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第5章 帰郷
不確かな事実
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「ずいぶんとまあ剣もほろろね……」
あきれ果てたという顔で安城はゆったりと隊長の椅子に体を伸ばす嵯峨を見下ろす。
「最悪の事態を考えない指導者と言う奴には俺は厳しいからね。21世紀。それまで当たり前とされてきた核の傘理論が崩壊したときの指導者の顔もたぶんこんな感じだったんだろうな。核の傘なんてのは考えてみればその理論自体が脳天気な楽天主義に依存していたんだ。指導者が破滅を望まなくても民衆の怒りが頂点に達すれば彼等は自滅を積極的に求めるようになる。第二次世界大戦の枢軸国家の末期を見て勉強しなかった愚か者と同じ顔が見れるとは……良い勉強になったでしょ?」
嵯峨のいたずらっ子のような表情はこの事態をいかに他人事のように彼が見ているかの表れのように感じて安城は不機嫌になった。
「そんな一時の感情で動いている民衆に同情するつもりにはならないの?」
安城の棘のある調子の言葉だが、椅子から身を起こした嵯峨にはただ空虚な笑顔が浮かぶだけの言葉で自説を語り始めた。
「同情?なんで俺が……。先ほどの話の続きで言えばヒトラーと言う指導者を祭り上げて自滅に至った民衆を同情しろってことになるが……そのヒトラーは自著で『民衆は豚である』と言い切った男だよ。そいつを祭り上げるんだ……豚に同情するのはベジタリアンだけで十分だよ。それに俺はヒトラーの言葉にいつも付け加えたくなる言葉があるんだ」
相変わらずの殺気を放つ嵯峨の表情に安城はうんざりと開いた顔で頷いた。
「豚は飼い主の破滅を望んだりはしないものだ。そう言う意味では目先の正義感で自滅を受け入れる民衆は豚以下だ。かと言って俺は人を信じない訳じゃないよ。一人一人の人間。顔を持った人間として目の前に立っているときはそれぞれに個性と魅力を持って俺の前に現われる。彼等に同情するのは尤もな話だ。でもね。彼等が民衆という集団意識の中に埋没したとき。それは同情できる人間の姿じゃない。自らの判断を放棄し、熱狂に身を任せて唯々諾々とどこで聞いたか知らないご高説を延々と説いて回る馬鹿野郎。そんな奴に同情するほど俺は酔狂じゃ無いよ」
嵯峨はそこまで言うと安城が自分の言葉を拒絶していることに気がついて頭を掻きながら椅子にもたれかかった。
「確かに集団心理に飲まれた人間に同情するなというのは理解できるけど……」
「ああ、その話は俺の個人的な見解だから……それより秀美さんは吉田の野郎の件で来たんでしょ?」
ころころと話題をすり替えておいてその責任を自分に振る嵯峨のやり口にただため息だけで安城は答えた。
「実はね。これは俺も今日になって気づいたんだけど……」
嵯峨はそう言うと安城が首のジャックからコードを引き抜いた机の上の端末に手を伸ばした。予定表が現われ、一週間後に準備が始まる司法局実働部隊の演習の日程表が選択される。
「演習?同盟が存続するかどうかも分からないのに?」
安城の皮肉を込めた言葉に嵯峨は一瞥してにやりと笑った後、日程表の中の運用艦『高雄』での離発着訓練の実行場所の部分を選択してそのまま拡大した。小さめの画面の一隅と言うこともあり、安城は身を乗り出してそれをのぞき見る。その時に襟元から肌が見えるのを嵯峨がにやにや笑いながらのぞき見るのを見て安城は鋭い視線を嵯峨に送った。
「東和第16演習宙域……聞かない場所ね」
「ああ、この30年間演習の行われた記録は無い場所だ。ただし10年ほど前から東和宇宙軍の輸送艦艇が週に一便、その中央にある演習支援センターにいろいろ物資を届けている。しかも荷物は超一級のセキュリティーが掛かっている……そこに今更俺達が呼ばれたのか……興味のある話だと思わない?」
