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魔王との入浴
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現在シドが行っている研究は、防御に特化したものだった。
先の研究で得た自身の右腕の皮膚を硬化させる技術を応用し、右腕を起点として魔力を増幅させる事で全身を鎧化できるように改良を加えていたのだ。
これから迎えるゲインの護衛者達にも適用できるようにと研究を重ね、ある程度目途がついたところだ。
シドは研究がひと段落し、身体を伸ばして深呼吸をしていると
甲高い声が扉の向こうから聞こえてきた。
「シドさまっ!お疲れ様でーす!ハーブティーを用意しました!どうぞ!」
ギョロンはそう言って研究資料の広がった机を整理し、瞬く間にティーセットを並べだした。
「ありがとうギョロン。」
シドはギョロンの入れた温かい茶を飲み、一息つく。
「そうだ!シドさま、お茶が済みましたら、この宮殿にある天然温泉でリフレッシュされてはどうです?」
「へぇ、この宮殿の中に天然温泉なんてあったんだ?」
思えば研究中は身体を拭く程度しかしていなかった。
髪はボサボサで、もし急にゲイン様に呼び出されたりしたら合わせる顔もない。
「ここの温泉はミネラルが豊富で、たまった疲れも取れますよ。お肌もツルツルです!」
「ではお言葉に甘えて行ってみようかな。」
「はい!じゃあ、タオルとお着替えを用意しておきマース!」
ギョロンの管理のお陰で、シドは以前よりも顔色が良くなっていた。宮殿での生活にも徐々に慣れてきたようだ。
茶を飲み干した後、さっそくギョロンに教えてもらったとおりに浴場へと向かった。
浴場の入口の扉を開けると、カーテンがかかっており、カーテンをくぐると脱衣場に
大きな鏡、脱いだ服を入れる籠が棚に置いてあった。
湯気で眼鏡が曇り、真っ白で何も見えなくなった。
(さすがに眼鏡は外して入るか・・・)
服を脱ぎ、浴場へ入ると、薄暗い照明の中に広い湯船があり、石壁には窓があった。窓からは満月が覗いていた。
視力が弱いのでハッキリとは見えないが、水面に反射する月明かりを頼りに湯船に浸かった。
湯加減もちょうどよく、全身が温まる。
その頃、ギョロンは新しいふかふかのタオルを持って、脱衣場に入ってきた。
「あれ?籠が二つあるなあ。」
こっそり覗いてみると、籠にはゲインの服が入っていた。
「もしかして先にゲインさまが入ってらした?!」
ゲインはいつも、入浴後にテレパシーでタオルを用意するようギョロンに伝える。入浴時間もまちまちだ。
「ま、たまには裸の付き合いもいいかもですね。」
一方その頃、ゲインは突然浴場に入ってきたシドに内心驚き、動揺を悟られないように平静を装いつつも湯船の隅の方へゆっくりと移動した。
「どうやら一段落ついたようだな。」
落ち着いた声でシドに話しかけた。
「ゲイン様、いらしたのですか?!失礼いたしました!」
湯気と低視力のせいで、あまりゲインの位置を把握出来ないながらも、シドは返答した。
「構わん。疲れが貯まっているだろう、ゆっくりしろ。」
「はい、ありがとうございます。」
ゲインはシドの一途さ、純粋無垢な所に惹かれていた。
出来ればずっとそのままで、変わらずにいて欲しいと思っていた。
その為には自分とも、ある程度の距離を保っていた方がいいだろう・・・
一方シドの方は、父から満足に愛されずにいた分、ゲインからの好意には感謝していた。
自分が父に望んでいたが得られなかったものを、口数少なく無骨ながらも、与えて下さっていると感じていた。
「ゲイン様、少しお話してもよろしいでしょうか。」
シドが沈黙を破った。
「どうした?何か研究に足りない備品でもあるのか?」
「父の事なんですが・・・、ゲイン様に頂いたお召し物をまとってゲイン様の元へ向かう直前に、少しだけ父上とお会いしました。」
「何か言われてでもしたのか?」
「それが、私の姿を見て母上の名を口にしたのです。」
「そうか・・・お前が母親に似ていたのだろう。」
「そうなのでしょうか・・・私が生まれた時に母は亡くなりましたので、私には母の記憶がひとつもありません。」
