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2章 亡国編
15話 血の鎖
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「……!」
目に入る些細な断片に引っ張られ、摩天楼のように風景が変化していく。
なんの脈絡もなく、唐突に変わるのだ。
それは夢の中よう。
そう風太は感じた時、場面が止まった。
悲劇が女の悲鳴によって始まる。
「きゃあぁぁ」
鏡に映る顔は、毛に覆われまるで狼のよう。
物語では悪役として登場する人狼ではないか。
その女は、悪に染まってしまった事に悲しみ涙をこぼす。
風太は空気のように存在するだけで、彼女に干渉することは出来ずに居た。
なぜならば彼は部外者、観客に過ぎないのだから。
人狼は何者なのか?
そう疑問が浮かぶと同時に知識が流れ込む。
彼女はゼラの母、スティーアの若き姿である。
何故そう認識したのかは風太には解らない。
まだ自分の置かれた状況を理解していないからだ。
夢の中なのか、精神攻撃を受けている、あるいは何かに取り憑かれた?
だとして何が出来るのだろう。
スティーアは腹を擦り産まれてくる子を心配する。
当然だろう、自らが人狼と変貌していくさなか、腹の子に影響が起きないとは考えにくい。
「この子だけは私は守る。
たとえ全て敵にしたとしても」
その決意は固く、顔を隠すと逃げ出す準備を始めた。
ここにいれば、間違いなく処刑される。
窓の外から見える、処刑台の炎がそれを物語る。
処刑されたのは魔女と疑われた者。
魔女が送り込んだ刺客、それが人狼だと言われている。
魔女も人狼も悪であり、裁きを受ける対象なのだ。
だから、一刻も早く逃げなくてはならない。
ドン!
扉が蹴破られ、鎧をまとった男達がなだれ込む。
「どうして!」と、スティーアは叫んでいた。
「黙れ化け物!」
男達は剣を握りスティーアに斬りかかる。
死を感じた時、スティーアの肉体は更に狼へと変化し、手が細く指が縮み鋭い爪をむき出しにする。
一匹の狼へと変じたのだ。
殺意と殺意が互いに高まっていく。
刃と牙。
風太は、割って入り笑みを浮かべるぐらい余裕だ。
すり抜ける安全圏に居るのだから。
狼の頭を撫でてみる。
「意外とふわふわで気持ちいいな」
狼は人や家畜を襲う凶悪な獣である。
戦いで体を守る鎧の役割を果たす毛皮がふわふわで役に立つのだろうか?
強固で刃を阻み肉体への損傷を防ぐものだ。
だが眼の前の人狼は、そんな凶悪さは感じられない。
風太が振り返ると、剣を振り上げた男達の姿が!
振り下ろされる剣の側面を軽く手で押し、軌道をいとも容易く変える。
もし現実ならば、肉体が意思の速さに追いつかず切り裂かれていただろう。
「不思議だな、なんで透けなかったんだ?」
それまで部外者だったのが、いつの間にか登場人物になっていたような感覚だ。
「何! 一体何処から!」
「それよりよく見てみるんだ。
彼女が恐ろしい狼に見えるのか?」
「見える」
風太が振り返ると、髪の長い女が立っていた。
どことなくゼラに似ているが猫耳がない。
人間にしか見えない姿だった。
「人狼なんて居ない」
男達は困惑する。
今まで見ていたのが真実なのか、偽りなのか解らないからだろう。
すると壁から紫の染みが広がる。
無数の目が生えてきたかと思うと、風太をギョロギョロと観察始める。
「なんだ、気味が悪い。
いやお前は何者なんだ!」
「異物は排除」
不気味な声だった。
風太はスティーアの手を掴み、部屋から逃げようと扉を開く。
その直後、壁の目から黒い光線が放たれる。
光線を浴びた男達は生命を失うかのに石と化していく。
そしてバランスを崩し倒れ粉々に散る。
二人は間一髪で扉の外へ。
柱の並ぶ、細い通路を走っていた。
夢の場面が唐突に変化するように。
息を切らせつつ走る二人。
どこへ逃げれば良いのかわからない。
永遠に続く通路を走り続ける。
このままではいずれ追いつかれるだろう。