嵯峨の茶目っ気のある笑顔。それが油断なら無いものだと分かってはいるが、確かに話の中身は安城にとっては興味深いものだった。
「タイミングからするとインパルス砲の試験砲台か何かを作っているかもしれないけど……同盟結成時にインパルス砲の開発計画を放棄すると時の菱川首相が明言したじゃないの」
「そう、明言したのは菱川重四郎。菱川グループ総裁。そして菱川グループはインパルス砲のメイン機構の設計を行っていた菱川宇宙科学重工業を傘下に抱えているわけだ」
嵯峨の言葉にしばらく安城は沈黙した。
衛星やコロニー群など軽く消し飛ばす無敵の砲台。その開発の放棄はコロニー国家胡州帝国や外惑星ゲルパルト連邦、惑星遼州の衛星国家である大麗民国の同盟加盟の最低条件とされていた。これらと連携して地球諸国と渡り合うことを念頭に置いていた当時の東和共和国首脳部とすれば多少の軍事的妥協は政治的成功のための捨て石と考えれば受け入れられないものでは無かったのだろう。
しかし、同盟が直面した遼州の南方大陸ベルルカンの失敗国家群の救済という地球諸国から突きつけられた課題に直面している現在。経済的に優越している東和にとって同盟と言う枠組みが重荷になってきていることは誰の目にも明らかだった。
決して余裕があるわけではない東和の国家予算から相当額の支援金が湯水のようにベルルカンの国々に注がれながらこれらの貧しい国々は相変わらず貧しく、内戦と飢餓と独裁政治の中でのたうち回る現状に変化は見られなかった。
先の大戦の講和が未だ不調で対外資産が凍結されている胡州帝国、老朽化した植民コロニーの修復に腐心するゲルパルト、内政の失敗で経済的に不安定な状況が続いている大麗。自分達だけが遼州の負の部分を支えてることを同盟により強制されている。新聞が月に一度はそう言う特集を組むのを安城はうんざりした調子で見る日が続いていた。
「もし……それがインパルス砲の試験砲台だったとして……東和宇宙軍はどう使おうというわけ?」
「俺に聞かないでよ。それにそこにある建造物がインパルス砲台って決まった訳じゃないんだ。万に一つ、もしインパルス砲台だったとして……俺達にそれを告発してくれって言うつもりなら願い下げだ。これ以上同盟内部にごたごたは必要ないよ」
「でも……物が物じゃないの!」
安城の叫びに嵯峨はただ頭を掻く。
「なに?それじゃあ俺達がそれをぶっ壊せって?それこそ東和宇宙軍の思うつぼさ。東和は同盟から離脱したがっている。軍事施設……例えそれがインパルス砲で、今回の遼北と西モスレムの抗争を全面対決まで持って行こうってその砲身が両国の国境付近に向けられていたとしても破壊した時点で東和は同盟離脱を宣言するよ。同盟の機関に自国の軍事資産がぶっ壊されて黙っているほどお人好しじゃ無いだろうからね」
冷静な嵯峨の指摘には安城も黙るしかなかった。同盟の主要機関の拠点を提供し、資金的に最大の援助をし、そして人材面でも多くの貢献をしている東和が同盟から離脱すれば同盟は完全に崩壊する。
「それに関して……吉田少佐の情報は?」
安城の絞り出すように吐き出された言葉に嵯峨は両手を広げて見せるだけだった。
「奴が姿を消したのは今回の演習場の情報が入り始めてからだからな……おそらくその施設を探っているんだろうな……ただインパルス砲の図面が先に流出するとは吉田の奴も読めていなかったみたいだな。濡れ衣を着るには最悪のタイミング。退路なしだ」
そのまま嵯峨は椅子に身を投げた。安城には目の前で最悪の状況を楽しんでいるかのように見えて思わず口を開いた。
「嵯峨さん……悪い顔してるわよ」
「え?」
安城に指摘されて、嵯峨は引き出しから鏡を取り出した。
「そんなもんかなあ……」
おどけて見せる同僚を眺めながら安城はあきらめのため息をついた。
あきれ果てたという顔で安城はゆったりと隊長の椅子に体を伸ばす嵯峨を見下ろす。
