大好きな乙女ゲームの世界に転生したぞ!……ってあれ?俺、モブキャラなのに随分シナリオに絡んでませんか!?

あるのーる

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2.バタバタ!入学までにもイベント盛りだくさん!

幕間 エドワード・フォーリン

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「……さて、少し話をしようか」

 明らかに頭の中を疑問でいっぱいにしたままのカノンが退室し、おいて行かれた執務室の中。残るように言われた俺は同じく部屋に残っている侯爵と向き合い、ぴしりと直立し言葉の続きを待っていた。
 そんな俺に楽にするよう侯爵は言い、素直にソファに座ったところで口火を切られる。

「先ほども説明したように、君にはカノンの婚約者となってほしい」
「建前で、ですね。正式に婚約を結ぶつもりはないんでしょう?」
「いや、正式にだ。しっかり届け出ておかないとかえって心証が悪くなる」
「しかし……それでは……」

 言いたいことは分かるのだが、素直に頷けない俺がいる。理由は、視界の端にチラリと映る黒い影。
 辺境伯はある国では公爵と同列に見られるほどに国にとって重要な立場であり、侯爵家と婚約しても見劣りするどころか場合によっては益にすらなるだろう。
 だが、それはちゃんと認められる辺境伯当主であるなら。ただでさえ「黒」に近い髪色ですら敬遠されるというのに漆黒、しかも得意属性は真っ当に闇属性という俺。そんな者と一時とはいえ婚約していたという事実があったなら、それは絶対にカノンの傷になる。

 そう、俺は辺境伯を継げる年齢になったらカノンとの婚約は解消されるのだと考えている。この婚約は俺を護るためのもの……という文面そのままを信じられるほど、俺に価値があるとは思っていない。何か侯爵家が得をする要素が必ずあるのだとは思うが、そのためにカノンの経歴を汚す必要はないはずだ。

 だというのに、『正式に』婚約をすると。確かに偽装では調べられた場合、侯爵家が辺境伯子息を捕らえているという悪評の方に信憑性が増してしまう。
 だけど、それでも……。

「悪いが、これは君のため、という訳ではないんだ」
「はい、分かってます。ですが」
「まあ聞いてくれ。実は、君にはカノンを護ってもらいたいんだ」
「カノンを? それは一体」
「……カノンは今、記憶喪失、ということになっている」
「”なっている”?」
「実際は成り代わり。カノンの中には、別の人格が入っている」
「……は?」

 予想通り俺に求めることがあったが、それよりも侯爵の話だ。
 別人だ、と言われれば思い当たることはある。昔の話を振ってもあまり反応は芳しくなかったし、なにより随分と性格が積極的になった。
 だけど、成り代わりとは……。かなり荒唐無稽な話ではある。

「……そう思い至った理由は」
「カノンが”記憶を失くした”と言ったのは、3年前。その倒れる前にある薬品を飲んでいたらしい」
「薬品、ですか」
「ああ。『魔女薬』というものだ。……知っているか?」
「一応……」

 魔力を有り余るほどに持っていると老化がゆっくりになることは理論上証明されており、それが極限まで遅くなった不老の存在、”魔女”。その魔女が自らの魔力を雫になるほど圧縮した、あらゆる願いを叶えられる液体と言われているのが『魔女薬』である。
 しかし、魔女の存在は眉唾物の空想のものだ。当然魔女薬なんてものは存在するはずもなく、出回っているものは少しばかり質のいい聖水が関の山。

 それがどうして、今話題に? もしかして……。

「カノンが、飲んだ物って……本物の?」
「可能性は高い」
「そんなはずは」
「まぁ、実際はどうだか分からないが。ただ僅かに残っていた液体を調べたところ、高濃度の魔力反応があった。並大抵の判定士じゃまともに測定できないくらいにな」
「っ、そんなもん飲んだら!」
「健康な人間でもしばらく寝込む代物、らしい。カノンであれば、ただではすまなかっただろう」
「……何故」

 それは、実質的な自殺、なのではないだろうか。魔力に反応しやすい体質のカノンが、高濃度の魔力を口に含むなど。
 いや、そうなったとしても叶えたい願いがあった? それとも、魔女薬とは知らされず?

