終焉世界で『ウエディング』を

のるん

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第2話 愛なんて、もう意味ねえだろ 

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名刺を渡したあとも、白川は微笑みを崩さなかった。  

玄関先に立つ姿勢はまっすぐで、まるでこれが“いつもの仕事”だと言わんばかりだった。
その場にだけ澄んだ空気が満ちているような違和感。 

そして隣の若い女性も続いて名刺を丁寧に渡してきた。"黒瀬"というらしい。
 
部屋の埃臭さと、外の腐ったゴミの匂いすら届かない隔絶感。

この状況を、どこまで理解しているのか――  
そんな疑念が喉まで上がってきたとき、白川が口を開いた。

「私ども、株式会社レーヴは、結婚式を執り行う者です。……こんな世の中でも。」

妙に落ち着いた声だった。  
声だけ聞けば優しさすら滲んでいたが、  
その言葉は、この部屋の空気にどうしても馴染まなかった。

沈黙の中で、美咲が低く言った。  
かすれてはいたが、しっかりとした語気だった。

美咲はテーブルの端で指先を強く握っていた。その白い指が、小さく震えて見えた。

「……何考えてんですか、こんな世界で。」

まっとうな反応だった。  
普通ならこの一言で、さすがに戸惑いを見せるはずだ。 
 
だが白川は変わらなかった。  
あの完璧すぎる無駄のない動きで、ごく自然に一歩だけ前に出る。

深くもなく浅くもない、計算され尽くした角度の会釈。

それが――逆に気味が悪かった。

何かがズレてる。  
この男は、この世界の絶望を本当に理解してるのか。

そう思った瞬間、声が出た。

「なんだよ、お前ら。」

自分の声が喉の奥で少し割れた。  
けれど、吐き出したことでようやくこの部屋が現実に戻った気がした。



白川はそのまま言葉を続けた。  
声色も表情も変えず、まるで“昨日も、明日も、何十回でもこれを言っている”ような当たり前の語り口だった。

「結婚式は、未来を約束するものではありません。  
たとえこの世界が終わっても――  
“ここに確かに愛があった”という形式だけは残せます。」

声に力はない。けれど、妙に澄んでいて、心地よい響きを持っていた。  
だからこそ、その言葉の内容が不気味なほど浮いて見えた。

部屋の中に一瞬、奇妙な静けさが流れた。  
外では風にゴミ袋が転がる音がしたが、その音すら遠く感じる。

何を言っているのか、分からなかった。  
“愛”だの“形式”だの――それがどれほど虚ろなものか、今の俺たちは知っていたはずなのに。

横目で見ると、美咲が苦笑いを浮かべていた。  
声にはならないが、皮肉っぽく口元だけが歪んでいた。  
その苦笑に、俺は内心で同調する。

そうだ。  
こいつらの言葉なんて、現実離れしてる。  
正気のフリして、どこかが壊れてる。

白川は微笑みを崩さずに、さらに言った。

「こんな世の中なので、お代などいただくつもりはございません。
ご希望であれば、すぐにでもお手伝いできます。
近隣の式場でしたら、まだ美しく整えられています。」


隣の黒瀬が、小さく頭を下げた。  
その仕草は硬く、どこか不器用で、  
けれど彼女の眼差しだけは揺らぎなく真剣だった。

その真剣さが――逆に痛かった。

俺は煙草の苦味を強く感じながら、  
ようやく喉の奥から声を絞り出した。

「――頭おかしいだろ、お前ら。」

たった一言。  
だが、それはこの部屋で初めて吐き出された“拒絶”だった。

それと同時に、この薄暗い部屋にようやく現実の温度が戻ってきた気がした。



俺は無意識に名刺をテーブルに放り投げた。  
あまりに場違いで、あまりに滑稽で。 

横目で見ると、美咲が肩をすくめる。  
その仕草はまるで、壊れた笑いを隠すかのようだった。
「結婚式って……こんな世界で?」

俺は正面の二人を見据えた。  

「愛なんか、もう意味ねえだろ。  
未来が終わった世界で……何が式だよ。
…もう帰ってくれよ……」

言葉が吐き捨てるようにこぼれた。  

なのに声には、もう怒りすら宿っていなかった。  
空虚さだけが、滲んでいた。

白川は、それでも微笑んでいた。  
俺の嘲笑も、拒絶も、まるで織り込み済みだとでも言わんばかりに。

「畏まりました。また明日伺います。」

声色も崩れず、ただ完璧に礼をする。  

白川は、その所作すら磨かれた動きで名刺を拾い上げ、  
何ひとつ乱さず踵を返した。

背後の黒瀬だけが、ドアの前で一瞬だけ振り返った。 
 
その眼差しには……言葉にできない微かな“不安”が宿っていた。

ドアが静かに閉まったあと、部屋の中にはしばらく重い沈黙が落ちた。  

背後のテレビだけが、無機質な声で崩壊しつつある世界を淡々と語り続ける。

物流の滞り、治安悪化、暴動の兆候……  
つい数分前までの異様な訪問者たちが、  
あの無駄のない所作でこの部屋に立っていたことが嘘のようだ。

「本当になんだったんだよ……」

呟きが無意識に口から漏れた。

ソファに身を預けた美咲が、肩を小さく揺らして微笑む。
  
けれど、その笑みはどう見ても強がりにしか見えなかった。

「ねえ……大輔。」

不意に名前を呼ばれて、俺は横目で美咲を見た。  
彼女は窓の外をじっと見つめたまま、声を落とす。

「でも、私たちだって……まともじゃないよね、もう。」

その言葉は、意外なほど冷静だった。  
けれど、胸に刺さるものがあった。

俺の視線も自然と外に移った。  
割れたコンビニのガラス、散乱したゴミ袋、  
信号を無視して道路を横切る人影。  

誰も止まらない。  
誰も見ていない。

「今の私たち……生きてるって言えるのかな。」

小さな声だったが、  
いつもの美咲の声より、ずっと重かった。

答えられなかった。
俺たちはこの三ヶ月、ただ息をしているだけだった。 
 
それが“生きている”と言えるのかどうかすら、もう分からない。

部屋に残ったのは沈黙だけだった。
 さっきの白川の言葉が、妙に澄んで耳に残っていた。
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