腕まくり助産師〜異世界の母子は私が守る!その前に自分の身も守らせて!〜

ミラクリッド零式

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47.水面に揺れる恋心

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 ここは宮殿内にある美しい池。その池に華奢な船を浮かべて、私と皇后様は内密な話をしているところだ。

 ためらいがちに口を開いた私に、皇后様はにこりと笑ってみせた。

「この際なんでも伺いますわ。もう一つの案とはいったい何かしら? どうぞ仰ってみて」

「では、皇后様も政治面での伴侶と割り切らずに、陛下との閨事をもう一度お試しになってみてはいかがでしょう? 」

「わっ、わたくし? 先程も言いましたように、わたくしは、お子を成して差し上げるというよりは、共に政まつりごとを行う伴侶として、役割を果たしたいと考えていますの。それに陛下としても、今更お抱きになりたいとは思えません」

「皇后様からお誘いになってみては? 」

 私がそう言うと、彼女は僅かに眉を寄せて首を振った。

「陛下は、考えの足りぬ人間をお嫌いになります。私は陛下に失望されぬよう常に政治を学び、努力し続けてまいりました。今更、女の部分を押し出したところで、陛下は落胆されるだけでしょう」

「考えすぎでは? 試しに、今度皇后様からお誘いしてみてください。男の方は、これ見よがしの誘いでも、ほいほい乗ってくると思います」

 少なくとも、ロワさんにそんな誘いをかけたら最後、ロワさんのロワさんと死闘を繰り広げることになる。

「ですから……わたくしには女性としての魅力など……」

 困り顔の皇后様は次第にもぞもぞとし始めた。やはり、政治のパートナーと割り切ってみたものの、陛下を心から愛してらっしゃるのだと理解した。お互い思い合っているのであれば、ちょっとしたきっかけで仲は深まると思うのだが。

 ふと、ロワさん達はどうしているのかと視線を巡らすと、二人とも舟が舫われていた場所にいた。ロワさんは腕組みをしたいつもの仁王立ちで、陛下もリラックスして立ち話をしているようだった。私がそちらを見ると、ロワさんが手を振ってくれた。もともと手を振るような人物でないだけに、なんだか気恥ずかしくて嬉しい。私も小さく振り返すと、遠目でもロワさんが喜んだのがわかった。そして、隣の陛下も手を振り始めると、ロワさんと何か言い合いになっているようだ……

 意外に仲良しだよね。

「親友とは素晴らしきもの、女のわたくしには超えられぬ壁も、友の前では無いにも等しいようですね」

 皇后様が少し寂しそうに仰ったその時、一匹の蜂が皇后様の目の前を横切った。

「きゃ」

 皇后様の黒い日傘に反応したのかもしれない。彼女は今までの冷静さが嘘のように、取り乱し船のヘリにしがみついた。皇后様は華奢だが、私よりは随分大きい。そんな彼女が突然船の片側に寄ったため、バランスを崩し、船が大きく揺れる。

「わわっとと!皇后様、落ち着いて」

「わっ、わたくし、蜂は駄目なんですの!」

 目をつぶって身を固くしてしまっている。とりあえず彼女が落ち着かないと、そのうち転覆するかもしれない。どうにかして落ち着かせようと、手を伸ばしたその時だった。

「レン!」

 遠くで力強い声がしたと思ったら、ザバンと盛大な水飛沫があがった。

「ちょ、ロワさん」

 凄い勢いでこちらに泳いで向かってきてくれているけど、波が凄い!

「わわ!皇后様危険です。立ち上がらないで! 蜂なら私がやっつけますから! きゃっ 」

 私の制止の言葉も虚しく、恐慌状態の皇后様と、打ち寄せる波のバランスの崩れから船は転覆した。

 ザブンと頭から水に落ちる。ぼぁんとしたのは、耳に水が入ったからだ。予想外な池への転落だが、私は意外と落ち着いていた。それは、ロワさんがすぐ近くにいるとわかっていたからと、池の透明度に圧倒されていたからだ。驚き逃げ散る魚達の白い腹が、キラキラと舞い踊る。

 綺麗……

 時間にして数秒だが、うっとり眺めていると、腰をぐいっと抱かれて水面に浮上させられた。

「ぷはっ」

 ロワさんの左腕には皇后様が既に抱えられている。
 全身ぐっしょりと濡れ、服はおろか鞄でさえ水没してしまったが、私はなんだか楽しかった。ジリジリと暑い日差しの中、透明な水に浸かるのは存外気持ちのいいものだ。

「レン、だいぶ深く沈んだようだが大丈夫か」

 ロワさんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「レン様、申し訳ありません。私が取り乱したばかりに、池に落としてしまいました。泳ぎに慣れないご様子ですのに、わたくしとしたらなんて事を……」

 皇后様は青い顔で両手を揉み絞っている。

「お二人とも、ご心配をかけてすみません。私、少しなら泳げます。池に落ちたのはびっくりしましたが、意外と気持ちいいなぁと思っていたのです。透明度も高いし、なんならもう少し泳いでいても良いくらいです」