「どうして私を助けてくれるのです?」
「夢の中ぐらい格好良く」
夢とは違う感覚、違和感がある。
それは感触がハッキリしていることだ。
視覚、触覚、嗅覚……。
夢なら曖昧な感覚だろう。
似た感覚を知っている。
それはスケルトンを操って居た時の感覚だ。
つまり魔法による干渉、或いは……悪霊に取りつかれたか。
何れにしても、彼女を守らなくては戻れない気がしていた。
それは読んできた物語からの影響が大きい。
ヒロインを死なせてハッピーエンドなんてあり得ないからだ。
現実は、すれ違うだけの人生にとって無縁の者も多い。
無関係でどうでもいい人物が登場しないという先入観。
それが風太の強みであった。
知らず最善を選ぶのも才なのだろう。
もし夢の中で目的を失えば永遠の闇に飲まれ消えるだろう。
そんな危うい場所にいるとも知らずに。
背後から追う無数の目を持つ影は空間を飲み込みながら進む。
侵食されたものは影の一部となりより早く広がる。
「私を置いて逃げて、早くは走れない。
だって赤ちゃんが!」
スティーアが心配しているのは身ごもっている赤子だ。
無理に走れば流産する。
「俺が食い止める!」
何故なら、それが出来るのは自分だけだからだ。
風太は大の字に手足を広げ、迫りくる影の前に立つ。
影の無数の目が怪しく輝くと、黒い光線が風太を串刺しにした筈だった。
それは叶わぬこと、鉄壁の守り見えざる衣があるからだ。
封じられていたのではと疑問を感じた時、それは思い出すかのように前兆として現れる。
ビビッと、途端に見えざる衣は消滅した。
「もう良い!
私なんて見捨てて逃げて!」
影の目は怪しく輝こうと力を貯めている。
もし避けたりすれば、スティーアは確実に死ぬ。
絶体絶命でも風太は笑う。
まだ諦めては居ないからだ!
もう身を守ってくれるものはなにもない。
打つ手なしなのだろうか?
いや未だある。
自らの手だ。
風太は影の中に手を突っ込んだ。
何者も侵食するあの影にだ。
自信はある、骸骨との一戦。
あの時、乗っ取られる可能性があったにも関わらず、生命力が上回り跳ね除けたのだ。
それは奇跡だとしても、それを起こした事実は変わらない。
だから行ける!
そう意思の強さ、信じる心こそが夢の中では力となる。
例え全身が呑まれても、内なる輝きで侵食はされない。
音すらない、真の闇。
そんな空間だからこそ、小さな輝きがよく見える。
風太はそれを掴み取る。
それは猫耳を持つ少女の姿をしている。
夢の主なのだろう、ゼラである。
「ニャヒっ。
どうして、どうして、あんな事をしたのです」
「自分自身は見ることは出来ないだろう。
だからどこかで見ていると思ったんだ」
「なんであんな卑劣な女を助けようと身を張ったのです!」
「俺のほうが知りたい。
なんで卑劣だって思うんだ?」
子を守ろうと必死な母親にしか見えなかった。
それにゼラの母である筈だ。
「人を誑かし陥れ、父を騙し乗っ取った。
誰からも恨まれ憎まれる存在」
ゼラの胸から溢れる、モヤモヤとした邪悪な気が寒気を感じさせる。
「それは偽りだろう。
だって俺を助けようとしてくれたんだ。
悪女がそんな振る舞いをすると思うか?」
「そ、それは……」
「たぶんアレは虚像に過ぎない。
だって君は四つ耳族なんだろう?」
「はい?
ニャッ……」
「親が人間なら、君は突然変異になる。
族って良い方は不自然だろう、それは代々続いてきた証。
つまり猫耳が無いのは変だ」
「うー、でも」
「悪夢が現実と同じだと思っているのかい。
違うだろう」
「でも、でも……」
「怯えなくて良い。
一緒に暮らすんだろう、さあ行こう」
「はい、ニャヒヒ」
手を取り合い、夢から抜け出そうとする。
それを阻むように影は形を変え襲いかかる。
「何なんだ?」
「解りません。
負の感情があんな化け物を生み出してしまった……」
「いや違う、感じたことがある。
アレは亡霊だ」
思念の塊、地下で触れたあの時と似ている。
どうして骸骨が、ゼラを狙わなかったのか?
失敗した時点で標的を変えても良かったはずだ。
恐らく見ていたのだろう。
取り憑いている存在を。
ゼラを抱きかかえていたあの女の影。
卑怯にもスティーアの首を鷲掴みにし、今にも握りつぶそうとしている。
「いやにゃゃゃゃ!」
「一緒に助けよう!」
風太はゼラの手を固く握りしめ、一緒にあの影を殴った。
渾身の一撃は重く、手応えがある。
「だはっ」
風太は拳を突き上げる形で目を覚ます。
手にプニッとした感触、生暖かさがある。
そばで様子を見ていた魔女の胸に思いっきり当たっていた。
「アハン~♪」
「えっええぇぇぇっ」
「普通の女の子なら骨が折れているわ。
でも許してあげる」
状況の整理をするために深呼吸しあたりを見渡す。
見張り台に居るようだ。
ゼラが側で寝ている。
なんとも気持ちよさそうに笑みを浮かべて、きっと良い夢を見ているのだろう。
変な匂いのする香が焚かれ、一本の線のように煙が上っている。
「どうして君がここに?」
「白々しい事を、緊急招集の合図を送ったクセに。
あんなド派手に打ち上げるなんてね」
天井から空が見える程の穴がある。
ストーンボルトで封印の効果を受けて気を失うほど激痛に襲われたのだ。
狙いを定める余裕はなかった。
それが偶然、天井を貫いたということか。
そんな上手い話があるのか?
『手伝ってやった。
貸しにしておくから、よく覚えておくように』
死者の書がどうして協力的なのだろうか?
疑問に思ったが、あのままだと誰も得をしなかったのは言うまでもない。
「それで助けてくれたのか?」
「まさか、私はただ様子を見ていただけ。
この反魂香を上手く扱えるか知りたかったの」
反魂香と言えば、死者の魂を呼び戻す道具として知られている物だ。
勿論、物語の中でしか登場しない空想の産物なのだが。
「もしかして俺は死んでいたのか?」
「アッヒヒヒ……。
この世に復活の道具なんて、存在しないの」
「じゃあ何なんだ?」
「知らずに注文したなんて。
これは別名、夢渡り香よ。
相手の夢の入り込み、色々とアフフな事をするために使うの」
「余計なことを……!」
助けてくれたと思ったら全然、そんなことはなかった。
むしろ実験台にされて遊ばれていだけだ。
これほどムカつくことはない。
「これからは商売相手として仲良くしましょう」
「ここを出たら、交換できる物がない」
黒く輝く正八面体の宝石。
中にあの女の影が揺らめき映る。
「悪霊の封印なんて、すごいじゃない。
この技術がアレば億万長者も間違いなし」
死者の書が、恐らく魔女に働きかけたのだろう。
色々と厄介なことをしてくれる。
どんな事に巻き込まれるか解ったものではない。
しかも良くわからない内に事が進むの特に嫌だ。
「まあ、そうだと良いけど」
「良い儲け話があるのだけど。
乗ってみる気はある?」
「聞いてから判断する」
「ここより西に行けば隣国があるのは知っていると思うけど」
「北の町へ行く予定だ。
西に寄り道するつもりはない」
「まあ聞いて。
大量に木材を得るために、この辺りの森を切り開いているのよね。
つまりアンデット狩りが行われているってわけ」
魔法が封印されていなければ撃退するのも容易く乗ったかも知れない。
だが今は、ここから抜け出せるかすら危うい状況だ。
否定するところだろう。
「いいね。
詳しく聞きたい」
「赤の月がもう一度起きる。
アンデットから抜け出た残留思念のようなものが集まって来ているわ」
ゼラが驚いていたのは、恐らく知らない場所で物事が進行していたからだろう。
もしあの場に居なくて、撃退をしなければどうなっていた?
討伐を行っていた者達にアンデッドの大群が押し寄せたに違いない。
ゾンビ物の様に、圧倒的な数に押されて全滅だろう。
「儲け話ってことは、
つてがあるんだろう?」
「勿論、紹介してあげる。
その代わり……」
魔女は風太を抱きしめると、耳たぶを軽く噛む。
「なっ……」
「もう一つお願いを聞いて欲しい。
これは時間があるときで構わない」
「解った」
明らかになにかしたのは解るが、言葉を撤回することは出来なかった。
どんな願いか解らないのに引き受けるなんて愚かで、絶対にしてはならないことだ。
特に相手は魔女である。
厄介な約束をしたばっかりにとんでも無い事になる物語だってある。
恨めしそうに風太は魔女を見る。
「魔女との約束は絶対よ。
じゃあ準備をして。アヒヒ……」
眠っている間に何かされていたのだろう。
話を始めた時点ですべて魔女の思惑通りに進んだ。
初めから決定権はなかった。
目に入る些細な断片に引っ張られ、摩天楼のように風景が変化していく。
なんの脈絡もなく、唐突に変わるのだ。
それは夢の中よう。
そう風太は感じた時、場面が止まった。
悲劇が女の悲鳴によって始まる。
「きゃあぁぁ」
鏡に映る顔は、毛に覆われまるで狼のよう。
物語では悪役として登場する人狼ではないか。
その女は、悪に染まってしまった事に悲しみ涙をこぼす。
風太は空気のように存在するだけで、彼女に干渉することは出来ずに居た。
なぜならば彼は部外者、観客に過ぎないのだから。
人狼は何者なのか?
