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第1章 未来拒絶のクアドログラム
『殻の勇者』アルタルフ②
「……そんなに見たいの? 見てもどうしようもないと思うけど」
「いや。この国が何に熱中しているのか、余は知りたいのだ」
「そう。……仕方ないわね」
「ん? おお――っ」
シリウスの足が宙に浮く。飛行するための魔術は使用していないが、僅かに――、具体的にはシャーミアの首元と同じ高さぐらいにまでは視線が上がっていた。
「……無理して抱き抱えなくてもよいのだぞ?」
「別に無理してないわよ。というか、アンタ軽すぎ。ちゃんとご飯食べなさいよね」
「これでも食事の量は増やしているつもりなのだが」
そんな話をしているといよいよ観衆の注目の対象がやってくる。騎士らしき甲冑を纏った人間が人混みを掻き分けて、通路を確保しているようだった。
「……参ったな。まだ見えぬ。人間は大きいな」
「アンタが小柄すぎるだけよ」
「――そうだ、シャーミア。隣の童がしてもらっておるやつをやろう。そうすれば余でも見えるはずだ」
「見たところ五歳ぐらいの子どもと同じ感じで肩車されるの、プライドとかないの?」
「ない。プライドでは欲は満たせぬからな」
「分かったわよ。やればいいんでしょ……」
抱えていたシリウスを一度降ろし、そのまま肩車の姿勢に入る。そうして、シャーミアが立ち上がると同時に、視界が一気に広がった。
瞳に映るのは、一か所に視線を向ける群衆と、その先にいる騎士たち。それと一台の馬車だった。
派手を通り越して無駄な装飾が散りばめられたその馬車に屋根はない。だがそのおかげで、これだけの人気を集める中心人物をすぐに見つけられた。
と、同時にシリウスの双眸が見開かれる。
「彼奴は――」
無造作に伸ばした黒髪に、手入れもされていない無精ひげ。不健康そのものな贅肉が豪奢な衣服に乗っかっており、とてもではないが品性の欠片も感じさせない。
しかし現にこれほどの人気がある。その男には、カリスマ性があるのかもしれなかった。
そして、シリウスはその彼を知っていた。
「この国にいる『殻《かく》の勇者』、アルタルフよ」
シャーミアのその言葉で答え合わせはできたものの、目の前を通り過ぎていく勇者の雰囲気と昔見たその者の相貌とで齟齬が生じている。
「十年前と、全然違う気がするのだが……」
「あたしに言われても分かんないわよ。ちょっと太ったんじゃない?」
「いや、肥えたという問題ではない気が……」
十年前の記憶では、彼は確かに髪は伸ばしていたし髭も生やしていたが、それでもそこまで酷くはなかった。多少手入れはされていたように思う。
だが今の彼からはそういった努力の跡のようなものが見られなかった。
その変遷に戸惑っている間に勇者の行列は通り過ぎていき、やがて先ほどまでの雑踏が戻ってくる。
「……どう? 見てもどうしようもなかったでしょ?」
シリウスを地面に降ろした彼女が、苦笑いでそう言った。
確かにシャーミアの言う通り、その姿を見たところで何も変化はない。
あの日見た勇者たちの姿を克明に記憶しているシリウスが、必死に願った勇者のその首。目の前、手の届く範囲には触れたものの、しかし実際に手は出せなかった。
それは、周囲の目があったから。無関係な人間が大勢いたから。
その程度の障害で殺せないと判断してしまうほどに、自らの憎悪は薄くなってしまったのかと思った。
きっと昔の自分ならば、問答無用で首を取りに行っていただろうとも、思える。
果たして、憎しみの業火は弱くなってしまったのかと、そう問われれば答えは否だ。
「――いや、見ることができて良かった」
父を死に追いやった勇者を見て、胸の内に蔓延るのは黒い感情。燻る火種に油を注いだかのように、隠れていたそれは炎上し、不定形な傷となり染み込んでいく。
感情というものの把握が苦手だったが、しかしそれだけは長年付き合ってきて最早融合し一体となった闇の負債。
今なお、体を蝕み続けるそれが熱を帯びて全身で沸き立ち、存在を主張し始めるのが分かる。
記憶が叫ぶ。父と勇者の声を、光景を、あの日のことを、忘れさせないために。
だから改めてシリウスは、そう思うことができるのだった。
