冥き竜王と春乙女

氷室龍

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新婚編

春乙女、冥府へ向かう

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ペルセポネ視点です

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地上が実りの秋を迎えたころ。ペルセポネはハデス様の住まう冥府へと向かう準備を始めた。

「収穫祭も近いのにもう準備?」
「だって、収穫祭が終わったらすぐに雪が舞い始めるから」
「そうね」

デメテールの表情が冴えない。収穫祭が終わればすぐに雪が舞い始める。そうなれば最愛の娘・ペルセポネは冥府に向かうので3か月は会えなくなる。溺愛してやまなかったデメテールにしてみれば苦痛以外のなにものでもない。
それでも、ペルセポネはハデスの側にいたいと思う。だから、準備の手を止めることはない。そして、収穫祭が終わりその季節はすぐにやってきた。

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「ヘルメス、分かってるでしょうね?」
「分かってますよ」

デメテールがヘルメスのことを脅している。その姿にペルセポネは苦笑せざるを得ない。

(お願いですからその背後の黒いオーラだけは早めにしまってください)

ペルセポネはそう願わずにはいられなかった。

「と、迎えがきたみたいだ」

ヘルメスがデメテールから逃げるように話題を逸らした。その視線の先には2頭の黒馬に引かれた戦車が見える。御者は見覚えのある獣人だった。

「あれ?」
「どうした、ペルセポネ」
「もしかして、ミノタウロス?」
「そうか。お前は奴と顔見知りだったな」
「はい。随分前ですけど開墾を手伝ってもらったんです」
「そうだったか」

戦車はペルセポネたちの目の前で止まった。その戦車はミノタウロスが御者が務めるだけあって見上げるように大きかった。

「よう、久しぶりだな」
「ミノタウロス。迷宮から出してもらえたの?」
「地上に行き場のなくなった連中が増えちまってなぁ」
「それで?」
「エリュシオンの向こうにはタルタロスがあるだろ?」
「タルタロス?」
「ティターン神族が幽閉されている奈落のことだ。ハデスの親分はそこの監視者である。そこの門番をしないかって誘われたんだよ。」
「へぇ」
「獣人たちのまとめ役に指名されてな。今はタナトスの大将のもとで暮らしてるってわけだ」
「そうなんだ」
「そんなことより、さっさと乗りな」
「うん」
「おっと。こっから先はお供は不要だ」
「俺は神の使いだよ。無事にエリュシオンにたどり着いたか報告する義務があるんだ」
「なら、勝手にしな。ただし、コイツには乗せれねぇ」
「いいよ。自分の足で行くから」
「そしてくれ」

ペルセポネが戦車に乗り込むとミノタウロスはすぐに戦車を走らせた。大地が割れて地下への洞窟が口を開ける。ペルセポネは気を引き締めた。戦車はどんどん地下へ進んでいく。やがて、ケローン川にたどり着いた。

「おや、ミノタウロス。こんなところで何してるんだい」
「ああ、親分の花嫁を送り届けんだよ」
「花嫁?」
「こんにちは」

ペルセポネは戦車からそっと顔を出す。そこにいたのはフードを深くかぶったやせた男性だった。

「えっと」
「ああ、私はここで渡し守をしてるカロンだ。お見知りおきを」

カロンと名乗った渡し守はうやうやしく頭を垂れた。

「私はペルセポネです」
「そうですか。さて、私は仕事が残っておりますので」
「はい。お仕事頑張ってください」

カロンは櫂を漕ぎ、対岸へと向かっていった。

(彼はどれだけの死者を冥府へと届けたのだろう)

そう思いつつペルセポネはカロンの背中を見送る。それに気づいたミノタウロスが声をかける。

「お嬢、考えても始まらん」
「え?」
「カロンはそれが役目だ」
「そっか」
「さぁ、エリュシオンまではもうすぐだ」
「そうだね」
「一気に駆け抜けるから、しっかり捕まってな」
「うん」

ミノタウロスは戦車を再び走らせる。眼下に広がったのはまさに『地獄』だった。それは人が持つという『七つの大罪』を戒めるものだった。ペルセポネはそれがホントに必要なのか、疑問に思わないこともない。だが、考えても仕方ない。何故なら、すべてはハデスが決めたものだからだ。

「キツイか?」
「え?」
「この地獄の景色だよ」
「そうだね」
「疑問に思うなら、親分に聞いてみな」
「答えてくれるかしら?」
「お嬢の質問だったら簡単に答えてくれるさ」
「そうかな?」
「ああ、親分はお前にベタ惚れみたいだからな」
「や、ヤだ…」