そう疑問が浮かぶと同時に知識が流れ込む。
彼女はゼラの母、スティーアの若き姿である。
何故そう認識したのかは風太には解らない。
まだ自分の置かれた状況を理解していないからだ。
夢の中なのか、精神攻撃を受けている、あるいは何かに取り憑かれた?
だとして何が出来るのだろう。
スティーアは腹を擦り産まれてくる子を心配する。
当然だろう、自らが人狼と変貌していくさなか、腹の子に影響が起きないとは考えにくい。
「この子だけは私は守る。
たとえ全て敵にしたとしても」
その決意は固く、顔を隠すと逃げ出す準備を始めた。
ここにいれば、間違いなく処刑される。
窓の外から見える、処刑台の炎がそれを物語る。
処刑されたのは魔女と疑われた者。
魔女が送り込んだ刺客、それが人狼だと言われている。
魔女も人狼も悪であり、裁きを受ける対象なのだ。
だから、一刻も早く逃げなくてはならない。
ドン!
扉が蹴破られ、鎧をまとった男達がなだれ込む。
「どうして!」と、スティーアは叫んでいた。
「黙れ化け物!」
男達は剣を握りスティーアに斬りかかる。
死を感じた時、スティーアの肉体は更に狼へと変化し、手が細く指が縮み鋭い爪をむき出しにする。
一匹の狼へと変じたのだ。
殺意と殺意が互いに高まっていく。
刃と牙。
風太は、割って入り笑みを浮かべるぐらい余裕だ。
すり抜ける安全圏に居るのだから。
狼の頭を撫でてみる。
「意外とふわふわで気持ちいいな」
狼は人や家畜を襲う凶悪な獣である。
戦いで体を守る鎧の役割を果たす毛皮がふわふわで役に立つのだろうか?
強固で刃を阻み肉体への損傷を防ぐものだ。
だが眼の前の人狼は、そんな凶悪さは感じられない。
風太が振り返ると、剣を振り上げた男達の姿が!
振り下ろされる剣の側面を軽く手で押し、軌道をいとも容易く変える。
もし現実ならば、肉体が意思の速さに追いつかず切り裂かれていただろう。
「不思議だな、なんで透けなかったんだ?」
それまで部外者だったのが、いつの間にか登場人物になっていたような感覚だ。
「何! 一体何処から!」
「それよりよく見てみるんだ。
彼女が恐ろしい狼に見えるのか?」
「見える」
風太が振り返ると、髪の長い女が立っていた。
どことなくゼラに似ているが猫耳がない。
人間にしか見えない姿だった。
「人狼なんて居ない」
男達は困惑する。
今まで見ていたのが真実なのか、偽りなのか解らないからだろう。
すると壁から紫の染みが広がる。
無数の目が生えてきたかと思うと、風太をギョロギョロと観察始める。
「なんだ、気味が悪い。
いやお前は何者なんだ!」
「異物は排除」
不気味な声だった。
風太はスティーアの手を掴み、部屋から逃げようと扉を開く。
その直後、壁の目から黒い光線が放たれる。
光線を浴びた男達は生命を失うかのに石と化していく。
そしてバランスを崩し倒れ粉々に散る。
二人は間一髪で扉の外へ。
柱の並ぶ、細い通路を走っていた。
夢の場面が唐突に変化するように。
息を切らせつつ走る二人。
どこへ逃げれば良いのかわからない。
永遠に続く通路を走り続ける。
このままではいずれ追いつかれるだろう。
「どうして私を助けてくれるのです?」
「夢の中ぐらい格好良く」
夢とは違う感覚、違和感がある。
それは感触がハッキリしていることだ。
視覚、触覚、嗅覚……。
夢なら曖昧な感覚だろう。
似た感覚を知っている。
それはスケルトンを操って居た時の感覚だ。
つまり魔法による干渉、或いは……悪霊に取りつかれたか。
何れにしても、彼女を守らなくては戻れない気がしていた。
