【改稿版】十六夜はカクテルの香り

氷室龍

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本編

California Lemonade~永遠の感謝~

California Lemonade~永遠の感謝~

潤からの電話を切りながら顕政は笑みを浮かべた。この10年、ずっと見守って生きた二人がもう一度思いを通い合わせ再び歩み出すことを決めたからだ。

「良い知らせだったのかしら?」
「ええ、一之瀬課長にとっても……」
「私にとっても?」

目の前にいる女性は目を丸くしてこちらを見ている。だが、すぐに顕政の言わんとしていることを理解したのか笑みを浮かべた。

「潤も漸く腹をくくったって事ね」
「そうなります」

顕政がいるのはベイエリアの一角にある一之瀬佳織が所有するマンション。そのエントランスに併設されたサロンだ。一之瀬佳織は潤の従姉であり、顕政の務める三浦商事の営業三課課長でもある。入社二年目に声を掛けられて以降、こうして定期的に訪ねている。

「雨水君には感謝しても足りないくらいね」
「たいしたことはしてませんよ」

顕政は肩をすくめておどけてみせる。それに対して佳織は心底嬉しそうだった。その様子博多の荷が下りたというようなものであった。

「潤はね」
「?」
「【一之瀬の後継者】っていう重圧に晒されてきた。その上、いつも雫と比べられて……」
「一之瀬課長……」
「でも、それを酷く嫌っていて【何で自分が?】って思っている節があったの」

佳織は手に持ったコーヒーカップを悲しげな眼差しでのぞき込む。カップの縁をなぞりながら話を続ける。

潤が後継者候補になったのは佳織の父・和也の独立が少なからず影響している。だから、佳織と雅紀はいつも潤を気にしていた。本来自分たちにかかるはずだった重圧を一人で抱え込んでいるように見えたからだ。かといって、部外者となった自分たちが手を差し伸べることは出来ない。佳織は雅紀と共に見守るより他なかった。
そんな潤が年相応に恋をして青春を謳歌する姿に佳織は安堵した。それ故、真央が潤の元を去ったと知ったとき佳織はなんとかしたいと思い行動を起こすことにした。それに雅紀も賛同して潤を引き受けた。佳織は真央が潤への気持ちを失わないようにそれとなく見守るように手を打った。

「全く、ここまで手間がかかるとは思わなかったわ」
「それも含めてアイツらしさって事ですよ」
「そうね」

顕政の言葉に佳織が微笑む。つられるように顕政にも笑みが浮かんだ。

「雨水君、これからも潤のことお願いね」
「勿論です。俺にとっても潤は弟のようなものですから……」

顕政はそう言い残しその場をあとにしたのだった。



潤と真央は東京駅の中にある小さなカフェで忙しなく人々が行きかう様子を眺めながら、顕政を待った。約束の時間を少し過ぎた頃、顕政が現れる。

「そうか。これでようやく俺も『お役御免』だな」
「先輩、色々お世話になりました。
「全くだ。雫にも礼を言っておけよ」
「そうですね」
「潤、これからは責任重大だ」
「分かってます」
「真央ちゃんの人生も背負うんだ。生半可な気持ちでは乗り切れないぞ」
「わかってますって」

顕政の念押しにタジタジとなる潤。その様子を見ていた真央がふわりと笑って間に入った。

「心配しなくても大丈夫ですよ」
「真央ちゃん?」       
「ほら、よく言うでしょ。『悲しいことやツラいことは半分に、嬉しいことや楽しいことは二倍に』って。私たちはそうやって乗り越えていきますから」

そういって、笑う真央の笑顔はここ数年顕政が目にした中で一番のものだった。

「なるほど。なら、安心だ」
「先輩、俺の言うことは信じないのに真央の言うことは信じるんですね」
「当たり前だ。お前がいなかった間、真央ちゃんの頑張りを見てきたのは俺だぞ?」
「サヨウデゴザイマスカ」
「兎に角、幸せになれよ」
「勿論です」

潤の決意のこもった瞳を目にし【これならもう二度と離れることはないだろう】と安堵する。

「あまり真央ちゃんに無理強いするなよ」
「分かってますって!」
「ならいいが。結婚式挙げる前に子供ができましたとかって報告は勘弁してくれよ。」
「……」
「そこで黙り込むな」
「ははは」
「なら、さっさと籍を入れてしまえ」
「そのつもりではいます。けど、その前にプロポーズはきちんとしたいですから」
「思い出に残るものにしろ」
「勿論です」

顕政は再度潤に念を押す。そんな潤の姿を見つめる真央はいつか見た卑屈な様子はかけらもない。それに胸を撫で下ろす顕政。

「真央ちゃん、幸せになるんだよ」
「はい。私、潤に付いていきます」

その言葉に顕政は頷き、我が事のように喜ぶ。その姿に潤も、そして真央も嬉しく思った。その後、顕政の行きつけだというレストランに移動して祝杯を挙げたのだった。



「少し席を外すね」
「ああ」

デザートも食べ終わったのを見計らって真央は化粧室に立った。顕政は真央の姿が見えなくなるのを確認すると潤に厳しい目を向けた。その変化に潤は背筋を伸ばす。

「潤、お前に話しておくことがある」
「先輩?」
「真央ちゃんが持っている【指輪】のことだ」

それは潤も知り借ったことだった。真央の持っている指輪はあのとき約束した場所で渡すつもりだったものであり、その後捨てることが出来ずクローゼットの奥にしまっていたものだ。
顕政は潤が緊張しているのに気づき、悪戯っぽい笑みを浮かべる