 年甲斐もなくはしゃいで恥ずかしいことこの上ない。照れ隠しにえへへとわざと頭をかいて誤魔化した。

「……っふ、あはは」

 何故か皇后様が肩を震わせて笑い始めた。ロワさんもくっくと喉で笑っている。

「素敵な婚約者様ですね。総督閣下」

「ああ、時々野生の砂漠狸砂漠狸フマルのように、何をしでかすか目が離せませぬが」

 二人でうふふ、はははと笑いながら、ロワさんは岸へ我々を運んでくれた。池は深い所ではロワさんでも足がつかないため立ち泳ぎだったが、私達二人を抱えても笑っていられるロワさんって改めて凄いと思った。船着場では、心配顔の皇帝が待ってい――なかった。

「はっははは! 」

 ずぶ濡れの我々を見て大笑いする陛下は、年相応の若者に見えた。

「笑い事ではすまん。女性が池に落ちたのだぞ」

 ムッとしたロワさんは私達を抱えたまま、岸へ上がった。

「いや、すまぬすまぬ。ロワよ、お前の立てた波がなければ転覆はしなかったかもしれぬぞ? 」

 陛下は、ニヤリと笑いながら皇后様に手を差し伸べた。

「へっ、陛下。わたくしは濡れておりますゆえ、侍女をお呼びいただけたら歩いて参りますわ」

「馬鹿を申すな、そなたは我が皇后ぞ。ロワを見習い、妻を運ぶのも夫の務め。それに、そなた……蜂が恐ろしいのか? 」

「えっ、その、わたくし」

「別に恥じずとも良い。そなたには、恐ろしきものなど無いと思っておったのでな。可愛らしいではないか……月見草ラフラよ」

 途端に真っ赤になった皇后様を腕に抱きしめ、陛下は顔を寄せる。そして、二人にしかわからない言葉を交わしたようだ。

「レン、皇后の相談にのってもらい感謝する。では、お互い愛しき妻を暖めるとするか、ロワよ」

「言われるまでもない」

 どこか満足げな陛下は皇后様を腕に抱いたまま、専用の獣車に向かって行った。私と皇后様は急いで目礼を交わす。

 陛下のあのご様子ならば、皇后様との間にお子ができるのも遠くないかもしれない。

 良かったですね、皇后様。と心の中でそっと呟いた。


 私達もずぶ濡れのままでは、風邪をひきそうだ。帰りましょうと声をかけると、ロワさんは意気揚々と私と獣車に乗り込んだ。そして素早く長衣を脱ぎ捨てた。

 ?

「ロワさん? 」

 服が冷たくて不快だったのだろうか。私もできることなら早く脱ぎたい。ただでさえ、宮殿用の獣車の座席を濡らしてしまっている。美しい織物が台無しで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「レン、風邪をひく……私に暖めさせてくれ。さぁ、その濡れた衣を脱ぐといい」

 当然のことのように、私に向かって腕を伸ばすロワさんは、穏やかな表情で目には理性の輝きがあった。きっと本心から私を心配してくれているのだろう。まさか行きの獣車の時のように、揉みくちゃにはされまい。

「わかりました。お言葉に甘えようと思います。では、少しの間後ろを向いていていただけますか? 」

「も、もちろんだ! 」

 ? なにやら「やった!」という心の叫びが聞こえたような……

 ごそごそ服を脱いで下着だけになる。

「いいですよ、ロワさん」

「そうか!……」

 満面の笑みで振り返ったロワさんは、腕を広げたまま少し固まる。

「大概の獣車には緊急時用に、男女兼用の長衣がいくつか仕舞われているんですって。雨季になると突然の大雨になるそうですから。ユズルバさんに聞いておいて本当に助かりました」

「……そうか」

 ロワさんはシャンパンゴールドを額に張り付かせたまま、残念そうに眉を寄せた。そのしょぼんとした姿は、言葉にできないほど私には可愛らしく見えた。よーしよしと、褐色の大型動物を撫で回したい気持ちになる。

「私は着替えたので大丈夫ですが、ロワさんに合うサイズがありませんね。ロワさんが寒くなってはいけませんので――」

 ほら、っと私も手を広げた。

「私で暖がとれるかわかりませんが、よろしかったらどうぞ」

 そう言えば、ロワさんは目尻を赤くして頷くと、そっと私を抱きしめた。私が抱きしめられているのだが、気分的にはロワさんを抱いている感じだ。そして、すりっと頬を寄せられれば、私の理性が吹き飛びそうになる。

 大男の恥じらう姿なんて……

 可愛すぎか!!

 私は、心で絶叫しながら頭をグリグリロワさんの頬に擦りつけたのだった。


 ちなみに後日、マンドルガ辺境総督様が宮殿の池にも・飛び込んで泳ぎ回った。という噂が上流階級で流れたのだが、そこには皇后様や私の名前は出てこなかった。誰かが意図して情報を操作しているのだろう。あのニヤニヤ顔が眼に浮かぶ。

 こうして、ロワさんは宮殿でも池があれば飛び込んでしまう総督として、新たな伝説を作ったのだった。
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