traitor

静寂千憎

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1話

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「……む?」
「……は?」
 アルエとイリアの声が重なる。ジオンは頭を抱えた。
「まさかの『未開花』かよ……」
 個別魔法は基本的に、個人が生まれた時点で持っているものだ。だが、まれに個別魔法を持たないまま生まれる者もいる。そのような人間を『未開花』と呼ぶ。
 アルエは初めて表情を変えた。
「話にならないな」
 幻滅した、と言わんばかりに吐き捨てる。カルマもこの日初めて、それも心底悲しそうに表情を歪ませた。加えて縋るように
「えええぇぇぇ! 待ってくださいよぉ! 個別魔法を使えない代わりに、通常魔法になら自信があります!」
「それならイリアやジオンにだって使えるさ」
「お願いしますよぉぉぉ! あなたに仕えれば個別魔法が開花するはずなんですぅぅ!」
 冷たくあしらうアルエと、足元に縋り付くカルマ。
 傍から見たら滑稽な光景だった。
「すげえ利用の仕方するじゃん……」
「ある意味で斬新ね……」
 それはもう、イリアもジオンも顔を引きつらせるレベルで。
 カルマが何を理由に強さを求めているのかは知る由もないが、目的のためなら裏切り者トレイターさえ利用しようとする威勢の良さだけは認めてもいいかもしれない。しかし、やはりアルエの答えは変わらないようだ。刃物のような視線をぶつけると
「すまないが、他を当たるんだな」
「そ、そんな……」
 カルマの声は泣きそうに震えていた。その瞳は捨てられた子犬のように潤んでいる。
 ジオンは頭を抱えた。しばらくうんうんと唸り、やがて観念したかのように口を開く。
「なぁ、テウチル」
「あ、カルマでいいですよ」
 先程の泣き顔から一変、ケロッとした物言いに、ジオンは「お、おう……」とたじろぐ。
「じゃあ、カルマ。お前さ、魔法学校には通ってるんだろ?」
 魔法学校とは、その名の通り魔法を学ぶための学校だ。初級学校、中級学校、上級学校、最上級学校に分かれており、それぞれ初級学校で六年、中級学校で三年、上級学校で三年、最上級学校で四年、合計十六年かけて生きる上で必要な知識や魔法を学ぶ。
 科目は大きく分けて座学と実技。
 実技で通常魔法の使い方を学んだり、個別魔法を向上させたりするのだが――やはり評価においても個別魔法が重視されがちだ。特に未開花は劣等生扱いされやすい。
 気まずそうにもごもごと口を動かし始めたカルマをよそに、ジオンは質問を重ねた。
「小さい頃から肌身離さず持っている物とかはないか?」
「なんなの? 急に」
 カルマが答える前にイリアが横槍を入れる。
「別に。『装備型』の可能性を疑っただけだ」
 ぶっきらぼうに答えるジオン。カルマは「『装備型』?」と首を傾げた。
「個別魔法に『通常型』と『装備型』があるのは知ってるよな?」
 確認するように尋ねてみるが、カルマの反応は変わらなかった。すかさずイリアが「魔法学校で習ったはずでしょうが」と指摘すると、カルマは苦笑した。
「僕、学校通ってないです」
「……は?」
 イリアとジオンの声が重なった。それに気づいた二人は顔を見合わせて顔をしかめる。
「それは上級学校には通ってないってことか? 中級卒?」
 先に視線をそらしたジオンが尋ねると、カルマはやはり気まずそうに
「あ、いえ。初級学校も通ったことないです」
「……は?」
 再び、イリアとジオンの声が重なる。睨みあった二人の間で火花が散った。それをよそに、カルマはぽりぽりと頬を掻く。
「学歴とか気にしたことなかったんですけど、これ言うとみんな変な顔するんですよね。そんなに変ですか?」
 無理はないだろう。なんせ、魔法学校による教育は義務なのだ。教育を受けていないとなると、通常であれば魔法を使うのもままならない。
「きっと、なにかそれなりの事情があったのだろうさ。ジオン。彼にも分かりやすいように、一から説明を頼むよ」
 この話に唯一反応を示さなかったアルエが口を挟んだ。「命令すんじゃねぇ」と悪態をつきながら、ジオンはまんざらでもなさそうに咳払いをひとつして喉を均す。
「まず前提として、通常魔法が努力で培われるものだとしたら、個別魔法は才能だ。魔力を持つ人間なら必ず内に秘めているもの……お前と俺たちとの違いは、その才能が開花しているか否かだ。開花には二段階ある。……カルマ。これは分かるか?」
「分かりません!」
「あぁそうかよ……。俺たちみたいに生まれながらにして個別魔法を使えるか、お前みたいに『未開花』から使えるようになればそれを『第一開花』という。『第一開花』の次が『第二開花』だ」
「え? 才能がまた開花することがあるんですか?」
「あぁ。使い続けたり、自分の魔力が強くなれば個別魔法も強くなるし、できることも増える」
 多少の例外はあるものの、個別魔法の開花は魔力の強さに比例する。基本的に個別魔法が『第一開花』の状態で生まれてくるのだが、中には強い魔力を持って『第二開花』した状態で生まれる者もいる。逆に言えば、魔力が弱い者は『未開花』あるいは『第一開花』から抜け出すのは難しい。
