33 / 33
4話
8
しおりを挟む◇ ◇ ◇
国王宮殿に戻ったリセスの心は、さまざまな感情で入り乱れていた。
裏切り者に『使役』された屈辱。
捜し出せたにもかかわらず、首を取ることはおろか、傷ひとつつけられなかった悔しさ。
憎き相手に「顔も見たくない」と言われた――
そこまで考えて、ふと脳裏を過った。
――リセスさんはどうしてそんなにもアルエさんを毛嫌いしてるんです?
そういえば、どうしてだっただろう。
確かに『使役』という個別魔法は畏怖の対象だった。
それでも軽蔑はしていなかったはずだ。両親が離婚する前からアルエの「必要以上に名前を刻まない」という信念は健在で、むしろそれを尊敬すらしていた。
どうしてここまで憎悪を抱くようになったのか。
どうしてここまで軽蔑するようになったのか。
カルマの指摘した通り、アルエ・クロームが『使役』を使って反逆しようとした明確な証拠があるわけでもないのに。
「ミス・アンシャーロット」
後ろから呼ばれて悪寒が走った。国王軍に就いた当初からの呼ばれ方に慣れたつもりでいたが、不意打ちだとやはり嫌悪感を抱いてしまう。何度かやめてほしいと伝えたのだが、聞いてもらえなかった。目上の者であるがゆえに強くも言えず、諦めている。
リセスは気持ちをなだめてから振り返ると、恭しく敬礼をした。
「隊長。ただいま戻りました」
隊長と呼ばれた彼は胡散臭い笑みを浮かべながらうなずく。
「パトロールご苦労だった。異常はなかったか?」
問われて一瞬返答に詰まる。だが直後、口が「ありませんでした」と答えていた。
本来であれば報告するべきなのだろう。
裏切り者の居場所を突き止めた、と。
そうすれば第一部隊総出でその場所へ向かうだろう。リセスの手柄にもなる。
だが、躊躇ってしまった。
わだかまりが残った状態で不明確な報告をしたくなかった。
「そうか。それじゃあ、残りの業務に取り掛かるのだぞ」
彼はリセスの頭を撫でると、再び歩き出した。
「あの」
リセスはその背中を呼び止める。彼は「ん?」と振り返った。彼女は意を決して尋ねる。
「裏切り者は、何故そのように呼ばれるようになったのでしょうか?」
彼は笑みを崩さないまま不思議そうに首を傾げると、大げさに声をあげて笑った。
「おいおい、どうした? それは兵騎士なら誰もが知っている常識じゃないか」
「はい。国王軍兵騎士の間では『国王様への反逆を謀ったから』だと」
「なんだ、把握っているじゃないか。何故今更、そのような質問を?」
「その現場を目撃した者がいるのでしょうか?」
「……何?」
彼の表情から笑みが消えた。構わずリセスは続ける。
「私はその情報を人づてに知りました。ですので、現場を目撃したわけではありません。思い返せば、他の兵騎士からも実際に見たものがいるという話を聞かないのです」
「ミス・アンシャーロット。貴女はそのようなことを考えなくともよい。奴は反逆者だ。見つけ次第、捕らえて殺す。それが私たちの役目だろう?」
リセスも同じ考えだった。そのために裏切り者を捜していた。
だが、どうしても引っかかるのだ。
カルマに投げかけられた質問が。アルエが残した言葉が。
――少しは自分の頭で考えてみたまえ。
それを受け入れてみた結果だ。
「ですが、反逆行為が曖昧なものである以上、あの者を裁くのは早計ではないでしょうか? 捕らえた際には、まず話を聞いては――」
言葉の続きは途切れた。否、途切れざるを得なかった。
彼がリセスの前髪を乱暴につかんだからだ。
「リセス・アンシャーロット。俺は誰だ?」
顔を近づけ、目を合わせながら問われる。
「国王軍兵騎士第一部隊隊長……コーダ・アルスタシア様、です」
リセスは彼――アルスタシアの急な豹変ぶりに戸惑いながら、おそるおそる答えた。
「そうだよな? お前は副隊長とはいえ、俺より下位だ」
「は、はい……」
「俺の指示に従え。俺に思考を合わせろ」
アルスタシアが口を開くたび、リセスの脳内から私考が消えていく。
「現場を見ていない? だから裏切り者とは呼べない? ならこう考えればいい。奴の個別魔法は『使役』――人が人を従える。それも自身の意思に関係なく、無理やりだ。奴の魔法は、我々の自尊心(プライド)を踏みにじるものだ。最低だとは思わないか?」
論点がどんどんずれていく。
それなのに、頭がぼんやりとして反論が思いつかない。
「裏切り者はそう呼ばれて然るべきなのだよ。なんせ――」
存在自体が、れっきとした裏切り行為なのだから。
あまりにも理不尽で、暴論が過ぎた。
話も筋も通っていない。
間違っている、分かっているのに。
「……はい、すべて貴方様の仰せのままに」
思考が鈍くなる。
考えが奪われていく。
何が間違っているんだっけ? 何を反論しようとしたんだっけ?
「ミス・アンシャーロット、再度問う。――正しいのは、誰だ?」
もうそこに、自身の考えなどなかった。
「……アルスタシア様、貴方こそが、正しいです」
「そうか」
アルスタシアは満足げに微笑むと、つかんでいた前髪をゆっくりと離した。代わりに優しく頭を撫でる。その手を払い除けようという気も起きなかった。
「私の優秀な部下よ。これからも正しくあってくれよ」
「……はい」
彼は悠々と歩き去る。リセスはしばらく立ちつくしていた。
コーダ・アルスタシアは正しい。
でも、何を以てそう言い切れるのか。
そもそも何が間違っているのか。
考える余裕など、とうに奪われていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる