【改稿版】十六夜はカクテルの香り

氷室龍

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本編

Eye Opener~運命の出会い~

Eye Opener~運命の出会い~

真央は目の前で眠りこける愛しい人の姿にどうすべきか困惑する。それを雨水は苦笑しながらも優しく見つめている。

「やれやれ……」
「けしかけたのは雨水先輩ですよ」
「まぁね」
「もう……」

真央はため息をつきながらも潤の前髪を掬う。潤のその顔は出会ったころより幾分か精悍さを増し、雄の香りを放っているようだった。それを、雨水は見逃さずに言葉を続ける。

「真央ちゃん。潤はね、君のことを諦めきれずにいるんだ。でも、追わなかった。それがこいつなりの優しさだと思う」
「……」
「真央ちゃんだって気持ち残ってるんだろ? だから、オリンピックを潤に出した」
「忘れてました。雨水先輩は『カクテル言葉』を私以上に熟知しているってこと……」

雨水が困ったように肩をすくめる。今でこそ大手商社で総務課課長などというお堅い職に身を置いているが、学生の頃はとあるバーでバーテンダーとしてアルバイトをしていたのだ。

「勿論だ。オリンピックに隠された言葉は『待ち焦がれた再会』。君は潤との再会を望んでいたんだろ?」
「それは……」
「何より、そのペンダントを肌身離さず持っているのがその証拠だと俺は思っている」

真央は胸元をギュッと握りしめた。

「実はそのペンダント。潤が俺に土下座してまで手伝ってくれって言って買ったものなんだ」
「え?」
「女の子にプレゼントなんてしたことがないから何がいいかわからない。けど、サプライズで贈りたいから君に聞くわけにはいかない。だから、喜びそうなものを一緒に探してくれないか、ってね」
「潤……」
「漸く本音が出たね。今、向き合わないと後悔するよ」
「先輩、私……」
「ちゃんと答えを出さないと二人とも不幸になる。俺はそんなのごめんだし、見たくもない。できることなら、二人には笑っていてほしい。これも何かの巡り合わせだよ。そう思わないかい?」
「そう、ですね……」
「潤のことは任せる。あとは真央ちゃん、君が決めるんだ。もう悩むことしかできなかった子供じゃないだろう?」

雨水の言葉に真央は決心したように顔を上げる。その瞳には強い意志が宿っていた。それに安堵した雨水は優しげな笑みを残し店を後にした。



真央は未だカウンターに突っ伏して眠る潤を見ながら過去へと思いを馳せる。初めて出会ったのは高校の入学式。母から入学祝いにと貰ったハンカチを桜の木に引っかけてしまったときのこと。潤はその長身を生かして取ってくれた。
今思えば一目惚れだったのかもしれない。それほど潤は魅力的な存在だった。その圧倒的な魅力に真央はドキリとして顔をうつむけてしまったのだ。
いざ、礼を言おうとすれば彼を呼ぶ声によって遮られ、潤は爽やかな笑顔を残して去って行ったのだった。

「一之瀬、君、か……」

数日後、真央はその時の彼のことを知ることになる。
名前は一之瀬潤。高名な投資家一家の御曹司でいずれはその後継者になることが決まっているとのことだった。彼はその長身を生かしてバスケットボール部に入っていた。その甘いマスクと抜群の運動センスですぐに人気者になり、女子たちの憧れの的になっていった。
真央もその中の一人になったのは言うまでもない。少しだけ違ったのは、そばで声援を送るのではなく遠くから眺めていたということ。それは彼の側にはいつも似合いの女性が寄り添っていたからだ。
彼女の名前は一之瀬雫。潤の従妹で、同じく一之瀬家の後継者候補。弓道部に所属する彼女は背筋をピンと伸ばし、堂々としている。まさにお嬢様然としていて真央が太刀打ちできるような相手ではない。だから、真央の恋はその時点で終わりを告げた。そう思っていたのだ。それが変わったのは3年生の春のこと。真央が彼らと同じクラスになったのだ。

「えっと、望月真央さんだっけ?」
「はい……」
「私、一之瀬雫。 よろしくね」
「あぁぁぁ!! 雫、なんでお前、望月の隣に陣取ってるんだよ!!」
「早い者勝ちよ」