「なぁ、クローム。カルマが『第一開花』さえすれば、こいつを『使役』する気になれるってことだろ?」
 ジオンが問うと、アルエは少し考えてから
「個別魔法の能力にもよるが、考えてやろうではないか」
「でも、この年齢としまで一回も開花したことないんですよ? 今さらそんなことできますかね……」
 弱気になるカルマをよそに、イリアはうなずいた。
「あー、理解した。だから『装備型』の可能性を考えたってわけ」
「どういうことですか?」
 不思議そうなカルマに、ジオンが説明を重ねる。
「『装備型』は、俺やスミリットみたいな『通常型』と違って個別魔法を使うのに道具が必要な奴のことだ。クロームがそうなんじゃないか?」
「いかにも」
 アルエは持っている本を開き、見開きのページが一同に見えるように持ち替えた。一行と半分だけ文字が埋まっており、その中にイリアやジオンの名前もある。
「私が名前を呼べば、自動的にこの本に刻まれる。呼び出す際にもこれが必要だ」
 ジオンは顎の下に手を当てる。
 逆に言えば、あの本がなければ『使役』ができないし、当然だが名前が載っていない者は召喚できないということだ。
 であれば、あの本から自分の名前を消してしまえばどうだろう。
 自動的に解放されるのではないだろうか――
 などという考えは、イリアには筒抜けである。
「やめときなさい。死にたいの?」
 イリアがぴしゃりと言い放つと、それに気づいたアルエはほくそ笑んだ。
「おや? もしかしてこの本を取り上げて燃やそうとでも思ったかな? 残念。解放する権利は私にしかない。無理やり名を消そうものなら――行く末は死のみだ」
 ジオンは舌打ちをひとつ漏らした。それに構わず、カルマが尋ねる。
「でも、その本と一緒に生まれたわけじゃないですよね?」
「もちろんだ。私も物心つくまでは自分を『未開花』だと思っていた」
「だったら、アルエさんはどうして『装備型』だって気づいたんですか?」
「フィーリングだよ。幼い頃、祖父からもらったこの本を手に取った瞬間に『使役』が使えるようになった。どういう原理なのか知らないがな」
 ジオンは気を取り直して続ける。
「こんな感じで、実は『第一開花』しているにもかかわらず気づかないパターンもある。だからお前の持ち物からヒントを得ようと思ったんだが……」
『装備型』の人間とそれに適う道具は惹かれ合う傾向にある。
 アルエのように誰かからもらう例もあれば、ふと興味が湧いて手に取ったり、幼い頃から持っていた道具がそうであったり。偶然でありながら必然的にその道具に導かれる。
 もしもカルマの個別魔法が『装備型』であったなら。
 もしも幼い頃から持っている道具があるとするなら。
 やり方次第で個別魔法が開花する可能性はある。
 しかしカルマは唸るように考え込むと、かぶりを振った。
「これといって、特に……」
「そうか……」
 ふりだしに戻ってしまった。
 これでは『通常型』であるか『装備型』であるかさえ分からない。どちらかに絞れたとしても、手探りの状態では時間もかかるし途方に暮れる。アルエがしびれを切らしてカルマを追い出すのが先かもしれない。
 だが、しばらく傍観していたアルエが突然口を挟んできた。
「どうだろう。ここは一戦、交えるというのは」
 イリアが思わず「は?」と言ってしまったのは、アルエが突飛な提案をしたからという理由だけではない――その提案をしてきたこと自体が意外だったからだ。カルマを『使役』することを渋っている反面、彼が『第一開花』することに協力しているようで、期待しているようにも見える。
「カルマ。君は通常魔法には自信があると言ったね。ならば、戦闘ができないわけではないだろう。『第一開花』のいいきっかけになるのではないか?」
 個別魔法によっては『使役』することも考えるという発言から、あわよくばボディーガードが増えると考えているのか、あるいは単純に興味があるのか。
 カルマは無邪気に「いいですね!」とはしゃいでいる。
「さすがに室内で戦闘されるのは困るから、外に行ってもらう」
 付け加えるように放たれたアルエの言葉も、
「あの裏切り者トレイターと戦えるなんて……!」
 と興奮気味の彼には聞こえていないかもしれない。
 アルエは息をひとつつくと
「イリア、ジオン。あとは頼んだ」
「え」
「はぁ!?」
 瞬間、カルマとジオンの声が重なった。イリアは腕を組んでため息をついている。
「アルエさんは戦わないんですか?」
 戸惑いを隠さずに尋ねるカルマに、アルエは「あぁ」とうなずく。
「私はここから見ておくよ」
「言い出しっぺのくせに、てめぇ……」
 ジオンは食いしばった歯の隙間から怒りの声を絞り出した。
 一方、イリアは文句ひとつ漏らすことなく「あんたたち。外に行くわよ」とひとこと言い、裏口のドアへ向かった。
「これが、あいつの戦闘法なのよ」
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