【改稿版】十六夜はカクテルの香り

氷室龍

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本編

September Morn~あなたの心はどこに~

September Morn~あなたの心はどこに~

真央は飲み干したグラスのふちをなぞり、指ではじいた。すると、それに反応するように潤の肩が揺れ動いた。

「潤?」

潤の睫毛まつげが震え、やがてゆらりと上体を起こす。そして、一つ大きく伸びをすると、寝ぼけまなこを擦る。

「目が覚めた?」
「望月……」

潤はキョロキョロと店内を見回す。そこにあるべき人の姿がなかったからだ。真央はロックグラスにミネラルウォーターを注ぐと潤に差し出した。

「雨水先輩なら帰ったわよ」
「え?」
「ねぇ……]

その声にハッとして顔を戻すとそこには儚げに笑う真央の顔があった。その儚げな笑顔は美しく、愁いを帯びた瞳は潤を捉えて放さない。

「もう、名前では呼んでくれないの?」

その言葉に潤は息が止まる。それは自分が真央に対しても思っていたことだから。

「いいのか?」

それに対してただ頷く真央。潤はホッと息を吐き目の前のグラスを手に取ると一気に飲み干した。

「なぁ……。やっぱりあのプレゼントが原因なのか?」
「潤」
「あれを選んだ理由、説明させてくれないか?」

潤の思い詰めたような顔に真央は頷くより他なかった。



二人で取り決めたルールを守りながら交際を順調に進めていた潤と真央。深まる秋と共に受験勉強も本格的になる。二人は学部は違えど同じ大学を受けることに決めていた。
やがて季節は冬へと移り変わる。
そんなある日、潤は一つ上の先輩である顕政を喫茶店に呼び出した。

「お前から呼び出すなんて珍しいな」
「忙しいところすいません」

潤は緊張した面持ちで席に着く。いつにないその表情に顕政は首をかしげる。いつも自信に満ちあふれていたはずの目の前の後輩が所在なさげにしている。何やら思い詰めた表情をしている。ただならぬ雰囲気を感じ取った顕政はゴクリと唾を飲み込んだ。
すると、潤は突然立ち上がると床に土下座をした。

「先輩、力を貸して下さい!」
「お、おい! いきなりどうしたんだ?!」
「お願いします!!」
「わ、わかったから……」

顕政は潤を起こして席に着かせると理由を尋ねた。

「なるほどな]
[俺、どんなのが良いかわからなくて……」

潤は彼女が出来たこと。その彼女と初めて迎えるクリスマスに心に残るプレゼントを贈りたいこと。だが、その彼女がどんなものが良いのか自分には見当が付かないことを包み隠さず話した。

「そういうのは雫に相談したらどうだ?」
「それはダメです!」
「なんで?」
「それは……、アイツに相談すると真央に……」

ごにょごにょと言葉を濁す潤に顕政は納得した。潤は彼女にサプライズでプレゼントを贈って脅かせるつもりなのだ。

「その彼女、望月真央さんだっけ?」
「はい」
「雫の親友なのか?」

潤はこくりと頷いた。顕政はその様子から雫に相談出来ないことを理解する。

(まぁ、それ以上にこいつの妹が黙っていなさそうだしな)

顕政は高校在学中に何度か見かけた潤の妹の顔を思い出す。好奇心旺盛で常に情報収集のアンテナを張っている感じの少女だった。そんな妹に知られてはどんな目に遭うかは明らかだった。

「しかない。だが、今回だけだぞ」
「はい!」

潤の明るい笑顔に顕政は苦笑しながら付き合うことにしたのだった。
二人で訪れたのは若者向けのジュエリーショップだった

「御用達の店じゃないのか?」
「そんなことしたらすぐにばれますって」
「それもそうだな」

潤は近くの店員に名前を告げると、『奥の個室へどうぞ』と案内されたのだった。中に入ると既にいくつかのジュエリーがテーブルの上に並べられていた。

「エメラルドを使ったものが多いな」
「真央の誕生日が五月なんです」
「なるほど、【誕生石】か……」
「でも、ジュエリーって色々あるでしょう?」
「まぁ、そうだな」

並べられたものに目をやるとそれは多種多様であった。指輪は勿論、イヤリングにピアス、ブレスレットにアンクレットなどなど。

「指輪はないな」
「そうですよね。真央はイヤリングとかピアスって感じじゃないし……」

二人で頭を悩ませている中、昭正の目に一つのペンダントが目にとまる。それは小ぶりのエメラルドをはめ込まれたシルバーチェーンのものだった。

「潤、これはどうだ?」
「これなら服の下に付けておけば人の目に触れることもない」

潤の目がキラキラと輝き始めた。まさに真央にぴったりだと思った。華美な装飾を嫌う真央にはこのシンプルなこのペンダントが似合うはずだ。

「これにするか?」
「はい!」

こうして潤はクリスマスプレゼントを決めたのだった。

クリスマス当日。潤は真央の行きたがっていた水族館へ誘った。ランチに入ったカフェ自慢の石焼きピザを頬張りながら楽しむ。そして、デザートが運ばれてきたタイミングで潤は例のペンダントをテーブルの上に置いた。

「真央。受け取って」
「え?」
「俺からのプレゼント。気に入ってもらえるといいんだけど……」

そう言って渡された箱を開けた真央は驚きで目を見開く。

「もしかしてこれ……」
「エメラルドだよ。 真央の誕生石」
「潤、これ、すごく高いんじゃ……」
「今までのお年玉全部つぎ込んだ」
「え?」
「俺、あんまり物欲なくて、貰ったお年玉ずっと貯金してたんだ」
「そうなの?」
「だから、気にしなくていいよ。 それにエメラルドの宝石言葉って知ってるかい?」

その言葉に真央は首を横に振る。潤は優しい笑顔で告げる。

「幸福や愛、そう言う意味があるんだ」
「幸福や愛……」
「俺、真央とこれからも一緒にいたい。そして、いつか君を本当の意味で幸せにしたい」
「潤……」

潤は真摯な瞳に感動して目を潤ませる。この時喜びが純を心の底から喜ばせた。
だから、そのあと真央の瞳に広がった暗い影に気づかなかった。



「ごめんな」
「え?」
「あのとき、気づいていればあんなに真央が苦しめることはなかったんだろ?」
「それは……」

真央は胸元をギュッと握りしめた。その下にはあのペンダントが隠れている。それは潤との一番の思い出。決して消すことの出来ない青春の一頁。

「潤のせいじゃないわ」
「真央?」
「あれは私の心が弱かったせい。そして、あなたの心がわからなかったせいよ」

真央は再びバーバックからライト・ラムを取り出す。それをシェイカーに搾りたてのレモンジュース、グレナデン・シロップ数滴と卵白を一つと共にシャークしてグラスに注ぐ。

「これは?」
「セプテンバーモーン」

真央はそっとカクテルのメニュー表を潤に差し出す。真央の意図を図れない潤は戸惑いながらそのメニュー表に視線を落とした。そこに書かれていたカクテルにはそれぞれに隠された言葉が添えられていた。

「セプテンバーモーン……。【あなたの心はどこに】……」

その呟きを聞きながら注いだカクテルを飲み干す真央。その姿を潤はただ見つめるだけだった。

「あの頃の私は徐々にあなたの心が見えなくなってた」
「真央……」
「でも、それはあなたも一緒だったのよね?」

グラスを置き向き直った真央の瞳には後悔の色が浮かんでいた。



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