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3話
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模擬戦当日。
競技場にはたくさんの観客がひしめき合っていた。
審判が対戦者の名前を呼び、フィールドにふたりの学生が対峙する。
「光栄ですよ、アルエ・クローム。最強と謳われる貴方と一戦交えることができるとは」
アルエの向かい側に立つ対戦相手は、胡散臭い笑みを浮かべながら嫌味ったらしく言い放つと、わざとらしく恭しいお辞儀をした。
「どうか、お手柔らかにお願いします」
「やめてくれ。評価が過ぎるよ」
嫌味にも皮肉にも、アルエは毅然と答える。
「私は大した人間ではないさ。対戦すれば分かる」
アルスタシアの眉がぴくりと動いた。
一切動じない様子が気に入らなかったようだ。続けて何かを言おうとしたのか口を開いた瞬間、審判が咳払いをする。
「これより、コーダ・アルスタシア対アルエ・クロームの模擬戦を執り行う」
高らかに宣言する。ふたりは態度も表情も変えなかった。
「対戦、始め」
合図が響き渡る。だが、両者とも動かない。会場がどよめく。
(アルエ、なにやってんのよ)
一連の様子を観客席から眺めていたイリアは、腕と足を組んでため息をついた。
(さっさと私を召喚しなさいっての)
心の中で毒づきながらも、その真意については推測ができている。
「どうしました? アルエ・クローム。先手はそちらに譲りますよ?」
しびれを切らしたのか、アルスタシアが問う。
「そちらこそ、どうした? 見ての通り私は丸腰だ。通常魔法ひとつ撃ちこめば、そちらの勝利が確定するぞ」
やはりそうだったか、とイリアは肩をすくめた。
模擬戦の直前に言われていたのだ。
イリアを呼ぶのは最終手段とする、と。
そのときは何故そのようなことを口走ったのかが理解できなかったが、やっと合点が行った。
アルエは早くこの戦いを終わらせたいのだ。
できれば楽に、平和的に。
実技の成績が極端に劣るのは、おそらく魔力の弱さだけが原因ではない。
個別魔法の魔力消費量が多いから通常魔法が使えないというのも、魔力の消費を通常魔法に傾ければ解決する話なのだ。
そんな対策など、頭のいいアルエが気づかないはずがない。にもかかわらずそれをしてこなかったのは、アルエ自身が戦闘を避けてきたからだろう。
この模擬戦とて、テストとして受けなければならないから仕方なくこのフィールドに立っているだけ。イリアを『使役』したのも、戦闘を強いられた際の予防線に過ぎない。
アルエにとって勝敗などどうでもいいのだ。
模擬戦に負けても、最低限の単位と卒業に足る点数は充分に稼いでいるのだから。
だが、それはアルエの事情に過ぎない。
「……舐め腐りやがって」
それまで取り繕っていたであろうアルスタシアの声音に、怒りの色が混ざった。不自然に丁寧だった言葉遣いが乱れ、彼はごまかすように咳払いをして、あからさまに笑みを貼りつける。
「忖度で勝利を得ても嬉しくないのですよ。最上級学生のプライドに賭けて、正々堂々と勝負しませんか?」
「……分かったよ」
やれやれ、と言いたげにアルエは仕方なく本を開く。
「『イリア・スミリット』」
唱えた瞬間、フィールドに魔法陣が浮かび上がった。それが光ると、中心にイリアが現れる。イリアの近くに座っていた観客からは、彼女が瞬間移動したように見えただろう。
「なるほど。『使役』されると、こうやって呼び出されるわけね」
しみじみと呟く彼女に、アルスタシアはぽかんと口を開けた。
奴の反応をよそに、アルエは本を閉じる。
「イリア。後は頼んだ」
「ええ」
「審判! これは反則ではありませんか!?」
アルスタシアがふたりを指差し、抗議する。
「対戦者ではなく、別の者を戦闘に出すなど!」
「おや、これは反則かい? 私はただ、個別魔法を使っているだけなのだが」
