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第4話 諦めていた幸せに、手を伸ばす
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夕方。
テレビでは夕方のニュースが流れていたが、
音は絞られ、ほとんど響いていなかった。
窓の外から赤い光が射し込み、
部屋の隅にどこか懐かしい色を落としていた。
かつてゴミ袋が放置されていたテーブルの上には、
今はスーパーの袋と並んで、整えられた皿とコップが置かれている。
床にも散乱していた衣類がなくなり、
埃をかぶっていた窓際も、どこか拭かれたように綺麗になっていた。
何も言わずにいたが、
この部屋の小さな変化が、ほんのわずかな“兆し”のように感じられた。
そんな中、美咲がソファに座ったまま、不意に言う。
「……久しぶりに、二人で買い物でも行かない?」
俺は空き缶を無意識に指で転がしながら、
「今さら何を……」とぼやく。
でも美咲は小さく笑い、「行こうよ」と立ち上がった。
その笑みに、逆らえなかった。
◇
夕方の道を二人で歩く。
スーパーへ向かうこの道も、
以前は通勤帰りの人たちでごった返していた。
今は、歩道の隅に古い自転車が倒れたままになっている。
街路樹の根元に空き缶が積まれているけど、
大輔と美咲はいつものように、無言で歩幅を合わせて進んだ。
スーパーの自動ドアが静かに開く。
買い物カゴを取って、美咲が先に進む――
その一連の流れは、何も変わらない。
だが、カゴを手に店内を歩くと、
棚の間に人影はなく、
総菜コーナーには冷めたコロッケや乾いた唐揚げが少しだけ残っている。
美咲が、昔の癖で
「あ、半額シール貼ってあるよ」
と小さく笑う。
昔も、こうやって二人で何かを選んでいた。
でも今は選べるほどの品数はない。
袋にいくつか入れるだけで、買い物が終わる。
レジ前。
かつては「ポイントカードどこ?」と探したり、
並ぶ人の声が賑やかだった。
今は無人レジのピッという音だけ。
外に出ると、
シャッター街の向こうに、赤い夕日が沈みかけている。
俺も美咲も、
会話は多くないけれど、
歩くペースも、息の仕方も、なぜか前と同じだった。
「静かだね……」
美咲のその一言で、
いつもの帰り道が、少しだけ遠くなったような気がした。
◇
部屋に戻ると、二人で無言のまま惣菜を皿に分ける。
使い慣れたカトラリーやコップは、どれも前と同じ場所にしまわれている。
以前はもっと賑やかにテレビの音が流れていた。
今日は音をほとんど消して、
窓の外に沈む夕焼けの色だけが部屋を照らしていた。
美咲がテーブルの向かいに座る。
「こんなふうに座るのも、久しぶりだね」
そう言って少しだけ笑う。
俺も「……‘っぽい’な」と返すが、
それ以上は言葉にならない。
お互い、食卓に箸を伸ばし、
冷えたコロッケをそっと割る。
温めるのも億劫で、そのまま口に入れた。
前は、スーパーの総菜の味にあれこれ文句を言い合っていた。
「今日の唐揚げはしょっぱい」とか、
「やっぱり自分で作ったほうが美味いな」とか。
今日は、黙ったまま食べるだけ。
でも、不思議とそれが辛いわけじゃなかった。
無言で並ぶ食卓が、妙に落ち着いていた。
夕方の光が、食卓と、
並んだ二人の横顔をゆっくり包んでいく。
まだ壊れてはいない。
けれど、何かが少しずつ変わっていく気配だけが、静かに漂っていた。
◇
「……ちょっと前までさ」
美咲がぽつりと口を開く。
目線は手元の惣菜の皿。
「2人で結婚しようって、冗談みたいに言い合ってたよね」
俺はは箸を止めて、美咲の横顔をちらりと見る。
「……実は、私あの頃から気持ち変わってないの」
美咲はそう言って、俯いたまま小さく笑う。
その声はいつもより少しかすれていて、
美咲は手でそっと顔を覆った。
肩が小さく震えている。
「…私、まだあなたを愛しているみたい」
しばらく何も言葉がなかった。
ただ、美咲のすすり泣くような息遣いと、
薄暗い部屋の静けさだけが続いた。
◇
美咲が顔を覆って泣いている。
俺はただ、どうしたらいいかも分からず、その姿を見ていた。