「お前は、自分が生まれた事で父親から母親を奪ってしまった、と考えているのか?」
「・・・自分が生まれていなければ、父は母を失わずに済んだのでは、と思い、父の役に立つためこれまで励んで来たつもりです。
父は私にはいつも冷たく、優しく抱きしめてもらえたことなんてありませんでした。
ところが、ゲイン様とお会いしてから、父も以前とは少しずつ変わってきたような、そんな気がするんです。」
・・・俺にはお前の父親が変わったようには微塵も感じないがな。
変わったのは俺だ。
シドに、自身を忘れる事を許されない位なら殺して欲しいと言われ、思い留まった。
シドを傍に置きたいと思ったのだ。
あれ程他人との接触を避けて生きてきていたにもかかわらず。
もう二度と過去のような過ちを犯したくないのに・・・。
「ゲイン様?」
気が付くと、シドがゲインの顔を間近で覗き込んでいた。
シドは近視で距離感がつかめていないため、息がかかるほどゲインに接近していた。
近いぞ、と押し退けようかと思ったが、焦点の合わない虚ろな目の紅潮したシドを見て、ゲインの鼓動が早鐘を打った。
そのまま、ゲインはシドの額に口づけた。
「俺はお前のそういった一途で純粋無垢な所に惹かれている。」
「それは・・・私を誤解されていると思います。
私は研究のために沢山の命を捕獲し、解体、解剖してきました。私の掌は血に汚れています。」
「そういう意味ではない」
グイ、とゲインはシドの腕を掴んで引き寄せた。シドは体勢を崩し、ゲインの前に跨る形になった。
裸で向き合う事に何の恥じらいも感じていないのか、視力が弱いからなのか、シドは抵抗も何もしなかった。
「お前と結ばれたい」
そうとだけ言って、ゲインはシドの身体を抱きしめた。
「ゲイン様・・・?」
だが、ゲインはすぐに離れた。
「どうやら湯あたりしたようだ、先に出る。」
テレパシーでギョロンを呼び、タオルを濡れた身体にかけてもらう。
「ゲイン様、大丈夫ですか?お水をお持ちしますね。」
ギョロンは脱衣場近くに置いてある水瓶に向かってパタパタと飛んで行った。
おいていかれたシドは浴場でひとり考え込んでいた。
なんと返せばいいか分からなかった。
けれどもうゲイン様は出て行ってしまった。
考えがまとまらないまま、シドは湯から上がり、タオルで身体を拭いた。
今まで沢山の本を読んで学んできたが、今回の件は、どれもあまり参考になる事はなかった。
ああいう言葉を誰かから掛けられるという事を想定できていなかった。
これまでのシドの人生には必要なかったし、これからも必要ないと思っていた。
「シドさまー。」
ギョロンがやってきて心配そうにこちらを見ている。
「ゲイン様のご様子は?」
「お水を飲んで落ち着かれた様子で。シドさまもどうぞ。」
シドは水の入ったコップを受け取った。
「ギョロン、お願いがあるんだけど、寝る時の服を用意してもらってもいいかな。実は持ってないんだよね・・・」
「えっ、あ、そういえばいつも白衣のまんま仮眠されてましたよね・・・わかりました!」
ギョロンはピューと飛んでいった。
ゲインが自室でガウンを着て椅子に腰掛け、グラスにワインを注いでいると、ギョロンが扉をノックして部屋に入ってきた。
「ゲインさま、シドさまに寝る時のお召し物をご用意したいと思います。何かございますか?」
少し考えた後、ゲインは紙とペンをテーブルに用意し、何か描き始めた。デザイン画のようだった。
「これを精霊の部屋の机に置いておくといい。」
そういって渡された紙を持ち、ギョロンは精霊の部屋に向かった。
「精霊さーん入りますよー」
ギョロンはトントンと扉を叩き、ガチャと扉を開いた。が、真っ暗でガランとしていて何の気配も感じられなかった。
「お願いしまーす」
ゲインに言われた通り、部屋の中央にあるテーブルにデザイン画を置いて、ささっと部屋から出た。
ギョロンが扉を閉じると、すぐに扉の隙間から様々な色の光が溢れ出した。
この時、一切扉を開いてはいけないとゲインに強く言われたので、ギョロンはしばらく経ってからまた来ようと思い、部屋を後にした。
(しかし、すごい便利だね~どんな仕上がりになるのかな?)
