生涯の伴侶が見つからない。転生令嬢の婚活

麦畑ムギ

文字の大きさ
4 / 15

4.初恋は実らない(2)

しおりを挟む
 その日からおじさまは前より頻繁に我が家を訪ねて来てくれるようになった。

 表向きの理由は他に作ってくれていたが、私のためなのは明らかだった。自分自身の経験からだろうか、私が悩んでいることに気づいていたのだろう。今際いまわの際のことを思い出して暗くなっていた時には特におじさまの心遣いが身に染みて有り難かった。私はおじさまの好意に甘えて聞いてほしいことはなんでも話し、おじさまはそれに付き合ってくれた。

 「19歳で交通事故か。それは辛かったね」

 「そうですね、思い出すと結構メンタルにくるというか…。ズタズタで血まみれの自分の姿を、ふとした瞬間に思い出してしまって」

 「うん、すごく分かるよ。私もしばらくは苦しめられた。夢に見たりね」

 「そうなんですね。…もしお嫌でなければ、おじさまは前世でどんな最期だったのか伺っても良いでしょうか?」

 おじさまは少し迷う様子を見せたが、静かに答えた。

 「私は、殺されたよ」

 「え」

 私は息を呑んだ。おじさまはいつも通りの声色で静かに続けた。

 「死ぬまで殴られたんだ。私刑リンチだった。1920年だったか…私は16歳だった」

 私はこの時には既に前世の記憶をかなり思い出していたので、その中から頼りない歴史の知識を何とか引っ張り出しながら考えた。おじさまが前世アメリカ人だったとは聞いていたが、黒人の少年だったということはこのとき初めて知った。そして、リンチということは白人に殺されたのだろう。衝撃だった。

 「そ、れは…その、KKKクー・クラックス・クランとかに、ですか?」

 おじさまは驚いた顔をした。

 「よく知っているんだね。でも違う、そういった過激な組織によるものではなかった。相手は、どこにでもいる普通の若者たちだったよ。あの時代は、何かの拍子にそういう事件が起こるのは珍しくなかった。だからこそ気をつけていたんだが、近所の女の子が運悪く襲われかけていてね。その場は何とか助けられたのが唯一の救いだね」

 私は泣きそうになった。何の罪のない16歳の男の子が、無惨に撲殺されたなんて。どんなに痛かっただろう、怖かっただろう。私は悲劇のヒロイン気取りだった自分を恥じた。恥ずかしさの次に湧いてきたのは、前世でおじさまを殺した連中への怒りだった。

 「…酷い。許せないです、そんなの」

 「うん、私も酷いことをする奴らだと思ったよ。でも、過ぎたことだし、仕方が無い」

 おじさまはそう言ったが、私はやりきれない気持ちだった。

 「憎いとは思わないんですか?」

 私は、自分を轢き殺した高齢ドライバーのことが未だに憎かった。どんな事情があるのか知らないが、あんなめちゃくちゃな運転をしてしまうぐらい耄碌しているならとっくに免許を返納しておくべきだろう。本当に腹が立つ。

 「うーん…憎いとは違うかな。あの国の、あの時代の間違った常識に皆が振り回されていた。私を殺した若者たちを含めてね。結果大勢の命が犠牲になったから、もう同じことは繰り返さないでほしいと願うだけだね」

 おじさまの言うことはある程度理解できたが、それでも私は割り切れない思いでいた。目に涙を溜め、口をへの字に曲げた私はおじさまの目にさぞかし子どもっぽく映ったことだろう。でも、おじさまは笑うでも呆れるでもなく、優しく私の頭を撫でてくれた。

 「ありがとう、エマ。でも、今が幸せだから、本当にもう良いんだよ。私はこの世界のこの時代に生まれ変わって良かったと思う。長生きしていたら、転生はできなかったかもしれない」

 「どういうことですか?」

 「私が今までに会った転生者はエマを除くと1人だけだが、彼も十代で亡くなっている。死因は病死だが、若くして死んだという共通点が私たちにはある。それが転生の条件かどうかは推測の域を出ないが」

 「そうなんですね…その方も、前世は私たちと同じ世界にいらっしゃったんですか?」

 「そうだ。古代エジプト人だったそうだよ。今は王都で薬剤師をしているが、前世も薬に関わる仕事をしていたらしい」

 「古代エジプト人!それはすごいですね…いつかその方に前世のお話を聞いてみたいです」

 なんだかものすごいエピソードを持っていそうだ。食いつく私を見ておじさまはくすりと笑い(その笑い方がまたうっとりするほど上品で美しいのである)、いつか機会を見つけて紹介しようと約束してくれた。

 おじさまとあまり長時間話し込んでいると家族が訝るので、それほど長く話せないのがもどかしかった。その時間は私にとって必要不可欠なものだったからである。

 「転生」という不思議で奇妙な出来事をすんなり受け入れられるほど私は頭が良くなかったし、器用でもなかった。アドバンテージを生かして今世で無双、悠々自適のハッピーライフ!など絶対に無理だろう。苦悩しながら、それでもなんとか生きていくしかなかった。受容するだけでもキャパオーバーしそうである。だからこそおじさまの存在は大きな助けだった。

 この頃から、私のおじさまに対する気持ちは変化していった。言い方は悪いが転生者という共通点を利用して同士ポジションを堪能することに決め、恋は諦めることにした。そもそも、以前から別におじさまとどうこうなろうと画策していたわけではない。恋仲になるということなど想像できないほどに私の恋愛偏差値は低かった。

 だが、拙いなりにおじさまに恋をしていたのは確かだった。そして、これ以上気持ちが大きくなる前に終わらせることにした。これだけ歳の離れた、しかもまともな大人のおじさまが自分のことなど相手にすることは一生無いのだから。おばさま、つまり亡くなった奥さまを愛しているから再婚は絶対にしない、その言葉で私は諦めることができた。私は結婚したかったからだ。

 もちろん迷いもしたし苦しさや悲しさもあった。部屋で一人になると可哀想な自分に好きなだけ酔い、感傷に浸ってしくしく泣いた。こうして私は勝手に恋をして勝手に失恋した。見事なまでの独り相撲である。しかし、悔いは無かった。こんなふうに人を好きになったのは前世から数えても初めてだったから、その気持ちを知ることができておじさまには感謝している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった

木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。 今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。 せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。 床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。 その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。 他サイトでもアップしています。

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...