腕まくり助産師〜異世界の母子は私が守る!その前に自分の身も守らせて!〜

ミラクリッド零式

文字の大きさ
8 / 131

8.心優しき大男

しおりを挟む
 私が婚姻を承諾した翌日のことだった。

 いつもの団欒の最中に、急に畏まったロワさんが私の両手をとった。雲の切れ間から月の光が溢れ出す。

「レン、話がある」

「はい、なんでしょうか? 」

「お前が気にしていた異世界の所持品についてだが……」

「ああ、そんなこともありましたね。それで見つかったのでしょうか? 」

 異世界に連れてこられてすぐにロワさんに存在を確認したが、そんな物は無いと断言されたのを思い出す。ロワさんが隠しておきたいなら私は別に構わない。財布の中には免許証やカードが、バッグの中にはスマホが入っていた。そして初月給で買った母とお揃いの自転車。元の世界ではとても重要な物ばかりだが、この世界で使用することはないだろう。いや、やろうと思えばこの世界でオーバーテクノロジーを使用して優位に立てるかもしれない。

 だが、私はそれをしない。

「お前には謝らなければならない。私はお前の所持していた物を隠したのだ。手元になければ、里心もつきにくいと考えてな……。しかし、私は間違っていた。お前のような人間に嘘を吐くなど愚かしいことをしてしまった」

 うな垂れるように屈み込んだロワさんは、少し悲しそうに見えた。

「許してくれとは言わない。私は婚姻を迫るため、お前を謀ったのだ。そんな私をレン、お前は選んでくれた。その気持ちに報いたいのだ。所持品は森から持ち帰り管理している。望むなら全てを返そう」

 そんなことだろうと思ってました。とは言わないでおこう。ロワさんはとても真摯な態度をとってくれたのだ。一時は元の世界に戻してくれようとしていたくらいだ。所持品を隠したのも、思い余っての行動だろう。私はそんなロワさんが可愛く見える。たとえ、剃り上げた頭頂部に月が反射していても……。

「正直にお話しくださってありがとうございます。私も所持品の行方は気になっていました。ですが――」

 ここで言葉を切って、ロワさんの手を握り返す。しかとアイスブルーの瞳を見返せば驚きで小さく揺れた。

「先も言いましたように、私はこの世界で生きていくと決めました。元の世界に未練がないわけではありませんが、良いのです。所持品は全て処分してください。できれば、他人に悪用されないよう厳重にお願いします。所持品の中にはこの世界に無い方がよいものもありますので」

 私が強く握りしめた大きな手は少し逡巡した後、私を引き寄せた。豊かな眉に隠れがちな優しい瞳に感謝を浮かべ、私の手に触れるように口づけした。思いのほか熱い唇に、胸が締め付けられる。

「感謝する。愛しき娘よ」

 ロワさんの口から飛び出た言葉は、私の脈を乱れさせた。

 愛しきだなんて……本当に勘違いしてしまいそうになる

 この世界で生きていく上で、ロワさんに愛されたいと願うのは望みすぎだろうか。私も愛する努力をすると言ったが、既に私の胸はロワさんではちきれそうだ。

 私と同じ気持ちまでは求めないが、好意を抱いてくれているのは本当に嬉しい。婚姻を結び長い年月をかければ、夫婦らしく愛を育んでいけるかもしれない。

 少し将来の展望に希望が見えて嬉しくなった。



 濃い緑の息吹のなか、朝露に濡れる前庭は輝くばかりに美しい。あまり手を入れていない灌木は自由に枝を伸ばし生命を謳歌している。

 翌朝朝食前に前庭を散策していると、森に続く小道の方から髭もじゃの鬼人オーガもとい、ロワさんが歩いてきた。今朝は丸首袖なしの貫頭衣という出で立ちだ。長剣を携えていることから、鍛錬でもしてきたのかもしれない。実際、その逞しい両肩からは湯気が立ち上っていた。道で当然出会ったら、腰を抜かしてしまうだろう姿だが、私には心優しき熊に見える。

「ロワさん。おはようございます。とても気持ちの良い朝ですね」

 朝一でロワさんに会えたことが嬉しくて、スカートを絡げて走り寄ろうとすると、ロワさんは相変わらずの無表情のまま、手で私を制して大股でこちらに近づいて来た。

「足が冷えるぞ」

 側まで来ると、絡げていたスカートを丁寧に直される。

 足が冷えるって……子供じゃないんだから。それとも、いい歳の女がはしたないことをするなっていう意味なのかな?なんだか釈然としない。

「あ、ありがとうございます。ロワさんは森から来られましたが、鍛錬していたのですか?」

 そう問いかければ、彼は大きな体を屈めて胸ポケットから何かを取り出した。

「これを」

 ずいっと目の前に差し出されたのは一輪の小さな花だった。大きな指にようやく摘まれたような小さな小さな花だった。

 白い花弁に顔をちかづけると、嗅いだことのある甘い香りが鼻をくすぐった。少しローズマリーに似ているこれは――。

「夏漆だ」

 そういえば前にも見せてもらったことがあったのを思い出す。確か魔除けに使用するとか……。そんな花をなぜ摘んできてくれたのだろうか。早く受け取れとばかりに手を突き出すので、一輪の夏漆の花を受け取った。

「この花をわたしに? 」

「お前に似ている」

 嬉しさが胸に広がる反面、心の中で唸ってしまう。

 夏漆の多分小さくて可愛いところが似ている(自分で言っていて虚しいが)と言いたいのかもしれない。もしくは、魔除け的な意味合いも含んでいるのかもしれない。

 それにしても、ロワさん口下手過ぎる

 しかも、摘んできてくれた夏漆は茎の根元が潰れてしまっている。花なんて摘んだことないんだろう。

 でも……、でも。私にとってはどんなイケメン男性に貰う高級な花束よりも嬉しかった。不器用なロワさんが私を愛する努力を始めてくれたんだと思うと、目の奥が熱くなる。

 私もそれに応えないといけないだろう。

 しかし、その行為は仕方なくではない。私がそうしたいと望んで行うのだ。

 人を愛するということは、与えられることではなく与えることだと私が気づいたのは、もう少し後のことだった。


 青々と繁る木立の静寂が、私達を包む。小鳥のさえずりだけがいつまでも降り注いでいた。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...