ペルセポネは思わず手で顔を覆った。

(うぅぅぅぅ、は、恥ずかしい)

暫くすると堅牢な建物が見えてくる。それは高い城壁を伴った建物でまるで死者を威圧するかのようであった。

「ここは?」
「地獄の裁判所だよ」
「へぇ」
「この先で死者への最終審判が下され、次の生が何になるか決まるのだ」
「そうなの?」
「さて、ここの裁判長に挨拶してくるか」
「裁判長がいるの?」
「もちろんだ。ほとんどの人間はその裁判長に裁かれる。親分が裁くのはほんの一部の英雄たちさ」
「そう、だったんだ」
「ここの裁判長。こないだの一件でかなりやつれてるから労ってやったら喜ぶと思うぜ」
「なら、挨拶してきましょう」

ペルセポネたちは一旦戦車を降りる。ミノタウロスに重たい扉を開け手もらい中へと入る。扉の先から冷たい空気が流れてくる。その冷気は冬の木枯らしと変わらないほどの冷たさでペルセポネは身震いするほどだった。恐らく審判を仰ぐ死者の心の現れなのだろう。

「お嬢、ここだ」

ミノタウロスが連れて来てくれたのは長い通路の先にあった一枚の扉。その扉が重い音を上げて開く。ペルセポネは唾をゴクリと飲み込み、彼の後ろに続いた。

「よう、ラダマンティス」
「なんですか?ミノタウロス」
「親分の花嫁さんが挨拶したいって」
「は?」

ペルセポネはそっと顔を出す。その先にいたのは紫の髪と瞳の男性だった。激務が続いていたのか、フラフラと立ち上がる。

「あ、あの。初めまして。ペルセポネです」
「あなたが…」
「は、はい」
「私はラダマンティスと申します」
「こちらこそよろしくお願いします。えっと、大丈夫ですか?」
「例の事件以後我が君にしっかり仕事していただきましたので」
「そうなんですか?」
「ええ」
「でも、何で?」
「それは直接聞かれると宜しいでしょう」
「直接?」
「はい」
「教えて下るかしら?」
「大丈夫ですよ」
「そうですか」
「それより、我が君が首を長くして神殿でお待ちです」
「あ…」
「行って差し上げてください。私も目途が付きましたら向かいますので」
「はい。ではまたお会いしましょう」

ペルセポネは『地獄の裁判所』を後にした。それからすぐに大きな門が見えてくる。
その門をくぐった先はそれまでとは一変した景色だった。まさに『常春の国』といったところである。どこまでも続く草原と春の花たち。それに似合わぬ兵士たちが軍旗を掲げて街道の両端に居並ぶ。

「ミノタウロス、これは?」
「お嬢を歓迎してんだよ」
「そっか」
「どうだ。スゲェだろ?」
「うん。すごい!」
「立ってる連中はおっかねぇかもしれんがみんなお嬢のこと、歓迎してるから」
「そうだね」

そうやってペルセポネたちは神殿への道をひた走る。すると白亜の神殿が見えてきた。その入り口には4人の人影が見える。金髪の男性と銀髪男性、銀髪の女性。そして、ペルセポネの愛おしい殿方…。

「ハデス様!!」
「お嬢!あんまり乗り出すなって」
「ご、ごめん」
「そんなに慌てなくても親分は逃げはしねぇよ」
「うん」

やがて馬車は神殿の前で止まる。ミノタウロスに手伝ってもらいペルセポネは戦車を降りる。

「ペルセポネ」
「ハデス様!!」

ペルセポネは自分の名を呼ぶ声に走り出し、そのまま飛び込んでいった。ハデスはそれをしっかりと抱きとめる。

「やっと来れました」
「よく来た」

そういうと、ハデスはペルセポネの顎に手を添え、上を向かせると唇を重ねた。突然のことで驚くペルセポネ。だが、その口づけが甘く感じ蕩けそうになる。そっと唇を離したハデスは耳元で囁く。

「今夜は素敵な夜になるだろう」

その言葉の意味にペルセポネは真っ赤になって俯く。

(多分、そう言う意味なんだよね?)

ハデスはそんなペルセポネの肩を抱き、神殿の中へと誘った。彼女の心臓はバクバクいっており、その高鳴りは止まりそうになかった。


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次回は華燭の典の予定です
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