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2話
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イリアは思った以上に料理に関して素人だったようだ。包丁の握り方も切り方も知らなかった。
そんな彼女に手取り足取り指導した。まずは包丁の握り方から教え、野菜の皮の剥き方を教え、続けて切り方を教え……。不格好な形に変貌していく材料たちを、ゆっくりでも着々と切っていく。
「そうそう、上手だぞ。材料押さえるときは、ウィングキャットの手な」
ぎこちない手つきを見ながら、ジオンは妹に料理を教えたときのことを思い出していた。あいつにも、こんな風に教えたっけ。
笑みをこぼすジオンを横目に、指示通りに手を動かしながらイリアは口を尖らせる。
「……なんでジオンはそんなに慣れてるのよ」
「ん? 別に。親に教わったんだよ。お前は教わんなかったのか?」
「……親なんていないわ」
琴線に触れてしまった、と反射的に思った。ジオンは慌てて「悪ぃ」と謝る。イリアの表情は変わらなかった――むしろ消えたようにも見えた。
澱みかけた空気を変えるために、話題を料理へ戻す。
「材料を切り終えたら、炒める。火が通りにくいものから入れてけよ?」
イリアはジオンの指示通りにフライパンに材料を入れていく。本当は少し振った方が満遍なく火が通るのだが、イリアにはまだハードルが高そうだと判断し、あえてその指示は出さなかった。
額に汗をかきながらすべての材料を炒めていく。炒めながら味付けするのが一番難しいようだった。慌てながら、それでも指示に従って調味料を入れる。ジオンはフライパンの中から具材を少しつまんで味を見た。
「……ん。もう少し何か足りねぇな。スミリット、お前も」
イリアに味見をさせようともう一度具材をつまもうとしたときだった。洋間から憎悪に溢れた叫び声と甲高い悲鳴が聞こえた――声からしてカルマとアイリスのものだと察する。
「悪ぃ、ちょっと行ってくる!」
ジオンは慌てて駆け出した。
「いや、どういう状況だよこれ!?」
洋間に着くなり、開口一番に叫んだ。
ところどころに焼け焦げた跡のある家具。怯えるアイリスの背後には庇うように、耳の長い小さな魔物がいる。
「アイリスさん、どいてください」
肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返しているカルマの手は明らかにその魔物に向いていた。その光景を、アルエは原稿用紙を大事そうに抱えながら眺めている。動じることなく、むしろ観察するように。
「カルマ、なにやってんだ! おい、クローム! 何が起きた!?」
「さあ? カルマがいきなり暴れ出した、それだけだ」
「そうなるまでに何があったのかって訊いてんだよ!」
まだ出会って間もないが、ここまでカルマが激昂しているところなど見たことがない。理由がないのに暴れ出すような性格じゃないのもなんとなく知っている。
しかし、アルエの口ぶりやアイリスの表情から、なぜこの状況に陥ったのかが分かっていなさそうなのも事実だ。ならばその過程から探るしかない。
「どかないなら……アイリスさんごと撃ちぬきますよ!?」
そうしている間にも、カルマはさらに感情が高ぶっている様子だった。説明を求めるよりも、まずは落ち着かせるのが先か。思考を巡らせていると
「アイリス。戦闘になりそうなら外に連れ出してくれ」
「クローム! もっと言うことあるだろ!」
戦闘沙汰を止めようとしているのに、むしろ促すとは。
しかしアルエは怒号にも動じず
「こんなところで戦われて大事な原稿が燃えたらどうするんだ。下手したら住むところもなくなってしまうよ」
そういう意味では冷静かつ冷徹な判断かもしれない。だが、アイリスの安否より原稿を優先する辺りは冷酷といえよう――否、編集者からしたら作家には原稿を守ってほしいのかもしれない。
だからこそ。
アイリスはカルマの目の前まで『瞬間移動』し、彼に触れる。瞬間、アイリスとカルマの姿が消えた。アルエの指示通り屋敷の外に連れ出したのだろう。
「……さて、嵐は過ぎ去ったことだ。先程起きたことをありのままに話すとしよう」
アルエは原稿用紙をテーブルの上に置くと、簡潔に、淡々と説明した。
話は数十分前に遡る。
ジオンが紅茶を運び、イリアの様子を見てくるとキッチンに戻ったあとのことだ。
当初の予定では紅茶が運ばれたらすぐに原稿についての話し合いを再開する予定だったが、それまでしていた雑談が思った以上に盛り上がり、しばらく続けていたのだ。
空気が一変したきっかけは、アイリスが何気なくした話題提供だった。
「そういえば、聞いてくださいよ! 最近、使い魔契約したんです!」
彼女は嬉しそうに手のひらの紋章を見せた。
使い魔契約とは、魔物と主従関係を結ぶときに行うものだ。
魔物にも種族名とは別に名前がある。契約を結ぶ際に必要になるため、使い魔にしたければ訊かなければならない。当然ながら大抵の魔物は教えてくれないので、通常は一戦交えて実力を認められたら契約というのが一般的な流れだ。主従関係を結ぶと、その証として体の一部に紋章が刻まれる。そうして初めて、任意のタイミングで使い魔を召喚できるようになるのだ。
「ずっと狙ってた魔物だったんで、使い魔にできて嬉しくて! あ、見ます?」
使い魔の名前を呼べば召喚される。
「……アイリス」
嬉々として語るアイリスは気づかなかった。
アルエが呼んだことを。
カルマがわなわなと震えていることを――いつもの無邪気な笑顔が消えていたことを。
「おいで、ミォウ!」
手のひらの紋章が光る。そこから魔法陣が浮かび上がり、魔物の姿が現れる。光と魔法陣が消えると、ふわふわな白い毛の、耳の長い小さな魔物の姿が露わになった。紅くつぶらな瞳が一同の顔をまじまじと見つめる。
「ストレンジラビットのミォウです!」
ミォウと呼ばれた魔物を抱きしめながら微笑むアイリス――に向けるカルマの視線は、表情は、禍々しさに満ちていた。アイリスがそれに気づいたときには
「うわああああああああああああああああ!」
カルマは突然立ち上がり叫んでいた。同時に火属性の上級魔法を放つ。アイリスが悲鳴をあげながらも咄嗟にシールドを張らなければ直撃していただろう。防がれた炎は飛散し、ソファやテーブルなど、辺りを焦がした。
そのタイミングでジオンがやってきたのである。
「咄嗟に原稿を死守した私を褒めてくれ」
話し終えたあとに発せられたアルエの言葉を流し、ジオンは考える。
話を聞く限り、豹変の原因は魔物にあると推測できる。
どうしてそうなったのかは分からないが――果たして、訊いてしまってもいいものなのだろうか。
「なぁ」
アルエが呼んでいる。思考はそれどころではなく、あえて無視する。
魔物について、過去にトラウマでも抱えているのか。
一体、何があったのか。
イリアなら個別魔法で過去を読み取ることも……否、カルマが相手ではそれさえ叶わない。だが、直接訊けるほど無粋でもない。
イリアの顔が脳裏を過り、首をひねる。
そういえば、なにか忘れているような……。
「なぁ、ジオン」
「あーもう、なんだよ!」
再度呼ばれて噛みつくように返事をする。
「なんか焦げ臭くはないかい?」
言われて初めて、焦げたにおいが鼻腔をくすぐった。
嫌な予感がしてキッチンへ駆け込むと、イリアが未だにコンロの前に立っていた。
「ねぇ。これ、いつまで炒めればいいの?」
炒め物になるはずだった消し炭が目に入り、ジオンは思わず頭を抱えた。
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