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4.初恋は実らない(2)
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その日からおじさまは前より頻繁に我が家を訪ねて来てくれるようになった。
表向きの理由は他に作ってくれていたが、私のためなのは明らかだった。自分自身の経験からだろうか、私が悩んでいることに気づいていたのだろう。今際の際のことを思い出して暗くなっていた時には特におじさまの心遣いが身に染みて有り難かった。私はおじさまの好意に甘えて聞いてほしいことはなんでも話し、おじさまはそれに付き合ってくれた。
「19歳で交通事故か。それは辛かったね」
「そうですね、思い出すと結構メンタルにくるというか…。ズタズタで血まみれの自分の姿を、ふとした瞬間に思い出してしまって」
「うん、すごく分かるよ。私もしばらくは苦しめられた。夢に見たりね」
「そうなんですね。…もしお嫌でなければ、おじさまは前世でどんな最期だったのか伺っても良いでしょうか?」
おじさまは少し迷う様子を見せたが、静かに答えた。
「私は、殺されたよ」
「え」
私は息を呑んだ。おじさまはいつも通りの声色で静かに続けた。
「死ぬまで殴られたんだ。私刑だった。1920年だったか…私は16歳だった」
私はこの時には既に前世の記憶をかなり思い出していたので、その中から頼りない歴史の知識を何とか引っ張り出しながら考えた。おじさまが前世アメリカ人だったとは聞いていたが、黒人の少年だったということはこのとき初めて知った。そして、リンチということは白人に殺されたのだろう。衝撃だった。
「そ、れは…その、KKKとかに、ですか?」
おじさまは驚いた顔をした。
「よく知っているんだね。でも違う、そういった過激な組織によるものではなかった。相手は、どこにでもいる普通の若者たちだったよ。あの時代は、何かの拍子にそういう事件が起こるのは珍しくなかった。だからこそ気をつけていたんだが、近所の女の子が運悪く襲われかけていてね。その場は何とか助けられたのが唯一の救いだね」
私は泣きそうになった。何の罪のない16歳の男の子が、無惨に撲殺されたなんて。どんなに痛かっただろう、怖かっただろう。私は悲劇のヒロイン気取りだった自分を恥じた。恥ずかしさの次に湧いてきたのは、前世でおじさまを殺した連中への怒りだった。
「…酷い。許せないです、そんなの」
「うん、私も酷いことをする奴らだと思ったよ。でも、過ぎたことだし、仕方が無い」
おじさまはそう言ったが、私はやりきれない気持ちだった。
「憎いとは思わないんですか?」
私は、自分を轢き殺した高齢ドライバーのことが未だに憎かった。どんな事情があるのか知らないが、あんなめちゃくちゃな運転をしてしまうぐらい耄碌しているならとっくに免許を返納しておくべきだろう。本当に腹が立つ。
「うーん…憎いとは違うかな。あの国の、あの時代の間違った常識に皆が振り回されていた。私を殺した若者たちを含めてね。結果大勢の命が犠牲になったから、もう同じことは繰り返さないでほしいと願うだけだね」
おじさまの言うことはある程度理解できたが、それでも私は割り切れない思いでいた。目に涙を溜め、口をへの字に曲げた私はおじさまの目にさぞかし子どもっぽく映ったことだろう。でも、おじさまは笑うでも呆れるでもなく、優しく私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、エマ。でも、今が幸せだから、本当にもう良いんだよ。私はこの世界のこの時代に生まれ変わって良かったと思う。長生きしていたら、転生はできなかったかもしれない」
「どういうことですか?」
「私が今までに会った転生者はエマを除くと1人だけだが、彼も十代で亡くなっている。死因は病死だが、若くして死んだという共通点が私たちにはある。それが転生の条件かどうかは推測の域を出ないが」
「そうなんですね…その方も、前世は私たちと同じ世界にいらっしゃったんですか?」
