10 / 10
穏やかな日に…
しおりを挟む
早いもので、例の野盗による一件から四年が過ぎようとしていた。その間、又左と松の周囲は激変した。まず、松との間に四人目の子となる女児が誕生した。
さらに、藤吉郎と寧々の祝言もあった。この時、藤吉郎は『秀吉』と名を改める。寧々の両親の反対もあってかそれは質素で同席したのも又左と松、内蔵助夫婦ぐらいであった。それでも好きおうて夫婦になった二人は幸せそうであった。
「寧々、今は苦労を掛けるかもしれんがすぐに出世して一国一城の主になってみせるからのぉ」
「まぁ、それは頼もしゅうございますわ」
それはそれはだらけた顔ととんでもない惚気を見せられ又左たちは苦笑せざるを得なかった。この婚姻が木下藤吉郎という男に与える影響の大きさが目に見えるのはまだ少し先の話である。
この年生まれた女児は『摩阿』と名付けられた。松の腕の中ですやすやと眠っている。
「よう、眠っておるわ……」
「ふふ、さっきまでたくさん乳を飲んでたから」
「赤子は寝るのが仕事だ」
「そうね」
そこへドタドタと廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。
「アイツら……」
「又左、あんなり強く叱らないこと」
「分かってる。少しお灸をすえるだけだ」
又左は戸を思いっきり開けて、その足音の主たちを一喝する。
「慶次!! 孫四郎! 幸!! 簫!!」
「げっ」
「お前たち、毎日毎日……」
「みんな俺について来い。逃げるぞ!!」
そう言って慶次が子供たちを引き連れて廊下を一気に駆け抜けた。それを又左は追いかけまわしす。
「こら! 逃げるんじゃない!!」
「捕まったらお尻百叩きだろ? 誰が捕まるもんか」
「け・い・じ~~~~!!」
それに釣られて他の三人もはしゃいで四方八方へと散っていく。どうやら子供たちは父である又左が相手をしてくれることが楽しくて仕方ないようだった。
「待たんか~~~」
「ヤなこった」
「この【槍の又左】を怒らせるとどうなるか思い知らせてやろうか?!」
「わぁ~~、ちちうえがおこった」
「ちちうえがおこった」
又左は両手を広げて熊が襲ってくるような格好をして子供たちを一人また一人と捕まえていく。遂に両脇に娘二人を捕まえ、更には孫四郎も捕まえる。残るは慶次一人なのだが、これがまたとんでもない曲者。何せ、甲賀の血を引いているからヒラリヒラリと身をかわしなかなか捕まえられない。
「慶次兄ちゃん頑張れ!!」
「おう! 絶対捕まんねぇから」
「何を!!」
「ちちうえもがんばって~~」
「はは、任せておけ!」
小さな声援に応えながら慶次と又左の追いかけっこは続いた。やがてそれは屋敷の外へと舞台を移したのだった。
「あらあら」
「二人とも行っちゃった……」
「そうね」
「慶次兄ちゃん大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
「ちちうえ、お尻ぺんぺんしたりしない?」
「そうねぇ、ゲンコツ一つは落とすんじゃないかしら」
「うぅ、痛そう」
「さぁさぁ、そんなことより夕餉の支度をしないとね。皆も手伝ってちょうだい」
「「「は~~~~い」」」
三人は元気な返事をしてやってきた侍女たちに連れていかれたのだった。
「奥方様……。よろしいのですか?」
「良いも悪いも、避けては通れぬみちよ」
「ですが……」
「又左は決して慶次を疎ましく思っているわけではないのよ」
「……………………」
「世が変わっていく中で慶次をここに縛り付けておきたくないだよ」
松は心配そうに見ていた乳母にフッと微笑み、摩阿を託した。
「摩阿のことお願いね。私は夕餉の支度をするから」
「はい……」
そうして、松は奥の厨へと消えていった。
又左はようやく慶次に追いついていた。が慶次は楠木に登っていた。一度大きく息を吐いて又左は登り始めた。
「全くお前と言う奴は!」
「又兄……」
「しょうのない奴だ」
「…………」