「その時のカノンの考えは分からない。……今となっては知る術がないからな」
「……」

 俺の脳内を盗み見たように、侯爵は話す。その顔は寂し気であったが、しばしの後に寄せていた眉がふ、と緩んだ。

「だが、『彼』も大切な息子だと思っている。始めは全くの別人だと思っていたが……3年もの間、『カノン』として頑張ろうとしてくれている。もっとも甘いところも突拍子もないところもあるが」

 語る侯爵は、直に話題に出さなくともいなくなった本物の息子のことを偲んではいるのだろう。
 だが、それに折り合いをつけ、今のカノンに向き合おうとしている様子が見て取れた。

「……それで、俺はカノンに魔女薬を渡した人物から護ればいいんですね」
「話が早いな。そう、カノンがそれを入手したのは王都である、と我々はみている。依然正確な入手先は分からないが……カノンも後2年で学園に入学だ。今までは領地に留めておけたが、学園に行くとなるとそうもいかない」
「その、学園内での護衛として婚約者の俺が必要だと」
「ああ。学園に騎士など連れていけはしないが、婚約者であれば常に近くにいても問題はなく、部屋割りも融通が利くだろう。報告からして魔法もかなり使えるようだし、何よりここまで恩を売っておけば裏切ることもあるまい?」

 一度言葉を切り、こちらを伺うようにして見る侯爵。そもそもあの時匿ってくれた時点で俺は返しきれないほどの恩がカノンにあり、なにかされるまでもなく裏切るつもりなど毛頭ない。
 カノンの婚約歴が気がかりなのは変わらないが、俺がなにか抜け道を見つければいいだけの話だ。

「……分かりました。精一杯やらせていただきます」
「ありがとう。…………そして、すまなかったな」
「? 何がです?」

 ほっと安心したように体から力を抜いた侯爵。しかし再度顔を顰めて零した謝罪に、思い当たるものがなく俺は問い返した。

「私の方から前辺境伯に掛け合いカノンと友人になってもらったというのに、その後君たちのことをまったく気にかけていなかった」
「それは当然の事でしょう。そもそもカノン越しにしか接しておらず滅多に顔を合わせたこともなかったんですから、当主が変わったのは知れても俺たちがどうなったかなんて話までは届きません」
「そうではあるが……カノンが魔女薬を手に入れたのが王都、という話には、もう一つ根拠があるんだ」
「なんです?」
「王都で一人、同じような症状になった者がいた。彼女は第一王子の婚約者候補」
「……もしかして」
「私も、”候補”といいつつ一人しかいないとは思っていなかった。……その人物は、君の妹、エリザベス嬢だったよ」
「っ!」

 ヒュッ、とか細い息が喉から漏れる。
 王都なら、領地にいるよりも安全だと思ったのに。どうしてエリザベスまでそんなことに。

「……エリザ、は」
「今は元気に勉学に励んでいる。カノンと同じく、寝込む前と後で性格が真逆に変わってしまったがな」
「真逆に……?」
「ああ。なんでもいつも笑みを湛えていたのが、表情豊かに王子にまでお節介を焼くようになったんだとか」
「!」

 侯爵の言葉だけではあるが、俺の頭にはそんなエリザベスの姿がはっきりと映しだされた。読んだ冒険譚の主人公に憧れ、その主人公の名を名乗っては令嬢にあるまじき速度で庭を駆け回り、面倒ごとに首を突っ込んでは掻きまわすような行動力。
 それは、昔のエリザベスの姿。

「……エリザは、記憶を封じたのかもしれませんね」
「記憶を?」
「いえ、なんでもありません。本物ではないと疑っていたはずなのに……。婚約の件、しかと拝命いたしました」
「あ、ああ。よろしく頼む」
「はい。……失礼します」

 頭を下げて一礼し、俺は執務室を後にする。
 カノンとの婚約に、中身が変わっていることに、エリザベスの近況。色々と、頭の中を整理したい。
 
 まずエリザベスであるが、魔女薬が本物であれどうであれ、記憶をなくしたのならそれでいいと思っている。いつ婚約が解消されるか分からない分には辺境伯家に戻ってくる可能性のある俺の存在が盾代わりになるだろうし、今のところは問題ないだろう。まぁ手紙を送ってはみないとな。
 そういえばエリザベスの話をあまりされなくなったのも3年位前からか。せっかく苦心して面白みのない人形を作り上げたというのに、その余計な努力が無に帰した叔父たちのことを思うと笑ってしまう。ざまぁみろだ。