ギョロンはワクワクと目を輝かせた。
城の精霊は、食事の用意も、宮殿の清掃も、衣服の提供までしてくれている。
基本姿は見えない。ゲインさえも見たことがないのだそうだ。
しかし、ゲインさまの描かれたあのデザイン画。あれをシドさまが着られるのか・・・あれは・・・ネグリジェ?いや、ランジェリーというやつではなかろうか。女性物の・・・
念の為、シドさま用にガウンも持っていく事にしよう、と思うギョロンだった。
それからしばらく経ち、ギョロンが妖精の部屋の前を訪れると、部屋の明かりは消えていた。
ギョロンが扉をノックして部屋に入ると、ゲインのデザイン画通りのものがトルソーに掛けてあった。
こ、これはセクシー過ぎる・・・アカン。
「精霊さん、ありがとうございましたー!」
ギョロンはそのランジェリーを手に取り、念の為に持ってきたガウンと一緒に、シドの部屋へ届けに行った。
さっそくシドにそれらを見せると、シドは複雑そうな表情を浮かべながらも、ギョロンに感謝を述べた。
「ありがとうギョロン。ガウンも持って来てくれたんだね。」
「お身体を冷やしませんように・・・」
そう言い残し、ギョロンはシドの部屋から出ていった。
戸惑いながらも、シドはそのランジェリー
を身につけてみた。
それはベビードールという、いわゆる女性用勝負下着とされるものである。
シドはその晩、ギョロンから渡されたガウンをはおり、ゲインの部屋へと向かった。
「ゲイン様、夜分に失礼します、シドです。」
ドアをノックするとゲインがドアを開けた。ワインの香りをほのかに漂わせながら。
「先程は、浴場で失礼いたしました。」
「それはこちらの台詞だ。」
「その・・・あなたと結ばれに来ました。」
ゲインは、はっ?と驚愕の表情を浮かべた。
「貴方がお望みのようなので参りました。」
突然のシドの言葉に驚き、
「あれは戯れだ。忘れろ。」
そう言ってゲインはドアを閉めようとした。
「あなたはいつも一人で何かを思い詰めていらっしゃいます。それが少しでも緩和されればと思い参りました。」
ゲインはとりあえずシドを部屋に入れ、話を聞こうと思った。
「悪いが、俺がこう根暗なのは生まれつきのものであって、通常運転なのだ。お前が心配する事は何も無いー・・・」
そう言ってゲインが振り返ると、シドはガウンを脱ぎ、恥ずかしげにこちらを見ていた。
「・・・似合ってるでしょうか」
ゲインはシドの紅潮した表情につられて自分の顔も真っ赤になってしまった。
「浴場では眼鏡を外していたので貴方の事がよく見えていませんでした。今度、眼鏡がなくても見えるようになるものを研究したいと思っています。」
「必要ない」
ゲインがシドの近くに迫った。
「この距離ならば、よく見えるか」
ゲインは右手でシドの眼鏡を外した。
反対の左腕は、シドの腰に回し、引き寄せた。
「は・・・はい」
ゲインは部屋の灯りを魔力で暗くした。
左手の触れている部分が暖かい。
少し手の位置を下げると、柔らかい臀部に触れた。
やさしく撫で、揉んでみる。
ゲインの大きな掌に触れられ、シドは小刻みに震えていた。浴場では何とも思わなかったのが、今になって恥ずかしさのあまり、ゲインの胸に顔を埋めてしまった。
ゲインはシドを抱え、ベッドに横たわらせ、語りかける。
「シド・・・お前は同性での事に、何ら抵抗はないのか?」
息を整えるために少し間を置いて、シドは答えた。
「そうですね・・・自然界には同性カップルというのは広く存在します。ゲイン様の過去に何があったかは存じませんが、抵抗という言葉を使われるあたり、何か酷く辛い思いをされたことがあるとお見受けします。」
ゲインはシドの言葉を聞いて、深く心の中に閉ざしていた記憶がふと蘇り、胸が苦しくなった。
「興が冷めた。お前も身体を震わせるほどに覚悟ができていないようなら、簡単に私と結ばれるなどと言うものではない。」
そう言い放ち、ゲインは寝室から出ていってしまった。
