終焉世界で『ウエディング』を

のるん

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第3話 写真一枚に、何が残る?

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午前か午後かも分からないほど、灰色の空だった。

部屋の中は息が詰まるような静けさで、俺はテレビの音量も上げず、ただ壁のシミをぼんやり見ていた。

――コン、コン。
昨日と同じ、規則正しいノックの音が響いた。

一瞬、誰かが来る理由が思い浮かばなくて、何度目かの現実逃避みたいに耳を塞ぎたくなった。

それでも、体は勝手に立ち上がる。
ドアのスコープ越しに覗くまでもなく、もう“あいつら”だと分かった。

「……また来たのかよ」

ドアを開けると、やっぱり白川と黒瀬が並んでいた。

白川は昨日とまったく同じ、あの穏やかな微笑みを浮かべている。黒瀬は相変わらず表情が硬い。
「改めて、お二人にお話を」

それだけを言って、深くも浅くもない絶妙な角度で頭を下げる。

俺は何も言わず、そのまましばらく無言で向き合った。

中に入る様子も見せず、白川は“待つ側”の余裕で立ち続ける。

俺の方が落ち着かなくなって、思わず声を荒げた。

「……もういいです、帰ってください。」

意外だったのか、白川はほんの一瞬だけ微細に表情を曇らせた。

その一瞬の“ほころび”を見て、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。



その場に妙な沈黙が落ちた。
白川は相変わらず穏やかに微笑んでいて、微動だにしない。

白川の隣の黒瀬がちらりと彼を見上げたあと、意を決したように一歩前に出た。

少し早口になりながら、硬さの残る声を絞り出す。
「すみません、
本当に無理にというつもりじゃなくて……」

年齢は自分と同じくらいに見えるのに、
黒のスーツと窮屈そうなパンプスが彼女を必要以上に硬くしている。

若さと不器用さが滲む仕草だった。
黒瀬は手にした小さなメモ帳の角を指先でいじりながら、精一杯、誠実に続けた。

「少しだけ……お話の機会をいただけないでしょうか。
本当に、どんな形でも構いませんので……。」

その真面目な声音が、逆に鬱陶しく感じられた。
俺は低く言葉を遮った。

「いや、だからいいって。
説明も結構だし、帰ってくれ。」

黒瀬が一瞬たじろいだように立ち止まり、
口を噤んだ。
肩がわずかに落ちて見えた。

「そこをなんとか……」

黒瀬が最後に絞り出すように言ったが、
もう聞く気になれなかった。

「いいから、帰ってくれって。」

俺がそう言い切ったときだった。

「……ちょっと待って。」

背後から、美咲の声がした。
予想外だった。

美咲がこちらに歩み寄り、俺を軽く脇に避けて立つ。

「理由だけ……聞かせてください。」

白川が微かに目を見開き、すぐに穏やかな笑みを取り戻した。
深く頷くと、ゆっくりと口を開く。

「ありがとうございます。」

少し間を置いて、白川は俺と美咲をまっすぐに見た。

「これは……宗教等の信仰の話ではありません。……自己満足でも…ないつもりです。」

声は落ち着いていて、妙に澄んでいた。

「これは、僕個人の……どうしようもなく泥臭い信念なんです。」

その言葉に、黒瀬も横でわずかに背筋を伸ばした。

さっきまで硬くて不器用に見えた彼女が、
今だけは真っ直ぐにこちらを見ていた。



「……僕の話で恐縮なんですが。」

白川はふいに目線を落とし、少しだけ声の調子を落とした。

これまでの無欠の笑顔が、ほんの一瞬だけ揺れる。

「僕は――物心がつく前に両親を事故で亡くしました。」

その言葉が落ちるまで、妙な静けさが部屋を満たす。

「二人のこと、正直ほとんど覚えていないんです。
どんな声だったのか、どんな笑い方をしたのかも分からない。
……ただ、ひとつだけ。どうしても手放せなかったものがありました。」

白川は、胸ポケットにそっと手を入れる。
わずかに手元が震えているように見えた。
この男に初めて隙ができたような気がした。

「それが――両親の“結婚式の写真”です。」

写真を取り出すその所作は、
さっきまでの無駄のない動きと違って、どこかぎこちなかった。

「……人生には、どうしようもなく理不尽なことが起きる。
納得できない別れも、突然すぎて受け止められないことも。」

写真を両手で包み込みながら、
白川は少し俯いた。

「……でも、この写真の中の二人だけは、
“絶対に幸せだった”って、僕には分かるんです。」

その時、白川の声が、かすかに震えた。

今まで一度も崩れなかった“完璧”が、ほんの少しだけ割れる音がした気がした。

白川は、その写真を俺たちの前に、少しだけ震える手でそっと差し出した。

「……僕は、結婚式という形式に、それだけの力があると――信じてるんです。
どんな未来や過去が不本意に奪われても、この“瞬間があった”という証だけは消せない。
だから……僕はこの仕事を、何があってもや
められないんです。」

色あせて、角が丸まった一枚の古い“写真”。

でも、その中で『微笑む二人の顔』は、なぜか今も鮮やかで。
“今”だけは、確かにここにあるように感じた。

「――結婚式は、未来のためだけのものじゃない。
今この瞬間を、“永遠“にするための儀式だと、僕は思っています。」

俺も美咲も、何も言えずにその写真を見つめていた。

胸の奥で、何かが静かに揺れるのを感じていた。



しばらく沈黙が続いた。

写真を見つめているうちに、白川がどこか恥ずかしそうに視線を落とし、
小さくうつむいた。

「……失礼しました。今日は、これで失礼します」

そう言うと、白川は少しぎこちない手つきで写真を胸ポケットにしまう。

微妙に照れたような仕草は、今までの研ぎ澄まされた所作と違って、やけに人間くさかった。

黒瀬が一礼し、二人は静かにドアの向こうへ消えていく。

扉が閉まると、残されたのはさっきの写真と、妙な余韻だけだった。

ふと横を見ると、美咲がうつむいたまま、手の甲でそっと頬をぬぐっていた。
涙の跡が一筋、静かに残っている。

俺はそれを見ても、何も言えなかった。
胸の奥で、“さっきの写真“の二人の笑顔だけが、じんわりと揺れていた。

俺たちだって、まだ幸せになれるのだろうか。
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