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本編
出会い
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ようやくヒロイン登場。ちょっとコメディーっぽいかも。
********************************************
「さて、これからどうしたものか…」
オリュンポスで収穫のなかったハデスはこれからのことを思案していた。
「気乗りはしないが…」
ハデスはひとりごち、ニューサ山地へ向かうことにする。ヘスティアから忠告を受けていたが、豊穣の女神であるデメテールなら地上の変化に一番敏感なはずだからだ。何か気づいたことがあるかもしれない。とはいえ、院生生活を送る彼女が素直にこちらの話を聞いてくれるかは別問題だ。それでも、今は手がかりを得るために向かうしかない。そんな思いを胸にハデスは馬を走らせるのだった。
****************************************************************
――――――――ニューサ山地――――――――
ハデスは小高い丘から眼下を見下ろす。デメテールの住まいらしき神殿が見えたのだが、その異様な光景にため息をつく。
「まるで要塞だな」
十重二十重と張り巡らされた城壁。神殿はそれらを超えた奥に位置していた。
誰が攻めてくるわけでもないにも関わらず、これほどの城壁で囲うというのだから、娘の溺愛ぶりが窺い知れる。それは驚きを通り越して呆れるほどだ。
「これは娘がいなくなったら世界が荒廃するんじゃないのか?」
デメテールは豊穣の女神。彼女が役目を放棄すれば世界はその恩恵を受けることができず、土地は荒れ飢餓が訪れるのは容易に想像できた。
「やれやれだな…。さて、どうしたものか」
思案はしてみたもの、良い考えが思い浮かぶはずもなく途方に暮れるハデス。考えても始まらないので、少し休むことにした。
オリュンポスから走りっぱなしだったので黒馬に一息つかせてやりたかったのもあり水場を探す。すると、川のせせらぎが聞こえてきたので、落ち着ける場所がないか歩を進めた。そうして、開けた場所に出てきたのだが…。そこで出会ってはいけない少女に出会ってしまった。
「「……………………」」
ハデスは固まって動けなくなった。その開けた場所は滝つぼで一人の少女が水浴びをしていたからだ。少女もハデスのような男が現れるとは思っていなかったのだろう。驚きのあまり目を見開きハデスを凝視していた。
そして…。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い悲鳴とともにそこら辺にあったものを投げつける。
「わっ!ま、まて。落ち着け!!」
ハデスは慌てて、それらを躱しながら声をかけるが少女には聞こえていないらしい。兎に角次から次へと投げつけられる。驚くのはその正確さだ。ハデスのことなど見てないはずなのに確実にハデスの顔面めがけて飛んでくる。
(気配だけでその位置がわかるのだろうか…)
などと思っていたハデスの顔を布が覆う。何かと思い手に取って、さらに固まるハデス。それは、女性ものの下着。考えるまでもなく目の前の少女の物だ。彼女もそれに気づいたんだろう…。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ハデスからそれを奪い返すと森の中へと走り去ってしまう。素早い動きに呆気に取られていると、一本の巨木が浮き上がる。
「え?」
一瞬の出来事に反応が遅れる。浮き上がった巨木はハデスに向かって振り下ろされた。避ける間もなくクリーンヒット。ハデスはその場に倒れ込む。意識を失う寸前に目に入ったのはその巨木を両手に抱えた少女の姿だった。
(この怪力ぶり、やはりデメテールの娘だな…)
ハデスはそう思い、意識を失ったのだった。
****************************************************************
「ごめんなさい!!」
気が付くと、少女は開口一番そう言って頭を下げた。
「いや、突然現れた私も悪かったのだ」
「いえ、それでも私がとった行動は責められるべきです」
「そんなことはない。いきなり、見ず知らずの男に裸を…」
そこまで言いかけたところで少女の拳が飛んでくる。至近距離からではあったがハデスは右手で受け止める。
「すみません」
「いや、今のは私が悪かった。もう少し言葉を選ぶべきだった。配慮が足らないな。すまない」
「……………」