シドはゲインの触れてはならない心の傷に触れてしまった、と後悔した。ベッドから起き上がってガウンを羽織り、ゲインの部屋を後にした。
部屋から出たゲインはバルコニーで夜風に当たっていた。
もう二度と悲しい思いをしたくない、その為に自分はこの宮殿で誰にも会わず、ひとりきりで暮らして行こうと思っていたはずだった。
魔王と呼ばれ、強大な魔力を有するが、世界を滅ぼす気などない。心に平穏を保ち、ひっそりと暮らしていたかったのだ。
誰かの為に心を痛めたり、誰かに傷つけられたりするのはもう面倒だ。
もう誰も自分に構わないでくれ。
もう誰にも会いたくはない。
一人にしてくれ・・・
ゲインは再び心を閉ざしてしまった。
ゲインの部屋から出たシドは、どうしていいか分からず、途方に暮れていた。
あの時も・・・腕を切り、呪いを解いて欲しいと言って、あの方を傷付けてしまった。
自分はどうしていつも、こう馬鹿なのだろう・・・
あの方はきっと、自分が一人でいる事で誰かに傷つけられたり、誰かを傷つけたりする事から逃れられると思っていらっしゃる。
そうして心を閉ざしてしまっている。
私には たくさんの生きる希望を与えて下さったのに。
ゲインが夜風に当たっていると、ギョロンがそばに寄ってきた。
「ゲインさま、身体を冷やしますよ。」
そう言って、ゲインの肩にストールを掛け、そのままパタパタと飛んで去って行った。
ゲインは寝室に戻り、眠りについた。
そして遠い昔の夢を見ていた。
まだ、自分が魔術を学ぶ学生だった頃の夢を・・・
先の研究で得た自身の右腕の皮膚を硬化させる技術を応用し、右腕を起点として魔力を増幅させる事で全身を鎧化できるように改良を加えていたのだ。
これから迎えるゲインの護衛者達にも適用できるようにと研究を重ね、ある程度目途がついたところだ。
シドは研究がひと段落し、身体を伸ばして深呼吸をしていると
甲高い声が扉の向こうから聞こえてきた。
「シドさまっ!お疲れ様でーす!ハーブティーを用意しました!どうぞ!」
ギョロンはそう言って研究資料の広がった机を整理し、瞬く間にティーセットを並べだした。
「ありがとうギョロン。」
シドはギョロンの入れた温かい茶を飲み、一息つく。
「そうだ!シドさま、お茶が済みましたら、この宮殿にある天然温泉でリフレッシュされてはどうです?」
「へぇ、この宮殿の中に天然温泉なんてあったんだ?」
思えば研究中は身体を拭く程度しかしていなかった。
髪はボサボサで、もし急にゲイン様に呼び出されたりしたら合わせる顔もない。
「ここの温泉はミネラルが豊富で、たまった疲れも取れますよ。お肌もツルツルです!」
「ではお言葉に甘えて行ってみようかな。」
「はい!じゃあ、タオルとお着替えを用意しておきマース!」
ギョロンの管理のお陰で、シドは以前よりも顔色が良くなっていた。宮殿での生活にも徐々に慣れてきたようだ。
茶を飲み干した後、さっそくギョロンに教えてもらったとおりに浴場へと向かった。
浴場の入口の扉を開けると、カーテンがかかっており、カーテンをくぐると脱衣場に
大きな鏡、脱いだ服を入れる籠が棚に置いてあった。
湯気で眼鏡が曇り、真っ白で何も見えなくなった。
(さすがに眼鏡は外して入るか・・・)
服を脱ぎ、浴場へ入ると、薄暗い照明の中に広い湯船があり、石壁には窓があった。窓からは満月が覗いていた。
視力が弱いのでハッキリとは見えないが、水面に反射する月明かりを頼りに湯船に浸かった。
湯加減もちょうどよく、全身が温まる。
その頃、ギョロンは新しいふかふかのタオルを持って、脱衣場に入ってきた。
「あれ?籠が二つあるなあ。」
こっそり覗いてみると、籠にはゲインの服が入っていた。
「もしかして先にゲインさまが入ってらした?!」
ゲインはいつも、入浴後にテレパシーでタオルを用意するようギョロンに伝える。入浴時間もまちまちだ。