「なぁ、慶次」
「何?」
「そんなに家が嫌か?」
「そういう訳じゃないけど……」
「なら、気にせずおればいい」
「又兄?」
「お前はまだ子供だ。一人で何かできるわけじゃない」
「でも……」
「甘えれるときにはしっかり甘えときゃいいんだよ」
「俺、居てもいいの?」
「当たり前だ! お前は前田の前当主・利久の嫡子。遠慮する必要なんかない」
「うん……」
「だが……」
「?」
「もし、おまえがこれぞと思うものと出会ったら迷わず前田の家を出て構わん」
「又兄」
「大丈夫だ。お前のことを【竹馬の友】と思うてくれるものが必ずおる」
「又兄にもいるの?」
「おお、藤吉郎や内蔵助がそうじゃ」
「そっか……」
「分かったらうちに帰るぞ」
「うん!」
慶次は元気良く返事をしたかと思うとヒョイっと飛び降りる。流石に又左には無理だったのでズルズルと不格好に下りたのだが、それを慶次に笑われる。自分でも不格好なのは分かっていたので慶次の頭にゲンコツを一つ落としたのだった。
「ほら、松が夕餉の支度をして待ってる」
「今日は何かな?」
「久々に魚とか出るといいんだがなぁ」
「だねぇ」
ぐぅ~~
「はは、飯の話をしたら余計腹の虫が鳴ったわ」
「どっちが先に着くか競走だ」
「大人の俺に勝てるわけなかろう」
「それはどうかな?」
慶次はピョンピョン跳ねるとあっという間に走り出していた。流石と言うべきであろうか。又左も呆気にとられる。
「又兄。早く来ないとおかず逸品貰っちゃうよぉ」
「なにぃ!! そんなことさせるか!!!」
夕日が辺りを真っ赤に染める中、又左は慶次を追いかけるのだった。
その後も慶次は又左や松を振り回すことになるのだがそれはまた別の話である。
さらに、藤吉郎と寧々の祝言もあった。この時、藤吉郎は『秀吉』と名を改める。寧々の両親の反対もあってかそれは質素で同席したのも又左と松、内蔵助夫婦ぐらいであった。それでも好きおうて夫婦になった二人は幸せそうであった。
「寧々、今は苦労を掛けるかもしれんがすぐに出世して一国一城の主になってみせるからのぉ」
「まぁ、それは頼もしゅうございますわ」
それはそれはだらけた顔ととんでもない惚気を見せられ又左たちは苦笑せざるを得なかった。この婚姻が木下藤吉郎という男に与える影響の大きさが目に見えるのはまだ少し先の話である。
この年生まれた女児は『摩阿』と名付けられた。松の腕の中ですやすやと眠っている。
「よう、眠っておるわ……」
「ふふ、さっきまでたくさん乳を飲んでたから」
「赤子は寝るのが仕事だ」
「そうね」
そこへドタドタと廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。
「アイツら……」
「又左、あんなり強く叱らないこと」
「分かってる。少しお灸をすえるだけだ」
又左は戸を思いっきり開けて、その足音の主たちを一喝する。
「慶次!! 孫四郎! 幸!! 簫!!」
「げっ」
「お前たち、毎日毎日……」
「みんな俺について来い。逃げるぞ!!」
そう言って慶次が子供たちを引き連れて廊下を一気に駆け抜けた。それを又左は追いかけまわしす。
「こら! 逃げるんじゃない!!」
「捕まったらお尻百叩きだろ? 誰が捕まるもんか」
「け・い・じ~~~~!!」
それに釣られて他の三人もはしゃいで四方八方へと散っていく。どうやら子供たちは父である又左が相手をしてくれることが楽しくて仕方ないようだった。
「待たんか~~~」
「ヤなこった」
「この【槍の又左】を怒らせるとどうなるか思い知らせてやろうか?!」
「わぁ~~、ちちうえがおこった」
「ちちうえがおこった」
又左は両手を広げて熊が襲ってくるような格好をして子供たちを一人また一人と捕まえていく。遂に両脇に娘二人を捕まえ、更には孫四郎も捕まえる。残るは慶次一人なのだが、これがまたとんでもない曲者。何せ、甲賀の血を引いているからヒラリヒラリと身をかわしなかなか捕まえられない。