「そうだ。古代エジプト人だったそうだよ。今は王都で薬剤師をしているが、前世も薬に関わる仕事をしていたらしい」
「古代エジプト人!それはすごいですね…いつかその方に前世のお話を聞いてみたいです」
なんだかものすごいエピソードを持っていそうだ。食いつく私を見ておじさまはくすりと笑い(その笑い方がまたうっとりするほど上品で美しいのである)、いつか機会を見つけて紹介しようと約束してくれた。
おじさまとあまり長時間話し込んでいると家族が訝るので、それほど長く話せないのがもどかしかった。その時間は私にとって必要不可欠なものだったからである。
「転生」という不思議で奇妙な出来事をすんなり受け入れられるほど私は頭が良くなかったし、器用でもなかった。アドバンテージを生かして今世で無双、悠々自適のハッピーライフ!など絶対に無理だろう。苦悩しながら、それでもなんとか生きていくしかなかった。受容するだけでもキャパオーバーしそうである。だからこそおじさまの存在は大きな助けだった。
この頃から、私のおじさまに対する気持ちは変化していった。言い方は悪いが転生者という共通点を利用して同士ポジションを堪能することに決め、恋は諦めることにした。そもそも、以前から別におじさまとどうこうなろうと画策していたわけではない。恋仲になるということなど想像できないほどに私の恋愛偏差値は低かった。
だが、拙いなりにおじさまに恋をしていたのは確かだった。そして、これ以上気持ちが大きくなる前に終わらせることにした。これだけ歳の離れた、しかもまともな大人のおじさまが自分のことなど相手にすることは一生無いのだから。おばさま、つまり亡くなった奥さまを愛しているから再婚は絶対にしない、その言葉で私は諦めることができた。私は結婚したかったからだ。
もちろん迷いもしたし苦しさや悲しさもあった。部屋で一人になると可哀想な自分に好きなだけ酔い、感傷に浸ってしくしく泣いた。こうして私は勝手に恋をして勝手に失恋した。見事なまでの独り相撲である。しかし、悔いは無かった。こんなふうに人を好きになったのは前世から数えても初めてだったから、その気持ちを知ることができておじさまには感謝している。
表向きの理由は他に作ってくれていたが、私のためなのは明らかだった。自分自身の経験からだろうか、私が悩んでいることに気づいていたのだろう。今際の際のことを思い出して暗くなっていた時には特におじさまの心遣いが身に染みて有り難かった。私はおじさまの好意に甘えて聞いてほしいことはなんでも話し、おじさまはそれに付き合ってくれた。
「19歳で交通事故か。それは辛かったね」
「そうですね、思い出すと結構メンタルにくるというか…。ズタズタで血まみれの自分の姿を、ふとした瞬間に思い出してしまって」
「うん、すごく分かるよ。私もしばらくは苦しめられた。夢に見たりね」
「そうなんですね。…もしお嫌でなければ、おじさまは前世でどんな最期だったのか伺っても良いでしょうか?」
おじさまは少し迷う様子を見せたが、静かに答えた。
「私は、殺されたよ」
「え」
私は息を呑んだ。おじさまはいつも通りの声色で静かに続けた。
「死ぬまで殴られたんだ。私刑だった。1920年だったか…私は16歳だった」
私はこの時には既に前世の記憶をかなり思い出していたので、その中から頼りない歴史の知識を何とか引っ張り出しながら考えた。おじさまが前世アメリカ人だったとは聞いていたが、黒人の少年だったということはこのとき初めて知った。そして、リンチということは白人に殺されたのだろう。衝撃だった。
「そ、れは…その、KKKとかに、ですか?」
おじさまは驚いた顔をした。
「よく知っているんだね。でも違う、そういった過激な組織によるものではなかった。相手は、どこにでもいる普通の若者たちだったよ。あの時代は、何かの拍子にそういう事件が起こるのは珍しくなかった。だからこそ気をつけていたんだが、近所の女の子が運悪く襲われかけていてね。その場は何とか助けられたのが唯一の救いだね」