個別魔法『使役』を用いて従者を召喚し、自分の代わりに戦わせる。
これがアルエ・クロームの戦闘法だ。
見方によっては「他者に依存した戦闘法」とも取れる。しかし、それでもアルエが自分の個別魔法を使った結果であることに変わりはない。
審判は「認める」とうなずいた。目の前から舌打ちが聞こえた気がしたが、イリアは聞こえないふりに徹する。
「納得はいったかしら? さっさと始めたいんだけど」
臨戦態勢のイリアを、アルスタシアは手で制した。
「少し待ってくれお嬢さん」
「は?」
慣れない呼ばれ方に酷く嫌悪感を覚える。
「レディに傷をつけるのはさすがに躊躇うよ」
イリアは即座に氷属性の上級魔法を放つ。アルスタシアは即座にシールドを張って防いだ。
「気持ち悪い呼び方するの、やめてくれる?」
あからさまに憎悪を表情に出すイリアに、彼は「おぉ、怖い」と笑う。
「だが了解したよ、ミス・スミリット。だから話を聞いてくれないか?」
イリア的にはその呼ばれ方も気に食わなかったのだが、いくら止めても、むしろ嫌がれば嫌がるほどに呼び方が酷い方向に変わってくると予想し妥協する。
「僕はこの戦いを平和に終わらせたい。だから君には降参してほしい」
頭おかしいのか、こいつは。
その言葉が本当であるなら、最初にアルエがした提案を呑んでいたはずだ。それを「忖度は困る」と振りほどいたくせに。
「君の尊厳を守るために提案している」
アルスタシアはイリアの目をじっと見つめる。
「ここに呼び出されたということは、後ろにいるアルエ・クロームに『使役』されているんだろう? 無理やり、君の意思と関係なく」
探るように、見透かすように。
「もしくは、弱みを握られているんじゃないか?」
否定や反論をする前に、彼は続ける。
「君は親がいないそうじゃないか。施設に保護されるまでは魔物同然の生活をしていたんだって? かわいそうに」
「関係ないでしょ」
「個別魔法にも恵まれていないようだね、劣等生くん」
「黙りなさい!」
怒りに任せて氷属性の上級魔法を放つ。アルスタシアを貫こうと――しかし、やはりそれはシールドに弾かれた。奴は相変わらず目を逸らさない。
「これまで誰からも必要とされず、愛されずに生きてきた。個別魔法も大したことない。きっと戦闘だってまともにできないはずだ。学校でも施設でも、君は劣等生で役立たず。だからこそ――」
親にも捨てられたんだろう?
息が詰まった。
どこで調べてきたのか、それとも鎌をかけているだけか。
いずれにしろ、それは図星だった。
個別魔法が『第二開花』したとき、イリアは自分を鏡に映して『情報読取』を使った。
記憶にはない『過去』を知るために。
そうして、知ってしまったのだ。
物心ついた頃に両親が離別。引き取った母親に、森の奥に置き去られたことを。
施設の職員は優しくしてくれた。しかし、それは同情でしかない。
愛されてこなかった。
必要とされてこなかった。
「だから君は『使役』されることを選んだ。従者としてでも必要とされたいと願った」
アルスタシアが口上を並べるたび、イリアの呼吸が荒くなる。
「だが、考えてみてくれよ。何故、親に捨てられた? 何故、君は愛されてこなかった? 答えは明確――君に生きる価値がないからだよ、ミス・スミリット」
侮辱されても、魔法を放つことはなかった。
「そんな君が、今更誰かに仕える? それで承認欲求を満たしたつもりかい? 『自分は必要とされている』と言い聞かせているつもりかい?」
彼の口元は、嫌な笑みを浮かべていた。
心底楽しそうな、歪んだ笑みを。
「君を、そのくだらない承認欲求の鎖から解放してあげよう。今すぐ降参し――」
「イリア」
背後から、名前を呼ばれる。
振り返らずに、その声を聞く。
「君をよく知らぬ者からの評価と、これまで歩んできた道――どちらを信じる?」
自分の頭で考えてみたまえ。
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