――ああ、やはり勇者が憎い、と。
「いや。この国が何に熱中しているのか、余は知りたいのだ」
「そう。……仕方ないわね」
「ん? おお――っ」
シリウスの足が宙に浮く。飛行するための魔術は使用していないが、僅かに――、具体的にはシャーミアの首元と同じ高さぐらいにまでは視線が上がっていた。
「……無理して抱き抱えなくてもよいのだぞ?」
「別に無理してないわよ。というか、アンタ軽すぎ。ちゃんとご飯食べなさいよね」
「これでも食事の量は増やしているつもりなのだが」
そんな話をしているといよいよ観衆の注目の対象がやってくる。騎士らしき甲冑を纏った人間が人混みを掻き分けて、通路を確保しているようだった。
「……参ったな。まだ見えぬ。人間は大きいな」
「アンタが小柄すぎるだけよ」
「――そうだ、シャーミア。隣の童がしてもらっておるやつをやろう。そうすれば余でも見えるはずだ」
「見たところ五歳ぐらいの子どもと同じ感じで肩車されるの、プライドとかないの?」
「ない。プライドでは欲は満たせぬからな」
「分かったわよ。やればいいんでしょ……」
抱えていたシリウスを一度降ろし、そのまま肩車の姿勢に入る。そうして、シャーミアが立ち上がると同時に、視界が一気に広がった。
瞳に映るのは、一か所に視線を向ける群衆と、その先にいる騎士たち。それと一台の馬車だった。
派手を通り越して無駄な装飾が散りばめられたその馬車に屋根はない。だがそのおかげで、これだけの人気を集める中心人物をすぐに見つけられた。
と、同時にシリウスの双眸が見開かれる。
「彼奴は――」
無造作に伸ばした黒髪に、手入れもされていない無精ひげ。不健康そのものな贅肉が豪奢な衣服に乗っかっており、とてもではないが品性の欠片も感じさせない。
しかし現にこれほどの人気がある。その男には、カリスマ性があるのかもしれなかった。
そして、シリウスはその彼を知っていた。
「この国にいる『殻《かく》の勇者』、アルタルフよ」
シャーミアのその言葉で答え合わせはできたものの、目の前を通り過ぎていく勇者の雰囲気と昔見たその者の相貌とで齟齬が生じている。
「十年前と、全然違う気がするのだが……」
「あたしに言われても分かんないわよ。ちょっと太ったんじゃない?」
「いや、肥えたという問題ではない気が……」
十年前の記憶では、彼は確かに髪は伸ばしていたし髭も生やしていたが、それでもそこまで酷くはなかった。多少手入れはされていたように思う。
だが今の彼からはそういった努力の跡のようなものが見られなかった。
その変遷に戸惑っている間に勇者の行列は通り過ぎていき、やがて先ほどまでの雑踏が戻ってくる。
「……どう? 見てもどうしようもなかったでしょ?」
シリウスを地面に降ろした彼女が、苦笑いでそう言った。
確かにシャーミアの言う通り、その姿を見たところで何も変化はない。
あの日見た勇者たちの姿を克明に記憶しているシリウスが、必死に願った勇者のその首。目の前、手の届く範囲には触れたものの、しかし実際に手は出せなかった。
それは、周囲の目があったから。無関係な人間が大勢いたから。
その程度の障害で殺せないと判断してしまうほどに、自らの憎悪は薄くなってしまったのかと思った。
きっと昔の自分ならば、問答無用で首を取りに行っていただろうとも、思える。
果たして、憎しみの業火は弱くなってしまったのかと、そう問われれば答えは否だ。
「――いや、見ることができて良かった」
父を死に追いやった勇者を見て、胸の内に蔓延るのは黒い感情。燻る火種に油を注いだかのように、隠れていたそれは炎上し、不定形な傷となり染み込んでいく。
感情というものの把握が苦手だったが、しかしそれだけは長年付き合ってきて最早融合し一体となった闇の負債。
今なお、体を蝕み続けるそれが熱を帯びて全身で沸き立ち、存在を主張し始めるのが分かる。
記憶が叫ぶ。父と勇者の声を、光景を、あの日のことを、忘れさせないために。
だから改めてシリウスは、そう思うことができるのだった。
――ああ、やはり勇者が憎い、と。
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