「ま、たまには裸の付き合いもいいかもですね。」
一方その頃、ゲインは突然浴場に入ってきたシドに内心驚き、動揺を悟られないように平静を装いつつも湯船の隅の方へゆっくりと移動した。
「どうやら一段落ついたようだな。」
落ち着いた声でシドに話しかけた。
「ゲイン様、いらしたのですか?!失礼いたしました!」
湯気と低視力のせいで、あまりゲインの位置を把握出来ないながらも、シドは返答した。
「構わん。疲れが貯まっているだろう、ゆっくりしろ。」
「はい、ありがとうございます。」
ゲインはシドの一途さ、純粋無垢な所に惹かれていた。
出来ればずっとそのままで、変わらずにいて欲しいと思っていた。
その為には自分とも、ある程度の距離を保っていた方がいいだろう・・・
一方シドの方は、父から満足に愛されずにいた分、ゲインからの好意には感謝していた。
自分が父に望んでいたが得られなかったものを、口数少なく無骨ながらも、与えて下さっていると感じていた。
「ゲイン様、少しお話してもよろしいでしょうか。」
シドが沈黙を破った。
「どうした?何か研究に足りない備品でもあるのか?」
「父の事なんですが・・・、ゲイン様に頂いたお召し物をまとってゲイン様の元へ向かう直前に、少しだけ父上とお会いしました。」
「何か言われてでもしたのか?」
「それが、私の姿を見て母上の名を口にしたのです。」
「そうか・・・お前が母親に似ていたのだろう。」
「そうなのでしょうか・・・私が生まれた時に母は亡くなりましたので、私には母の記憶がひとつもありません。」
「お前は、自分が生まれた事で父親から母親を奪ってしまった、と考えているのか?」
「・・・自分が生まれていなければ、父は母を失わずに済んだのでは、と思い、父の役に立つためこれまで励んで来たつもりです。
父は私にはいつも冷たく、優しく抱きしめてもらえたことなんてありませんでした。
ところが、ゲイン様とお会いしてから、父も以前とは少しずつ変わってきたような、そんな気がするんです。」
・・・俺にはお前の父親が変わったようには微塵も感じないがな。
変わったのは俺だ。
シドに、自身を忘れる事を許されない位なら殺して欲しいと言われ、思い留まった。
シドを傍に置きたいと思ったのだ。
あれ程他人との接触を避けて生きてきていたにもかかわらず。
もう二度と過去のような過ちを犯したくないのに・・・。
「ゲイン様?」
気が付くと、シドがゲインの顔を間近で覗き込んでいた。
シドは近視で距離感がつかめていないため、息がかかるほどゲインに接近していた。
近いぞ、と押し退けようかと思ったが、焦点の合わない虚ろな目の紅潮したシドを見て、ゲインの鼓動が早鐘を打った。
そのまま、ゲインはシドの額に口づけた。
「俺はお前のそういった一途で純粋無垢な所に惹かれている。」
「それは・・・私を誤解されていると思います。
私は研究のために沢山の命を捕獲し、解体、解剖してきました。私の掌は血に汚れています。」
「そういう意味ではない」
グイ、とゲインはシドの腕を掴んで引き寄せた。シドは体勢を崩し、ゲインの前に跨る形になった。
裸で向き合う事に何の恥じらいも感じていないのか、視力が弱いからなのか、シドは抵抗も何もしなかった。
「お前と結ばれたい」
そうとだけ言って、ゲインはシドの身体を抱きしめた。
「ゲイン様・・・?」
だが、ゲインはすぐに離れた。
「どうやら湯あたりしたようだ、先に出る。」
テレパシーでギョロンを呼び、タオルを濡れた身体にかけてもらう。
「ゲイン様、大丈夫ですか?お水をお持ちしますね。」
ギョロンは脱衣場近くに置いてある水瓶に向かってパタパタと飛んで行った。
おいていかれたシドは浴場でひとり考え込んでいた。
なんと返せばいいか分からなかった。
けれどもうゲイン様は出て行ってしまった。
考えがまとまらないまま、シドは湯から上がり、タオルで身体を拭いた。
