終焉世界で『ウエディング』を

のるん

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第4話 諦めていた幸せに、手を伸ばす

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夕方。
テレビでは夕方のニュースが流れていたが、
音は絞られ、ほとんど響いていなかった。

窓の外から赤い光が射し込み、
部屋の隅にどこか懐かしい色を落としていた。

かつてゴミ袋が放置されていたテーブルの上には、
今はスーパーの袋と並んで、整えられた皿とコップが置かれている。

床にも散乱していた衣類がなくなり、
埃をかぶっていた窓際も、どこか拭かれたように綺麗になっていた。

何も言わずにいたが、
この部屋の小さな変化が、ほんのわずかな“兆し”のように感じられた。

そんな中、美咲がソファに座ったまま、不意に言う。
「……久しぶりに、二人で買い物でも行かない?」

俺は空き缶を無意識に指で転がしながら、
「今さら何を……」とぼやく。

でも美咲は小さく笑い、「行こうよ」と立ち上がった。

その笑みに、逆らえなかった。



夕方の道を二人で歩く。
スーパーへ向かうこの道も、
以前は通勤帰りの人たちでごった返していた。

今は、歩道の隅に古い自転車が倒れたままになっている。

街路樹の根元に空き缶が積まれているけど、
大輔と美咲はいつものように、無言で歩幅を合わせて進んだ。

スーパーの自動ドアが静かに開く。
買い物カゴを取って、美咲が先に進む――
その一連の流れは、何も変わらない。

だが、カゴを手に店内を歩くと、
棚の間に人影はなく、
総菜コーナーには冷めたコロッケや乾いた唐揚げが少しだけ残っている。

美咲が、昔の癖で
「あ、半額シール貼ってあるよ」
と小さく笑う。

昔も、こうやって二人で何かを選んでいた。
でも今は選べるほどの品数はない。
袋にいくつか入れるだけで、買い物が終わる。

レジ前。
かつては「ポイントカードどこ?」と探したり、
並ぶ人の声が賑やかだった。
今は無人レジのピッという音だけ。

外に出ると、
シャッター街の向こうに、赤い夕日が沈みかけている。

俺も美咲も、
会話は多くないけれど、
歩くペースも、息の仕方も、なぜか前と同じだった。

「静かだね……」

美咲のその一言で、
いつもの帰り道が、少しだけ遠くなったような気がした。



部屋に戻ると、二人で無言のまま惣菜を皿に分ける。
使い慣れたカトラリーやコップは、どれも前と同じ場所にしまわれている。

以前はもっと賑やかにテレビの音が流れていた。
今日は音をほとんど消して、
窓の外に沈む夕焼けの色だけが部屋を照らしていた。

美咲がテーブルの向かいに座る。
「こんなふうに座るのも、久しぶりだね」
そう言って少しだけ笑う。

俺も「……‘っぽい’な」と返すが、
それ以上は言葉にならない。

お互い、食卓に箸を伸ばし、
冷えたコロッケをそっと割る。
温めるのも億劫で、そのまま口に入れた。

前は、スーパーの総菜の味にあれこれ文句を言い合っていた。
「今日の唐揚げはしょっぱい」とか、
「やっぱり自分で作ったほうが美味いな」とか。

今日は、黙ったまま食べるだけ。

でも、不思議とそれが辛いわけじゃなかった。
無言で並ぶ食卓が、妙に落ち着いていた。

夕方の光が、食卓と、
並んだ二人の横顔をゆっくり包んでいく。

まだ壊れてはいない。
けれど、何かが少しずつ変わっていく気配だけが、静かに漂っていた。



「……ちょっと前までさ」
美咲がぽつりと口を開く。
目線は手元の惣菜の皿。

「2人で結婚しようって、冗談みたいに言い合ってたよね」

俺はは箸を止めて、美咲の横顔をちらりと見る。
「……実は、私あの頃から気持ち変わってないの」

美咲はそう言って、俯いたまま小さく笑う。

その声はいつもより少しかすれていて、
美咲は手でそっと顔を覆った。
肩が小さく震えている。

「…私、まだあなたを愛しているみたい」

しばらく何も言葉がなかった。
ただ、美咲のすすり泣くような息遣いと、
薄暗い部屋の静けさだけが続いた。



美咲が顔を覆って泣いている。
俺はただ、どうしたらいいかも分からず、その姿を見ていた。

気づいたら、

「……僕と結婚してくれませんか」

って、考えるより先に言葉が出ていた。

その瞬間、胸の奥が熱くなって、
気づけば自分の目もじわっと滲んでいた。

――こんな世界になってから、
幸せを願うことも、
誰かと真剣に向き合うことも、
全部怖くなって、
最初から諦めて投げ出してた。

どうせ終わるなら、
何も信じず、何も期待せずにいた方が楽だと、
自分に言い聞かせていた。

……でも、もう自分には嘘をつけなかった。

みっともないのに、涙が止まらない。
思わず袖で顔をこすって、「いや、これは違う、そんな……」と
変な言い訳をしたくなる。

「別に泣いてるわけじゃないし……」
声が情けなく震えて、余計にごまかせない。

でも、
どれだけ言い訳しても、涙はどうしようもなかった。

美咲が顔を上げて、
目を真っ赤にしながら、
――ほんとうにきれいな顔で、俺を見て、

「……うん」
って小さく笑ってくれた。

その一言で、
なんだか全部どうでもよくなって、
嬉しさと恥ずかしさと愛しさとが一気に溢れてきて、
俺は鼻をすすりながら、

「ほんと、もう、なんだよ、俺……」と
情けなく笑うしかなかった。



翌日の夕方。
昨日あれほど散らかっていたテーブルの上は、
いつになく片付いていた。
俺と美咲は、妙に落ち着かない気持ちで、
互いに目を合わせてはすぐそらしていた。

窓の外は相変わらず鈍い赤で、
世界の終わりみたいな静けさだった。

――コン、コン。

規則正しいノックが響く。

俺が玄関のドアを開けると、
また、白川と黒瀬が並んで立っていた。

白川は、いつも通りの穏やかな微笑みで「改めてお話を……」と言いかけた。

でも、その言葉を遮るように、
俺と美咲がほぼ同時に口を開く。

「「お願いします」」

自分でも驚くくらい、すんなり声が出た。

白川は一瞬だけ目を見開いて、
すぐに深く、丁寧に礼をした。

黒瀬はその横で、一瞬きょとんと固まる。
すぐに、はっとして背筋を伸ばし、
「はい、承知いたしました」と小さく呟いて頭を下げた。

ドアが閉まったあと、
俺は美咲と顔を見合わせて、
思わず照れくさく笑ってしまった。

まだ少し夢みたいな気分が、
部屋の中に残っていた。
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