気づいたら、
「……僕と結婚してくれませんか」
って、考えるより先に言葉が出ていた。
その瞬間、胸の奥が熱くなって、
気づけば自分の目もじわっと滲んでいた。
――こんな世界になってから、
幸せを願うことも、
誰かと真剣に向き合うことも、
全部怖くなって、
最初から諦めて投げ出してた。
どうせ終わるなら、
何も信じず、何も期待せずにいた方が楽だと、
自分に言い聞かせていた。
……でも、もう自分には嘘をつけなかった。
みっともないのに、涙が止まらない。
思わず袖で顔をこすって、「いや、これは違う、そんな……」と
変な言い訳をしたくなる。
「別に泣いてるわけじゃないし……」
声が情けなく震えて、余計にごまかせない。
でも、
どれだけ言い訳しても、涙はどうしようもなかった。
美咲が顔を上げて、
目を真っ赤にしながら、
――ほんとうにきれいな顔で、俺を見て、
「……うん」
って小さく笑ってくれた。
その一言で、
なんだか全部どうでもよくなって、
嬉しさと恥ずかしさと愛しさとが一気に溢れてきて、
俺は鼻をすすりながら、
「ほんと、もう、なんだよ、俺……」と
情けなく笑うしかなかった。
◇
翌日の夕方。
昨日あれほど散らかっていたテーブルの上は、
いつになく片付いていた。
俺と美咲は、妙に落ち着かない気持ちで、
互いに目を合わせてはすぐそらしていた。
窓の外は相変わらず鈍い赤で、
世界の終わりみたいな静けさだった。
――コン、コン。
規則正しいノックが響く。
俺が玄関のドアを開けると、
また、白川と黒瀬が並んで立っていた。
白川は、いつも通りの穏やかな微笑みで「改めてお話を……」と言いかけた。
でも、その言葉を遮るように、
俺と美咲がほぼ同時に口を開く。
「「お願いします」」
自分でも驚くくらい、すんなり声が出た。
白川は一瞬だけ目を見開いて、
すぐに深く、丁寧に礼をした。
黒瀬はその横で、一瞬きょとんと固まる。
すぐに、はっとして背筋を伸ばし、
「はい、承知いたしました」と小さく呟いて頭を下げた。
ドアが閉まったあと、
俺は美咲と顔を見合わせて、
思わず照れくさく笑ってしまった。
まだ少し夢みたいな気分が、
部屋の中に残っていた。
テレビでは夕方のニュースが流れていたが、
音は絞られ、ほとんど響いていなかった。
窓の外から赤い光が射し込み、
部屋の隅にどこか懐かしい色を落としていた。
かつてゴミ袋が放置されていたテーブルの上には、
今はスーパーの袋と並んで、整えられた皿とコップが置かれている。
床にも散乱していた衣類がなくなり、
埃をかぶっていた窓際も、どこか拭かれたように綺麗になっていた。
何も言わずにいたが、
この部屋の小さな変化が、ほんのわずかな“兆し”のように感じられた。
そんな中、美咲がソファに座ったまま、不意に言う。
「……久しぶりに、二人で買い物でも行かない?」
俺は空き缶を無意識に指で転がしながら、
「今さら何を……」とぼやく。
でも美咲は小さく笑い、「行こうよ」と立ち上がった。
その笑みに、逆らえなかった。
◇
夕方の道を二人で歩く。
スーパーへ向かうこの道も、
以前は通勤帰りの人たちでごった返していた。
今は、歩道の隅に古い自転車が倒れたままになっている。
街路樹の根元に空き缶が積まれているけど、
大輔と美咲はいつものように、無言で歩幅を合わせて進んだ。
スーパーの自動ドアが静かに開く。
買い物カゴを取って、美咲が先に進む――
その一連の流れは、何も変わらない。
だが、カゴを手に店内を歩くと、
棚の間に人影はなく、
総菜コーナーには冷めたコロッケや乾いた唐揚げが少しだけ残っている。
美咲が、昔の癖で
「あ、半額シール貼ってあるよ」
と小さく笑う。
昔も、こうやって二人で何かを選んでいた。
でも今は選べるほどの品数はない。
袋にいくつか入れるだけで、買い物が終わる。
レジ前。
かつては「ポイントカードどこ?」と探したり、
並ぶ人の声が賑やかだった。
今は無人レジのピッという音だけ。
外に出ると、
シャッター街の向こうに、赤い夕日が沈みかけている。
俺も美咲も、
会話は多くないけれど、
歩くペースも、息の仕方も、なぜか前と同じだった。
