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第6話 ここだけは壊させない
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チャペルの中は、どこか非現実的な静けさに包まれていた。
白川は祭壇の前で、一本ずつロウソクの芯を整えている。
黒瀬は椅子の並びを確かめ、ドライフラワーのブーケの埃をそっと払う。
俺と美咲は、指示を受けて飾り付けや小物の配置を手伝っていた。
窓の外からは、遠くで誰かが怒鳴る声や割れた瓶の音がかすかに聞こえてくる。
それでも、このチャペルの中だけは別世界のように整然としていた。
美咲がふと手を止めて、小声で呟く。
「……意外と、綺麗になるもんなんだね」
俺は彼女の横顔を見て、
「どんな場所でも、こうやって誰かが整えてるんだな」
と返す。
白川は一切の無駄なくロウソクを並べ終えると、静かに振り返った。
「世界がどうなろうと、式の美しさは、必ず守れます」
黒瀬は小さく頷いて、再び椅子の間を丁寧に磨く。
外のざわめきと、この空間の静謐さ――
そのコントラストが、より一層この場所を神聖に思わせた。
誰も無駄なことは言わず、ただ黙々と準備だけが進んでいく。
◇
バージンロードの花びらを並べていたとき――
チャペルの扉が、いきなり乱暴に開かれた。
「おい、マジで人いるじゃん!」
「なんだこれ……式の準備とかしてんの?ウケる」
若い男たちが3、4人、騒がしく入ってくる。
誰もマスクもせず、汚れたスニーカーでずかずかと踏み込んできた。
一人が笑いながらスマホを構え、
「記念に撮っとこ!やべえって、この時代に式場とか」
バージンロードを、わざとらしく靴で踏みつけて歩く。
もう一人が祭壇を指差して、
「なあ、こっちも飾り付けしてるし。ガチじゃん」
と言いながら、祭壇のドライフラワーに手を伸ばそうとする。
「やめてください」
思わず俺が声を出すと、男たちは一斉にこちらを見た。
「は?何で怒ってんの?まだ夢見てんのかよ、お前ら」
「こんな状況で式とか、頭湧いてんじゃね?」
美咲と黒瀬は固まったまま動けずにいる。
チャペルの空気に、急激に緊張が走った。
男たちは互いにニヤニヤしながら、
“やってること自体が間違いだ”と嘲るような視線を投げてきた。
◇
「これ、持って帰ろうぜ」
男が祭壇のドライフラワーに手を伸ばしかけた――
その手首を、白川が素早く掴んだ。
男が「は? なんだよお前」と低い声で睨みつける。
白川は、穏やかな表情を崩さない。
「ここには、触れないでください」
静かに、でも一歩も退かない声。
男が「離せよ」と力任せに手を引こうとする。
だが白川の指は緩まない。
相手の動きに合わせて、逆にじわりと力が強まる。
「――お下がりください」
その一言は決して大きくないのに、空気が張り詰める。
男はもう一度強く引こうとするが、
その手首が白川の手でがっちり固定され、わずかに痛みを感じて眉をしかめる。
「……チッ」
男が舌打ちし、ようやく自分から手を離す。
周囲の若者も、「やめとけよ……」と小声で呟く。
白川は、その一部始終を淡々と見届けると、
何事もなかったかのように祭壇の花を整え直す。
表情も声も乱れない。
でも、“絶対に譲らない”という意思が、確かに空気を支配していた。
俺も美咲も、ただその背中を見ているしかなかった。
◇
若者たちが去ったあと、
俺と美咲はしばらくその場から動けなかった。
胸の奥にはまだざわつくものが残っている。
けれど、それは恐怖じゃなかった。
美咲は白川の背中をじっと見つめ、
唇をぎゅっと噛んだまま、涙を堪えている。
俺はその横顔を見て、自然とうなずいた。
あの人は何があっても、
絶対にこの場所を、俺たちの式を壊させない――
それがはっきり伝わってきた。
白川は少しだけ振り返り、
「おふたりのための式ですから」
と穏やかに微笑む。
さっきまでの淡々とした所作の裏に、
“人としての熱”が滲んでいるのが分かった。
黒瀬も、無言のまま祭壇の花を整え、白川の隣に立つ。
“外の世界がどうなっても、ここにはちゃんと“居場所”がある”
そう実感できた瞬間だった。
式場には静けさが戻っていたが、
それはもう、さっきまでとはまったく違う意味を持っていた。
◇
祭壇の前。
白川は、落ちていたロウソクを拾い、そっと元の場所に戻した。
黒瀬は椅子の列をひとつずつ整え直し、祭壇のブーケも手早く整える。
俺と美咲も自然とその流れに加わった。
床のゴミを拾い、乱れたクロスを伸ばし、椅子をひとつ動かす。
美咲が、ふと俺に微笑む。
俺は小さくうなずいた。
「ここだけは、守ろう」
白川は俺たちの方に静かに目を向け、深く頷いた。
「大丈夫です。必ず、お二人のための式を整えます」
その言葉に、胸が熱くなった。
少しずつ、祭壇や椅子、花の並びが元通りに整っていく。
祭壇の中央――
白川がふいに、指で小さな“誓いの指輪”を確認している。
美咲が床のゴミを拾いながら、手を止め、こちらを見て頷いた。
(ここはただの場所じゃない。
これはただの儀式じゃない――)
この場所は、もうただ守られているだけじゃない。
