愛し子の愛する人

あるのーる

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「あの、本当にいいんですか? オレが言うのもなんですけど、びっくりするほど何にもないですよ?」

 世話係の解雇を言い渡され、当日のうちに王城から追い出されたリエル。任命されたときと同じくらい急な決定に思うところはあれどこの国の王と宰相に直々に告げられては言い返すことなどできず、領地へ帰るには充分すぎるほどの金貨を渡されたリエルは家族への土産を買いこみながらのんびりと帰ることにした。
 心残りは、やはりイシュカのこと。ずっと傍にいると言ったその日に解雇されるなんて、自分のせいではないとはいえ申し訳が立たない。話し終わるとそのまま騎士に連れられ王城から出されてしまい、王都への立ち入りすらやんわりと封じられたリエルは、とにかく事情を説明し詫びる手紙を届けなければと揺れる馬車の中で文字を書き連ねていた。
 そんなリエルを王城からの馬車が追いかけてきて、何か言い足りないことでもあったのかと中を覗けばそこに乗っていたのはまさかのイシュカ。どうしてこんなところにと戸惑うリエルに構わず、リエルの帰郷にイシュカは着いていくと言ったのである。
 どうやら世話係の解雇という話をイシュカは知らされておらず、認められないと宰相……どころか王に直談判して取り消したのだそう。だからこれからもよろしくね、とにこやかにイシュカに微笑まれ、困惑すると同時にまだ共にいれるのだとリエルは嬉しくなった。
 世話係を続けられるのならば折り返し離宮へ戻った方がよいのではないかとリエルは尋ねるも、イシュカはにこやかに首を横に振るだけ。ここまで来れたとはいえイシュカを一人で帰すわけにもいかず、久しぶりに家族の顔も見たいと思っていたリエルは、ありがたくイシュカと共に領地への馬車旅を楽しんでいた。

「あっ、ぉっ、こ、この度は、愚息がお世話をさせていただきっ!」
「何言いたいかわかんないよ親父。……申し訳ありません、その、領民くらいしか訪ねてこないもので」
「構わないよ。それより、こちらこそリエルを私の元へ寄越してくれて、ありがとう。感謝しているよ」
「はひっ! こんなのでよければ、死ぬまでこき使っていただいて!」
「親父‼」

 一応帰ることを伝えてはいたが、イシュカもいるということは知らせていなかったとリエルは目の前で這いつくばるようにして頭を下げている父親を見下ろしながらため息をついた。
 長年仕送りをしていてくれた息子が久々に帰ってくると一家総出で出迎えてみれば、その横には一生目にすることはないだろうと思っていた王族がいる。一目で高貴だとわかる佇まいにリエルの弟妹たちはあっという間にどこかへ隠れ、父は全てが不敬なのではととにかくへりくだった。その後ろでは、お茶を準備していた母が持っていたカップを落として粉々にしている。
 そんな騒がしい出迎えから始まったイシュカとリエルの家族たちの対面は、意外にもすぐに穏やかなものになった。そもそも雰囲気から勝手に畏れていたがイシュカ自体は高圧的ではなく、恐る恐る近づいた弟妹が話しかければにこやかに返答する。それに加えて、リエルに対するイシュカの言動が柔らかいものだったことも打ち解けた理由の一つだろう。

「いやぁ、ほんとに。イシュカ様のおかげで暮らしが楽になりまして! 領地は栄えるし、この子たちも楽しく学園に通えています!」
「私ではなく、リエルが頑張ったおかげだよ。毎日、休むことなく私の世話をしてくれた。当然の対価だよ」
「それでも! イシュカ様がリエルを気に入ってくださったからで……気に入られてるんだよな? なんか、おかしなことはしてないだろうな?」
「おかっ……⁉ し、してないよ……」
「何だその微妙な間は! だ、大丈夫なのか? えっと、イシュカ様、リエルは色々貴族らしくないところはありますが、家族思いのいい子なんです。物覚えも悪くないので、一度失敗したことを二度失敗することはなくてですね、えっとぉ……」
「ふふふ、大丈夫だよ。ちゃんと、リエルは気に入ってる。おかしなことは……どうだろうね?」
「リエル‼」
「ちがっ、違う!」