少女は黙り込んで俯いてしまう。妙な沈黙が続き、気まずい雰囲気が流れる。
「ヒヒィィィィィン!!」
黒馬の嘶きで場の雰囲気が変わった。
「馬をお連れなのですか?」
「ああ。知人を訪ねるつもりだったのだが通してもらえそうになかったので一休みをしようとしてたのだ。走り通しだったから水を飲ませてやろう思ってな」
「お優しいのですね」
少女はにっこりと優しくほほ笑む。その笑顔はハデスの凍り付いていた心に一つの波紋となって広がる。それは決して嫌なものではなく、暖かく優しいものだった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はデメテールの娘でペルセポネと申します」
「私はハデスだ。冥王ハデス…」
それが二人の出会いだった。
****************************************************************
「ハデス様の知人ってもしかしてお母さまのことですか?」
「そうだ」
「もしかして、最近起こっているという異変のこと?」
「知っているのか?」
「ええ、お母様も気にしていてたし。先日も…」
ペルセポネはそこで言葉を切って口を噤んでしまう。
「ペルセポネ?」
「あ…。すみません。」
「いや、謝ることはない。デメテールに口止めされてるのだろう?」
「え?」
「差し詰め、ポセイドンの使者でも来たというところかな?」
「なんで、わかったんですか?」
「先ほど、オリュンポスに寄ってきた」
「ゼウスに会うつもりだったが不在でな。ポセイドンも来ていないようで大広間はいつもの二人がギャンギャン言い合いをしていた」
「えっと…」
「デメテールは決してゼウスに会うことはないだろう」
「そう、ですね…」
「だから、ここには来ない。だが、ポセイドンは違う。何とかして気を引こうとしている。どんな些細なきっかけでも逃すはずはない」
「…………」
「それで、デメテールはその使者をどうしたのだ?」
「えっと、それは…」
ペルセポネが返答に困ったように視線を泳がせる。それで何となくデメテールのとった行動がわかり、苦笑する。
「有無を言わせず追い返しか」
「はい…」
「まぁ、当然だな。妻がいるにも拘らず言い寄ってくる男の使者など…」
「というか、私に男の人を近づけたくないだけです」
「そうなのか?」
ペルセポネが頷く。少し悲しそうな顔をしているところを見ると、自分の出生を知っているのだろう。父親が母親にした仕打ちを知っているからこそ、母の過保護を止めることができない。だから、黙ってそれに従う、気付いていないふりをして…。
「ペルセポネ、君は優しいのだな」
「え?」
「知っていながら知らないふりをしてデメテールを気遣っている。それが優しさでなければ、何をもって『優しい』だというのだ?」
「ハデス様…」
ハデスはペルセポネの頭をやさしくなでた。触れた瞬間は強張っていたが、すぐに嬉しそうに気持ちよさそうにするペルセポネ。それは警戒心を解いた子猫のようだった。
「あの…。もし、良かったらうちに来ませんか?」
「ペルセポネ?」
「えっと、お詫びにお茶でもどうかと…」
「よいのか?」
「ちょっと怖いですけど、私から説得します。それに、その…」
「?」
「流石にそのままお返しする訳にはいきませんので…」
そう言って私の左腕に視線をやる。そこには止血をするための布が巻かれていた。巨木の枝が突き刺さって出血してしまったのだが、ハデスからすればかすり傷でしかない。
「気にすることはない。
「いえ! そういう訳にはいきません!!」
ペルセポネは引き下がる様子はない。ここで押し問答をしても仕方ないので彼女の申し出を受け入れ、案内されたのはいいのだが…。
「ハデス様。それ、踏んだらダメですからね」
「ああ」
「こっちです」
ペルセポネは慣れた様子で城壁をすり抜けていく。
(なんで、こんなに罠ばかり…。)
壁に手をついた瞬間、目の前を槍が通り過ぎる。
「だ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫だ」
「すみません。お母様が誰も入ってこれないように罠をたくさん仕込んでいるので…」
「……………………」
噂には聞いていたが、ここまでやる必要があるのかと思わざるを得ない。それ以上に驚きなのはそれをすべて把握している目の前の少女だろう。迷うことなく進んでいくペルセポネ。ハデスは彼女の普段の生活をおもんばかって苦笑するしかなかった。
「はい、着きました」
ペルセポネが私を振り返りそう告げる。目の前にはこじんまりとした石造りの家があった。
「驚きました?」
「ああ」