私は泣きそうになった。何の罪のない16歳の男の子が、無惨に撲殺されたなんて。どんなに痛かっただろう、怖かっただろう。私は悲劇のヒロイン気取りだった自分を恥じた。恥ずかしさの次に湧いてきたのは、前世でおじさまを殺した連中への怒りだった。
「…酷い。許せないです、そんなの」
「うん、私も酷いことをする奴らだと思ったよ。でも、過ぎたことだし、仕方が無い」
おじさまはそう言ったが、私はやりきれない気持ちだった。
「憎いとは思わないんですか?」
私は、自分を轢き殺した高齢ドライバーのことが未だに憎かった。どんな事情があるのか知らないが、あんなめちゃくちゃな運転をしてしまうぐらい耄碌しているならとっくに免許を返納しておくべきだろう。本当に腹が立つ。
「うーん…憎いとは違うかな。あの国の、あの時代の間違った常識に皆が振り回されていた。私を殺した若者たちを含めてね。結果大勢の命が犠牲になったから、もう同じことは繰り返さないでほしいと願うだけだね」
おじさまの言うことはある程度理解できたが、それでも私は割り切れない思いでいた。目に涙を溜め、口をへの字に曲げた私はおじさまの目にさぞかし子どもっぽく映ったことだろう。でも、おじさまは笑うでも呆れるでもなく、優しく私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、エマ。でも、今が幸せだから、本当にもう良いんだよ。私はこの世界のこの時代に生まれ変わって良かったと思う。長生きしていたら、転生はできなかったかもしれない」
「どういうことですか?」
「私が今までに会った転生者はエマを除くと1人だけだが、彼も十代で亡くなっている。死因は病死だが、若くして死んだという共通点が私たちにはある。それが転生の条件かどうかは推測の域を出ないが」
「そうなんですね…その方も、前世は私たちと同じ世界にいらっしゃったんですか?」
「そうだ。古代エジプト人だったそうだよ。今は王都で薬剤師をしているが、前世も薬に関わる仕事をしていたらしい」
「古代エジプト人!それはすごいですね…いつかその方に前世のお話を聞いてみたいです」
なんだかものすごいエピソードを持っていそうだ。食いつく私を見ておじさまはくすりと笑い(その笑い方がまたうっとりするほど上品で美しいのである)、いつか機会を見つけて紹介しようと約束してくれた。
おじさまとあまり長時間話し込んでいると家族が訝るので、それほど長く話せないのがもどかしかった。その時間は私にとって必要不可欠なものだったからである。
「転生」という不思議で奇妙な出来事をすんなり受け入れられるほど私は頭が良くなかったし、器用でもなかった。アドバンテージを生かして今世で無双、悠々自適のハッピーライフ!など絶対に無理だろう。苦悩しながら、それでもなんとか生きていくしかなかった。受容するだけでもキャパオーバーしそうである。だからこそおじさまの存在は大きな助けだった。
この頃から、私のおじさまに対する気持ちは変化していった。言い方は悪いが転生者という共通点を利用して同士ポジションを堪能することに決め、恋は諦めることにした。そもそも、以前から別におじさまとどうこうなろうと画策していたわけではない。恋仲になるということなど想像できないほどに私の恋愛偏差値は低かった。
だが、拙いなりにおじさまに恋をしていたのは確かだった。そして、これ以上気持ちが大きくなる前に終わらせることにした。これだけ歳の離れた、しかもまともな大人のおじさまが自分のことなど相手にすることは一生無いのだから。おばさま、つまり亡くなった奥さまを愛しているから再婚は絶対にしない、その言葉で私は諦めることができた。私は結婚したかったからだ。
もちろん迷いもしたし苦しさや悲しさもあった。部屋で一人になると可哀想な自分に好きなだけ酔い、感傷に浸ってしくしく泣いた。こうして私は勝手に恋をして勝手に失恋した。見事なまでの独り相撲である。しかし、悔いは無かった。こんなふうに人を好きになったのは前世から数えても初めてだったから、その気持ちを知ることができておじさまには感謝している。
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