【改稿版】十六夜はカクテルの香り

氷室龍

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本編

Angelo~好奇心~

Angelo~好奇心~

真央は少しグラスを片付けながら、クリスマス以降の話を始めた。

「あのあと……」
「え?」
「私、不安が少しずつ大きくなったの」
「真央」

潤はやるせない気持ちで俯くと両方の拳を強く握りしめる。聞くに堪えないことかもしれない。それでも聞かないわけにはいかない。そう思い顔を上げ、真央を見つめる。

「だからって全部が辛い思い出じゃない」
「?」
「そうね。例えば、高校の卒業式」
「あれは……」

楽しそうに語りかける真央に対して潤は顔をしかめる。



それは忘れもしない高校の卒業式。潤・真央・雫の三人は同じ大学に合格し、春からの大学生活に心を躍らせながらその日を迎えたのだった。

「真央、一緒に写真を撮ろう」
「うん」

真央はクラスメイトに誘われて一緒に写真を撮る。それを潤はしかめっ面で見ている。

「俺もまだ撮ってない……」
「何? そんなことで拗ねてるの?」
「うるさい」
「ガキねぇ」

不貞腐れる潤を呆れ顔で見やる雫だった。

「一之瀬! 俺たちも写真撮るぞ!」

それは同じバスケ部の仲間たちだった。渋々と言った感じで潤が応じる。その視線はやはり真央に向かっている。それを察して雫が肩をたたく。

「真央のことは任せなさい」
「頼む」

友人や後輩たちと別れを惜しみ話し込んでいるうちに時間は過ぎていく。図書委員を務めていた真央は後輩たちから【絶対夢を叶えて下さい】と渡された寄せ書きを胸に抱き、校庭を歩いていた。既に多くは下校しているようで人はまばらだった。やがて、真央は体育館脇にある桜の木の前にたどり着く。見上げるとそこには膨らみかけた蕾がちらほら見えた。

(そういえばここで潤と出会ったんだよね……)

真央は入学式のことを思い出していた。今見上げている桜の木に風に飛ばされたハンカチ。それがきっかけで潤と知り合った。ちゃんと話が出来るまでに二人を要したが……。

「真央、こんなところにいたのか」
「潤……」
「この桜、懐かしいな」
「覚えてるの?」
「忘れるわけないだろう。この桜のおかげで俺は真央に出会えた」

そう言って潤も一緒に見上げる。つられるように真央も見上げる。

「時間なんてあっという間だな」
「そうだね」
「真央、これからもよろしくな」
「うん」

どちらともなく微笑み合う。潤が真央の肩を引き寄せ二人の顔が近づく。真央はそっと目を閉じる。だが、唇ことは重なることはなかった。

「そんなところに隠れてないで出てこい」

潤の低く唸るような声に驚き真央が目を開ける。ガサガサと桜の向こうになる垣根の先から一人の少女が現れた。その少女は後ろ手に何かを隠してばつの悪そうな顔をしている。

「後ろに隠したものを出せ」
「え?」
「出さないと実力行使で奪うぞ!」
「潤、なにもそんな……」
「真央、黙ってて」
「でも」

潤は少女に近づいた分だけ少女が後ずさる。あと一歩で潤の手が少女の肩を掴みそうになった。観念したように少女がきつく目を閉じる。

「二人ともこんなところにいたの?」
「雫……」

自分たちを探しに来た雫だった。潤の意識がそちらに取られているウチに少女は脱兎の如く逃げ出す。が、雫の脇を通り抜けようとしたところで首根っこをを捕まれてしまう。

「きゃっ」
「こんなところで何やってるのかな?明日香は」
「えっと……」
「私には言えないことかしら?」

雫は綺麗な笑みを浮かべていたが目は笑っていない。少女は観念したように手に持っていたカメラを差し出した。

「何を撮っていたの?」
「お兄ちゃんと雫さんの卒業式を……」
「それだけ?」

鬼気迫る勢いで詰め寄る雫に少女は今にも泣きそうな顔で正直に話す。両親に頼まれて兄の恋人の写真を撮ってくるように命じられたのだと……。

「全く……」
「だって、全然紹介してくれないんだもん!」
「だからって娘に隠し撮りさせるってどうなんだよ」
「仕方ないじゃん。和也伯父さんからの依頼で日高に行くことになったんだから」

潤の両親は仕事の都合で卒業式にはそろって参加する気だった。そこで恋人を紹介してもらえると期待していたのだが、急遽仕事が入って叶わなくなった。そこで娘に恋人の写真だけでも撮ってくるように命じたらしい。
潤も雫も呆れ顔だ。当の明日香は二人に詰められたことでふて腐れている。

「折角だから写真撮ってもらっていいかな?」
「え?」
「実は三人でまだ写真撮ってないの」
「えっと……」
「妹の明日香さん、だよね?」
「はい!いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
「私は望月真央。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

明日香は思いっきり頭を下げる。その姿に驚きつつも真央は優しく微笑みかける。その後、明日香をカメラマンとして三人で写真を撮ったのだった。



「あのときは悪かったな」
「何が?」
「明日香の馬鹿が……」

そう言いかけた潤の唇に真央は人差し指を当てる。潤はその仕草に戸惑う。その様をクスクスと笑う真央。

「私は楽しかったわ」
「そうか?」
「出来たらもっと仲良くしておけば良かったと思う」
「真央?」

潤はその響きに後悔の色を読み取って真央の手を取ろうと立ち上がる。だが、突然視界が傾くとスツールから転げ落ちてしまう。

「潤!」

真央が慌ててカウンターを回り込んで潤の元に駆け寄った。潤は頭を振るが、頭はズキズキと痛み始める。左手で額を押さえると顔を顰める。

「大丈夫?」
「ああ」
「でも……」
「心配ない。少し飲み過ぎただけだから」

潤は右手で真央を制止して立ち上がろうとするが、その足取りは覚束ない。真央が肩を貸して近くのソファーに座らせる。少し楽になったようだったが、気を緩めるとまた頭が疼くようだった。

「待ってて」

そう言って真央は立ち上がると前掛けを外しカウンターに置く。そして、入口へと向かった。

「看板、片付けてくるから。少しここで待っていて」
「真央……」

入口のカウベルが心地良い音を立てて鳴ると同じくして樫の木の扉が閉まる。潤は置いていかれるその感覚に恐怖して手を伸ばす。だが、体は思うように動かず、その意識は再び闇の中へと落ちていったのだった。


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