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3話
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イリアの過去で最も古い記憶は、深い森や険しい山、街の中を渡り歩いた幼少期だった。
住む家などない。自分の名前も、両親の顔さえ知らない。死別したのか、捨てられたのか、それすら分からない頃に離別し、気がつけば生きるために放浪していた。
まだ『第一開花』だったイリアの個別魔法は『相手の情報を読み取る魔法』であるということに変わりはなかったが、そのためには対象に触れなければならないという条件が付いていた。その上、読み取れる情報は名前や個別魔法、使い魔など相手のステータスに限られていた。
情報を読み取れるのは人間に限らない。
魔物の種族名、名前、どのような能力を持っているか、弱点はどこか。そういった情報も読み取れた。しかし触れなければ意味がない。まだ初級の通常魔法すらまともに使えない幼子が魔物に直接触れるなど、自殺行為と言っても過言ではない――襲われれば、迎え撃つ手段など皆無なのだから。
武器も何もない状態での放浪はぎりぎりだった。
食料や飲み水は自分で調達しなければならない。味の選り好みをしている余裕などなかった。少量でも食べられるときに食べなければ、泥水でも飲めるときに飲まなければ、次にいつ食事にありつけるか分からない。何日も絶食状態を強いられることなどざらだった。
間違っても戦闘にならないよう魔物から身を隠し、野を越え、山を越える日々。
たまに街や村にたどり着いたときには幸せに浸れた。
ゴミ箱を漁れば、盗みを働けば、簡単に食料が手に入る。
森や山に比べれば命の危険にさらされる恐れも少ない。
住民に見つかり追いかけられれば、すぐに街を出て行方をくらませた。
そんな生活を、どれだけ続けたことだろう。
あるとき、とある街で、いつものように食料を盗んでいたところを見つかってしまった。
犬も歩けば棒に当たる。弘法にも筆の誤り。
何日も食事を摂っていなかったときだった、というのもあったからだろう。逃げようとして足が絡まり、その場に倒れ伏してしまった。
そこを捕らえられ、孤児として施設に保護された。
齢は六――本来なら魔法学校の初等部に入学している頃だった。
イリア・スミリットの名は、彼女が送り込まれた施設の職員がつけたものだ。
読み書きや会話ができなかったイリアは必要な教育を施され、それまで与えられなかった愛情を注がれた。
職員の努力の甲斐あって文字や言葉を覚え、会話ができるようになった。簡単な通常魔法も教わり、施設はすぐさま魔法学校の初等部に編入手続きを出し、入学させた。
学校でも、イリアの存在は受け入れられた。
しかし、初めての集団生活の中で、それまでに経験し得なかった弊害にぶつかることになる。
「ねぇねぇ、イリアちゃんの個別魔法はなぁに?」
クラスメイトも、施設の仲間も、口を揃えてこの質問をしてきた。答えたときの反応はそれぞれで、当たり障りのない反応を返す者もいれば「地味だね!」と嘲笑する者もいた。
共通して感じたのは、得体の知れない心地悪さだった。単なるコミュニケーションのように見えて、その反応の奥で何かを見定められている気がするのだ。
初めはこのやりとりの意味を理解していなかった。
当時のイリアにとって、個別魔法などステータスでしかない。
ゆえに、想像すらしていなかったのだ。
その『ステータス』でマウントを取られる世界だなんて。
だが、成長すればするほど、学年が上がれば上がるほど、嫌でも理解せざるを得なくなってしまった。
学校の評価は座学、実技ともに平等ではあるが、やはり個別魔法が重要視されやすいこと。派手で戦闘向きな能力であればあるほど評価が高いこと。そうでなければ、低能のレッテルを貼られること――たとえ補助に優れた能力であったとしても。
段々と顕著になっていくマウント合戦に、当然イリアも巻き込まれた。
個別魔法『情報読取』
決して派手でも戦闘向きでもない能力に、周りは喜々として「低能」と指差し、蔑んだ。
だが、屈辱を味わわされて黙っているイリアではない。
個別魔法が戦闘に不向きなら、代わりに通常魔法を鍛え上げた。
クラスの、施設の誰よりも努力した。さらに知識も身につけた。
通常魔法が上級まで使えるようになったのも、個別魔法が『第二開花』するのも彼女が早かった。
それでも、一度貼られたレッテルは簡単には剥がれなかった。
そこまでくれば、もう諦めるしかない。
皆が皆、己のプライドを守るのに必死なだけ――そのために、自分より下がいると安堵したいだけなのだ。
だとしたら、くだらない。
そこまでして個別魔法にこだわる理由も、やはりイリアには理解できなかった。
いつしか、交友関係を築くのをやめた。
クラスの輪から外れ、最上級学校に進学する頃には一匹狼として過ごしていた。
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