今まで沢山の本を読んで学んできたが、今回の件は、どれもあまり参考になる事はなかった。
ああいう言葉を誰かから掛けられるという事を想定できていなかった。
これまでのシドの人生には必要なかったし、これからも必要ないと思っていた。
「シドさまー。」
ギョロンがやってきて心配そうにこちらを見ている。
「ゲイン様のご様子は?」
「お水を飲んで落ち着かれた様子で。シドさまもどうぞ。」
シドは水の入ったコップを受け取った。
「ギョロン、お願いがあるんだけど、寝る時の服を用意してもらってもいいかな。実は持ってないんだよね・・・」
「えっ、あ、そういえばいつも白衣のまんま仮眠されてましたよね・・・わかりました!」
ギョロンはピューと飛んでいった。
ゲインが自室でガウンを着て椅子に腰掛け、グラスにワインを注いでいると、ギョロンが扉をノックして部屋に入ってきた。
「ゲインさま、シドさまに寝る時のお召し物をご用意したいと思います。何かございますか?」
少し考えた後、ゲインは紙とペンをテーブルに用意し、何か描き始めた。デザイン画のようだった。
「これを精霊の部屋の机に置いておくといい。」
そういって渡された紙を持ち、ギョロンは精霊の部屋に向かった。
「精霊さーん入りますよー」
ギョロンはトントンと扉を叩き、ガチャと扉を開いた。が、真っ暗でガランとしていて何の気配も感じられなかった。
「お願いしまーす」
ゲインに言われた通り、部屋の中央にあるテーブルにデザイン画を置いて、ささっと部屋から出た。
ギョロンが扉を閉じると、すぐに扉の隙間から様々な色の光が溢れ出した。
この時、一切扉を開いてはいけないとゲインに強く言われたので、ギョロンはしばらく経ってからまた来ようと思い、部屋を後にした。
(しかし、すごい便利だね~どんな仕上がりになるのかな?)
ギョロンはワクワクと目を輝かせた。
城の精霊は、食事の用意も、宮殿の清掃も、衣服の提供までしてくれている。
基本姿は見えない。ゲインさえも見たことがないのだそうだ。
しかし、ゲインさまの描かれたあのデザイン画。あれをシドさまが着られるのか・・・あれは・・・ネグリジェ?いや、ランジェリーというやつではなかろうか。女性物の・・・
念の為、シドさま用にガウンも持っていく事にしよう、と思うギョロンだった。
それからしばらく経ち、ギョロンが妖精の部屋の前を訪れると、部屋の明かりは消えていた。
ギョロンが扉をノックして部屋に入ると、ゲインのデザイン画通りのものがトルソーに掛けてあった。
こ、これはセクシー過ぎる・・・アカン。
「精霊さん、ありがとうございましたー!」
ギョロンはそのランジェリーを手に取り、念の為に持ってきたガウンと一緒に、シドの部屋へ届けに行った。
さっそくシドにそれらを見せると、シドは複雑そうな表情を浮かべながらも、ギョロンに感謝を述べた。
「ありがとうギョロン。ガウンも持って来てくれたんだね。」
「お身体を冷やしませんように・・・」
そう言い残し、ギョロンはシドの部屋から出ていった。
戸惑いながらも、シドはそのランジェリー
を身につけてみた。
それはベビードールという、いわゆる女性用勝負下着とされるものである。
シドはその晩、ギョロンから渡されたガウンをはおり、ゲインの部屋へと向かった。
「ゲイン様、夜分に失礼します、シドです。」
ドアをノックするとゲインがドアを開けた。ワインの香りをほのかに漂わせながら。
「先程は、浴場で失礼いたしました。」
「それはこちらの台詞だ。」
「その・・・あなたと結ばれに来ました。」
ゲインは、はっ?と驚愕の表情を浮かべた。
「貴方がお望みのようなので参りました。」
突然のシドの言葉に驚き、
「あれは戯れだ。忘れろ。」
そう言ってゲインはドアを閉めようとした。
「あなたはいつも一人で何かを思い詰めていらっしゃいます。それが少しでも緩和されればと思い参りました。」
ゲインはとりあえずシドを部屋に入れ、話を聞こうと思った。