 次に、カノンとの婚約。これは護衛をするため必要不可欠なもの、ということで納得した。
 問題は、やはり髪の色である。今はまだ『辺境伯令息は黒の髪』との話は噂されこそすれ実物を見た者がいないが、学園に入学するとなるとフードなどでは隠し切れないだろう。
 だったら髪色自体を変える手段が必要か。染料で染めるのは手掛かりが残ってしまうし……よく考えておくべきだな。

 最後に、カノンの中身の話。
 だが、これに関しては俺の中で結論が付いている。

「あ、エド。話は終わった?」
「ああ。これからよろしくな、カノン」
「へへ……なんかこっぱずかしいな。でも、安心してくれ! 婚約しても、俺たちは友達、だからな!」
「……ああ」
「じゃあとりあえず、回復いっとくか!」

 俺に気付くとにこっと笑うカノンに声をかけ、そのままソファの隣に座る。
 すると、俺の手に自然と伸ばされ重ねられるカノンの手。こうしてカノンに回復魔法をかけられるのは、最早日課のようになっている。

 心地よく体をめぐり、隅々まで疲労を癒してくれるカノンの魔法。目を閉じ集中しているカノンを眺めていると、俺の頬は勝手に緩む。

 カノンの中身が入れ替わったというのは衝撃であるが、だからといって対応を変えるつもりはない。昔共に遊んだカノンがいなくなったのはショックであるが、俺も昔と同じかと言われると素直に頷けないことろがある。
 なにせ、ほとんど一度死んでいるのだ。昔ほど純粋に周りを見ていられないし、消そうとしても消せない憎しみだって心に巣食っている。

 言動に引っかかりを覚えつつもカノンが別人だと思わなかったほどに、カノンの本質は変わっていないだろう。だとすれば、それは記憶はあるが捻くれてしまった俺と似たようなものと言えるんじゃないだろうか。
 
 それに変わったというならば、俺は昔ほど隠れなければという気持ちがなくなっていた。
 それは、全部『この』カノンのおかげ。優しくも強かなカノンによって。
 あの茂みで俺の腕を掴み引き留めてくれたのも、俺を護ろうとしてくれたのも、闇属性魔法を恐れるだけのものではないと示してくれたのも。
 全ては『今の』カノンにしてもらったことだ。

「……ふぅ。どう?」
「気分がいい。いつもありがとうな」
「いえいえ。……ねぇ、なんか顔近くない?」
「そうか? まぁこれからは婚約者同士なんだ。多少は親しい姿を見せられるよう、今から慣れておくのも大切じゃないか?」
「そう言われると……でもなんか健康になったら無駄にイケメンになってきてるし、ちょっと……」

 ぶつぶつと何事か呟きながら顔を逸らし、それでも離れようとはしないカノン。
 照れてるカノンには悪いが、実のところ同性同士の婚約はそれほど多くなく、嫡男同士となれば皆無と言っていい。護衛のことがなければ、侯爵は俺をカノンの婚約者にしようなんてことは欠片も考えはしなかっただろう。

 だから、これは俺に与えられた最大のチャンスなんだ。
 婚約者になってしまうのなら、これからカノンが学園を卒業するまでの5年間。その間に、俺はカノンに相応しい存在になる。
 
 初めて俺を心から受け入れてくれた相手に執着しているだけかもしれない。少なくとも、愛と呼べるほどに優しく温かい感情でないことは確かだ。
 それでも、何かで俺はカノンの一番になりたい。隣に立っても引け目を感じぬよう、俺も俺を認めたい。

 俺の心の中でカノンが占領している分だけ、カノンにも俺を意識してもらいたい。

「……頑張るからな」
「ひぇっ!? 何を!? ていうか、耳元で喋らないで!?」

 耳を押さえながらあっという間に後ずさっていったカノンに、先は長いと俺は密かに目を細める。
 肩書きが変わったとしても、カノンにとって俺はただの友人。すぐになくなってしまう程度の温もりが現在の俺たちの距離なのだろう。
 それでは、誰かに取って代わられてしまう。人の良いカノンのことだ、今は他に誰もいないからいいが、いざ他人と接する機会ができたらすぐにでも友人の数は増えるはず。

 だから、俺はそれより深く。
 いつか溶け合うほどの仲になれることを目指し、俺は遠のいたカノンに謝りながら近づいた。
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