レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第10章 きっかけ

きっかけ

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 水島勉はようやく部屋にたどり着いてコタツにもぐりこむと大きくため息をついた。そして自分が何をしたのかようやく分かってきて沸いてくる笑顔がとめることができなくなっていた。

「法術師……悪くないな」 

 久しぶりの自分の笑顔になんだか楽しくなってくるのが分かる。

 半年前。会社を突然解雇された。理由は半月前に社で強制的に受けさせられた法術特性が陽性だったからだった。組合に入っていた同僚達はその解雇を不服として役所を通じての団体交渉に入ったが、組合というもののアレルギーを持っていた彼は一人で退職して半年は寮に住む権利があるということと割り増しの退職金の支給という条件でで満足した。そのときは少しばかり高い退職金にすっかり得をした気分でうきうきしていたことを今でも思い出すことが出来る。

 しかし、退職手続きを終えてから急に区民会館に呼び出されて行われた検査の後で様相は変わり始めた。実際後で聞いてみれば自分の反応は他の法術師の反応とは違うということだった。なんでも空間に介入して時間軸や状態を変性させる能力や思考を読み取ったりする能力があるという話だが、彼にはそんな能力があるわけではない。その結果が社に伝わると退職金の半額の返納請求書と見たことも無い書類とそれに押された自分の実印を目にすることになった。書類の内容は寮からの一週間以内の退去に同意しているので荷物をまとめて出て行けという内容だった。

 怒りは無かった。ただ頭の中が白くなったのを今でも覚えている。退職をほとんど当たり前だと言う調子で告げた上司もさすがにこの決定にはばつが悪かったらしく、彼の友人が経営している湾岸地区のアパートに三ヶ月だけ住まわせてくれると言う約束を取り付けて急いでそこに移った。

 職業安定所に行く気にはならず、有料職業紹介の会社に何度か連絡を入れたがすべて門前払いを受けた。減ったとはいえ手元の退職金はそれなりの額がある。町工場を経営していた父の残した遺産もある程度あり数年は食うに困らないのは分かっていた。

 焦る気持ちと諦めかけた気持ちを切り替えようと工事の騒音が響くアパートの一室で水島は学生時代の教科書を引っ張り出して法律の勉強を始めた。

 再就職を諦めたのは正解だったと水島は思っている。

 実際、その後もネットや人材業界の友人に仕事を貰おうと電話をかけてようやく今の自分の現状が見えてきた。法術師を歓迎しているのは軍と警察くらい。どちらも年齢制限で彼が応募できるわけも無かった。それ以前にルート営業一筋の彼が犯罪者相手に渡り合えるなどとは自分でも思っていなかった。そんな彼にも転機が来た。

 いつものように彼は勉強の疲れを癒そうとコンビニに入りビールを買うとそのまま会計をしようとレジへ向かった。湾岸地区はあまり治安がいいとはいえない。事実その時どう見ても堅気には見えない若者が勢いよく扉を開けて入ってきた。その時だった。いつもなら目を合わせることすらできずにレジで硬くなっている自分が何かを脳で感じた。

 まさに脳で感じたという状態だった。いつものように秋になったばかりの蒸れた空気の中の昼過ぎのコンビニには工事現場の作業員が並んで雑誌を読む姿があった。釣りを受け取りながらその群れに目をやると紫色のニッカポッカの若い男に目が集まった。

『なんだ?』 

 水島はしばらくなんでその男から目が離せないのか理由が分からなかった。髭面で焼けた肌だがどちらかと言うとその日焼けは仕事でついたと言うよりもその荒れた茶色い髪が意味するようにマリンスポーツでも楽しんだ結果の日焼けのように見えた。

『なんで俺はアイツを見ているんだ?』 

 再び自分に尋ねてみた。理性では理解できないがその男が他の作業員達とは明らかに違う何かを持っている。自分の中の何かがそうこたえている気がした。

『……嘘ばっかじゃねえか。パチンコは根気。一万二万で大当たり?無理無理!……』

 突然自分の中で他人の声がした。水島は受け取った小銭を落としかける。店員は慌ててそのコインを拾うと再び水島の手に乗せようとしている。だがそんなことは水島にはどうでもいいことだった。

