゲインに話しかけた。

「あのう・・・先程のは」

「呪いだ。」

「贈り物・・・ですね」

「お前を貰った返礼のようなものだ。」

「そうですか・・・」

素直じゃない人だな、とギョロンは思った。

ゲインの訪問の後、シドはショックでしばらく何も出来なかった。

程なくしてモーグが洞窟に帰ってきた。

シドはモーグに、ゲインがここへ来て自分に呪いをかけたことを打ち明けた。

「あのゲイン様が宮殿から出られた・・・!?呪いとは、何だ!見せてみろ!」

シドはおずおず左腕をモーグの方へ差し出した。

「これは・・・」

それを見たモーグは考え込み、言葉を飲み込んだ。

「わしではどうもならん。自分で考えろ、馬鹿者。」

それだけ言って洞窟の奥へ行ってしまった。

シドは結局何も手につかず、研究に打ち込むことができなかった。

ゲインの厚意が裏目に出てしまったのだ。

モルグはというと、何故自分の息子に呪いと称した贈り物がなされたのか、理解に苦しんだ。

シドには母親の面影はあるが、容姿が端麗とは思わない。

ゲインに気に入られている事には違いないので、関係が良好なのは悪くない。

問題に思うのは指輪の意味であった。

左の薬指の指輪というと、絆を深めるというような意味がある。それが何故息子の指に?

孤独を生きてきた魔王が、そんな意味を持たせる贈り物をする事も信じ難かった。

自分たちとの接触が魔王を少しずつ変えているのだろうか?

シドの方はというと、ゲインに心配をかけてしまったこと、父には自分で考えろと言われたことで、研究への思考が完全に停止してしまっていた。

このままでは一人目の護衛者を迎える時に予定している新たな研究成果の発表に間に合わない。

ぼんやりと薪の用意をしていると、ふと斧に目が止まった。

(そうだ、左腕を切り落とせば呪いから解放されるかもしれない。)