「もう知っていると思うが……。アレは当時営業三課の主任だった一之瀬課長から真央ちゃんに渡して欲しいと預かったものだ」

その言葉と一緒に顕政が一枚の名刺取り出し、それを潤の目の前に差し出した。手に取った潤の表情が一変する。それは顕政の名刺で、肩書きには【三浦商事(株)総務部主任】とあった。

「まぁ、そういうことだ」
「俺、色んな人に支えられてたんですね」
「そういうことだ」
「ますます真央を幸せにしないと……」
「お前なら出来るさ。皆そう信じているからこそ手を差し伸べてきたんだ」

潤は力強く頷いた。そんな姿を顕政は誇らしく思うのだった。

「ここまでこれたんだ。あの指輪のこと真央ちゃんに説明しとけ」
「え?」
「あんなもの用意してたのにはちゃんと理由があるんだろ?」
「それは……」
「なら、ちゃんと話しておけ」
「かっこ悪くないですか?」
「そんな訳あるか。むしろ、真央ちゃんも喜ぶはずだ」

潤はまたしても顕政に背中を押される形となったが、この優しい先輩に感謝をせずにはいられなかった。



「俺はこの辺で失礼するよ」
「先輩、色々ありがとうございました」
「気にしなくても良いよ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

片手を上げて別れの挨拶をすると顕政は去って行った。その姿を見送ったあと二人は手を繋ぎ家路につく。その道すがら潤は真央に告げるように話し始める。

「真央、先輩が渡してた指輪のことだけど……」
「潤が用意してくれたものなんでしょ?」
「なんで、それ……」
「東京に戻ってしばらくしてからかな。雫と飲んでるところに明日香ちゃんが乱入してきて……」

真央は少し困ったように話し始めた。
東京に戻ってしばらくして雫から飲みに誘われた。その頃には雫も帰国して外資系の投資ファンドに就職しており、二人で飲みに行こうということになった。そこへ飲み会帰りの明日香が乱入してきたのだった。



「あれぇ、雫姉と真央さんじゃないれすかぁ」
「明日香、あんたどんだけ飲んだのよ?」
「えへへ。ほんのちょ~~っとですよぉ」
「明日香ちゃん、ホントに大丈夫?」

今にも倒れそうな明日香の様子に心配になった真央は彼女を支えようとした。仕事帰りに雫と合流したので真央は左手の薬指に例の指輪をはめていた。

「あれ?真央さん、その指輪はぁ?」
「こ、これは……」

真央は説明に窮してドギマギしていると、明日香はその手を取ってまじまじと見始める。

「明日香!あんた、いい加減にしなさいよ」
「これって……」
「明日香ちゃん?」

明日香は真央の手首を握ると指輪を引き抜く。それを真剣な表情で確認している。すると、バッグの中をごそごそと探し始める。取り出したのは小さなルーペだった。

「この馬鹿、何やって……」
「雫姉は黙って!」

その真剣な声に雫は口をつぐむ。角度を変えながら何かを確認している様子の明日香。真央はそれを不安そうに見つめるより他なかった。

「真央さん、これを誰から貰ったんですか?」
「誰って、先輩から……」
「先輩?もしかして、孝子のお兄さん?」
「孝子?」

聞き覚えのない名前に首をかしげる真央。それを雫が補足するように説明する。【孝子】というのは顕政の妹で明日香の大学時代からの親友だ、と。
その間も明日香は眉を寄せて何事かブツブツ呟きながら考え事をしている。真央と雫は顔を見合わせて明日香の結論を待った。

「真央さん」
「な、なに?」
「この指輪、お兄ちゃんが真央さんに渡そうとしてたものだと思います」
「え?」
「ちょっと、明日香、あんた……」

明日香は指輪を返すと内側にある刻印を確認するように促す。そこには少し歪な字が刻まれた。

「これ、【JtoM】って刻まれてるんですよ」

明日香の言葉に二人は目を懲らす。確かにそう読めた。これがどういう意味なのか、わからない真央ではない。

「大学四年の冬休みです。お兄ちゃん、ウチが贔屓にしてるジュエリーショップの工房に頼み込んで自分で刻印してました。卒業式に真央さんに渡すんだ言って……」
「潤が?」
「はい」

明日香から聞かされたのは、潤が結婚を前提にこれからも付き合って欲しいと伝えるつもりでこの指輪を用意したのだ。それは叶わなかったが、捨てることも出来ずクローゼットの奥にしまっていたものだと。
巡り巡って真央の元に届いたのであるなら大事にして欲しいと明日香に頼み込まれた。真央は迷ったが、雫からも頼まれてしまいその後もその指輪を見に続けることにしたのだった。



「あの、馬鹿……」
「あんまり明日香ちゃんのこと責めないで」

真央はそう言うと潤に寄り添った。潤は少し複雑な気分だったが、それでもこの温もりを取り戻すことが出来たことに明日香が一役買ってくれたと思うことにした。

「ありがと」
「真央?」
「私のこと、いつも思っててくれて……」

真央のその言葉に潤は彼女の肩を抱き寄せて答える。空を見上げると満月が二人を見下ろしている。それが自分たちを優しく見守ってくれているように思え、潤の心を満たしてい
く。そして、支えてくれた人々に感謝の念を強くするのだった。
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