「悪いが、俺がこう根暗なのは生まれつきのものであって、通常運転なのだ。お前が心配する事は何も無いー・・・」
そう言ってゲインが振り返ると、シドはガウンを脱ぎ、恥ずかしげにこちらを見ていた。
「・・・似合ってるでしょうか」
ゲインはシドの紅潮した表情につられて自分の顔も真っ赤になってしまった。
「浴場では眼鏡を外していたので貴方の事がよく見えていませんでした。今度、眼鏡がなくても見えるようになるものを研究したいと思っています。」
「必要ない」
ゲインがシドの近くに迫った。
「この距離ならば、よく見えるか」
ゲインは右手でシドの眼鏡を外した。
反対の左腕は、シドの腰に回し、引き寄せた。
「は・・・はい」
ゲインは部屋の灯りを魔力で暗くした。
左手の触れている部分が暖かい。
少し手の位置を下げると、柔らかい臀部に触れた。
やさしく撫で、揉んでみる。
ゲインの大きな掌に触れられ、シドは小刻みに震えていた。浴場では何とも思わなかったのが、今になって恥ずかしさのあまり、ゲインの胸に顔を埋めてしまった。
ゲインはシドを抱え、ベッドに横たわらせ、語りかける。
「シド・・・お前は同性での事に、何ら抵抗はないのか?」
息を整えるために少し間を置いて、シドは答えた。
「そうですね・・・自然界には同性カップルというのは広く存在します。ゲイン様の過去に何があったかは存じませんが、抵抗という言葉を使われるあたり、何か酷く辛い思いをされたことがあるとお見受けします。」
ゲインはシドの言葉を聞いて、深く心の中に閉ざしていた記憶がふと蘇り、胸が苦しくなった。
「興が冷めた。お前も身体を震わせるほどに覚悟ができていないようなら、簡単に私と結ばれるなどと言うものではない。」
そう言い放ち、ゲインは寝室から出ていってしまった。
シドはゲインの触れてはならない心の傷に触れてしまった、と後悔した。ベッドから起き上がってガウンを羽織り、ゲインの部屋を後にした。
部屋から出たゲインはバルコニーで夜風に当たっていた。
もう二度と悲しい思いをしたくない、その為に自分はこの宮殿で誰にも会わず、ひとりきりで暮らして行こうと思っていたはずだった。
魔王と呼ばれ、強大な魔力を有するが、世界を滅ぼす気などない。心に平穏を保ち、ひっそりと暮らしていたかったのだ。
誰かの為に心を痛めたり、誰かに傷つけられたりするのはもう面倒だ。
もう誰も自分に構わないでくれ。
もう誰にも会いたくはない。
一人にしてくれ・・・
ゲインは再び心を閉ざしてしまった。
ゲインの部屋から出たシドは、どうしていいか分からず、途方に暮れていた。
あの時も・・・腕を切り、呪いを解いて欲しいと言って、あの方を傷付けてしまった。
自分はどうしていつも、こう馬鹿なのだろう・・・
あの方はきっと、自分が一人でいる事で誰かに傷つけられたり、誰かを傷つけたりする事から逃れられると思っていらっしゃる。
そうして心を閉ざしてしまっている。
私には たくさんの生きる希望を与えて下さったのに。
ゲインが夜風に当たっていると、ギョロンがそばに寄ってきた。
「ゲインさま、身体を冷やしますよ。」
そう言って、ゲインの肩にストールを掛け、そのままパタパタと飛んで去って行った。
ゲインは寝室に戻り、眠りについた。
そして遠い昔の夢を見ていた。
まだ、自分が魔術を学ぶ学生だった頃の夢を・・・
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支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
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さいとう みさき
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