traitor

風音万愛

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3話

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 フィールドが静まり返る。
 どれほど、沈黙が続いただろう。
 イリアが、深いため息をついた。
「まんまと術中に嵌ったふりしてあげようと思ったのに。邪魔しないでよ、アルエ」
 チラリと振り返る。「ほう」と微笑むアルエと目が合った。対してアルスタシアは、何が起きたか理解できていないと表情が語っている。
「何故だ……!? なんで……!」
 声まで震えはじめた奴を、イリアが呆れた目で見る。
「誰と戦うか分かってて、対策を練らないわけないでしょ」
「は……?」
 対戦相手が分かったとき、イリアはアルエに届いた封書を見せてもらった。彼女の個別魔法は、写真を見ても発動するのだ。
「あんたの個別魔法は『洗脳』――生まれたときから『第二開花』してたらしいわね」
 基本的に個別魔法が『未開花』か『第一開花』の状態で生まれてくる場合が多い。しかし稀に、強い魔力を持って生まれる者もいる。そういう者は最初から個別魔法が『第二開花』しているのだ。
「それを誇って、個別魔法だけで私を負かそうとしたんでしょ? でも、残念。『洗脳』するには相手と目を合わせなければ・・・・・・・・・・・・ならない。だから私は、対策してきた」
出てきなさい、シャド。
 唱えるように呼びかけた瞬間、イリアの左目が黒い光を放った。そこから蝙蝠のような魔物が出てくる。
「使い魔、だと……」
 歯を食いしばったアルスタシアに、淡々と説明を重ねた。
「アブゾープションバット。魔法や魔力を吸収する能力を持つ魔物よ。私はこの子と使い魔契約を交わし、目に宿らせた」
 目を合わせることで発動する魔法なら。
 目を合わせた瞬間に吸収して無効化すればいい。
 イリアの目は、例えるなら魔法攻撃を吸い取るブラックホールと化していたのだ。
 後ろで、笑いを押し殺す声が聞こえた。
「そうか、イリア。君はそういう人だったね」
 イリアは思い出していた。
 アルエに『使役』されたあのとき。去り際に投げかけられた質問を。
――そういえば、疑問だったのだが。
――罠が仕掛けられているのが分かっていたなら、何故わざわざ地雷を避けて歩いたんだい?
――通常魔法で一掃できただろう?
それに対し、堂々と答えてのけた。
――そりゃあ、もちろん。
――私を見下した奴が出鼻を挫かれるのを、見たかったからよ。
「俺の『洗脳』が、吸収された、だと……!?」
 アルスタシアの表情が歪んでいく。
 勝てると思っていたのに。
 こんなはずじゃ、なかったのに。
 読み取るまでもなく、心情が見えた。
「ふざけるな……! ふざけるなぁぁぁぁ!」
 勢いに任せて通常魔法が連続で放たれる。イリアがひとこと呼びかけると、シャドは彼女の前に立ち、空中に穴を出現させた。彼が放った魔法はそこに吸い込まれていき、穴は役目を終えたと言わんばかりに塞がる。
 悔しそうに舌打ちをしたアルスタシアは、ふと何かを思いついたような表情を浮かべた。そして真っ直ぐに突進してきたかと思うと、シャドやイリアを素通りしてアルエの前にたどり着いた。乱暴に頭を鷲掴みにし、目を覗き込む。
「貴様の実力はこの程度か、アルエ・クローム。最強と謳われる人間がこの体たらくか! 個別魔法を過信しているのか? それとも個別魔法しか使えないのか? どちらにせよ、最強の名にふさわしくない貴様はただのクズだ!」
 早口で捲し立てている彼は、きっと『洗脳』を使っているのだろう。
 助けなければ、と反射的に思った。
 同時に、アルエならどうするだろうか、と興味が湧いた。
「他者の協力を得なければ戦えない! そんな者など生きる価値もない! 今すぐに死ね! 死んでしまえ!」
 謂れもない罵詈雑言を浴びせられながら、眉ひとつ動かさず、じっと目を合わせているアルエは――どう対処するだろうか。
 しばらく沈黙が流れる。アルスタシアの激しい息遣いだけが聞こえていた。
 やがてアルエは息をつき、呆れたような口調で言い放つ。
「言いたいことはそれだけかい?」
 憤りも、悲しみも、動揺すらしない、堂々かつ飄々とした立ち振る舞いにアルスタシアは目を丸めて動揺し始めた。
「なんだ……? お前も、あの使い魔を」
「いいや。私にそんな度量はないよ」
 言葉をさえぎり、アルエは淡々と述べる。
「君が推測した通り、私は個別魔法しか使えないし、他者に依存しなければ戦闘もままならない。シールドすら張れない私を主人と認める魔物がどこにいるというのだ」
 おそらくアルスタシアの耳は、話を聞いていない。
 きっと脳内は無数の疑問符に支配されている。
 何故『洗脳』が効かないのかと。
「それと、個別魔法を過信しているのは君の方だろう? コーダ・アルスタシア」
 名前を呼ばれて、奴の身体がびくりとこわばった。
 声に出さない疑問に答えるように、アルエは続ける。
「君の個別魔法『洗脳』は、魔力を以て相手の思考を乗っ取り、意のままに操る能力だ。せっかく元々の魔力が強いのだから、充分に発揮し相手を降参させればすぐに戦闘は終わるはずなのに、君は話術の中に少しの個別魔法を織り交ぜて使用する。相手を追い詰める言葉を選び、自分が望む思考へ陥るよう誘導する。やがて相手は戦意喪失するか、場合によっては自害する――そうやって精神的に無力化させるのが、君の戦闘法なのだろう?」
 図星を突かれたのか、アルスタシアは言葉も出ないようだ。間抜けにも口をあんぐりと開けている。
「わざわざそんな回りくどい方法を使うメリットはどこにもないはずだ。では何故、あえてその方法を取っているのか? 答えは完全に『趣味嗜好である』としか言いようがない。相手が自分の手によって陥れられていく姿に、楽しみを見出しているのではないか?」
 だとしたら、とんだ悪趣味だ。イリアは反吐が出そうになった。
「通常魔法を使わずとも、その方法で充分だと思っている。だから一度破られただけで次の手が考えられない程に動揺した。それこそ、君が己の個別魔法を過信している証拠だ」
 だがな、と続けた声音は不気味なほどに穏やかでありながら、どこか圧を孕んでいて。
 ひぃ、と息を吸う甲高い声が背中越しに聞こえた。
「そうなれば、君が使っているのは所詮話術に過ぎない。最早、魔法ではなく単なる『技術』だ。その程度なら自分で解いてしまえばいい・・・・・・・・・・・・
「『洗脳』を自分で解く、だと……!? ふざけるな! そんなこと、できるわけ」
「私にはできたが?」
「ねぇ、おしゃべりはもういいかしら?」
 アルスタシアの背後まで歩み寄っていたイリアは、そっと背中に触れる。
 まるでナイフでも突きつけられたかのように、奴の身体は硬直した。
「もうそろそろ終わらせたいんだけど」
「ああ、そうだな」
 やめろ、と蚊の鳴く声が聞こえたが、もちろんそんな要求を呑むはずもなく。
「策に溺れたわね」
 イリアは雷属性の上級魔法を撃ちこんだ。アルスタシアの身体がびくりと跳ねると、その場に崩れ落ちる。起き上がらないのを確認した審判は高らかに宣言した。
「勝者――アルエ・クローム」
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