「静かだね……」
美咲のその一言で、
いつもの帰り道が、少しだけ遠くなったような気がした。
◇
部屋に戻ると、二人で無言のまま惣菜を皿に分ける。
使い慣れたカトラリーやコップは、どれも前と同じ場所にしまわれている。
以前はもっと賑やかにテレビの音が流れていた。
今日は音をほとんど消して、
窓の外に沈む夕焼けの色だけが部屋を照らしていた。
美咲がテーブルの向かいに座る。
「こんなふうに座るのも、久しぶりだね」
そう言って少しだけ笑う。
俺も「……‘っぽい’な」と返すが、
それ以上は言葉にならない。
お互い、食卓に箸を伸ばし、
冷えたコロッケをそっと割る。
温めるのも億劫で、そのまま口に入れた。
前は、スーパーの総菜の味にあれこれ文句を言い合っていた。
「今日の唐揚げはしょっぱい」とか、
「やっぱり自分で作ったほうが美味いな」とか。
今日は、黙ったまま食べるだけ。
でも、不思議とそれが辛いわけじゃなかった。
無言で並ぶ食卓が、妙に落ち着いていた。
夕方の光が、食卓と、
並んだ二人の横顔をゆっくり包んでいく。
まだ壊れてはいない。
けれど、何かが少しずつ変わっていく気配だけが、静かに漂っていた。
◇
「……ちょっと前までさ」
美咲がぽつりと口を開く。
目線は手元の惣菜の皿。
「2人で結婚しようって、冗談みたいに言い合ってたよね」
俺はは箸を止めて、美咲の横顔をちらりと見る。
「……実は、私あの頃から気持ち変わってないの」
美咲はそう言って、俯いたまま小さく笑う。
その声はいつもより少しかすれていて、
美咲は手でそっと顔を覆った。
肩が小さく震えている。
「…私、まだあなたを愛しているみたい」
しばらく何も言葉がなかった。
ただ、美咲のすすり泣くような息遣いと、
薄暗い部屋の静けさだけが続いた。
◇
美咲が顔を覆って泣いている。
俺はただ、どうしたらいいかも分からず、その姿を見ていた。
気づいたら、
「……僕と結婚してくれませんか」
って、考えるより先に言葉が出ていた。
その瞬間、胸の奥が熱くなって、
気づけば自分の目もじわっと滲んでいた。
――こんな世界になってから、
幸せを願うことも、
誰かと真剣に向き合うことも、
全部怖くなって、
最初から諦めて投げ出してた。
どうせ終わるなら、
何も信じず、何も期待せずにいた方が楽だと、
自分に言い聞かせていた。
……でも、もう自分には嘘をつけなかった。
みっともないのに、涙が止まらない。
思わず袖で顔をこすって、「いや、これは違う、そんな……」と
変な言い訳をしたくなる。
「別に泣いてるわけじゃないし……」
声が情けなく震えて、余計にごまかせない。
でも、
どれだけ言い訳しても、涙はどうしようもなかった。
美咲が顔を上げて、
目を真っ赤にしながら、
――ほんとうにきれいな顔で、俺を見て、
「……うん」
って小さく笑ってくれた。
その一言で、
なんだか全部どうでもよくなって、
嬉しさと恥ずかしさと愛しさとが一気に溢れてきて、
俺は鼻をすすりながら、
「ほんと、もう、なんだよ、俺……」と
情けなく笑うしかなかった。
◇
翌日の夕方。
昨日あれほど散らかっていたテーブルの上は、
いつになく片付いていた。
俺と美咲は、妙に落ち着かない気持ちで、
互いに目を合わせてはすぐそらしていた。
窓の外は相変わらず鈍い赤で、
世界の終わりみたいな静けさだった。
――コン、コン。
規則正しいノックが響く。
俺が玄関のドアを開けると、
また、白川と黒瀬が並んで立っていた。
白川は、いつも通りの穏やかな微笑みで「改めてお話を……」と言いかけた。
でも、その言葉を遮るように、
俺と美咲がほぼ同時に口を開く。
「「お願いします」」
自分でも驚くくらい、すんなり声が出た。
白川は一瞬だけ目を見開いて、
すぐに深く、丁寧に礼をした。
黒瀬はその横で、一瞬きょとんと固まる。
すぐに、はっとして背筋を伸ばし、
「はい、承知いたしました」と小さく呟いて頭を下げた。
ドアが閉まったあと、
俺は美咲と顔を見合わせて、
思わず照れくさく笑ってしまった。
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