腕まくり助産師〜異世界の母子は私が守る!その前に自分の身も守らせて!〜

ミラクリッド零式

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19.私が側にいます*

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 扉の向こうには、ベットが一台と仰臥位で呻く産婦さんがいた。さらに、布を抱えた粗末な服装の少女と、一つしかない椅子で鼾をかく老女がいた。

 あれ?お祖母さんなのかな?と思っていると、ミズルバさんがツカツカ近寄って肩を揺すった。

「ん…? なんだいあんた達は、ここは産室だよ! 関係ない奴は出て行きな!」

 老女からはプンとアルコールの匂いがした。

「この子の知り合いです。お産が進まず母子ともに危ないと聞いて参りました。どういった状況なのでしょうか?こちらにいらっしゃるお方にご説明してください」

「危ないのは確かだよ。昨日の日の入りから痛がってるが、子が生まれる感じがない。こればっかりはしょうがないんだよ。私らは子が出てくるのを待つだけさね」

 眠そうな顔で、どうでもいいような物言いに腹わたが煮え繰りかえる。

「こんばんは。どうやらあなたはしたたかに酔われているご様子。そのような有様では大切なお役目も果たせませんよ。どうぞお休みになっていてください! 」

 本当は叩き出してやりたかったが、ご家族が呼んだ産婆らしい。もしかして分娩介助技術は優れているのかもしれないが、酩酊している状態で今は役に立たない。とりあえず、ご家族に話して別室で休ませてもらった。

 邪魔者がいなくなったので、すぐに産婦さんに駆け寄り状態を見る。腹部の触診を行いながら陣痛の間に話しかける。

「初めまして、私はライナと呼ばれるものです。あなたの力になりに来ました。お名前を教えてください」

「わたし、ロミ……、本当にラ、イナ? 」

「そうです。私にはお産の知識と技術があります。お手伝いをさせていただきますね。大丈夫です。陣痛は確かに弱いですけど、胎動はしっかりしてます。一緒に頑張りましょう! 」

 そう励ますと、ぼんやりしていた瞳に微かに光が見えた。
 持参した手製トラウベ聴診器を救急箱から引っ張り出してお腹に当てる。

 うん、子宮収縮時(陣痛発作時)にも児心音は力強く聞こえ、徐脈(胎児心拍の減少)は無い。時計が無いので正確にはわからないが陣痛間欠は短い時もあり、全然こないこともあった。陣痛発作自体は長くて三十秒程で、陣痛開始が昨日の日の入りだとすると少なくとも二十四時間以上は経過している。

 完全に微弱陣痛で遷延分娩だ。

 その微弱陣痛の原因として考えられるのが、巨大児だ。大柄な旦那さんとは違い、産婦さんは小柄(一ハ◯センチくらいかな)だった。肌の色はやや薄く髪は薄茶で、多分ノーグマタではないのだろう。そしてそのお腹の大きさに驚いた。双子か! と思ったが、触診するとどうやら単胎らしい。しかも、児背じはいが触れず、上手く回旋できていない可能性がある。以前、ミズルバさんに聞いたところによると、こちらの世界でも妊娠期間は十月十日程のようだ。この産婦さんは産み月だというから三十七週から四十週くらいか。

「赤ちゃんの脈はしっかりしてます。後は赤ちゃんの向きが大切になるのですが、私が下から診察してもよろしいですか? 」

「赤ちゃん…元気…なら……お願いします。この子だけでも……」

「ロミさん、赤ちゃんもお母さんも無事にお産を乗り越えましょう! 疲れているとは思いますが、もうひと頑張りです」

 こういった時は、笑顔で励ます。痛みと疲労と孤独で憔悴しきった産婦さんにまだ頑張れとは酷な話だが、この世界では医療技術の助けは無い。なんとか頑張って出産してもらうしかないのだ。