 多少騒がしくなることはあったが、賑やかで楽しい時間はあっという間で気づけば夜になっていた。
 この領地の中で最も大きな屋敷といえば、リエルたちが住んでいるところ。他に宿泊施設などあるわけはなく、結果的にイシュカはリエルたちの屋敷に泊まることとなった。
 三部屋ある部屋に空き部屋などないが、王族を雑魚寝させるわけにはいかないと一部屋イシュカとリエルのために空けられた。風呂も一番始めに入ることとなり、比べ物にならないくらい狭く質素な品しかないがほとんど離宮での生活と同じように過ごしていた。

「はぁ……うるさくて申し訳ありませんでした。イシュカ様、疲れてませんか?」
「平気だよ。しかし、楽しいね。こんなに大人数と食事をしたのも初めてだ。これがリエルが育った環境なんだね」
「環境って、そんな大仰なもんじゃないですけど……」

 イシュカが気を悪くしていないことにほっとしたリエルだが、ふと触れたベッドの硬さに口が歪む。何枚か布団を重ねてはみたものの、離宮のベッドとは雲泥の差だ。こんなところにイシュカを横にしていいのだろうか……と悩むリエルをさておいて、イシュカは物珍しそうに狭い部屋のあちこちを触って楽しんでいた。

「あの、そろそろ寝ましょうか。多分このベッド、寝苦しいと思うので……」
「ん? あぁ、確かに硬いねぇ。でも、こんなに私に布団を使ってしまっていいのかい? 他の者たちの分もあるだろう、この数は」
「気にしないでください! オレたち、床でも寝れるんで!」
「そう……?」
「はい! それと、今のうちに確認しておきたいんですが、離宮へはいつ頃帰ることになりますかね?」
「うん? 帰らないよ?」
「……へ?」

 ぽふ、とベッドに座ったイシュカが不思議そうに答えた言葉に、リエルの方が呆気にとられる。リエルは、イシュカの世話係のままだと言われた。だというのに離宮へ帰らない、とはどういうことなのだろうか。

「そうだな……リエルたちが管理しているこの領地なんだが、長いこと君たち一族が管理していただろう? 持ち主の侯爵家としても、離れすぎていて管理するのは面倒だと言っていてね。実は今日、王領となったんだ」
「今日⁉ しかも王領……ってことは、オレたちは……追い出されて……?」
「いや。このまま君たち一族が管理してほしい。今は王城から文官が派遣されているだろう? そうして国の手が入っているなら、問題ないよ」
「そう、なんですか……」
「でもね、それでも名義上は王領だろう? 一度くらいは王族が管理しないとってことになって。誰がやるかって話になったところで私が名乗りを上げたんだ」
「……イシュカ様が?」
「そう。だから、明日……というか今日からここは私の領地。私は離宮ではなく、この地に住まいを移すことになるんだ」

 にっこりと簡単なことのように告げられた内容に、リエルは驚きっぱなしだ。
 実際のところ、結果は同じであれ経緯が違う。あのリエルが追い出された日、宰相にリエルの解雇を取り消させたイシュカはその足で王の元へと向かった。ちょうど一息ついていたのか王妃と共にティータイムを楽しんでいた王はところどころ返り血に染まったイシュカの姿に腰を抜かし、信じられないものを見る目で実の息子から距離を取ろうとしていた。
 そんな王とは真逆で、イシュカに敵意を持っていた王妃は手にしていたカップをイシュカに向かって振りかぶる。当然の結果といえばいいのか、中に入っていた熱い茶はイシュカに降りかかることはなく、反射するように全て王妃に頭から降り注いだ。通常ではありえない茶の動きに『呪い』の単語を思い出した王は、その後イシュカの言いなりとなって色々と取り決めをしてくれた。
 その一つが、この領地のことである。王領、とはいっても、それはイシュカが生きている間だけ。その後は何かと理由をつけてリエルの一族が所有するように手筈を整えた。
 子供がいれば王領のままになるのだろうが、イシュカは子供を作る気はない。というより、リエル以外と関係を持つつもりがない。それも、王に認めさせたことだった。
 これで誰かと見合いをさせようとしたり、身分を釣り合わせるなんて名目で周囲を高貴なもので固めようとしたりはしなくなる。一気に煩わしさが減るわけだ。
 リエルがいなくなれば、とリエル自身に害を与えようと考えることもあるだろう。だが、それをイシュカが許すはずがない。二回か三回、刺客を返り討ちにし、ついでに命じた者も排除していけば、手出しを考えることもなくなるはずだ。
 隙を見て、なんて言葉は、イシュカには通用しない。イシュカについているのはこの国の神。国の全てを見渡し、差配することのできる神。愛し子と呼ばれてはいるが、その実神が人として形どった存在なのだと、知る人はいないしこれからもいない。少なくとも、イシュカが愛し子である間は。