「慶次兄ちゃん頑張れ!!」
「おう! 絶対捕まんねぇから」
「何を!!」
「ちちうえもがんばって~~」
「はは、任せておけ!」
小さな声援に応えながら慶次と又左の追いかけっこは続いた。やがてそれは屋敷の外へと舞台を移したのだった。
「あらあら」
「二人とも行っちゃった……」
「そうね」
「慶次兄ちゃん大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
「ちちうえ、お尻ぺんぺんしたりしない?」
「そうねぇ、ゲンコツ一つは落とすんじゃないかしら」
「うぅ、痛そう」
「さぁさぁ、そんなことより夕餉の支度をしないとね。皆も手伝ってちょうだい」
「「「は~~~~い」」」
三人は元気な返事をしてやってきた侍女たちに連れていかれたのだった。
「奥方様……。よろしいのですか?」
「良いも悪いも、避けては通れぬみちよ」
「ですが……」
「又左は決して慶次を疎ましく思っているわけではないのよ」
「……………………」
「世が変わっていく中で慶次をここに縛り付けておきたくないだよ」
松は心配そうに見ていた乳母にフッと微笑み、摩阿を託した。
「摩阿のことお願いね。私は夕餉の支度をするから」
「はい……」
そうして、松は奥の厨へと消えていった。
又左はようやく慶次に追いついていた。が慶次は楠木に登っていた。一度大きく息を吐いて又左は登り始めた。
「全くお前と言う奴は!」
「又兄……」
「しょうのない奴だ」
「…………」
「なぁ、慶次」
「何?」
「そんなに家が嫌か?」
「そういう訳じゃないけど……」
「なら、気にせずおればいい」
「又兄?」
「お前はまだ子供だ。一人で何かできるわけじゃない」
「でも……」
「甘えれるときにはしっかり甘えときゃいいんだよ」
「俺、居てもいいの?」
「当たり前だ! お前は前田の前当主・利久の嫡子。遠慮する必要なんかない」
「うん……」
「だが……」
「?」
「もし、おまえがこれぞと思うものと出会ったら迷わず前田の家を出て構わん」
「又兄」
「大丈夫だ。お前のことを【竹馬の友】と思うてくれるものが必ずおる」
「又兄にもいるの?」
「おお、藤吉郎や内蔵助がそうじゃ」
「そっか……」
「分かったらうちに帰るぞ」
「うん!」
慶次は元気良く返事をしたかと思うとヒョイっと飛び降りる。流石に又左には無理だったのでズルズルと不格好に下りたのだが、それを慶次に笑われる。自分でも不格好なのは分かっていたので慶次の頭にゲンコツを一つ落としたのだった。
「ほら、松が夕餉の支度をして待ってる」
「今日は何かな?」
「久々に魚とか出るといいんだがなぁ」
「だねぇ」
ぐぅ~~
「はは、飯の話をしたら余計腹の虫が鳴ったわ」
「どっちが先に着くか競走だ」
「大人の俺に勝てるわけなかろう」
「それはどうかな?」
慶次はピョンピョン跳ねるとあっという間に走り出していた。流石と言うべきであろうか。又左も呆気にとられる。
「又兄。早く来ないとおかず逸品貰っちゃうよぉ」
「なにぃ!! そんなことさせるか!!!」
夕日が辺りを真っ赤に染める中、又左は慶次を追いかけるのだった。
その後も慶次は又左や松を振り回すことになるのだがそれはまた別の話である。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
18
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
私は慶次の熱狂的なファンなのですが、本作で利家を見直す気になりました(本来利家は非常に有能な武将ではあるのですが)。
ちなみに若かりし頃の秀吉は小柄ながら槍働きも決して侮れない俊敏ないくさ人だったのだそうです。
カッコいい!手に汗握る展開!頑張れ、又左!
お読みいただきありがとうございますm(__)m
次回も又左大暴れ
そして、藤吉郎も内蔵助も決めますよ!(*´∀`)
もちろん、慶次も頑張ります
お楽しみに!