それは読んできた物語からの影響が大きい。
ヒロインを死なせてハッピーエンドなんてあり得ないからだ。
現実は、すれ違うだけの人生にとって無縁の者も多い。
無関係でどうでもいい人物が登場しないという先入観。
それが風太の強みであった。
知らず最善を選ぶのも才なのだろう。
もし夢の中で目的を失えば永遠の闇に飲まれ消えるだろう。
そんな危うい場所にいるとも知らずに。
背後から追う無数の目を持つ影は空間を飲み込みながら進む。
侵食されたものは影の一部となりより早く広がる。
「私を置いて逃げて、早くは走れない。
だって赤ちゃんが!」
スティーアが心配しているのは身ごもっている赤子だ。
無理に走れば流産する。
「俺が食い止める!」
何故なら、それが出来るのは自分だけだからだ。
風太は大の字に手足を広げ、迫りくる影の前に立つ。
影の無数の目が怪しく輝くと、黒い光線が風太を串刺しにした筈だった。
それは叶わぬこと、鉄壁の守り見えざる衣があるからだ。
封じられていたのではと疑問を感じた時、それは思い出すかのように前兆として現れる。
ビビッと、途端に見えざる衣は消滅した。
「もう良い!
私なんて見捨てて逃げて!」
影の目は怪しく輝こうと力を貯めている。
もし避けたりすれば、スティーアは確実に死ぬ。
絶体絶命でも風太は笑う。
まだ諦めては居ないからだ!
もう身を守ってくれるものはなにもない。
打つ手なしなのだろうか?
いや未だある。
自らの手だ。
風太は影の中に手を突っ込んだ。
何者も侵食するあの影にだ。
自信はある、骸骨との一戦。
あの時、乗っ取られる可能性があったにも関わらず、生命力が上回り跳ね除けたのだ。
それは奇跡だとしても、それを起こした事実は変わらない。
だから行ける!
そう意思の強さ、信じる心こそが夢の中では力となる。
例え全身が呑まれても、内なる輝きで侵食はされない。
音すらない、真の闇。
そんな空間だからこそ、小さな輝きがよく見える。
風太はそれを掴み取る。
それは猫耳を持つ少女の姿をしている。
夢の主なのだろう、ゼラである。
「ニャヒっ。
どうして、どうして、あんな事をしたのです」
「自分自身は見ることは出来ないだろう。
だからどこかで見ていると思ったんだ」
「なんであんな卑劣な女を助けようと身を張ったのです!」
「俺のほうが知りたい。
なんで卑劣だって思うんだ?」
子を守ろうと必死な母親にしか見えなかった。
それにゼラの母である筈だ。
「人を誑かし陥れ、父を騙し乗っ取った。
誰からも恨まれ憎まれる存在」
ゼラの胸から溢れる、モヤモヤとした邪悪な気が寒気を感じさせる。
「それは偽りだろう。
だって俺を助けようとしてくれたんだ。
悪女がそんな振る舞いをすると思うか?」
「そ、それは……」
「たぶんアレは虚像に過ぎない。
だって君は四つ耳族なんだろう?」
「はい?
ニャッ……」
「親が人間なら、君は突然変異になる。
族って良い方は不自然だろう、それは代々続いてきた証。
つまり猫耳が無いのは変だ」
「うー、でも」
「悪夢が現実と同じだと思っているのかい。
違うだろう」
「でも、でも……」
「怯えなくて良い。
一緒に暮らすんだろう、さあ行こう」
「はい、ニャヒヒ」
手を取り合い、夢から抜け出そうとする。
それを阻むように影は形を変え襲いかかる。
「何なんだ?」
「解りません。
負の感情があんな化け物を生み出してしまった……」
「いや違う、感じたことがある。
アレは亡霊だ」
思念の塊、地下で触れたあの時と似ている。
どうして骸骨が、ゼラを狙わなかったのか?