「ここに住む……って、こんな、狭いところに‼」
「そこは大丈夫。この屋敷から少し離れたところに新たに邸を建てるような手筈になっているから。君たち家族に迷惑はかけないよ」
「迷惑というか……は、話の規模がデカい……!」
「……それでね、リエル。せっかく家族水入らずで過ごせるってところを悪いけど、これからも私の世話をしてくれるだろうか……? ここではなく、新しくできる邸で、ということになるんだけど……」
「えっ? そんなの、もちろんです! オレはイシュカ様の世話係のままなんですよね? なら、当然ついていきますよ!」

 理解の追い付いていない部分が多々あるが、そこだけは自信を持って答えることができる。急に引き離されたと思っていた分これからもイシュカの傍にいれるということに浮足立っているリエルは、イシュカが静かに安堵の息を吐いたことに気づかなかった。

「ああ、そうだ。ついでに言ってしまおうか。リエルは、家族が大切なんだろう? どうだろう、私をそこに加えてくれないだろうか?」
「……はい?」
「端的に言えば、結婚してしまおう、ということ。安心して、すでにこちら側の許可は取ってあるから。後はリエルと、リエルの家族次第だ」
「…………はい?」

 ついでに畳みかけるようにイシュカに迫られ、いよいよリエルの頭は困惑でどうしようもなくなってしまう。にこにこと、しかし有無を言わさない雰囲気でリエルをベッドに引き込むイシュカ。訳も分からず動けなくなっているリエルが服の下に手を入れ弄るイシュカにされるがままになっていると、たまたま様子を確認しに来た父にその場面を見られさらなる混沌へと屋敷が陥り、ばたばたと慌ただしく夜が更けていった。
 己の息子がまさか高貴な主と関係を持っているなどと理解が追い付かなかったおかげでうやむやになったと思いきや、あろうことか朝食の場でイシュカが婚姻の話を口にし。あまりの内容に一旦保留としていると、一晩しか経っていないというのにどれだけ急いだのかイシュカの住む邸は出来上がっており。この地が王領になりその領主としてイシュカが任命されたと伝えれば、いっそう収集がつかない混乱具合になった。
 リエル一家がそんな状態になっている中、そうした張本人であるイシュカはひたすらににこやかに佇んでいた。
 今まで国全体のために使われていたお告げは、全てこの領地のためだけに使われることになる。
 今まで国全体のために降り注いでいた加護は、全てこの領地にだけ降り注ぐ。
 愛し子のいない時代のように、淡々と災厄が訪れるようになるだけ。国をまとめる王が腑抜けて王妃は顔の火傷で引きこもり、ついで指揮する宰相がかすかな物音にさえ神経をとがらせている今、影の薄い異母兄がどれだけ素早く被害を治めていくことができるのかは分からないが。
 国が不安定になること自体は望んでいない。そんなことになったら、リエルたちにも影響が出てしまうから。ほどほどに力を振るいこちらに反抗する気力はなくしつつ、重要な部分だけは手を貸すのもいいのかもしれない。全ては、その時のイシュカの機嫌次第ではあるけれど。

「ま、せいぜい頑張ってほしいね。愛し子を無下に扱っていたんだ。別に、必要だと思っていなかったからだろう? なら、お望み通りに大切にしてくれる人の元にだけ愛を注ぐよ」

 ひっそりと呟いた言葉は、誰に届くことなく消えていく。
 相変わらず真っ青な空に浮かぶ二本の筋雲が、そろそろ場を治めようかと思い立ったイシュカが愛しいリエルへと近寄っているのを見下ろしていた。
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