「はい……」

 絶望していた瞳に力が戻るのを見て、ロミさんはまだ頑張れると確信した。

「ミズルバさん、温かくて甘みのある飲み物と栄養価の高い煮こごりのような食事を用意できますか? 飲み物はすぐに持ってきてください」

 ミズルバさんが準備のため退出した後、内診しようとして、少女の存在を思い出す。

「それで、あなたは? 」

 問うと、びくりとして縮こまった。

「安心して、酷いことしたりしないから。あなたは誰? なぜここにいるの? 」

「わっ、私はミーツです。産婆様の小間使いでございます」

 あの酔いどれ産婆の小間使いにしては、澄んだ目をしている。まだこの子の方が戦力になるだろう。

「ではミーツさん、お願いがあります。お家の人にお願いしてお湯を沸かしてもらってください。沸いたら熱めのお湯を盥に用意してもらえますか? 」

 瞳を見て穏やかに話せば、色黒の顔を輝かせた。

「わかりました! お任せください」

 ミーツは飛び跳ねるように走って行った。私は部屋の水差しで手を洗い、持参した火酒で消毒する。そして再度断りを入れて内診を行なった。

 やっぱり、大泉門が先進してる。小泉門は六時方向か……。

 回旋異常だ。通常、児は母体の背部方向を見ながら降りてくるが、ロミさんの赤ちゃんは母体の腹側を向いてしまっている。ただでさえ大きい児なのに回旋異常のために分娩が停止している。元の世界なら、レントゲン撮影で骨盤計測を行って児頭が陥入可能か調べたり、薬を使って陣痛を強めることもあるだろう。でも……何もない。

「ロミさん、赤ちゃんが少し出にくい姿勢のようです。出やすくなるよう体勢を変えましょう」

 陣痛の間に四つん這いになるよう誘導する。苦しくないように丸めた布団を抱かせた。後は、緊張と疲労で強張った身体を温めながらほぐしていく。

 しばらく四つん這いを続け、お湯が届いたら足浴をした。ミズルバさんに用意してもらったほんのり温かい果実汁と肉の煮こごりをなるべく摂取してもらう。

 私は片時も離れず、疼痛緩和マッサージと、子宮の循環促進のツボを刺激した。

 その頃になると、ユズルバさんとサノスさんも到着した。サノスさんには縫合の準備と薬湯を用意してもらった。ユズルバさんには、ガーゼや器具の煮沸を頼んだ。手の空いたミズルバさんに腰部のマッサージとツボ押しを代わってもらう。

 陣痛の間欠時には、ロミさんがうとうとできるよう配慮をして、体力の温存に努めた。今は待ちの時間だ。

 失ったエネルギーを補い、陣痛本来の強さを蘇らせるのだ。

 数時間ほど経っただろうか。

 足浴と栄養摂取が功を奏したのか、ロミさんの顔に赤みがさし、陣痛間隔も短く、発作は長くなってきた。

 よし、仕掛けよう。

 強くなった痛みに絶叫するロミさんを、穏やかに宥めながら呼吸法を教える。

「痛みは赤ちゃんを産むために必要なものです。太古から女性はこの痛みを乗り越えて来ました。ロミさん。怖がらないで大丈夫。身体を緩めて赤ちゃんを通りやすくしてあげましょう」

 手を握り繰り返し耳元に囁きながら、痛いであろう腰をマッサージする。すると、絶叫は小さくなってゆっくり深呼吸できるようになった。

 なんて素直で強い女性だろう。とんでもない恐怖だろうに、赤ちゃんのために頑張ってる。私はなにがなんでも二人の命を守らないといけない。

 落ち着いてきたロミさんに排尿を促した後、再度ベットで四つん這いになってもらった。

 まわれ、まわれ、赤ちゃん頑張って……!

 陣痛を強くするために、ロミさんに断って乳頭刺激も行なった。乳頭を刺激すると、オキシトシンという子宮収縮ホルモンが分泌されるのだ。

 時間にして一時間程度経っただろうか、再度内診すると、子宮口は全開していた。そしてありがたいことに、大きな児は正常に回旋して小泉門が先進していた! (児背が母体の腹側に向いている)しかもしっかり下降してきている! トラウベでの聴診も聞きづらくなってきて、陣痛発作時に軽度の徐脈も現れた。

「うう! 」

「いきみたくなってきましたよね。赤ちゃん順調に降りてきてますよ。もう少しで会えますからね! 側に来てもらいたい人はいますか? 私としても、どなたか家族の人にご尽力いただきたいのです」

「夫を……」

 ロミさんに立ち会い分娩の希望を聞く。この世界ではお産の場に夫が立ち会うことは無いらしい。しかし、彼女の希望を聞いてあげたかった。

「わかりました」

 ユズルバさんに、いきみ逃しのための肛門圧迫法を代わってもらって、私は旦那さんの所へ急いだ。

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