愛し子の愛する人

あるのーる

文字の大きさ
5 / 6

5 *モブ死あり

しおりを挟む
 渡り廊下に、カッ、カッ、と足早に進む音が響く。ぼんやりと離宮側の門の前に立っていた騎士は誰が来たのかと俯かせていた顔を上げ、目にした人物に驚いた。
 だが、よく考えなくともリエルが離宮から離れた今、残っている者など一人しかいない。それでも騎士は想像もしていなかったのだ。なにせ、目を閉じたままのイシュカが門へ向かって真っすぐ歩いてくるのだから。

「は、え? イシュカ様……?」
「どいてくれる? 王と宰相に話があるんだけど」
「はい……? えっと、まずは許可をもらってこないと……」
「急いでるんだけど。……そういえばお前、いつだったか離宮の警備をさぼって酒場に行っていたね」
「へ?……っがあぁ⁉」
「『警備をするつもりもない騎士』に、剣を振るうための腕など不必要だ。さぁ、呻いてないでどいてくれ。そこに転がられると邪魔なんだよね」

 イシュカの言葉が終わるかどうかの瞬間、ずっぱり、肩から切り落とされたように門を守っていた騎士の両腕がぽとりと落ちる。少し遅れて体の左右から血を噴き出した騎士は、地面にある己の腕と熱いほどの痛みのある両肩を見てようやく悲鳴を上げた。
 溢れる血を止めようとしても、抑える為の腕がない。どうにもできずに蹲る騎士の痛みに悶える悲痛な声はもちろんイシュカも聞こえている、が、手を差し伸べるどころかむしろ迷惑そうな顔でイシュカは騎士が守っていた門へと手をついた。
 ゆっくり、ゆっくり、開いていく門。隙間から漏れ聞こえた悲鳴に近くにいた者は何事かと注目し、そこにイシュカがいることに気付いた数人が己の上官の元へと駆けていく。白い道を赤く染めながら床に転がる騎士をわざと蹴り飛ばし門の向こう、本殿へとイシュカが足を踏み入れるころには、騒ぎを聞きつけた者と命じられ行く手を阻むように集ってくる騎士で広い廊下はひしめきあっていた。

「これはこれは、中々熱烈な歓迎だね。私は王と宰相に話があるんだ。二人をここに連れてくるか、私が二人のところへ行くのを邪魔しないでくれ」
「何を言うのですか。どちらも、前触れなく会える方ではありません。それに……その、そこの、騎士は……?」
「私の邪魔をしたから、腕がなくなった。それがどうした?」
「っ! まさか『呪い』……! なくなったと聞いていたのに!」
「何っ⁉ ならばどうしてあの貴族もどきは無事、ぎゃあ‼」

 たまたま王城に来ていた貴族が『呪い』という単語に反応した途端、突然叫び声をあげる。ボトボトと口から大量の血を溢れさせ喉を掻き毟るように手で引っかきながら倒れ込んだその貴族は、数分のたうち回った後にピクリとも動かなくなった。
 そんな一連の出来事を見て、やはり『呪い』はなくなっていなかったのだと集まった者たちは体を強張らせた。彼、彼女たちが命じられたのは、「イシュカを離宮へ戻すこと」。
 細く剣の稽古の機会も格闘技の心得もないイシュカを捕らえ押し込めるなど、簡単だ。そう思っていたが、呪いの力がまだあるとなると話は違ってくる。

「ふふっ……呪い……呪いねぇ……」

 近寄れば、という話だが、どれだけの距離を保てば無事なのか誰も知らない。とりあえず投げ縄で捕まえようか、と用意するが、構えた途端に縄を持った男がいなくなった。
 正確には、潰れた。一瞬で赤い血だまりと化した男に、誰もが悲鳴を飲み込もうと必死だ。なにせその男は、イシュカからかなり遠くに潜んでいたのだから。

「盗みを働く手など千切れてしまえばいいし、無駄口ばかり叩く口など裂けてしまえばいい。そう思わないか? 誰も皆、私にしたことの報いを受けただけ。……なのに、それを呪いだなんて。どうして天罰だとは思わなかったんだろう。私は『神』の愛し子だと、一応認めていたはずなのにね」

 一歩、また一歩と道を塞ぐ騎士たちにイシュカが近づくたび、王城のどこかで悲鳴が上がる。
 『わざとぶつかるように家具を動かした』メイドは、全身に殴られたような衝撃を受けた。
 『質素な食事ばかり用意していた』料理人は、今まで蓄えていた栄養が抜けたように急激にやせ細っていった。
 イシュカが産まれてから18年、イシュカを虐げていた者たちへ、今まで見逃されていた悪事が事細かに清算されているのである。
 無論悲鳴が聞こえているとはいえ、現在イシュカに対峙している騎士たちにその悲鳴の主がどんな目に遭っているかを知るすべはない。ない、が、イシュカが歩を進めるのに合わせ、周りにいる者が誰か一人ずつ押し潰されていくのだ。
 まるで、足に踏みつけられたかのように。背後からぶちゅりと音がし足元に熱い何かが飛び散ったと思ったら、べきべき音を立てながら右隣の視界がスッと開ける。離宮へと開かれる門から王と王妃がいる部屋までを埋め尽くし守ろうとする騎士たちが、無作為にどんどん潰されていく。
 しかし、それでも騎士たちはイシュカの前から動かない。崇高な忠誠心からではない、足が床に縫い付けられ逃げられないのだ。
 逃げ出せている何人かは、最近騎士になったばかりだったりイシュカに興味がなかった者たちばかり。王城に長く勤めていればいるほど順番に回ってきた離宮の警備をサボったりイシュカの悪口を言ったり、何かしらはしでかしている。
 だが、身体的に被害を加えられてはいない。だからその程度の嫌がらせなら放っておこうとイシュカは思っていたが、自分からリエルを取り上げようとするなら話は別だ。