『何かあるんじゃないか?君には……』

 心でつぶやく。その瞬間茶色い紙を振り乱し雑誌を手に左右を見回す男。店員の不審そうな視線もその時の水島には気になるはずも無かった。

『気持ち悪りい……なんだ?声がしたけど……先輩かな?』

 男の思いが読めたと分かった瞬間。水島の頭の中に何かが引っかかるのが分かった。

 周りの男達と自分が心を読んでいる男との決定的な違いはその引っかかりだ。理由も無く水島はそう確信していた。そして心の中で叫んだ。

『はじけろ』

 水島にとってはそれだけだったが、次の瞬間に起きた出来事は彼の予想を超えたものだった。

 紫色のニッカポッカの男の髭が火で覆われた。何が起きたか分からないというように呆然としたあと、男はそのまま顔を抑えてのた打ち回り始めた。明らかに何も火の無いところから火が回り転げまわる男。

 助けを呼ぶ仲間、レジから飛び出していく店員。その様子を驚き呆れて見つめるだけの他の作業員。そんな中水島はただ一部始終を眺めていた。

 消火器を持ち出した店員が薬剤を男に噴射して何とか火は収まった。そしてその様子を見ていた客はそれぞれに手にしていた端末などで連絡を取り始めた。その混乱にまぎれて水島は店を後にした。

 誰も自分の知らない力がこの騒動を引き起こしたことなど気づいていない。

『俺の力なのか?これが法術なのか?』 

 水島は心の中でそう思いながら店から出て歩き出した。気づくと自分の顔に久しぶりの笑いがあることに気がつく。法術適正があるが何の能力も無い。そんな思い込みがその瞬間から変わっていくのを水島は感じていた。

 それからと言うもの同じように水島の心の中に『引っかかる』何かを持つものが山といることが分かってきた。街を歩けばそんな『引っかかり』、世に言う『法術』の使い方も分からずに力を持ち腐れさせている多数の人間に出会う。そして何度かその能力を使ってやるうちに、そんな自分の行為が自分に与えられた義務ではないかと思い始めていた。パイロキネシストがいれば近くのごみ置き場に火をつけてやった。空間干渉能力があれば近くの立ち木を切断して見せてやった。

『みんな色々できるんだぜ……俺達を見限った連中に一泡吹かせるくらい楽なもんだ』 

 にやける頬を引き締めながら水島はいつも思っていた。

 この世界は力の無いのと力のあるものがいるというのは不完全な認識だと彼は考え始めた。

『力があっても使わなければ意味が無い』 

 そう言う訳で司法大学院の勉強の傍ら町を徘徊して彼等の力を使った。ボヤ程度で十分だった。ちょっとした車のタイヤを割ることで納得できた。

 この世界が法術師を生んだのならそれにふさわしい待遇が必要になるはずだ。能力の上に眠るものに何の権利も無い。そう思いながら日々散歩を繰り返していた。

 ただ最近は警察の目が気になり始めていたところだった。司法試験を目指すだけあって警察が単純に能力者の摘発だけをしているうちは安心できた。

 正月前、テレパシー能力のある暇そうな警邏隊員の思考を読み取ってみれば『法術機動隊』だの『法術特捜』だのという単語が浮かんでいるのに気がついた。

 例の法術と言う存在を知らしめた外惑星での軍事衝突以降の法術の認知の広がり。それを考えると水島も法術の研究が自分の思う以上に進んできていることを実感していた。恐らくこのまま行けば自分の能力が特定されてきても不思議ではない。瞬間的な恐怖が水島を支配した。だが今のささやかな楽しみと化している通行人の『能力の解放と言うボランティア活動』は麻薬のように水島を虜にしていてもう止めることができなかった。

 幸い水島は豊川市の司法大学院に入学することができた。これで田舎の自分の力を知らない連中だけを相手にすれば良いとなると気が楽だった。

『さて、次は何をしようか』 

 部屋の中で大の字に寝転び天井を見上げながら湧き出す笑顔に耐え続ける。

『そう言えば豊川といえば司法局実働部隊……法術を最初に使った空気の読めない馬鹿がいたな』 

 そんなことを思い出すと近くに寄ってみたいというような酔狂な気分になる水島だった。

『きっといろんな力が眠っているんだろうな。待ってろよ。起こしてやる。これ以上無い位はっきりとな』 

 笑いの堰は切れてそのまま水島は声を張り上げて部屋の中で笑い転げた。
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