失敗した時点で標的を変えても良かったはずだ。
恐らく見ていたのだろう。
取り憑いている存在を。
ゼラを抱きかかえていたあの女の影。
卑怯にもスティーアの首を鷲掴みにし、今にも握りつぶそうとしている。
「いやにゃゃゃゃ!」
「一緒に助けよう!」
風太はゼラの手を固く握りしめ、一緒にあの影を殴った。
渾身の一撃は重く、手応えがある。
「だはっ」
風太は拳を突き上げる形で目を覚ます。
手にプニッとした感触、生暖かさがある。
そばで様子を見ていた魔女の胸に思いっきり当たっていた。
「アハン~♪」
「えっええぇぇぇっ」
「普通の女の子なら骨が折れているわ。
でも許してあげる」
状況の整理をするために深呼吸しあたりを見渡す。
見張り台に居るようだ。
ゼラが側で寝ている。
なんとも気持ちよさそうに笑みを浮かべて、きっと良い夢を見ているのだろう。
変な匂いのする香が焚かれ、一本の線のように煙が上っている。
「どうして君がここに?」
「白々しい事を、緊急招集の合図を送ったクセに。
あんなド派手に打ち上げるなんてね」
天井から空が見える程の穴がある。
ストーンボルトで封印の効果を受けて気を失うほど激痛に襲われたのだ。
狙いを定める余裕はなかった。
それが偶然、天井を貫いたということか。
そんな上手い話があるのか?
『手伝ってやった。
貸しにしておくから、よく覚えておくように』
死者の書がどうして協力的なのだろうか?
疑問に思ったが、あのままだと誰も得をしなかったのは言うまでもない。
「それで助けてくれたのか?」
「まさか、私はただ様子を見ていただけ。
この反魂香を上手く扱えるか知りたかったの」
反魂香と言えば、死者の魂を呼び戻す道具として知られている物だ。
勿論、物語の中でしか登場しない空想の産物なのだが。
「もしかして俺は死んでいたのか?」
「アッヒヒヒ……。
この世に復活の道具なんて、存在しないの」
「じゃあ何なんだ?」
「知らずに注文したなんて。
これは別名、夢渡り香よ。
相手の夢の入り込み、色々とアフフな事をするために使うの」
「余計なことを……!」
助けてくれたと思ったら全然、そんなことはなかった。
むしろ実験台にされて遊ばれていだけだ。
これほどムカつくことはない。
「これからは商売相手として仲良くしましょう」
「ここを出たら、交換できる物がない」
黒く輝く正八面体の宝石。
中にあの女の影が揺らめき映る。
「悪霊の封印なんて、すごいじゃない。
この技術がアレば億万長者も間違いなし」
死者の書が、恐らく魔女に働きかけたのだろう。
色々と厄介なことをしてくれる。
どんな事に巻き込まれるか解ったものではない。
しかも良くわからない内に事が進むの特に嫌だ。
「まあ、そうだと良いけど」
「良い儲け話があるのだけど。
乗ってみる気はある?」
「聞いてから判断する」
「ここより西に行けば隣国があるのは知っていると思うけど」
「北の町へ行く予定だ。
西に寄り道するつもりはない」
「まあ聞いて。
大量に木材を得るために、この辺りの森を切り開いているのよね。
つまりアンデット狩りが行われているってわけ」
魔法が封印されていなければ撃退するのも容易く乗ったかも知れない。
だが今は、ここから抜け出せるかすら危うい状況だ。
否定するところだろう。
「いいね。
詳しく聞きたい」
「赤の月がもう一度起きる。
アンデットから抜け出た残留思念のようなものが集まって来ているわ」
ゼラが驚いていたのは、恐らく知らない場所で物事が進行していたからだろう。
もしあの場に居なくて、撃退をしなければどうなっていた?
討伐を行っていた者達にアンデッドの大群が押し寄せたに違いない。
ゾンビ物の様に、圧倒的な数に押されて全滅だろう。
「儲け話ってことは、
つてがあるんだろう?」
「勿論、紹介してあげる。
その代わり……」
魔女は風太を抱きしめると、耳たぶを軽く噛む。
「なっ……」
「もう一つお願いを聞いて欲しい。
これは時間があるときで構わない」
「解った」
明らかになにかしたのは解るが、言葉を撤回することは出来なかった。
どんな願いか解らないのに引き受けるなんて愚かで、絶対にしてはならないことだ。
特に相手は魔女である。
厄介な約束をしたばっかりにとんでも無い事になる物語だってある。
恨めしそうに風太は魔女を見る。
「魔女との約束は絶対よ。
じゃあ準備をして。アヒヒ……」
眠っている間に何かされていたのだろう。
話を始めた時点ですべて魔女の思惑通りに進んだ。
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