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おまえな、と友は笑う。いつも誰かを探してるよ、と。
確かに俺は誰かを探していた。誰か――それは俺の中に確かなる記憶として残り続ける、あいつだ。
あいつ、か。友はそう言って笑う。もはや呆れたかのように、うんざりしたかのように。友の耳にはタコができたようだ、俺から何べんもあいつの話を聞かされてきたから。
遮断機の向こうにあいつを見る。雑踏の中、夕焼け色に染まりながら、電車が過ぎゆくのを待っている。あの日と同じ、ばさばさの髪で、よれよれの服で、そして俺を見て、少し笑って。
おまえな、と友は笑う。いつもあいつを探してるよ、と。
あいつではなかった、今日も違った。素知らぬ顔で俺の脇を通り過ぎた。
俺はいつでもあいつを探している。
高校一年の頃、俺はむちゃくちゃ生意気なガキだったから先輩達から煙たがられていて、ある日ついに公園の公衆便所の裏で囲まれてボコられる結果となった。当たり前の結果であった。後輩は先輩に対して忠実であるのが常識である世界に生きていたというのに俺は気に入らない先輩に対して平気で危険球を投げつけたし、罵声を浴びてはそれを面白がった。
おまえが悪いのだ、俺はそう笑っていた。おまえが俺の靴や鞄の中に画鋲や死んだ虫を仕込むから、そしてそれは俺への嫉妬によるものだろうと、俺はせせら笑っていた。
もはや自分に酔っていたと言っていい。俺はエースだった。自信に満ち溢れていた。だからこそいくつもの足に体中を蹴られて天狗の鼻をへし折られ、明日は絶対に報復してやる、おまえらの顔面に高速ストレートを放ってやるからなと、歯を食いしばりながら誓った。
だが報復する為にはこの体が必要だった、徐々に自信がなくなってきた。蹴られて背中に衝撃が走るたび胃がぐっと突き上げられ、それはまさに体の叫びなのだった。ついには顔をこぶしで何発も殴られ、とうとう口から赤い液体が飛び出して鮮やかに宙を舞い、朦朧とする意識の中、ああ、これは絵の具などではない、自分の鮮血だと認識することとなった。認識しながらも指だけは守ろうとこぶしを硬く握りしめていた。
まさに人生で初めてとも言える非常事態であったからなのか、その出会いが俺の中に強烈に残る結果となったのは。夕焼け色の中に、あいつは突如として現れた。
その現れ方そのものが強烈であった。銃の発射音のようなものと共にあいつは現れたのだ。
テレビでしか聞いたことのない音だった。だから俺は地面に仰向けに倒れたまま音のする方へと顔を向けた。
ピストルのようなものを片手に持った少年がドラム缶の上に立っていた。背に夕日を浴びて逆光になっているからその顔は暗く沈み込んでよく見えなかった。発砲するたびにその衝撃を受けるのかピストルのようなものを持ったその腕がぐっぐっと上に上がった。少年の撃つ弾は俺を避け、面白いようにリンチ野郎達に当たった。流血はなかった。血の代わりに野郎達からは情けなくも悲鳴が上がり、ついに彼らは公園の外へもつれ合うようにして去っていった。
少年の持つピストルのようなものの銃口から薄ぼんやりと白い煙がたちのぼっている。それはオレンジ色に染まった夕焼け空に、すうっと吸い込まれてゆく。
「エアガンか」
仰向けになったまま俺は言った。きっと改造したエアガンだ。こんなものを所持していてよく捕まらないものだ。
「アタリ」
少年から答えが返ってくる。俺はゆるく笑った。
少年が夕日を背にゆっくりと俺のもとへ歩いてくる。じんわりとぼやけて見えていた彼の輪郭が次第にはっきり見えてきた。ゆったりとした彼の足の動きに合わせてざりざりと、壊れかけた草履が音を立てるがそのくたびれたハーフパンツから覗く脚は棒切れであるかのように細く、首元から鎖骨が覗くほど伸びきったTシャツから突き出る二本の腕もまた、そうだった。髪はばさばさに乱れていて、その中に顔を見つけようとした時、少年は仰向けになった俺の前でぴたりと立ち止まり、そして握っていたエアガンの銃口をいきなり俺の顔に突きつけてきた。
