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第三章 対峙 一、
しおりを挟む―翌日―
愛知県、の谷底から、丸焦げで、大破した車が発見された。
車はトヨタ車のレクサス。その焼け跡から性別不明の遺体が上がった。
第一発見者は、森田勲五十六歳。会社員。帰宅途中に山の中を自家用車で走行中、崖の下に車が落下していたのを発見したので、車から降りて、現場まで走っていくと、その車からは火が出ており、熱くて、近づくこともできなかった。その後、警察に通報。
現場は下林山で、山頂まで約二キロの地点。道路の急カーブ途中に設けられた待避所(長さ約二十メートル、幅約十メートル)にあるガードレールの切れ目(約五メートル)から、四十メートル下の谷底に、車が誤って転落したとみて警察は調べている。
その切れ目近くのガードレールには、車が接触した跡はあるが、周辺の道路にブレーキ痕は残っていない。そのまま谷底に落下していったと見られる。
夕刻。
足田町下林山で起きたレクサス転落事故の遺体の身元が判明。
遺体の性別は男性で、佐竹宣夫(四六)会社役員ということが判明した。死亡推定時刻は昨夜の十時前後。
調べによると、佐竹宣夫は、会社の金を一千万近く横領した人物で、重ねて女性問題も噂されている。
その日のうちに豊田警察署に(足田町下林山レクサス転落事故)の共同捜査本部が設置された。
指揮をするのが豊田署の刑事部長佐々木だが、警察本部も豊田署と共同で捜査を進めていくことになった。
豊田署の小柄で、眼鏡をかけた、現場の指揮官刑事部長佐々木が前へ歩いていく。カマキリに似た神経質そうな男だ。五十過ぎで、頭に白いものが増えたその髪の毛を撫で付けながら、これからの捜査方法を説明していく。
捜査手法は、捜査は二人一組で行われ、本部の刑事と所轄の刑事がコンビを組むことで、仕事の役割が拡散できることにメリットをおく。
例えば一人が聞き込みをし、相棒がメモを取る。緊急時には一人が対応し、相棒が連絡する、という役割を担う。
それで捜査会議は朝の八時半と夜の十一時に予定され、主に朝の会議にはその日の指示。そして、夜の会議に、その日の成果を報告することになっている。
渦のような人の輪を掻き分け、板垣敬三はようやく廊下に出て来て、やっとのことで一息つくことができた。
ソファに腰かけ、溜息をつく。昨夜から呼び出されて、一睡もしていない。
重い頭を左右に振ってから、考えた。本部は、この件を事件と事故の両面で捜査を進めているが、大半の捜査員たちは、この件を自殺と踏んでいる。
板垣は、目頭を押さえた。
睡魔が押し寄せてくる。
しかし、この件は皆が思うような自殺ではない。
なぜなら、死亡した佐竹はあの日、俺と会う約束をしており、彼は有力な証言を得られるでしょう、とまで言ったのだ。
これから死のうとする者のセリフなんかではない。だが佐竹は死んだ。
しかも自宅からあんなに遠く離れた所で。なぜだ?
タイミングが悪すぎる・・・・・・。なぜ、俺と会う前に死んだのだ。
―この事件は、単純なものではない。きっと二年前の事件が絡んでいる、のではないか、そんな風に思う。
増井病院で亡くなった中西守。それから足田で亡くなった佐竹。二つの事件に共通項はあるのか。
しかし、二つの事件現場には、犯人と思われる遺留品などの物的証拠に繋がるものは、殆んど残ってはいなかった。
なにより本部が乗り込んで来た理由も不明だ。確かに事件の当日、俺と会う約束があった、というのを伝えはしたが、本部の連中は未だ半信半疑のまま。
奴らが来た本当の理由は、佐竹が一千万円を横領した件ではなかろうか。だから共同捜査本部が設置されたのだろう。
では、仮に俺の立てた憶測が合っていたのなら、犯人は衝動的な犯行ではなく、秩序型の犯行に思える。
なぜなら計画的で、証拠を遺留しないよう配慮のできる、言ってみれば、自制心のとれた知能犯だからだ。
それでは、犯人像は?
年齢、性別、社会経済的な地位、職歴、学歴は?
そして、犯罪歴はあるのか。それから犯行現場と移住地の関係は?
