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3話
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「素晴らしい戦いだった」
校舎の裏庭には木製のベンチが置いてある。相当年季が入っているのか、背もたれや座盤が欠けており、イリアが座っているだけで脚が揺れている。それ以外には植木くらいしかなく、誰の目にも触れることのないこの場所を模擬戦のあとの休息場所に選んだが、予想外に声が降ってきた。
その人物が誰かなど、個別魔法を使うまでもなかった。
その者は、この頃――二つ名がつく前から有名だった。
「アルエ・クローム……」
つぶやくと、アルエは「ほう」と感嘆する。
「君とは『初めまして』のはずだが……私を知っているのか」
笑みを浮かべているものの、少し驚いているようだった。
イリアは鼻で笑ってから
「この学校であんたを知らない人なんていないわよ。個別魔法は特に、ね」
アルエ・クローム。定期考査では常に首席を誇っている。
個別魔法――『使役』
名前を呼んだ相手を無条件で支配下に置ける魔法。
最強にして、最凶であり、最悪の存在。
皆はそう呼び、恐れ、避けているのだから。
「そうか」
うなずくアルエは飄々としていて、何を考えているのか分からない――否、イリアの場合、個別魔法を使えば読み取れてしまうのだが、わざわざ魔法を使ってまで知ろうとは思わなかった。
他者に興味はない。
「で? 何が素晴らしかったって?」
話の続きを促すと、アルエはイリアの隣に座った。古いベンチがいやに軋む。
「もちろん、先程の戦いだよ」
「見てたの?」
「ああ。どの学年の模擬戦も観戦は自由なのが助かるところだ。だからこそ、あの戦いを見ることができるのだからな。それにしても、見事な戦闘法だった」
反射的に、自分のことではないと察した。
「……ええ、そうね」
適当に返事をしつつ、大きく伸びをしながらため息をつく。内心(そんなことを言いに来たわけ?)と若干の苛立ちを覚えていた。
確かに対戦相手の個別魔法は特殊だったし、考えの練りこまれた戦闘法ではあった。しかし、穴がなかったわけではない。
相手の意表を突いて地雷を地面に仕掛け、近づけないようにするという考えはまだよかった。だが「近づけない」「遠距離攻撃をしてもシールドで防げる」という条件はお互いさまなのだ。その上、仕掛けた罠の位置を正確に覚えていなければ仕掛けた地雷を自分で踏む危険性だってある。それを考慮していなかったのなら、詰めが甘いと言える。
何より。
相手はまだ『第一開花』だった。
それなのに、見下されていた――こちらは『第二開花』しているにもかかわらず。
観客にも、誰にも期待されていなかった。
目の前にいるこいつも、同じだろう。
しかし、アルエは
「私は君のことを言っているのだが」
「……は?」
イリアは思わず間抜けな声を出しながら、きょとんと目を丸めた。アルエは「ん?」と不思議そうにしている。
「あんた……、私の個別魔法が何か分かってて言ってるの?」
学校という狭い世界において、低能のレッテルを貼られた者の話はそれなりに広まる。もちろん、全生徒がイリアの個別魔法を把握しているわけではないだろうが――
あぁ、そうだ。
アルエは分かっていないのだ。
イリア・スミリットが低能と言われていることを――
「ああ。この学校に在籍する同胞たちの情報はほとんどすべて把握しているつもりだよ、イリア・スミリットくん。君の個別魔法は『情報読取』と言ったかな?」
「……だったら知ってるでしょ? 私が周りからなんて呼ばれてるか」
散々、見下され、蔑まれてきた。
からかいの延長で、能力とは関係ない部分までつつかれた。
孤児だから、低能なのだと。
能力が優れないから、親に捨てられたのだと。
根拠もなく噂を立てられ、貼られたレッテルも加速し、同級生はイリアを口々にこう呼んだ。
ろくに戦闘もできない低能。
落ちこぼれ。
それなのに。
「前々から疑問だったのだがね。私は何故、君が劣等生扱いされているのかが理解らないのだよ」
アルエはイリアの目を見据え、きっぱりと言ってのけた。
「それは……私の個別魔法が戦闘向きじゃないから」
「ほう? 先程の模擬戦で、あれだけ駆使していたというのに?」
言葉に詰まる。アルエの指摘が図星を突いていたからだ。
「君はか弱く非力だ。性別の違う相手と体術で渡り合うのは難しい。にもかかわらず、苦手だと宣っていた体術で互角……否、むしろ優勢だった。それは、相手が次にどんな手を繰り出してくるか、どこで隙を見せるか、君には把握っていたからではないか?」
次々に言い当てられ、返す言葉もなかった。
「相手が接近戦を繰り広げるふりをして個別魔法を使っていたことも、その罠の位置も、君にはお見通しだったはずだ。だからこそ、地雷だらけのフィールドを悠々と歩けた」
アルエは述べ続ける。淡々と、冷徹に。
「君の戦闘法は、相手の思考を読み取り対策を練った上で先手を突くというものだ。それは君の個別魔法がなければ成り立たない。充分、戦闘に役立っているじゃないか。その上、通常魔法でも上級が使えるほどの魔力を持っている。そんな君が何故低能呼ばわりされているのか、私には不思議でならない」
顔を逸らす。そうでもしなければ、涙が滲んだことを察されてしまいそうで。
褒められたことなどなかった。
指を指して嘲笑う者を見返したくて、誰よりも努力した。
それでも周りの反応は変わらなくて。
身につけた魔法も、強くなった魔力も、結局無駄でしかなかったのだと思ってきた。
それが、初めて認められたのだ――それも、初対面の相手に。
「……でも私、孤児だし」
消え入るような反論が零れた。普段ならこんな告白は自分からしない。だが、気がつけば口走っていた。
アルエはそれにさえ首を傾げてみせた。
「それは君の強さと何の関係があるんだい?」
瞬間、イリアの涙腺が崩壊した。顔を逸らしたまま、声を押し殺しながら涙を零す。アルエは慰めの言葉を掛けるわけでもなく、触れるわけでもなく、彼女が泣き止むまでその場に居続けた。
「……ごめん。初めて言われたことばっかりで」
ひとしきり泣いたあと、イリアは涙を拭いながら振り返る。陽の光に照らされてうたた寝をしていたアルエは、首をカクンと落とした拍子に目を覚ました。
「あぁ、そうだったか」
目を擦りながら、何でもない風に言う。
「教師からの評価はどうだ? 彼らも君を劣等生扱いしたかい?」
「点数だけは取ってきたから、不当に成績を下げられることはなかったわ」
「なら、その他の評価など戯言にすぎん。自信を持ちたまえ、スミリットくん」
温かい言葉に心が溶けていくのを感じながらも、イリアはどこかで懐疑的な目を向けていた。
その評価は、本当に心からのものだろうか。
何を企んでいる?
何かをさせるために、おべっかを使っているのではないのか。
真偽は個別魔法を使いさえすれば明らかになる。
だが――躊躇ってしまった。
真実を知ったときに、もし裏切られてしまったら。
お世辞だと、分かってしまったら。
「……で、何が目的?」
息をついて、核心を突く。アルエは「む?」と再び首を傾げた。
「そんなことを言うために、わざわざ来たわけじゃないんでしょ?」
できるだけつっけんどんに問う。
「……ああ。私は君に、ある頼み事をしに来たのだよ」
ほら、やっぱり。
内心でため息をつく。
そのためのお世辞とはいえ、褒めてくれたよしみだ。聞くだけ聞こうと足を組んだ。その姿勢を察したのか、アルエは切り出した。
「私に『使役』されてはくれまいか」
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