「外から見える神殿は幻なんです。お母様がヘパイストス様に頼んで妙な道具を作らせたみたいで…」
「鍛冶の神に何を作らせているんだ」
「ニンフたちが言うには何か秘密を握っているみたいで・・・」
「それをネタにして脅して作らせた?」
「というか、何やら交換条件で作らせたみたいです」
「交換条件?」
「多分、アフロディーテ様がらみ…」
「なるほど…」
ヘパイストスは12神の一人でアフロディーテの夫だ。だが、醜い容姿のため、アフロディーテは相手にせずほかの男たちとの逢瀬を続けている。なんといっても愛人の一人に名を連ねているのは同じ12神の軍神アレスだ。アレスは筋骨隆々の男だが容姿はアフロディーテ好み。当然、アフロディーテはアレスに入れ込んでいた。
「つまり、アフロディーテの気を引く方法を教えてやったと?」
「そう、だと思います」
「まったく…。自分たちの力を何だと思っているのだ」
「そうですね。でも、そういうところがあってもいいと思いますよ?」
「?」
「だって、人々からただ畏怖する対象だけじゃなく、身近に感じれる存在でありたいじゃないですか」
「ペルセポネ…」
「身近な存在であればきっと人々の心の中から私たちが消えることはないはずです」
どうやらこの籠の中の鳥だと思っていた少女は正確に世界を把握しているようだ。そのことにハデスは驚き、目を見張る。ペルセポネは花が綻ぶような笑顔を向ける。ハデスは思わず手の頬に手を伸ばそうとした。
次の瞬間、大地が鳴動する。それは今まで感じたことのない大きな揺れだった。鳥たちが突然の変化に空へ飛び立ち、動物たちも恐怖のあまり混乱し暴れ始める。
「きゃっ!」
「ペルセポネ!」
小さな悲鳴に私は庇うようにペルセポネを抱き寄せる。暫くすると鳴動は収まった。そうして、何事もなかったように静まり返る。
「今のは一体…」
ハデスのそのつぶやきに答えるものはない。だが、世界の異変は着実に侵食していることを確信する。今の自分に何ができるのかわからないが・・・。
できることといえば、腕の中にある子猫のような少女の恐怖を振り払ってやることぐらいだ。そう思った瞬間。ハデスは誰かに呼ばれた気がした。その声は遠い昔、奈落の奥底に追放したはずの声。ハデスの背筋を嫌な汗が流れる。その声はすぐそこまで迫っていた。運命の輪が回り始めようとしている。その時は刻一刻と迫っていた。
************************************************
えっと、色々とツッコミどころ満載ですが、私の中の彼女のイメージってこんな感じってことでご容赦ください。
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「さて、これからどうしたものか…」
オリュンポスで収穫のなかったハデスはこれからのことを思案していた。
「気乗りはしないが…」
ハデスはひとりごち、ニューサ山地へ向かうことにする。ヘスティアから忠告を受けていたが、豊穣の女神であるデメテールなら地上の変化に一番敏感なはずだからだ。何か気づいたことがあるかもしれない。とはいえ、院生生活を送る彼女が素直にこちらの話を聞いてくれるかは別問題だ。それでも、今は手がかりを得るために向かうしかない。そんな思いを胸にハデスは馬を走らせるのだった。
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――――――――ニューサ山地――――――――
ハデスは小高い丘から眼下を見下ろす。デメテールの住まいらしき神殿が見えたのだが、その異様な光景にため息をつく。
「まるで要塞だな」
十重二十重と張り巡らされた城壁。神殿はそれらを超えた奥に位置していた。
誰が攻めてくるわけでもないにも関わらず、これほどの城壁で囲うというのだから、娘の溺愛ぶりが窺い知れる。それは驚きを通り越して呆れるほどだ。
「これは娘がいなくなったら世界が荒廃するんじゃないのか?」
デメテールは豊穣の女神。彼女が役目を放棄すれば世界はその恩恵を受けることができず、土地は荒れ飢餓が訪れるのは容易に想像できた。
「やれやれだな…。さて、どうしたものか」
思案はしてみたもの、良い考えが思い浮かぶはずもなく途方に暮れるハデス。考えても始まらないので、少し休むことにした。
オリュンポスから走りっぱなしだったので黒馬に一息つかせてやりたかったのもあり水場を探す。すると、川のせせらぎが聞こえてきたので、落ち着ける場所がないか歩を進めた。そうして、開けた場所に出てきたのだが…。そこで出会ってはいけない少女に出会ってしまった。
「「……………………」」