まったく関係のない所であれば、あんな山奥まで行った理由、それから移動手段は何だったのか。
う~ん手懸りがなさすぎて、調べることや考えなければならないことが山ほどある。
板垣が唸っていると、この部屋にもう一人の男が入ってきた。
「板垣さん」
額に傷痕の残る若い男がやってきた。
「やっと見つけた。もう、探しましたよ」
学生の頃、柔道部に在籍しており、その試合で負った傷だそうだ。愛知県警から配属されたエリートで、この事件でパートナーを組むことになった愛知県警察本部 刑事部捜査一課 巡査部長の北川太一だ。
エリートはここ、所轄で大手柄を上げることを目標として仕事に邁進する。
例えば警察功労賞などを受けて、一階級、上階級への昇任を目指すのだ。
きっと彼もそのはず。だから所轄の人間の目の輝きとは違う。
そして、その所轄の警部補板垣に宛がわれた任務は、彼の道案内人でしかない。
「エリートが来た」
ようやく板垣は顔を上げた。
「何をしていたんですか?」
「昨夜の事件のことを考えていたんだよ」
「実際、あれは自殺という線で捜査は進められていますよ」
北川が隣に座ると、板垣は首を振った。
「え、板垣さんは、そうは思っていない?」
「ああ」
「では、他殺と踏んでいるのですか?」
「俺個人的には、な」
板垣は言った。
「それには根拠もある。会議でも言ったが、昨夜、本当に、その死亡した佐竹宣夫と会う約束をしていたんだ。偶然にしては、話しが出来過ぎだとは思わんか?」
「そうですよね。会う、約束を・・・・・・」
北川は言った。
「ですが本部の方は、その意見を重要視してないんですよね」
「本部の捜査は見落としが多い」
「そうでしょうか」
「ところで、俺が二年前の事件を追っていることは知っているよな」
「ええ。増井病院で中西守さんが亡くなった事件ですよね。それは病院側の過失だったということで捜査は打ち切られていますが、板垣さんだけは、他殺だと踏んでいる」
「一言多い」
「済みません」
この男は、俺の意見に耳を傾けてくれる。だから悪い気はしない。
「俺は今まで、単独で二年間、地取捜査に動態調査、それらをずっと続けてきたよ。
中西守が入院していた増井病院、当時そこで入院していた人間、病院関係者などに聞き込みを続けて、な。
でも、芳しい情報は掴めなかった。だが、佐竹宣夫の息子がいたんだよ。その子は当時喘息で入院していたんだが・・・・・・」
「それで、その子と会う約束を取り付けたわけですね」
「そうだ。だが佐竹宣夫は俺と会う前に、亡くなった」
板垣は言った。
「彼は言っていたんだ―」
「何と?」
「きっと有力な証言が得られることでしょう、と」
「どういうことでしょうか?」
「事件について、何か知っていたのではないか、と思うんだ。でも、死人に口なしだ。
結局、俺と会う前に彼は亡くなった。こうしちゃおれん」
板垣はそう言って、椅子から立ち上がった。
「何処に行くのですか?」
「ちょっと、な」
「まだあの事件にこだわっているんですね」
「きっと二年前の事件と繋がりがある。俺にはそう思えてならん。本部は自殺の件を調べればいいさ。だが俺は他を調べてみる」
「板垣さん」
北川が呼び止めた。
「私も手伝います。一人よりも二人の方が何かといいのでは。そうですよね。
とにかく、単独で動かれるのは、困りますからね。本部になんと報告すればいいのやら。僕らはパートナーなんですよ。捜査は二人一組と決まっているんですから、ああ、待って下さいよ」
「うるさい奴だな」
板垣は、振り返って北川を見た。そして一人で肯いた後、手でついてこい、と合図を送った。
「何処に行くのですか?」
「中西守は、名東大学を卒業している。そこに行って、先ずはその名簿を手に入れようと思うんだ。そして、何者かに憎まれてはいなかったか、聞き込みをするんだよ」
「その当時の同窓生に当たるわけですね」
「ああ。それから俺にはちょっと気になることもあるんだ」
北川は、板垣の顔を覗き込むようにして見た。
「夫人が言っていたことだが・・・・・・」
「それはどんな言葉ですか?」
「あの人は、ずっと家族に言えない何かを隠していた、というセリフが妙に気になるんだよ。
だから光子と結婚する前のことでも調べてみようかな、と思ってね」
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