「いつかリエルを排除しようとするだろうとは思っていたよ。でもねぇ……まさか今日、いきなり追い出そうとするなんて、考えられるかい? 高貴な存在の傍にお前みたいにみすぼらしい者は似合わない、なんて……選んで連れてきたのは宰相だろうに」

 誰にともなく話すイシュカの言葉は、その場にいるほとんどの者が理解できない。
 それはそうだろう。その話は宰相と王、そしてリエルだけしかいない密室でなされた話だ。リエルを手放す気がイシュカにないと知った宰相が、今日付けでリエルを世話係から解雇し、つい先ほど王城から追い出したのである。
 価値を取り戻したイシュカの周囲を他の王族と同じように身分の良い者たちで固めたい宰相からすれば、リエルの存在は最早邪魔。支援している領地のことをちらつかせればどうとでもなるという宰相の予想通り、何か言いたげにしながらも最終的にリエルは解雇を受け入れた。
 ……そう、リエルは。

「おとなしくしていたら付け上がって、ちょっと反抗したら遠巻きにして。分かってたはずなのにね、愚かだって。でも、まさかあれだけ放置していたっていうのにいざとなったら利用しようとするだなんて、さすがに都合が良すぎると思わない?」
「っ、しかし、イシュカ様は王子で、っあぁ⁉」
「王子らしい扱いなんてしたことなかっただろ。もうそんなふざけたことを言わないでね。それで、納得のいく理由……なんて無いか。危険じゃなくなったなら使える。多分、それだけだよね。ははっ、どうして私の周りが落ち着いたのか、なんで察せないんだろうねぇ」

 真っ赤に染まった絨毯を、ぐじゅ、ぐじゅ、とイシュカは踏みしめ歩く。少し眉を顰めているのは、せっかくリエルがイシュカに似合うと見繕ってくれた服が汚れるから。
 リエルがくれたモノは、なんだって大切だ。本当なら、道を塞ぐ騎士たちなど一息に薙ぎ払いとっとと王と宰相の元へ行くことだってできる。それをしないのはこれ以上服を汚したくないからと、リエルを蔑んだ分恐怖を与えたいとイシュカが思ったからだった。
 おそらく、宰相は気づいただろう。王城のあらゆるところで上がる悲鳴に、次は自分かと震えているはずだ。少なくとも宰相は国難に関わるお告げは本物であり、それをイシュカが伝えていたことを知っている。何かしらの力をイシュカが持っていることは、誰よりも実感している立場にあったのだから。

「なんにせよ、リエルの解雇を取り消させないと。だったらまずは宰相だよね。なら……あぁ、こっちか。執務室から逃げて洗い場に隠れるだなんて、情けないことをする」

 洗い物にまぎれてガタガタと震える宰相を見て・・、イシュカは乾いた笑いを漏らす。どうして笑っているのか、宰相の執務室がある方ではなく使用人が働く方へ進もうとしているのか、逃げられない騎士たちはイシュカの行動の全てがわからない。わからないが、自分たちが決して逆らってはいけない存在に歯向かってしまったことだけは本能的に理解してしまった。

「そ、そっちに宰相様は、いない……」
「いるよ。リネン室に隠れてる。お前たちを生贄にして助かろうと思ってるみたいだよ。……まぁされたことの肩代わりとか、そういうことは考えてないんだけど」
「なにを……」
「あ、そうだ。お前のそのネックレス。贈った婚約者の事を思うなら、後で換金できるように遠くに投げておきなよ。肉片混じりじゃどこも買い取ってくれないだろう?」
「っ、これが贈り物だってなんで知って……それに、見えないはずじゃ……」
「うん?……あぁ、そっか。ねぇ、伝承を思い出して、考えてみてよ。愛し子は、神に瞳を捧げたんだよ?」
「だっ、だから……?」
「なら、気づきそうなものだけど」

 すっとイシュカが指さした先は、窓の向こう、晴れた空だった。
 真っ青な空、そこに浮かぶ白い線。いつもなら横に並ぶその線は今、まっすぐではなく中央から裂けて広がるような形を描いていた。
 それは、ちょうど目を開いたような形にも見えるもの。

「どうして私がこんなにすぐリエルを迎えに行こうとすることができたのか、気づければよかったね」
「っ⁉」

 すぐ側で聞こえた声に、いつしか最前に立っていた騎士はぎこちなく窓の外へと向けていた視線を戻す。騎士が空を見ていた間も進み続けていたのであろう、イシュカは騎士の間近に迫っていた。
 その瞼は、何故か開かれていて。
 『行く道を邪魔した』騎士が最後に目にしたのは、細い雲のような白いまつ毛に縁どられた、空のように真っ青なガラスの瞳だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

処理中です...