ハデスは固まって動けなくなった。その開けた場所は滝つぼで一人の少女が水浴びをしていたからだ。少女もハデスのような男が現れるとは思っていなかったのだろう。驚きのあまり目を見開きハデスを凝視していた。
そして…。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
甲高い悲鳴とともにそこら辺にあったものを投げつける。
「わっ!ま、まて。落ち着け!!」
ハデスは慌てて、それらを躱しながら声をかけるが少女には聞こえていないらしい。兎に角次から次へと投げつけられる。驚くのはその正確さだ。ハデスのことなど見てないはずなのに確実にハデスの顔面めがけて飛んでくる。
(気配だけでその位置がわかるのだろうか…)
などと思っていたハデスの顔を布が覆う。何かと思い手に取って、さらに固まるハデス。それは、女性ものの下着。考えるまでもなく目の前の少女の物だ。彼女もそれに気づいたんだろう…。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ハデスからそれを奪い返すと森の中へと走り去ってしまう。素早い動きに呆気に取られていると、一本の巨木が浮き上がる。
「え?」
一瞬の出来事に反応が遅れる。浮き上がった巨木はハデスに向かって振り下ろされた。避ける間もなくクリーンヒット。ハデスはその場に倒れ込む。意識を失う寸前に目に入ったのはその巨木を両手に抱えた少女の姿だった。
(この怪力ぶり、やはりデメテールの娘だな…)
ハデスはそう思い、意識を失ったのだった。
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「ごめんなさい!!」
気が付くと、少女は開口一番そう言って頭を下げた。
「いや、突然現れた私も悪かったのだ」
「いえ、それでも私がとった行動は責められるべきです」
「そんなことはない。いきなり、見ず知らずの男に裸を…」
そこまで言いかけたところで少女の拳が飛んでくる。至近距離からではあったがハデスは右手で受け止める。
「すみません」
「いや、今のは私が悪かった。もう少し言葉を選ぶべきだった。配慮が足らないな。すまない」
「……………」
少女は黙り込んで俯いてしまう。妙な沈黙が続き、気まずい雰囲気が流れる。
「ヒヒィィィィィン!!」
黒馬の嘶きで場の雰囲気が変わった。
「馬をお連れなのですか?」
「ああ。知人を訪ねるつもりだったのだが通してもらえそうになかったので一休みをしようとしてたのだ。走り通しだったから水を飲ませてやろう思ってな」
「お優しいのですね」
少女はにっこりと優しくほほ笑む。その笑顔はハデスの凍り付いていた心に一つの波紋となって広がる。それは決して嫌なものではなく、暖かく優しいものだった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はデメテールの娘でペルセポネと申します」
「私はハデスだ。冥王ハデス…」
それが二人の出会いだった。
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「ハデス様の知人ってもしかしてお母さまのことですか?」
「そうだ」
「もしかして、最近起こっているという異変のこと?」
「知っているのか?」
「ええ、お母様も気にしていてたし。先日も…」
ペルセポネはそこで言葉を切って口を噤んでしまう。
「ペルセポネ?」
「あ…。すみません。」
「いや、謝ることはない。デメテールに口止めされてるのだろう?」
「え?」
「差し詰め、ポセイドンの使者でも来たというところかな?」
「なんで、わかったんですか?」
「先ほど、オリュンポスに寄ってきた」
「ゼウスに会うつもりだったが不在でな。ポセイドンも来ていないようで大広間はいつもの二人がギャンギャン言い合いをしていた」
「えっと…」
「デメテールは決してゼウスに会うことはないだろう」
「そう、ですね…」
「だから、ここには来ない。だが、ポセイドンは違う。何とかして気を引こうとしている。どんな些細なきっかけでも逃すはずはない」
「…………」
「それで、デメテールはその使者をどうしたのだ?」
「えっと、それは…」
ペルセポネが返答に困ったように視線を泳がせる。それで何となくデメテールのとった行動がわかり、苦笑する。
「有無を言わせず追い返しか」
「はい…」
「まぁ、当然だな。妻がいるにも拘らず言い寄ってくる男の使者など…」
「というか、私に男の人を近づけたくないだけです」
「そうなのか?」
