陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
48 / 89
お別れまでの日々

四十八、

しおりを挟む
「好きっていうか……」
「どんな人なの?」
「おっとり、マイペース、ぼんやりしてる」
「……本当にタイプ違う」

遠目から見るだけだったが、平田と一緒にいる女子はみな派手目で少々キツめな性格だったはずだ。大人しそうな人と好んで話している印象は薄い。
 俺の反応を見かねてか、清水が言う。

「俺と平田が一年の時のバレー部部長の妹さん。濱谷先輩とは対照的にぽやっとしてる」
「ああ、先輩ってあの人か」
「杉野知ってるんだ」
「あの人知らない人いないでしょ」

 どこで出会ったのだろうと疑問に思ったが、その言葉で腑に落ちた。深い交流があった訳では無いが、その先輩の姿はすぐに頭に浮かぶ。四階の教室にいても時々校庭からの声が聞こえてくるようくらい元気な先輩で、ちょっとした有名人だった。名前を知らなくても「元気な先輩」か「優しい先輩」と言えば話が通じる。しかし、話を聞く限り兄妹でそこまで性格が違うのかと上手く想像できなかった。

「今年入学して、部室に挨拶に来てくれたんだけどその時平田いなくて。それから暫くして二人が話してるの見てたらピンときた」
「まだそんなに話してないんだけど。最初に見たのいつ?」
「生物学室の前のメダカの水槽見てる時」
「めっちゃ前じゃん」
「そう?先々週くらいじゃない?」
「その間部活で会ってたのに何も言わなかったし」
「人の恋路はそっと見守る人です」

二人だけで話し始めたのでもう何も言わずに、心の中で清水に感謝しながら弁当を食べ進めた。ケリーの作ってくれたオムライスは弁当箱にぴったりとおさまっていて、薄焼きたまごの黄色がツヤツヤしていた。手の込んだ料理に嬉しさはあるが、同時に切なくもなった。
 清水は俺が話し辛そうにしているのを気遣って話を逸らそうとしてくれたのだと思う。昨日の話はきちんと終わらせていないし、聞きたいことはまだあるはずだ。平田と一緒になって詰問することもできたはず。しかし、そのようなことはせずに俺の気持ちを汲み取って話題を遠ざけようとしてくれた。

(何も聞いてこなくても、清水たちの大会が終わったらできるだけ話そう。)

そう心に決めて二人の会話を片耳で聞いていた。



 「結局やりたいことはないのか?杉野」
「経済学部か文学部ですかね」
「その学部で何がしたいんだ?」
「よく分かってないです」
「お前な」

「はぁ……」とわかりやすくため息を吐かれてげんなりする。テスト期間前以来、久しぶりに滝野に呼び止められた。受験の申し込み直前まで放っておいてくれたら良いのにと思いながら、余計なことは言わずに静かに聞いて相槌をうつ。どうせ今日も説教だと、深く考えずに聞き流そうとした。
 だが、今日の滝野の言葉はこれまでと少し違っていた。

「杉野は変な所で真面目だよな。適当に決められないんだろ」
「え?そりゃ真面目か不真面目かで言われたら真面目でしょうけど。なんですか?その言い方」
「普通こんなに口煩く言われたら適当にでもこの学校って決めようとするだろ。それが本意じゃなくても。だけどお前の場合これだけ言っても「とりあえずここ」って決めようとはしないし、言うならちゃんと考えないとダメだって思ってそうなんだよな」
「別にそう言う訳では……」

可笑しな心配をされているような気がしたが、上手く反論できずつい口ごもる。滝野の中で過大評価されてる気がして少し恥ずかしくなった。
 しかし、続けられた言葉に恥ずかしさも吹き飛んだ。

「俺の思い込みかもしれないし、担任になってまだ二ヶ月程の奴に言われたくないかもしれないが、「学費を出してくれる」って思いがあるから決めきれないんじゃないか?大学って本当に真面目に勉強する奴もそりゃあいるが、まだ学生のまま遊びたいって言う奴やまだ社会になりたくなくてとりあえず行くって奴もも多いぞ。そういう奴らと比べたら杉野は真面目過ぎるっていうか。もう少し気楽に考えても良いと思うんだが」
「……」

俺が密かに思っていたことをまさか滝野に言い当てられるとは思わず、頭の中が真っ白になる。
 
(だって、親でもないのに……。)

美恵子さんも仁さんも、とても良くしてくれるが二人には実の息子の大翔がいる。俺にお金をかけると、もしかしたら大翔が今後何かを諦める事態が起こることが無いとも言い切れない。二人が一番に大切にすべきなのは大翔で、俺では無い。俺はもう十分だから、余計な手間をとらなくていい。
 それに、母が亡くなったと実感したあの瞬間から何事もどうでも良いと思うようなってしまった。「ただ生きてるだけ」それが今の俺だ。そんな俺の為に大金を使ってほしくない。
 だけど、美恵子さんたちの想いを無下にすることもできない。「大切にされていない」なんて口が裂けても言えない程、愛情を持って接してくれているのは実感してる。
 ーー俺なんかより実の息子の大翔にお金を使って欲しい。
 ーーやりたいこともなく、ただ生きてるだけの俺に大金を使って欲しくない。
 何を言っても悲しませるということは容易に理解できる。それは嫌だと強く心に思うのだが、本当にどうしたら良いのか分からないのだ。何をしても誰かが無理をするのなら、俺一人がより不幸であれば良いと思うのだ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

処理中です...