雫は真央に気さくに話しかけた。そこで真央は初めて知る。自分が同級生の間ではかなり有名な存在だということに。

「私ってそんなに有名だったんですか?」
「それはもう超有名人よ!!」
「そんな風に言われたこと一度も……」
「まぁ、近寄りがたいオーラ出しまくってもんね」

そんな態度を取ったことない自覚のない真央は首をかしげる。それを雫は楽しげに笑う。

「その顔、自分でわかってないって感じだね」
「え?」
「真央はね。一年のころから常に学年トップだったんだよ」
「え? え?」
「総合成績、いつもトップ。でも、成績の張り出しの時、誰もあんたの顔見たことない」
「そう言えば行ったことない、かも?」
「で、成績上位の私らの間ではいつの間にやらミステリアスな存在になってたのよ」
「あはは……」
「で、先生に探り入れて分かったことといえば。母子家庭で、この高校には特待生として合格してて、奨学金をもらって通ってること」

真央は雫の何気ないその言葉に暗く俯く。真央の家は母子家庭だった。父親は大工の棟梁だったが、ある現場で資材の下敷きになって亡くなった。
その父の最後の言葉は『家、建てる、約束、守れねで、すまねぇ』だった。この時、真央は9歳だった。その時の母の顔が忘れられず、いつか建築家になって母のために家を建てるのだと決意したのだった。だからは一心不乱に勉強し、勝ち得たのがこの高校での特待生として奨学金をもらいながら通うこと。勉強への姿勢は入学してからも変わらず打ち込んでいたのだ。

「真央?」
「あ……」
「あのさ、あんたの家庭事情はこの際聴かない」
「雫さん?」
「でも、いつまでも自分を卑下しちゃだめだよ。だって、このクラスに入れたのは真央の実力だもん。自信持っていいんだからね」
「はい」
「それと、これから私のことは呼び捨てね」
「え? でも……」
「もし、さん付けで呼んだら……。その度にジュースを奢ってもらうわよ」
「えっと」
「分かったわね」
「はい!」

雫に念を押されて真央はその約束をさせられた。だが、そのことにより真央は『青春を謳歌する』と言うに相応しい学園生活を送った。それを一番喜んだのは母で、気が付けば家の中も明るくなっていた。
そんな夏休みを目前にした7月のある日のこと二人の関係が変わる出来事が起こる。それはいつものように雫と他愛もない会話をしていたところに潤が加わろうとしたときのことだ。

「くそっ。俺も混ぜろ!」
「うっさい。潤は部活あるでしょ?」
「お前だって弓道部の部長だろうが!!」
「ウチは後輩たちがしっかりしてるから心配ないです」
「一之瀬君はインターハイの予選が近いんじゃないの?」
「潤、そう呼んでっていっただろ?」
「でも……」

真央は周りに視線を彷徨わせる。多くの女子たちが投げかける視線は嫉妬に駆られていた。だから、真央は潤と一定の距離を置くように努めていたのだ。

「あんた、ほんとに馬鹿!」
「はぁ?!」

そんな真央に助け船を出すように雫が割って入る。潤はムッとするが雫は眉根を寄せたまま周りを見るように顎で示す。
そこには数人の女子たちが真央を僻むようにヒソヒソとやりとりしているのが見える。

「というわけで、あんたは『一之瀬君』止まりです」
「くそ!」
「あ、あの……」

真央はこの場をどう納めるべきか雫と潤の顔を交互に見てオロオロとした。勝ち誇る雫に対してきっと顔を上げた潤は真央に向き直る。その瞳には決意がこもる真剣な色があり、自然と真央は背筋を伸ばした。

「決めた!!」
「何よ、突然……」
「望月真央さん!」
「は、はい!」
「インターハイで結果残したら……」
「?」
「俺と付き合って下さい!!」

突然の申し出に周りが騒然となる。それ以上に真央は混乱していた。どう答えるべきか戸惑い、助けを求めるように雫を見やると悪戯っぽい笑みを浮かべてウインクしている。

「私で良ければ……」
「よっしゃ! 言質は取ったからね」
「えっと……」
「潤、その結果っていうのは勿論『インターハイ優勝』だよね?」
「当たり前だ!」

この一件で真央と潤の関係は『クラスメイト』から変化を始めたのだった。



真央はそこで意識を『現在』へと引き戻す。一つため息を零す。そして、バーバックから新しい酒を取り出した。
ラムとオレンジ・キュラソー、パスティス、クリーム・ド・ノワヨー、砂糖、卵黄をシェイカーに入れる。それをシェークしてカクテルグラスに注いだ。

「アイ・オープナー。『運命の出会い』かぁ」

真央はそれを飲み干すともう一度潤の顔を見る。

「ねぇ、潤。 あなたは私のことどう思っているの?」

眠りこける潤からは返事はない。真央はグラスを置いてもう一度彼の柔らかな髪に触れたのだった。

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