ペルセポネが頷く。少し悲しそうな顔をしているところを見ると、自分の出生を知っているのだろう。父親が母親にした仕打ちを知っているからこそ、母の過保護を止めることができない。だから、黙ってそれに従う、気付いていないふりをして…。
「ペルセポネ、君は優しいのだな」
「え?」
「知っていながら知らないふりをしてデメテールを気遣っている。それが優しさでなければ、何をもって『優しい』だというのだ?」
「ハデス様…」
ハデスはペルセポネの頭をやさしくなでた。触れた瞬間は強張っていたが、すぐに嬉しそうに気持ちよさそうにするペルセポネ。それは警戒心を解いた子猫のようだった。
「あの…。もし、良かったらうちに来ませんか?」
「ペルセポネ?」
「えっと、お詫びにお茶でもどうかと…」
「よいのか?」
「ちょっと怖いですけど、私から説得します。それに、その…」
「?」
「流石にそのままお返しする訳にはいきませんので…」
そう言って私の左腕に視線をやる。そこには止血をするための布が巻かれていた。巨木の枝が突き刺さって出血してしまったのだが、ハデスからすればかすり傷でしかない。
「気にすることはない。
「いえ! そういう訳にはいきません!!」
ペルセポネは引き下がる様子はない。ここで押し問答をしても仕方ないので彼女の申し出を受け入れ、案内されたのはいいのだが…。
「ハデス様。それ、踏んだらダメですからね」
「ああ」
「こっちです」
ペルセポネは慣れた様子で城壁をすり抜けていく。
(なんで、こんなに罠ばかり…。)
壁に手をついた瞬間、目の前を槍が通り過ぎる。
「だ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫だ」
「すみません。お母様が誰も入ってこれないように罠をたくさん仕込んでいるので…」
「……………………」
噂には聞いていたが、ここまでやる必要があるのかと思わざるを得ない。それ以上に驚きなのはそれをすべて把握している目の前の少女だろう。迷うことなく進んでいくペルセポネ。ハデスは彼女の普段の生活をおもんばかって苦笑するしかなかった。
「はい、着きました」
ペルセポネが私を振り返りそう告げる。目の前にはこじんまりとした石造りの家があった。
「驚きました?」
「ああ」
「外から見える神殿は幻なんです。お母様がヘパイストス様に頼んで妙な道具を作らせたみたいで…」
「鍛冶の神に何を作らせているんだ」
「ニンフたちが言うには何か秘密を握っているみたいで・・・」
「それをネタにして脅して作らせた?」
「というか、何やら交換条件で作らせたみたいです」
「交換条件?」
「多分、アフロディーテ様がらみ…」
「なるほど…」
ヘパイストスは12神の一人でアフロディーテの夫だ。だが、醜い容姿のため、アフロディーテは相手にせずほかの男たちとの逢瀬を続けている。なんといっても愛人の一人に名を連ねているのは同じ12神の軍神アレスだ。アレスは筋骨隆々の男だが容姿はアフロディーテ好み。当然、アフロディーテはアレスに入れ込んでいた。
「つまり、アフロディーテの気を引く方法を教えてやったと?」
「そう、だと思います」
「まったく…。自分たちの力を何だと思っているのだ」
「そうですね。でも、そういうところがあってもいいと思いますよ?」
「?」
「だって、人々からただ畏怖する対象だけじゃなく、身近に感じれる存在でありたいじゃないですか」
「ペルセポネ…」
「身近な存在であればきっと人々の心の中から私たちが消えることはないはずです」
どうやらこの籠の中の鳥だと思っていた少女は正確に世界を把握しているようだ。そのことにハデスは驚き、目を見張る。ペルセポネは花が綻ぶような笑顔を向ける。ハデスは思わず手の頬に手を伸ばそうとした。
次の瞬間、大地が鳴動する。それは今まで感じたことのない大きな揺れだった。鳥たちが突然の変化に空へ飛び立ち、動物たちも恐怖のあまり混乱し暴れ始める。
「きゃっ!」
「ペルセポネ!」
小さな悲鳴に私は庇うようにペルセポネを抱き寄せる。暫くすると鳴動は収まった。そうして、何事もなかったように静まり返る。
「今のは一体…」
ハデスのそのつぶやきに答えるものはない。だが、世界の異変は着実に侵食していることを確信する。今の自分に何ができるのかわからないが・・・。
できることといえば、腕の中にある子猫のような少女の恐怖を振り払ってやることぐらいだ。そう思った瞬間。ハデスは誰かに呼ばれた気がした。その声は遠い昔、奈落の奥底に追放したはずの声。ハデスの背筋を嫌な汗が流れる。その声はすぐそこまで迫っていた。運命の輪が回り始めようとしている。その時は刻一刻と迫っていた。
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