確かに俺は誰かを探していた。誰か――それは俺の中に確かなる記憶として残り続ける、あいつだ。
あいつ、か。友はそう言って笑う。もはや呆れたかのように、うんざりしたかのように。友の耳にはタコができたようだ、俺から何べんもあいつの話を聞かされてきたから。
遮断機の向こうにあいつを見る。雑踏の中、夕焼け色に染まりながら、電車が過ぎゆくのを待っている。あの日と同じ、ばさばさの髪で、よれよれの服で、そして俺を見て、少し笑って。
おまえな、と友は笑う。いつもあいつを探してるよ、と。
あいつではなかった、今日も違った。素知らぬ顔で俺の脇を通り過ぎた。
俺はいつでもあいつを探している。
高校一年の頃、俺はむちゃくちゃ生意気なガキだったから先輩達から煙たがられていて、ある日ついに公園の公衆便所の裏で囲まれてボコられる結果となった。当たり前の結果であった。後輩は先輩に対して忠実であるのが常識である世界に生きていたというのに俺は気に入らない先輩に対して平気で危険球を投げつけたし、罵声を浴びてはそれを面白がった。
おまえが悪いのだ、俺はそう笑っていた。おまえが俺の靴や鞄の中に画鋲や死んだ虫を仕込むから、そしてそれは俺への嫉妬によるものだろうと、俺はせせら笑っていた。
もはや自分に酔っていたと言っていい。俺はエースだった。自信に満ち溢れていた。だからこそいくつもの足に体中を蹴られて天狗の鼻をへし折られ、明日は絶対に報復してやる、おまえらの顔面に高速ストレートを放ってやるからなと、歯を食いしばりながら誓った。
だが報復する為にはこの体が必要だった、徐々に自信がなくなってきた。蹴られて背中に衝撃が走るたび胃がぐっと突き上げられ、それはまさに体の叫びなのだった。ついには顔をこぶしで何発も殴られ、とうとう口から赤い液体が飛び出して鮮やかに宙を舞い、朦朧とする意識の中、ああ、これは絵の具などではない、自分の鮮血だと認識することとなった。認識しながらも指だけは守ろうとこぶしを硬く握りしめていた。
まさに人生で初めてとも言える非常事態であったからなのか、その出会いが俺の中に強烈に残る結果となったのは。夕焼け色の中に、あいつは突如として現れた。
その現れ方そのものが強烈であった。銃の発射音のようなものと共にあいつは現れたのだ。
テレビでしか聞いたことのない音だった。だから俺は地面に仰向けに倒れたまま音のする方へと顔を向けた。
ピストルのようなものを片手に持った少年がドラム缶の上に立っていた。背に夕日を浴びて逆光になっているからその顔は暗く沈み込んでよく見えなかった。発砲するたびにその衝撃を受けるのかピストルのようなものを持ったその腕がぐっぐっと上に上がった。少年の撃つ弾は俺を避け、面白いようにリンチ野郎達に当たった。流血はなかった。血の代わりに野郎達からは情けなくも悲鳴が上がり、ついに彼らは公園の外へもつれ合うようにして去っていった。
少年の持つピストルのようなものの銃口から薄ぼんやりと白い煙がたちのぼっている。それはオレンジ色に染まった夕焼け空に、すうっと吸い込まれてゆく。
「エアガンか」
仰向けになったまま俺は言った。きっと改造したエアガンだ。こんなものを所持していてよく捕まらないものだ。
「アタリ」
少年から答えが返ってくる。俺はゆるく笑った。
少年が夕日を背にゆっくりと俺のもとへ歩いてくる。じんわりとぼやけて見えていた彼の輪郭が次第にはっきり見えてきた。ゆったりとした彼の足の動きに合わせてざりざりと、壊れかけた草履が音を立てるがそのくたびれたハーフパンツから覗く脚は棒切れであるかのように細く、首元から鎖骨が覗くほど伸びきったTシャツから突き出る二本の腕もまた、そうだった。髪はばさばさに乱れていて、その中に顔を見つけようとした時、少年は仰向けになった俺の前でぴたりと立ち止まり、そして握っていたエアガンの銃口をいきなり俺の顔に突きつけてきた。
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