陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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お別れまでの日々

四十九、

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「おい、黙ってどうした?」
「……いえ、多少面食らって」
「俺が言ってることも一理あるって感じか?」

一理どころか見事に言い当てられているので「まあ……」と言葉を濁した。昨年の担任には何も言われなかったし、滝野も別に熱血な教師って訳でないのにどうして気づいたのだろう。そもそもこういう時以外、二人で話すことなんてないし悩んでる素振りなんて滝野に見せたことも無いはずなのに。
 考え込んでいると、滝野が「まあ、でも」とこれまでとは幾分軽い口調で話し始めた。

「成績だけは心配してないからな。明日の授業でテスト返却するけどクラスで一番良かったぞ」
「そうですか。でも、先生はテストに出るところは直前に重点的に復習してくれるし」
「あれはどっちかっていうと赤点対策な。今回数学が範囲広いってボヤいてる生徒もいたし。教科書の端まで網羅してるの数人だぞ、良く頑張ったな」

 急に褒められてきょとんとするが、悪い気はしなかった。それに滝野は別に重箱の隅をつつくような意地悪な問題を出すことはないし、理解さえすれば難しくは無かった。
 しかし、何故今このような話をするのだろう。俺と世間話をしても楽しくはないと思うのだが。

「なんでいきなりこんな話って思ってるな」
「……よく分かりましたね」
「お前意外と顔に出るのな。今まで気づかなかったわ」

 そう言って、滝野は少し遠い目をした。

「俺が去年まで担任してた生徒にお前と似た奴がいたんだよ。成績は良いけど卒業後どうするかははっきりしない奴が」
「そういう人って別に俺に似てるって訳じゃ無くて、珍しくないんじゃないですか?」
「いや、それだけじゃないんだ。その生徒は杉野と同じで親がいなかった。それどころか金だけは振り込まれるけど一切面倒を見ようとしない親戚しかいなくて、周囲から見ると大分苦労しているような状況だった。まあ、本人はそれを当たり前のように受け入れていたが」

滝野の言葉につい最近までそんな人が身近にいたことに驚いた。人にあまり関心を持っていなかったし、知らなかったのは当然かもしれないが、誰なのかと少し興味が沸く。

「高校生活でマシにはなったが、長いことそんな生活してたから誰かに頼るのに抵抗があったみたいで、こりゃ進路決める時難航するぞと思って話しかけると、意外にもすぐに志望校言ったんだよ。しっかりした奴だったから、「いざとなれば奨学金も」とか詳しく話しててな。驚いたが、まあ決まってるなら安心だとその時は気にしなかった。だが、暫くしてそんなの適当にでっちあげただけで、全ての人間関係断ち切って行方くらまそうとしてたと知ってちゃんと話し合えばよかったと後悔した」
「なんか、とんでもない人ですね」
「俺には理解できんが、大切にされていると申し訳なくなるんだと。結局県外、っていうか地方も出たが友人達に逐一状況確認されるから諦めたのか普通に連絡はくるし、なんかよく分からんSNS始めて今も仲良くしてるようだし。あ、バレー部だったから清水に聞いたら教えてくれると思うぞ。一つ聞いたら百くらい教えられるかもしれないが」
「まあ、覚えてたら聞いてみます」

なんだか話を聞いていると俺よりも面倒な人の相手をしていたのだなと滝野が少し可哀想になってくる。そりゃあ二年続けて三年生の担任なんてしたくなくなるはずだ。
 それに、滝野が俺を気にかける理由もわかった。要はその生徒と俺を重ねているのだろう。大変な選択をさせないように。滝野の話している表情を見れば、言葉のわりには柔らかだし、大切な教え子だったのだということがわかる。

(気にかけてくれていたから、悩んでいることにも気付いてくれたのだろうか。)

 熱血という訳ではない、厳しくもない、だけど親身にはなってくれる不思議な教師。面倒だと思っていたし、正直今も放っておいてくれないかとは思う。俺は別に、行方をくらまそうなどとは考えていないのだし。だが、滝野に対して抱いていた苦手意識は今の話を聞いていると少し薄れたように感じた。それが、進路について前向きに考える理由になるとは限らないけど。

「って、すまん。長い話に付き合わせたな。今日バイトか?」
「あ、はい。でも忙しくはないので」
「そうか。気をつけて帰れよ。……些細なことでも悩んでることとかあったら相談してこいよ。口煩いかもしれないが、別に敵ではないからな」

敵だとか思っている訳が無いだろうと、僅かに呆れたような気持ちになったが特に反論はせずに「分りました」と返事をして教室を出た。


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