traitor

静寂千憎

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4話

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 森を駆ける。
 足に風属性の魔法をまとわせ、ひたすら走る、走る、走る。
「ジオンさん、着いてきてます!?」
 同じ方法で一緒に走っているカルマが声を張り上げる。ジオンは「馬鹿、黙ってろ!」と一喝した。
 森を、駆ける。
 翼装置を使わなかったのは姿が目に留まらないようにして撒くためだ。
 見えないが、確実に存在する尾行者を。


◇   ◇   ◇


 数時間前に遡る。
 ジオンは、いつものように武器屋で仕事をしていた。
余談だが、アルエの屋敷に引っ越したことにより職場と自宅との距離が離れてしまった。以前は歩いて通勤していたのに、引っ越ししてからは飛行しなければならなくなったのだ。
 もちろん、アイリスに協力を得れば店の場所を屋敷の近くに変えることもできただろう。しかし、それはデメリットの方が大きい。
店は父親が経営していたものだった。もともとは仕入れた武器や、父親が自身で作製したものを販売しており、それなりに繁盛していた。
家族が亡くなってからジオンが受け継いだ。それを期に個別魔法を活かして武器を創り、客の要望に合わせて能力を付与した上で販売するという他に比べると特殊な武器屋へと方向性を変えたのだ。
壊れたときの修繕や武器の能力の追加も受け付けており、アフターサービスは万全。父親が健在だった頃の常連はもちろん、新規の客も増えた。
ただ、それは店を人口の多い街中まちなかに構えているからというのもあるだろう。一方、屋敷は町からも村からも集落からも離れている。そんな場所の近くに移転してしまえば客足も遠のいてしまう。
 そこで、通勤時間の短縮と通勤に要する負担を無くすために個別魔法を使った。新しい自室と店の一角に『屋敷と職場を一瞬で行き来できる魔法陣』を作って設置したのだ。
 そうやって、普段と変わらない営業を続けていた。
 この日も、いつも通りの仕事をする――はずだったのだが。
「ジオンさん、来ちゃいました!」
 忙しい時間帯を乗り切り、そろそろ遅めの休憩に入ろうかと大きく伸びをした昼下がり。勢いよくドアを開けてきたのはカルマだった。
 しかも入り口ではなく、スタッフ専用のドアから。
「カルマ! お前、勝手に部屋入ったのか!?」
 振り返って目くじらを立てた。
 職場の場所は、屋敷の住人には教えていない。この場所にたどり着く方法など、ひとつだけ。
 不機嫌さを露わにするジオンに対し、カルマは悪びれもしない様子で
「そりゃあ、掃除してたら嫌でも入りますよ。そしたら、なんか魔法陣見つけたんで」
 ジオンが屋敷に越してから、家事はカルマとイリアと分担している。
 料理はジオンが、買い物などの雑用はイリアが。掃除はカルマの担当だ。
 ちなみにアルエが家事の分担に含まれていないのは「家主だから」や「使役する側だから」などという忖度ではない。
 思った以上に不器用すぎたからである。
 料理に関して。手際は良いものの何故か暗黒物質ダークマターと呼ぶのにふさわしい何かが完成する。
 掃除に関して。案外どんくさい一面もあるらしく、片づけようとして盛大に転び余計に散らかる。買い物に行けない理由は言わずもがな。
 結局、アルエには仕事に集中してもらおうという結論に落ち着いたのだ。
 閑話休題。
 掃除をしている最中に意図せずあの魔法陣を踏んで来たというのなら納得がいく。
 ジオンは自身の部屋を思い浮かべ、眉を顰めた。
「カルマ。俺の部屋は自分で掃除するからやらなくていいって言ったろ?」
 カルマと視線が合うように膝を曲げて言い聞かせる。
 決して散らかしているわけではない。普段から整理整頓には努めている。
 ただ。
「俺にだって見られたくないもんのひとつやふたつくらいあるんだよ。一緒に住んでるとはいえ、プライバシーを侵害されちゃ困る」
 そこまで言うと、カルマはしょんぼりとうつむき「ごめんなさい……」と小さな子どものようにつぶやいた。
「でも、掃除が終わって暇してたら、イリアさんが『そこの魔法陣からジオンの職場に行けるから遊びに行けば?』って言われて」
「あいつぅ!!」
 思わず叫んだジオンは、わなわなと拳を震わせる。勝手に部屋に入ったのか、はたまた個別魔法で読み取ったのか。どうやって魔法陣を作ったのを知ったのかは本人に問いただすまで推測しかできないが、とにかくプライバシーの欠片もありゃしない。
「なので遊びに……うわっ!?」
 言い終える前に、ジオンはカルマの首根っこをつかんで持ち上げた。その足は出入口へ向かっている。
「ここは遊び場じゃねぇんだ、帰れ」
「うわあぁん、そんなこと言わないでくださいよぉぉ! アルエさんは部屋に引きこもってるし、イリアさんはお仕事休みなのに相手してくれないし、今日はクエストも貼り出されてないし、やることなかったんですもん!」
 半べそをかきながらカルマは手足をジタバタさせる。
 クエストは、町や村、あるいは国王から出される日給制の依頼だ。討伐クエスト、採掘クエスト、調査クエストの三種類がある。
 討伐クエストは、町や村、人間を襲うなどの問題行動を起こしている魔物と戦い、無力化、もしくは沈静化させるものだ。自分の身に命の危機が生じたとき以外の殺生は禁じられている。また、討伐した際は証拠として魔物の毛や爪の一部などを依頼主に献上しなければならない。
 採掘クエストは、依頼主に指定された素材――武器や薬を作るのに必要な材料を探して取ってくるというものだ。大抵、戦闘が苦手な依頼主が魔物の巣窟と言われる場所にある鉱石を求めたり、危険な場所に咲く、薬の材料になる花を求めたりする際に出される。
 調査クエストは国王から依頼されるものが多い。何かしらの事件性が考えられる現場や謎めいた現象が起きている場所へ、国王に仕える兵士とともに出向き調査をするというものだ。クエストにはそれぞれ難易度が設定されているのだが、その中でも調査クエストは討伐や探索に比べて危険を伴うものが多い。そのため間違っても魔力が弱い人間が参加しないよう、どの依頼も高難易度に設定されている。
 カルマは高難易度の討伐クエストをこなしてその日暮らしをしていたらしい。難易度が高くなればなるほど、日給も高くなるのだ。
 ジオンからすれば、難易度が低かろうが暇なら行ってくればいいだけの話だ。暇つぶしで店に来ていい理由にはならない。
 だが、追い返そうにも
「遊ぶのがダメなら、お店手伝いますからぁ……」
 涙目で懇願されると、どうしても弱くなってしまう。
 ジオンはつかんでいた首根っこを離した。
「分ぁったよ、しゃーねーな」
 半ば諦め気味に言うと、カルマは目をキラキラさせながら喜びを露わにした。
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