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4話
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国王宮殿に戻ったリセスの心は、さまざまな感情で入り乱れていた。
裏切り者に『使役』された屈辱。
捜し出せたにもかかわらず、首を取ることはおろか、傷ひとつつけられなかった悔しさ。
憎き相手に「顔も見たくない」と言われた――
そこまで考えて、ふと脳裏を過った。
――リセスさんはどうしてそんなにもアルエさんを毛嫌いしてるんです?
そういえば、どうしてだっただろう。
確かに『使役』という個別魔法は畏怖の対象だった。
それでも軽蔑はしていなかったはずだ。両親が離婚する前からアルエの「必要以上に名前を刻まない」という信念は健在で、むしろそれを尊敬すらしていた。
どうしてここまで憎悪を抱くようになったのか。
どうしてここまで軽蔑するようになったのか。
カルマの指摘した通り、アルエ・クロームが『使役』を使って反逆しようとした明確な証拠があるわけでもないのに。
「ミス・アンシャーロット」
後ろから呼ばれて悪寒が走った。国王軍に就いた当初からの呼ばれ方に慣れたつもりでいたが、不意打ちだとやはり嫌悪感を抱いてしまう。何度かやめてほしいと伝えたのだが、聞いてもらえなかった。目上の者であるがゆえに強くも言えず、諦めている。
リセスは気持ちをなだめてから振り返ると、恭しく敬礼をした。
「隊長。ただいま戻りました」
隊長と呼ばれた彼は胡散臭い笑みを浮かべながらうなずく。
「パトロールご苦労だった。異常はなかったか?」
問われて一瞬返答に詰まる。だが直後、口が「ありませんでした」と答えていた。
本来であれば報告するべきなのだろう。
裏切り者の居場所を突き止めた、と。
そうすれば第一部隊総出でその場所へ向かうだろう。リセスの手柄にもなる。
だが、躊躇ってしまった。
わだかまりが残った状態で不明確な報告をしたくなかった。
「そうか。それじゃあ、残りの業務に取り掛かるのだぞ」
彼はリセスの頭を撫でると、再び歩き出した。
「あの」
リセスはその背中を呼び止める。彼は「ん?」と振り返った。彼女は意を決して尋ねる。
「裏切り者は、何故そのように呼ばれるようになったのでしょうか?」
彼は笑みを崩さないまま不思議そうに首を傾げると、大げさに声をあげて笑った。
「おいおい、どうした? それは兵騎士なら誰もが知っている常識じゃないか」
「はい。国王軍兵騎士の間では『国王様への反逆を謀ったから』だと」
「なんだ、把握っているじゃないか。何故今更、そのような質問を?」
「その現場を目撃した者がいるのでしょうか?」
「……何?」
彼の表情から笑みが消えた。構わずリセスは続ける。
「私はその情報を人づてに知りました。ですので、現場を目撃したわけではありません。思い返せば、他の兵騎士からも実際に見たものがいるという話を聞かないのです」
「ミス・アンシャーロット。貴女はそのようなことを考えなくともよい。奴は反逆者だ。見つけ次第、捕らえて殺す。それが私たちの役目だろう?」
リセスも同じ考えだった。そのために裏切り者を捜していた。
だが、どうしても引っかかるのだ。
カルマに投げかけられた質問が。アルエが残した言葉が。
――少しは自分の頭で考えてみたまえ。
それを受け入れてみた結果だ。
「ですが、反逆行為が曖昧なものである以上、あの者を裁くのは早計ではないでしょうか? 捕らえた際には、まず話を聞いては――」
言葉の続きは途切れた。否、途切れざるを得なかった。
彼がリセスの前髪を乱暴につかんだからだ。
「リセス・アンシャーロット。俺は誰だ?」
顔を近づけ、目を合わせながら問われる。
「国王軍兵騎士第一部隊隊長……コーダ・アルスタシア様、です」
リセスは彼――アルスタシアの急な豹変ぶりに戸惑いながら、おそるおそる答えた。
「そうだよな? お前は副隊長とはいえ、俺より下位だ」
「は、はい……」
「俺の指示に従え。俺に思考を合わせろ」
アルスタシアが口を開くたび、リセスの脳内から私考が消えていく。
「現場を見ていない? だから裏切り者とは呼べない? ならこう考えればいい。奴の個別魔法は『使役』――人が人を従える。それも自身の意思に関係なく、無理やりだ。奴の魔法は、我々の自尊心(プライド)を踏みにじるものだ。最低だとは思わないか?」
論点がどんどんずれていく。
それなのに、頭がぼんやりとして反論が思いつかない。
「裏切り者はそう呼ばれて然るべきなのだよ。なんせ――」
存在自体が、れっきとした裏切り行為なのだから。
あまりにも理不尽で、暴論が過ぎた。
話も筋も通っていない。
間違っている、分かっているのに。
「……はい、すべて貴方様の仰せのままに」
思考が鈍くなる。
考えが奪われていく。
何が間違っているんだっけ? 何を反論しようとしたんだっけ?
「ミス・アンシャーロット、再度問う。――正しいのは、誰だ?」
もうそこに、自身の考えなどなかった。
「……アルスタシア様、貴方こそが、正しいです」
「そうか」
アルスタシアは満足げに微笑むと、つかんでいた前髪をゆっくりと離した。代わりに優しく頭を撫でる。その手を払い除けようという気も起きなかった。
「私の優秀な部下よ。これからも正しくあってくれよ」
「……はい」
彼は悠々と歩き去る。リセスはしばらく立ちつくしていた。
コーダ・アルスタシアは正しい。
でも、何を以てそう言い切れるのか。
そもそも何が間違っているのか。
考える余裕など、とうに奪われていた。
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