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2話
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屋敷の外に連れ出すと、カルマは余計に闘志を燃やしてしまったようだった。
「これは……、思う存分暴れていいってことですよねぇ!」
放たれた炎の弾を、アイリスはシールドを張って防いだ。同時に目の前からカルマの姿が消えたかと思うと、背中に電流が走り吹き飛ばされた。受け身を取る前に空中に蹴り上げられ、更に上から地面に叩きつけられる。次の攻撃が来る前に『瞬間移動』で距離を取る。カルマが急降下してきたのはその直後だった。避けた蹴りは地面を抉り、辺りに砂埃を撒き散らす。
カルマは、本気だ。
砂埃に隠れて自分に回復魔法をかけながらアイリスは察した。
事情を聞く余裕も、説得に応じる可能性もないだろう。
まずは無力化させるしかない。
それに、ここまで本気の戦い方をされたら――闘争心が燃える。
「カルマさん……私も本気で向き合いますね!」
アイリスは紋章の描かれた手のひらを伸ばすと、高らかに唱えた。
「我に仕えし魔物よ 契約の下、この身に宿れ――ミォウ!」
紋章が光る。それが治まると、アイリスの瞳が赤く染まった。
使い魔を使った戦闘法は二通りある。
ひとつは使い魔を召喚し、共に戦う方法。
もうひとつは、使い魔を自身の身体に取り込む方法だ。
砂埃が晴れ、カルマの姿が現れた。一連の流れを目にしていたらしい彼は、先程よりもわなわなと震えていた。その表情には怒りの色が、憎しみの色が、悲しみの色が混ざっているように見える。
「魔物なんかを取り込むなんて……理解、できない。魔物なんか、魔物なんか……! あなたごと消し飛ばしてやるっ!」
連続で炎の弾が放たれた。アイリスはそれを最小限の動きで回避する。カルマが再び姿を消す。背後に気配を感じ、回し蹴りを入れる。どうやら脇腹に直撃したようだ、カルマは鈍い悲鳴をあげながら地面に転がるが素早く立ち上がり、よろめきながらまた姿を消す。
アイリスは雷の弾を手元に出現させると、それを『瞬間移動』させた。弾は消えていたはずのカルマに直撃する。アイリスは一歩も動かないまま、その攻撃を繰り返した。
消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。消える、当てる。
次第に素早かった動きが鈍くなる。やがて絶え絶えな呼吸を繰り返すカルマの姿が現れた。何が起きているのか、どうして動きが見切られているのか理解できないと表情が語っている。
人間が使い魔を身体に取り込む理由――それは魔物自身の能力を借り、自分の物として使うためだ。
アイリスの使い魔であるストレンジラビットは戦闘能力こそ低いものの、魔力増強や身体能力強化などの補助に優れている。
ミォウの能力を借りて動体視力を強化したアイリスの目には、カルマの素早い動きも止まって見える。気配に敏感になったのも、身体能力が強化されたことで精神力も研ぎ澄まされたからだ。
個別魔法と合わせれば、攻撃を当てることなど動作でもない。
ふいに、カルマが唐突に翼装置を広げて空高く飛ぶ。
アイリスは追いかけることもなく、その様子を眺めていた。個別魔法が『瞬間移動』だからと言って、翼装置が使えないわけではない。カルマを追いかけることだってできる。
ただ、必要がないだけ。
水の弾と雷の弾、風の弾を手元に出現させる。それを同時に『瞬間移動』させ、カルマの頭上で融合させた。直後、雨雲もないのに雷が落ちる。悲鳴が空に響くと、彼の身体は力なく落下した。
意識は辛うじてあるようだった。明らかに戦闘不能なのに視線だけは臨戦態勢で、ぎらぎらとした目でアイリスを睨みつけている。
回復魔法を使う余裕を与えてしまったら、どちらかが死ぬまで戦闘を続けようとするだろう。アイリスは聞こえないくらいの声量で「ごめんなさい」とつぶやくと、倒れているカルマに歩み寄り、渾身の力を込めてみぞおちに蹴りを入れた。
* * *
状況は混沌としていた。
テーブルの上には野菜炒め――になる予定だった消し炭。
さらにアイリスが気絶したカルマを抱えて戻ってきた。勝敗は一目瞭然だ。
「回復魔法はかけておきました」
「ご苦労だった、アイリス。カルマが起きる前に仕事の続きをしようか」
イリアに指示してカルマの部屋に案内させ、彼をベッドに寝かせる。その後、アイリスはアルエと原稿の話を詰めていっていた。
その隣で、ジオンは失敗した野菜炒めを黙々と食べていた。
「……ねぇ。無理して食べなくていいわよ?」
顔を覗き込むイリアの表情は拗ねているように見えるが、雰囲気は申し訳なさそうだった。いつもいがみ合っている相手にそうしおらしくされると調子が狂う。
「別に、無理はしてねぇよ。ちゃんと最後まで指示しなかった俺も悪い」
「失敗したことに変わりはないでしょ」
「初心者に失敗はつきものだろうがよ。料理だけじゃねぇ、魔法だってそうだろ? ところで、クローム」
ジオンに呼ばれると、アルエは心底迷惑そうな表情で「なんだい?」と振り返った。
「部屋はまだ空いてるんだっけか?」
「そうだが?」
その先の言葉を察したのか、イリアが目を丸くする。
「まさか、あんたここに住むつもり?」
「悪ぃかよ」
「住んでる場所あるんでしょ? わざわざ引っ越すの?」
「お前らが危なっかしくて気が気じゃねぇんだよ。クロームはぶっ倒れるし、スミリットはまだ俺がいないと料理なさそうだし」
「別に、あんたがいなくたって……!」
言いかけた言葉は語尾がだんだんと消えていく。ジオンが教えてくれる前は野菜さえまともに切れなかった。認めたくなさそうだが、まだひとりでキッチンに立つ勇気がないというのが本音だろう。
「……あのさ」
イリアは照れくさそうにそっぽを向く。
「だったら、また料理教えなさいよ。今度こそ、上手くやってみせるんだから!」
「……お?」
ジオンはイリアの顔を覗き込む。表情を見られたくないのか、彼女はさらにそっぽを向いた。
(もう一人、妹ができたみたいだな)
妹の姿が脳裏をよぎり、思わず喉の奥で笑った。
「仕方ねぇな。またビシバシ指示してやんよ!」
「イチャイチャするなら他所でやってくれないか」
アルエが若干苛立った声音で会話に割り込む。ふたり同時にそちらを向くが、ムキになって否定できる雰囲気ではなさそうだった。
「ここに住みたいのなら好きにするといい。とりあえず今は集中させてくれ」
よく考えれば、アルエとアイリスは仕事中だ。話しかけるタイミングと雑談をする場所を間違えたかと軽く罪悪感を覚える。だが、許可をもらったことに変わりはない。ジオンの脳裏には自宅にある荷物が過った。
同時に、憤怒に狂っていたカルマを思い出す。
既視感があったのだ。
憎悪に澱む瞳も、表情も。
復讐に燃える自分の姿と重なった。
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