俺たち自身の場所になった。
夕陽がチャペルの床を染める頃、
そこには穏やかな静寂だけが戻っていた。
白川は祭壇の前で、一本ずつロウソクの芯を整えている。
黒瀬は椅子の並びを確かめ、ドライフラワーのブーケの埃をそっと払う。
俺と美咲は、指示を受けて飾り付けや小物の配置を手伝っていた。
窓の外からは、遠くで誰かが怒鳴る声や割れた瓶の音がかすかに聞こえてくる。
それでも、このチャペルの中だけは別世界のように整然としていた。
美咲がふと手を止めて、小声で呟く。
「……意外と、綺麗になるもんなんだね」
俺は彼女の横顔を見て、
「どんな場所でも、こうやって誰かが整えてるんだな」
と返す。
白川は一切の無駄なくロウソクを並べ終えると、静かに振り返った。
「世界がどうなろうと、式の美しさは、必ず守れます」
黒瀬は小さく頷いて、再び椅子の間を丁寧に磨く。
外のざわめきと、この空間の静謐さ――
そのコントラストが、より一層この場所を神聖に思わせた。
誰も無駄なことは言わず、ただ黙々と準備だけが進んでいく。
◇
バージンロードの花びらを並べていたとき――
チャペルの扉が、いきなり乱暴に開かれた。
「おい、マジで人いるじゃん!」
「なんだこれ……式の準備とかしてんの?ウケる」
若い男たちが3、4人、騒がしく入ってくる。
誰もマスクもせず、汚れたスニーカーでずかずかと踏み込んできた。
一人が笑いながらスマホを構え、
「記念に撮っとこ!やべえって、この時代に式場とか」
バージンロードを、わざとらしく靴で踏みつけて歩く。
もう一人が祭壇を指差して、
「なあ、こっちも飾り付けしてるし。ガチじゃん」
と言いながら、祭壇のドライフラワーに手を伸ばそうとする。
「やめてください」
思わず俺が声を出すと、男たちは一斉にこちらを見た。
「は?何で怒ってんの?まだ夢見てんのかよ、お前ら」
「こんな状況で式とか、頭湧いてんじゃね?」
美咲と黒瀬は固まったまま動けずにいる。
チャペルの空気に、急激に緊張が走った。
男たちは互いにニヤニヤしながら、
“やってること自体が間違いだ”と嘲るような視線を投げてきた。
◇
「これ、持って帰ろうぜ」
男が祭壇のドライフラワーに手を伸ばしかけた――
その手首を、白川が素早く掴んだ。
男が「は? なんだよお前」と低い声で睨みつける。
白川は、穏やかな表情を崩さない。
「ここには、触れないでください」
静かに、でも一歩も退かない声。
男が「離せよ」と力任せに手を引こうとする。
だが白川の指は緩まない。
相手の動きに合わせて、逆にじわりと力が強まる。
「――お下がりください」
その一言は決して大きくないのに、空気が張り詰める。
男はもう一度強く引こうとするが、
その手首が白川の手でがっちり固定され、わずかに痛みを感じて眉をしかめる。
「……チッ」
男が舌打ちし、ようやく自分から手を離す。
周囲の若者も、「やめとけよ……」と小声で呟く。
白川は、その一部始終を淡々と見届けると、
何事もなかったかのように祭壇の花を整え直す。
表情も声も乱れない。
でも、“絶対に譲らない”という意思が、確かに空気を支配していた。
俺も美咲も、ただその背中を見ているしかなかった。
◇
若者たちが去ったあと、
俺と美咲はしばらくその場から動けなかった。
胸の奥にはまだざわつくものが残っている。
けれど、それは恐怖じゃなかった。
美咲は白川の背中をじっと見つめ、
唇をぎゅっと噛んだまま、涙を堪えている。
俺はその横顔を見て、自然とうなずいた。
あの人は何があっても、
絶対にこの場所を、俺たちの式を壊させない――
それがはっきり伝わってきた。
白川は少しだけ振り返り、
「おふたりのための式ですから」
と穏やかに微笑む。
さっきまでの淡々とした所作の裏に、
“人としての熱”が滲んでいるのが分かった。
黒瀬も、無言のまま祭壇の花を整え、白川の隣に立つ。
“外の世界がどうなっても、ここにはちゃんと“居場所”がある”
そう実感できた瞬間だった。
式場には静けさが戻っていたが、
それはもう、さっきまでとはまったく違う意味を持っていた。
◇
祭壇の前。
白川は、落ちていたロウソクを拾い、そっと元の場所に戻した。
黒瀬は椅子の列をひとつずつ整え直し、祭壇のブーケも手早く整える。
俺と美咲も自然とその流れに加わった。
床のゴミを拾い、乱れたクロスを伸ばし、椅子をひとつ動かす。
美咲が、ふと俺に微笑む。
俺は小さくうなずいた。
「ここだけは、守ろう」
白川は俺たちの方に静かに目を向け、深く頷いた。
「大丈夫です。必ず、お二人のための式を整えます」
その言葉に、胸が熱くなった。
少しずつ、祭壇や椅子、花の並びが元通りに整っていく。
祭壇の中央――
白川がふいに、指で小さな“誓いの指輪”を確認している。
美咲が床のゴミを拾いながら、手を止め、こちらを見て頷いた。
(ここはただの場所じゃない。
これはただの儀式じゃない――)
この場所は、もうただ守られているだけじゃない。
俺たち自身の場所になった。
夕陽がチャペルの床を染める頃、
そこには穏やかな静寂だけが戻っていた。
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