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第八章 アメリカでの再会 一、
しおりを挟む― 一年前 ―
鬱を患った。
会社を辞めた。
今までにないことを経て、等々僕の人生も足止めを食った。
それでも日は過ぎ去り、少しはその病気も治まり、なんとか日常生活を送れるようになった頃に、僕は動いた。
僕は、一人で飛行機に乗って、高校の時から行きたいと思っていたアメリカに向かった。
なぜそう思ったのか、嫌な思いを吹っ切りたかったこともあるが、時間が出来たことにより、昔の高校時代に立てた夢を、思い出していたこともある。アメリカに留学したい、という夢を。
今なら時間、それから金だってある。
目的や計画なんかはなかった。ただアメリカの地に降り立ったのだ。
最初は、ニューヨーク。
僕は、英語をまともに喋れなかたし、それから初めての海外ということもあり、随分と苦労を余儀なくされた。
そりゃ、行く前に英会話スクールに通い、少しは喋れる、と思い、向かったのだが、あまかった。
初めての海外。しかもそこで生活を送ることになったのだ。
勿論、知った顔など、誰一人としていない。だから、カルチャーショックになったのは、必然だったといえる。
時折、頭が熱を帯び、どうしていいのか分からず、精神的にもきつかったが、それでも僕は一人でバスに乗って、西へと向かった。
これといった目的はなかった。
ただ憧れのアメリカが見たかった。という半ば安易な考えでやってきのだ。
ニューヨーク、ワシントン、ニューオーリンズ、ラスベガスという都市を見て廻り、そして、カリフォルニアへと足を延ばしながら、旅を続けてきた。
大都市から人が疎らな田舎町。そんな街を見て回った。
ラスベガスなんかは、まるで現実感のない夢の世界だった。
きらびやかなネオンなんかを見ていると、まさに眠らない街であった。
何回も危ない目にあった。
財布を掏られたこと。
ホテルの予約が取れず、公園で寝ていると、ジャンキーに殴られ、金品を持ち逃げされたこと。
その後、警官に職質をされたこと。
それでも救いは、パスポートとカードを取られなかったことだ。
その二つは別の所で保管していたために、大事に至らなかった。
それから、ホテルにいる時に、頼んだものが、こなかったことも一度や二度ではない。
それに、ビーチで一人寛いでいる時だ。
ゲイに腕を引っ張られ、エグいことを言われ、びっくりしたこともあった。
とにかく色々なことがあった。
僕は移動が多く、一ヶ所に止まることをしなかった為に、いつも一人だった。
なので、仲のいい友人など出来るはずもなかった。
一人で旅を続けるのは、自由だったが、不便でもあった。だが、なぜ、そんな過酷でもある旅をしたのか。
それは、高校時代に立てていた夢。
大学にいったら留学したいと思っていたこと。
だが、学生の時には出来なかった。
なぜなら、学費は勿論、アパート代や生活費などもかさなり、家からの援助を貰うのに、多額の費用を要してしまい、更に留学なんて大それた希望を、言えるほどの資金はうちの家庭にはなかったこともある。
あの時、言ったこと。それが実現出来ていなかったことにも、消化不良的な気持ちはあっただろう。
だから大人になり、会社を辞め、自由を手に入れることができると、自分の金で、アメリカにやってきたのだ。
形は違うが、夢を叶えたともいえなくはないが・・・。
そんな時に、沙織とロサンゼルスで再会したのだった。
といっても必ずしも劇的な再会ではない。偶然が重なり、それが必然へと変わっていったのだろう。
高校を出て十九年間、彼女のことを想い続けていたわけでもない。
本当に、たまたまアメリカで再会したのだ。
それまでは、正直忘れていたほどだったのだから。
でも、高校時代の夢。アメリカでの生活。こんなことを思い出さなければ、沙織との再会はなかったはずだ。
アメリカでは、日本国籍を持った人間ならば、九十日以内の観光で、米国で滞在する場合は、ビザが不要であるが、その時の僕は、もうすぐその三ヶ月が迫ろうとしていた頃であった。
そして、赤いれんが造りのカワダホテルという中級ホテルを選び、僕はロサンゼルスに滞在していた。
これといった理由はない。費用が手頃で、日本人街のリトル東京の近くにあったということで決めたのだった。
それが三十七歳の冬だ。
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