シドは斧を握り、左手の手首に振り降ろした。

鮮血と共に切断された手首は、標本用の容器に入れておき、止血の処置をしてから新しい左手の培養に取り掛かった。

培養には日数がかかるので、しばらくは不自由だが仕方がない。

培養準備を終え、一区切りついたところで、現在取り掛かっている研究に戻ろうとした。

だが、やはり思うようにすすまない。

幼少の頃に読書に没頭する自分の頭をゲインの大きな手が掴んだ事、

自身を実験台にした事にゲインが心を痛め、抱擁された事・・・

何度も思いに耽っては、ため息をついてしまう。

呪いは身体から離して標本にしても逃れられないのか。

これはもう、呪いをかけたご本人に解いてもらうよう、お願いするしかない・・・。

そう思い、シドは標本を包んでゲインの宮殿へ向かうことにした。



シドがゲインの宮殿へたどり着くと、ギョロンが出迎えてくれた。

「シドさまーー!!来てくださったのですねっ!!」

嬉しそうにギョロンが飛びついてきた。

「ゲインさまのもとへお連れしますね。」

ゲインは玉座に座っている。

シドが自ら赴き宮殿へ来てくれた事に、自分の訪問が効いたのだろうと思い満足気だった。

「失礼します。ゲイン様」

扉が開き、シドがゲインの前に跪いた。

「顔色は良さそうだな。」

ゲインはシドに声をかけた。

「お陰様です。ゲイン様」

シドは包みを広げ、標本を出した。

それを見て、ゲインは硬直した。

「実は・・・呪いをといて欲しいのです」

無言のままシドの話に耳を傾けるゲイン。

「あなた様の呪いにより、研究を続ける事に支障が出てしまい、困惑しております。

このように、身体から離しても状況は変わらずでしたので、お願いいたします。」

ゲインは胸を潰される思いだった。

以前、自身を傷つけることに胸を痛めているとシドに伝えた事を、彼は全く理解していないではないか。

「シドよ。そうまでしてお前は、私の命令に背くのだな。お前自身をぞんざいにする事を私は良く思っていない、と伝えたはずだが。」

ゲインの言葉には怒りの感情が含まれていた。

シドはハッとした。これまで聞いてきたゲインの声色とは違っていた。

「お前の姿をもう見たくない。私の前から消えろ。」

シドはゲインの発した魔力の光源に包み込まれ、宮殿の外へ飛ばされてしまった。

「ゲインさま~!今の音は何ですか?!お酒の用意ができましたよ!」

ギョロンがゲインのもとへ訪れると、訪問者の姿がもうそこにはなかった。

「ゲインさま、シドさまは・・・?」

何も言わずゲインは玉座を立ち上がり、謁見の間から出ていった。

「ゲインさま、ちょっと?!」

ギョロンは戸惑い、慌てふためくだけだった。


・・・やはり、あの親子が来た時に受け入れるべきでは無かったのだ。

結局、誰も自分の話を聞いてはくれない。

誰かと関わりを持つ事で、心の平穏を保てないようになる事を、取り返しのつかない過ちを犯してしまった過去を、忘れたのか。

ゲインはまた、宮殿の精霊たちとだけ暮らしていた頃に戻りたいと強く願った。

落ち着きを取り戻したギョロンは、シドを探しに飛び立った。

宮殿の外に飛ばされたシドは、呆然と地面に座り込んでいた。

雨がしとしと降り始めた。

一緒に転送された左手の標本を抱え込み、落ち込んでいると・・・

「シドさまーー!!」

シドのもとにギョロンが飛んできた。

「シドさま、どうされ・・・」

ギョロンはシドが腕に抱えているものを見て驚愕した。

「これは・・・ゲインさまの贈り物ですね?」

シドは俯いたまま呟いた。

「もう、私の姿を見たくないって・・・」

ギョロンは悲しそうな顔をした。

「どうしてこのようなことを?」

「ずっと・・・ゲイン様の事が忘れられず、研究に身が入らなくて・・・左手を離しても駄目で、呪いを解いてもらうよう、お願いを・・・」

沈み込んでいるシドに、ギョロンがやさしく語りかけた。

「あのですね、シドさま。ゲインさまがかけたのは、絶対に飾りが外れないようにという、それだけの魔法なんですよ。

いつも見ている手に付けることで、いつも忘れないようにって。

だから呪いでゲインさまの事をずっと考えてしまう、というのは違うんです。それはきっと・・・」

唐突にギョロンの頭部が引っ張られた。

「余計なことを喋りすぎだ、ギョロン。後で焼き鳥にしてやろうか。」

ゲインがギョロンの頭部を掴み、そこに立っていた。

「呼んでも返事がないからと探してみればこの、お節介鳥め。帰るぞ。」

ゲインがそのまま立ち去ろうとしたので、シドは呼び止めた。

「お待ちください!」

無言で振り返り、シドを睨みつけるゲイン。

「私がひとときでもゲイン様を忘れることを許されないのなら、

せめてわたしを・・・ゲイン様の手で、殺めて下さい。」

それを聞き、ゲインは堰を切ったように話し始めた。

「左手を切るだけでは飽き足らず、己の死をもってまで私を拒絶するとは、見上げたものだな!

貴様の死ごときで私の怒りは収まらん。

よって、お前に罰を与える。

お前を我が宮殿に幽閉する。

なんならそこでお前の大好きな研究に励むがよい。

今回は、お前の父モーグに色々と働いて貰っている分、減刑してやろう。

私は普段よりも喋りすぎたので、不機嫌だ。帰るぞ。」

ゲインは流れるような動きでシドの抱えていた左手を魔力で引き寄せ、シドの左腕に一瞬で修復した。

シドはゲインの魔力の素早さに驚き、その言葉の意味を理解するのに少し時間を要したが、ようやく立ち上がり、ゲインとギョロンの後をついて宮殿へと向かい歩み出した。




  
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