本町さんの読書旅

アイララ

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第四幕-1

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「……報道部?」

大井町高校には、学校新聞があって。
発行元である報道部に突撃しようと、本町は相談してきた。
……今度は何の本を読んだんだ?

「そう。最近、九八四って小説を読んでね。最高。報道部で実際に試してみたい事があるの」
「それは分かるが……学校の中だろ? 俺に相談しなくても行けるじゃないか」
「折角なら一人より二人だし。仲間。それに、前永君と一緒なら上手く説明が出来るんじゃないかって」
「て事は……ただ、報道部を見に行くって訳じゃないな。本町、今度は何をやらかすつもりなんだ?」

報道部は、一応、俺も関わりがある。
入学してすぐ、物語の舞台の様な場所に突撃して問題を起こした本町と一緒に。
あの時の顔は、何て言うか……残念そうな者を見る目だったな。
大変でしたねと言ってくれたのは有難いが、実際の記事は只管に彼女への駄目出しで。
……もう一度、そこに向かうってのか。

「別に大した事じゃないけど、報道部でしか出来ない事だから。検証。本当なら新聞の会社とかに行きたかったけど……」
「……まぁ、真面な会社がお前の無茶ぶりなんか門前払いだろうな」
「そう! だからね、学校の報道部にしようと考えた訳。でもね、あそこまで悪く書かれてるのに頼めるか不安で……」

……何を頼みたいか知らないが、間違いなく怒られそうで。
そんな事を俺に頼むのもどうかと思うが、本町が直接、向かうのも不安ではある。
取り敢えず話を聞いて、上手く妥当な頼みに置き換えるのがいいだろう。
そう考えて、どんな頼みか聞く事にした。

「で、頼みってのは何だ? 試しに言ってみろ、俺がいい感じに伝えてやるから」
「ありがと、前永君。実はね……報道部に、新聞の捏造をして欲しいの。改竄。頼めるかな?」
「……先に俺へ話しておいて良かったな。間違いなく追い出されてたぞ」

本の内容が何だったのかは知らないが、間違いなく大問題になりそうで。
というか、目的が新聞の捏造って何なんだよ。
ジャーナリストとか報道する人を題材にした物語なら、寧ろ捏造を防ぐとかだろ。

「別に捏造って言っても、実際に学校で配る訳じゃないから。秘蔵。自分だけで楽しむし」
「だとしても、新聞を作ってる人が賛成するとは思えんぞ。下手すれば、また悪い様に書かれるし」
「だからね、前永君にこう、上手く、いい感じに伝えてくれないかなぁ~って」
「……無理だろ、それは」

頼みを上手く言い換えたりするにしても、その本筋が捏造なら。
報道部の人間が、俺達の言葉を聞く事は絶対にないだろう。
というか……俺も断りたい。
せめて、報道部で新聞の作り方を見るとかで我慢してくれないかな。

「というか、そもそも九八四って小説は何だ? どうして新聞の捏造って話になるんだよ」
「……興味出た?」
「悪い意味でな。取り敢えず、まずは物語の大筋だけでいいから教えてくれ」
「いいけど……その前に、前永君はディストピアって知ってる?」
「ディストピア? ……なんか聞いた事がある様な」

一つの国が独裁者に支配され、どこもかしこも監視され。
そんな状況で体制に疑問を持った主人公が、支配から逃れようとする話で。
……うん、確かそんな感じだった気がする。
大体、どんな感じか考えて、それを本町に尋ねてみると。

「正解。まぁ、正確な定義はもう少しあるんだけど、大体はそんな感じ。それで、九八四はディストピアという概念を作った最初の作品なの」
「成る程……つまり、九八四に出てくる独裁者の真似をして、どんな事を考えてるのか確かめてみたいと?」
「ん~、ちょっと違うかな。残念。真似をするのは主人公、報道部みたいに新聞を作って……は違うかな? 出来た新聞を改竄するって感じ?」
「感じ? ってなんだよ。随分と曖昧な答えじゃないか」
「ややこしい感じでね。疑問。体制側にいる人は皆、それを真実だと思ってるの。改竄された記録を」
「……無理だろ。改竄の記録は目の前に残ってるんだぞ? 仮に消したとしても、記憶は残ってるし」
「でしょ? だからね、独裁者はこう命令するの。改竄だし、それが真実だって」

……なんだろう、今までで一番、難解な話になってきたな。
改竄で、真実。
その言葉の意味を考えてみるも、どうにも頭に思い浮かばず。

「……ちょっと難しかったかな? 例えば、私は女子高生でしょ? けど独裁者が男子高生だと言えば、頭の中で女子高生だし男子高生って感じになって」
「……結論だけ言ってくれ。記憶の話は無視して、新聞の話だけ」
「もう少し話したかったけどなぁ……残念。兎に角、新聞を改竄して不都合な事を無くすって訳。例えば、私が前に工場に行ったでしょ」
「あぁ、高丸先生に怒られたヤツね」
「もし物語の中で私が独裁者なら、私は高丸先生に褒められたって書き換えるの。改竄。そしたら独裁者は安泰でしょ?」
「いや、無理だろ。誰もがそれを知ってるんだし……だから記憶の捏造って訳か」
「本の言葉で言えば、二重の考えって感じ。改竄される前も後も、どっちも正しいの」
「成る程な……でも、無理だろ」
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