終焉世界で『ウエディング』を

のるん

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第6話 ここだけは壊させない

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 チャペルの中は、どこか非現実的な静けさに包まれていた。

 白川は祭壇の前で、一本ずつロウソクの芯を整えている。  
 黒瀬は椅子の並びを確かめ、ドライフラワーのブーケの埃をそっと払う。

 俺と美咲は、指示を受けて飾り付けや小物の配置を手伝っていた。  
 窓の外からは、遠くで誰かが怒鳴る声や割れた瓶の音がかすかに聞こえてくる。  
 それでも、このチャペルの中だけは別世界のように整然としていた。

 美咲がふと手を止めて、小声で呟く。  
「……意外と、綺麗になるもんなんだね」

 俺は彼女の横顔を見て、  
「どんな場所でも、こうやって誰かが整えてるんだな」  
と返す。

 白川は一切の無駄なくロウソクを並べ終えると、静かに振り返った。  
「世界がどうなろうと、式の美しさは、必ず守れます」

 黒瀬は小さく頷いて、再び椅子の間を丁寧に磨く。

 外のざわめきと、この空間の静謐さ――  
 そのコントラストが、より一層この場所を神聖に思わせた。

 誰も無駄なことは言わず、ただ黙々と準備だけが進んでいく。



 バージンロードの花びらを並べていたとき――  
 チャペルの扉が、いきなり乱暴に開かれた。

 「おい、マジで人いるじゃん!」  
 「なんだこれ……式の準備とかしてんの?ウケる」

 若い男たちが3、4人、騒がしく入ってくる。  
 誰もマスクもせず、汚れたスニーカーでずかずかと踏み込んできた。

 一人が笑いながらスマホを構え、  
「記念に撮っとこ!やべえって、この時代に式場とか」  
バージンロードを、わざとらしく靴で踏みつけて歩く。

 もう一人が祭壇を指差して、  
「なあ、こっちも飾り付けしてるし。ガチじゃん」  
と言いながら、祭壇のドライフラワーに手を伸ばそうとする。

 「やめてください」  
 思わず俺が声を出すと、男たちは一斉にこちらを見た。

 「は?何で怒ってんの?まだ夢見てんのかよ、お前ら」  
 「こんな状況で式とか、頭湧いてんじゃね?」

 美咲と黒瀬は固まったまま動けずにいる。  
 チャペルの空気に、急激に緊張が走った。

 男たちは互いにニヤニヤしながら、  
 “やってること自体が間違いだ”と嘲るような視線を投げてきた。



「これ、持って帰ろうぜ」
男が祭壇のドライフラワーに手を伸ばしかけた――

その手首を、白川が素早く掴んだ。

男が「は? なんだよお前」と低い声で睨みつける。
白川は、穏やかな表情を崩さない。

「ここには、触れないでください」
静かに、でも一歩も退かない声。

男が「離せよ」と力任せに手を引こうとする。
だが白川の指は緩まない。  
相手の動きに合わせて、逆にじわりと力が強まる。

「――お下がりください」
その一言は決して大きくないのに、空気が張り詰める。

男はもう一度強く引こうとするが、  
その手首が白川の手でがっちり固定され、わずかに痛みを感じて眉をしかめる。

「……チッ」
男が舌打ちし、ようやく自分から手を離す。

周囲の若者も、「やめとけよ……」と小声で呟く。

白川は、その一部始終を淡々と見届けると、  
何事もなかったかのように祭壇の花を整え直す。

表情も声も乱れない。
でも、“絶対に譲らない”という意思が、確かに空気を支配していた。

俺も美咲も、ただその背中を見ているしかなかった。



若者たちが去ったあと、  
俺と美咲はしばらくその場から動けなかった。

胸の奥にはまだざわつくものが残っている。  
けれど、それは恐怖じゃなかった。

美咲は白川の背中をじっと見つめ、  
唇をぎゅっと噛んだまま、涙を堪えている。

俺はその横顔を見て、自然とうなずいた。
あの人は何があっても、  
絶対にこの場所を、俺たちの式を壊させない――  
それがはっきり伝わってきた。

白川は少しだけ振り返り、  
「おふたりのための式ですから」
と穏やかに微笑む。

さっきまでの淡々とした所作の裏に、  
“人としての熱”が滲んでいるのが分かった。

黒瀬も、無言のまま祭壇の花を整え、白川の隣に立つ。

“外の世界がどうなっても、ここにはちゃんと“居場所”がある”
そう実感できた瞬間だった。

式場には静けさが戻っていたが、  
それはもう、さっきまでとはまったく違う意味を持っていた。



祭壇の前。  
白川は、落ちていたロウソクを拾い、そっと元の場所に戻した。

黒瀬は椅子の列をひとつずつ整え直し、祭壇のブーケも手早く整える。

俺と美咲も自然とその流れに加わった。  
床のゴミを拾い、乱れたクロスを伸ばし、椅子をひとつ動かす。

美咲が、ふと俺に微笑む。  

俺は小さくうなずいた。  
「ここだけは、守ろう」

白川は俺たちの方に静かに目を向け、深く頷いた。  
「大丈夫です。必ず、お二人のための式を整えます」

その言葉に、胸が熱くなった。

少しずつ、祭壇や椅子、花の並びが元通りに整っていく。

祭壇の中央――  
白川がふいに、指で小さな“誓いの指輪”を確認している。

美咲が床のゴミを拾いながら、手を止め、こちらを見て頷いた。

(ここはただの場所じゃない。  
これはただの儀式じゃない――)

この場所は、もうただ守られているだけじゃない。  
俺たち自身の場所になった。

夕陽がチャペルの床を染める頃、  
そこには穏やかな静寂だけが戻っていた。
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