陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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賑やかな杉野家

三十四、

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 家に帰ったら誰かがいるということを久々に経験した。血の繋がりもなく、親戚でもないただの他人なのに生活音が聞こえるのは心地よいだけだった。苦しくなったり、辛くなったりしなかった。不思議だったけど、本当の他人だったから(そもそも吸血鬼だから)辛く無かったのかもしれない。

 
 「このホットケーキふわふわして美味しい!ママが作るといつもペタンとしてるのに。ケイくん何かしたの?」
「混ぜる時にちょっとコツがあるんだよ。そう言ってくれて嬉しい!」
「焼いたのはママよ!綺麗に焼けてるでしょー」

三人のやりとりを聞きながらホットケーキを咀嚼する。母が作ったホットケーキも美恵子さんが作る物も同じ味なのに、確かに今日食べているホットケーキは食感が違う気がする。
 
(美味しい。美味しいけどジャムとかつけたい)

いちごジャムとかピーナッツバターとか、在りし日の思い出が蘇ってきて少し切なくなった。


 「そろそろ帰ろうか」
「え、もう?」

ホットケーキを食べ終えて紅茶を飲みながらそう言うと、大翔が露骨に驚いた声をあげた。だが、時間はもう十六時前になる。昼過ぎには帰る予定だったのに随分長居してしまった。

「そうね。遅くなったけど私たちもお墓参り行きたいし、駅まで車で送るわ。清飛が来てくれたのが嬉しくてつい遅くなっちゃった」
「清飛くん、泊まっていかない?明日日曜日だよ」
「ケイもいるし、帰るよ。明日はバイトもあるし」
「ケイくんも泊まっていけばいいのに」
「ありがと、大翔くん。でも俺も用事あるから帰るね」

大翔はケリーとの別れにもすっかり寂しそうだった。視線を落とし、悲しむ大翔の頭を撫でて励ます。

「気が向いたら、正月までにまた来る」
「本当!?」
「確約はできないけど、約束する」
「……うん!来たいと思った時はいつでも来て!ケイくんも、また来てね!」
「ありがとう、大翔くん!」

足下で忍が俺の脚に擦り寄ってきた。お別れがわかってるのか心なしか寂しそうに見える。なぜこんなにも懐いてくれているのかは分からないが、嬉しい。

「忍、また来るね」
「キャン!」

しゃがみこんで頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振る。なんだか俺も寂しくなってきて、小熊みたいなポメラニアンをぎゅっと抱きしめた。


 雨はもう止んでいて、太陽が出ていた。もしかしたら止んですぐは虹が出ていたかもしれないなと思いながら美恵子さんが運転する車に乗り込んだ。
 大翔が助手席に座って、俺とケリーが後部座席に座る。途中、朝猫がいた家の屋根を見てみたが家の中に入ったのかもういなくなっていて、濡れてなかったらいいなと少し気になった。
 歩いて行くと結構時間がかかるが、車だとすぐに駅に着いた。小さな駅なので駐車場は無いが、人も周りにいないので駅前に車を停めて美恵子さんと大翔も車から降りる。

「じゃあ、清飛。また来てね」
「うん」

美恵子さんは、いつもの元気な姿からは一転しんみりとしていた。そんな態度でいられると俺も寂しくなってくる。

「暑くなってきたといえ、これから梅雨に入るだろうし体調には気をつけてね。ちゃんとごはん食べるのよ。それとメッセージはちゃんと返してね。スタンプ一個でもいいから」
「わかったよ。ちゃんとする」

確認事項が多いが、心配してくれているのはわかっている。俺が答えると、ケリーに向き直った。

「京くんも、今日は来てくれてありがとう」
「いえ、急にお邪魔させていただいてありがとうございました!楽しかったです!」
「もう!良い子!京くんもまたおいでね!良かったら一緒に料理作りましょう!」
「ありがとうございます!」

美恵子さんも料理が上手いし、二人で作るとすごいのができそうだなと思った。
 大翔は家では泣きそうだったが、駅に着いてからはいつもの元気な様子だった。

「清飛くん!ケイくん!また来てね!ケイくんも今度一緒にゲームしよ!」
「ありがとう、大翔くん!俺ゲームできるかな?」
「僕が教えてあげる!」
「クセなく教えるのは得意そうだな」

時刻表を確認すると、あと数分で電車が来そうだった。そろそろ切符を買ってホームにいようと、振り向きかける。

「じゃあ、また。今日はありがと」
「いつでもまたいらっしゃい!できれば連絡入れて来てね!無くてもいいけどね!」
「ばいばーい!清飛くん、ケイくん!」
「ありがとうございました!」

 切符を買い、ホームに立つと二人の乗る車が走り去って行くのが見えた。今朝まで家に行くのは気が進まなかったのに、今は行って良かったと思った。

「ケリー、ごめんね。予定より帰るの遅くなった」
「何言ってるの!楽しかったよ。美恵子さんと大翔くんに会えて良かった」

その言葉は本心からの言葉だと、ケリーの表情を見ればわかった。気を遣うことがたくさんあっただろうに、そのように言ってくれてホッとする。

「優しい人たちだね」
「うん」
「清飛のお母さんも美恵子さんに似てたんだよね」
「うん、大もとは」
「清飛はたくさん愛されてたんだなぁって思った一日だったよ。お母さんからも美恵子さんからも、大翔くんからも」

(「愛されていた」うん。そうだ。)

ケリーの言葉にじんわりと心が温かくなる。
 周囲から「早くに母を亡くした可哀想な子」と言われることが多かった。確かにそうだし、今も悲しみが薄れることは無いけど、それしか言われないのは思い出まで無くしてしまうような気がして悲しかった。ケリーはそうではなくて、美恵子さんの存在と母を照らし合わせてくれて「愛されていた」と言ってくれた。それが何よりも嬉しかった。


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