traitor

静寂千憎

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3話

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  *   *   *

「これより、模擬戦を執り行う」
 審判役の教師が高らかに声を張る。
「イリア・スミリット。前へ」
 審判に呼ばれ、イリアは気だるげにフィールドへ立った。
「フェルス・アイント。前へ」
 続けて対戦相手が呼ばれ、対面する。
 最上級学校・クロノスには競技場が設けられている。これから執り行われるのは、実技の定期考査――模擬戦だ。
 内容はいたってシンプル。一対一で通常魔法や個別魔法を駆使して、どちらかが戦闘不能になるか降参するまで対戦する。勝敗はもちろん、戦い方や魔法の使い方など、さまざまな方面から評価を下す。模擬戦での評価が実技の成績にかなりの影響を及ぼすため、皆このテストに気合を入れるのだ。
 フィールドの周りには観客席があり、そこがたくさんの学生で埋まった。出番のない者にとっては娯楽の一部でもあり、模擬戦が始まるのを今か今かと待ち構えている。
 フェルスと呼ばれた男子生徒は、イリアを見るなり勝ち誇ったように口角を上げた。
 個別魔法を使うまでもなく、言いたいことが読み取れた。
 勝ったな。
 表情が、既にそう語っていた。
「では、対戦――始め!」
 審判の合図と同時に、フェルスが駆け出し距離を詰めてきた。氷属性の上級魔法を拳にまとい、殴りかかってくる。イリアはそれを最小限の動きで避け続けた。拳がなかなか当たらないことにしびれを切らした彼がときおり蹴りを入れてくるが、それさえもかわす。
「どうした! 避けてるだけじゃ勝敗はつかないぜ!」
 当たらない攻撃に苛立ちが隠せない様子で、それでもフェルスは好戦的な笑みを浮かべた。イリアは表情を変えることなく、相変わらず連続で振るわれる拳や蹴りを避けながら
「生憎、体術は苦手なの」
 と冷静に答える。直後、隙を見てフェルスのみぞおちに雷属性の上級魔法を撃ちこんだ。フェルスは吐息交じりの悲鳴をこぼし、数メートル先まで弾き飛ばされる。
 着地して踏ん張ったものの、観客席からヤジが飛んだ。
「負けてるぞ、フェルス!」
「低能相手に苦戦してんのか!?」
 フェルスに向けられた野次は、もちろんイリアの耳にも入る――彼女に対する貶し文句でもあるのだ。
 くだらない。くだらない、くだらない。
 最上級学生にもなって、まだ個別魔法でしか評価を下せないなんて。
 イリアは戦闘中であるにもかかわらず、ため息を漏らした。
「うるさいぞ、観客どもオーディエンス!」
 フェルスは観客席に向かって叫ぶ。しかしそれは逆効果だったようで、野次はさらに熱を増した。悔しそうに唸り声をあげ、彼はイリアへ向き直ると、真っ赤な顔で指をさす。
「ちょっと攻撃を当てられたからって、いい気になったか!? 俺はやられたふりをしてやっただけだ!」
「……はぁ」
 気の抜けた返事が聞こえていなかったのか、フェルスはかぶせるように続けた。
「低能なお前に分かるように種明かししてやるよ! 俺は劣勢なふりをしてこのフィールドに仕掛けをしたんだ!」
 頼んでもいないのに唐突に始まった説明を聞きながら、イリアは歩き出す。
「気づいてなかっただろ!? そりゃそうだ、気づかれないように仕掛けたからな!」
 一歩、一歩と距離は近づく。
「ば……馬鹿め、せっかく教えてやってるのに、むやみに近づくとは!」
 イリアは返事もしない。動じることもなく歩みを進める彼女に、フェルスの顔が青ざめていく。
「な……、なんで、だ……? なんで」
「『仕掛けた罠にかからないんだ』」
 仕返しをするかのように、イリアが言葉をかぶせた。
「は……!? なんで俺が言おうとしたこと……!」
「個別魔法――『トラップ』」
 ぴたりと歩みを止める。フェルスの青い顔が目と鼻の先にあった。
「その名の通り、いろいろな罠を仕掛けることができるんでしょ? あんたの場合、まだ『第一開花』だから地雷系の罠しか仕掛けられないみたいだけど」
 イリアの口が動くたびに、自信満々だった表情は崩れていく。
「最初に接近戦してきたのは、さりげなく地面に罠を仕掛けるため。だけど、あわよくばその接近戦で勝てれば万々歳とでも思ってたんでしょ? 私に一発お見舞いされたのは予想外だったんじゃないのかしら?」
 あんぐりと開けた口をパクパクさせている様子は滑稽だった。その反応が、イリアの説明が図星であると示している。
「罠を仕掛け終えて距離を取る。私は地雷を踏むのを恐れてあんたに近づけない。通常魔法で遠距離攻撃をしたとしても、シールドで防げばいい。これで私は、あんたに攻撃できなくなる。……どう? あんたが説明しようとしたことは、これで合ってる?」
 それは確認であるようで、確信だった。
フェルスは答えられずに震えている。そんな彼の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。
「全部、筒抜けだったわよ」
 イリアはフェルスの腹に触れ、再び雷属性の上級魔法を撃ちこんだ。
 何度も、何度も、何度も、何度も。
 審判が「止め」と声を張り上げる。
 指示に従うと、フェルスは口から煙を吐きながら力なくその場に倒れ伏した。
「勝者――イリア・スミリット。これにて、模擬戦終了」
 高らかに勝敗が告げられたにもかかわらず、観客は静まり返っていた。それどころか嫌にざわつき始めている。
 担架に乗せられて運ばれる敗北者に背を向け、イリアは競技場を後にした。
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