「最悪の事態を考えない指導者と言う奴には俺は厳しいからね。21世紀。それまで当たり前とされてきた核の傘理論が崩壊したときの指導者の顔もたぶんこんな感じだったんだろうな。核の傘なんてのは考えてみればその理論自体が脳天気な楽天主義に依存していたんだ。指導者が破滅を望まなくても民衆の怒りが頂点に達すれば彼等は自滅を積極的に求めるようになる。第二次世界大戦の枢軸国家の末期を見て勉強しなかった愚か者と同じ顔が見れるとは……良い勉強になったでしょ?」
嵯峨のいたずらっ子のような表情はこの事態をいかに他人事のように彼が見ているかの表れのように感じて安城は不機嫌になった。
「そんな一時の感情で動いている民衆に同情するつもりにはならないの?」
安城の棘のある調子の言葉だが、椅子から身を起こした嵯峨にはただ空虚な笑顔が浮かぶだけの言葉で自説を語り始めた。
「同情?なんで俺が……。先ほどの話の続きで言えばヒトラーと言う指導者を祭り上げて自滅に至った民衆を同情しろってことになるが……そのヒトラーは自著で『民衆は豚である』と言い切った男だよ。そいつを祭り上げるんだ……豚に同情するのはベジタリアンだけで十分だよ。それに俺はヒトラーの言葉にいつも付け加えたくなる言葉があるんだ」
相変わらずの殺気を放つ嵯峨の表情に安城はうんざりと開いた顔で頷いた。
「豚は飼い主の破滅を望んだりはしないものだ。そう言う意味では目先の正義感で自滅を受け入れる民衆は豚以下だ。かと言って俺は人を信じない訳じゃないよ。一人一人の人間。顔を持った人間として目の前に立っているときはそれぞれに個性と魅力を持って俺の前に現われる。彼等に同情するのは尤もな話だ。でもね。彼等が民衆という集団意識の中に埋没したとき。それは同情できる人間の姿じゃない。自らの判断を放棄し、熱狂に身を任せて唯々諾々とどこで聞いたか知らないご高説を延々と説いて回る馬鹿野郎。そんな奴に同情するほど俺は酔狂じゃ無いよ」
嵯峨はそこまで言うと安城が自分の言葉を拒絶していることに気がついて頭を掻きながら椅子にもたれかかった。
「確かに集団心理に飲まれた人間に同情するなというのは理解できるけど……」
「ああ、その話は俺の個人的な見解だから……それより秀美さんは吉田の野郎の件で来たんでしょ?」
ころころと話題をすり替えておいてその責任を自分に振る嵯峨のやり口にただため息だけで安城は答えた。
「実はね。これは俺も今日になって気づいたんだけど……」
嵯峨はそう言うと安城が首のジャックからコードを引き抜いた机の上の端末に手を伸ばした。予定表が現われ、一週間後に準備が始まる司法局実働部隊の演習の日程表が選択される。
「演習?同盟が存続するかどうかも分からないのに?」
安城の皮肉を込めた言葉に嵯峨は一瞥してにやりと笑った後、日程表の中の運用艦『高雄』での離発着訓練の実行場所の部分を選択してそのまま拡大した。小さめの画面の一隅と言うこともあり、安城は身を乗り出してそれをのぞき見る。その時に襟元から肌が見えるのを嵯峨がにやにや笑いながらのぞき見るのを見て安城は鋭い視線を嵯峨に送った。
「東和第16演習宙域……聞かない場所ね」
「ああ、この30年間演習の行われた記録は無い場所だ。ただし10年ほど前から東和宇宙軍の輸送艦艇が週に一便、その中央にある演習支援センターにいろいろ物資を届けている。しかも荷物は超一級のセキュリティーが掛かっている……そこに今更俺達が呼ばれたのか……興味のある話だと思わない?」
嵯峨の茶目っ気のある笑顔。それが油断なら無いものだと分かってはいるが、確かに話の中身は安城にとっては興味深いものだった。
「タイミングからするとインパルス砲の試験砲台か何かを作っているかもしれないけど……同盟結成時にインパルス砲の開発計画を放棄すると時の菱川首相が明言したじゃないの」
「そう、明言したのは菱川重四郎。菱川グループ総裁。そして菱川グループはインパルス砲のメイン機構の設計を行っていた菱川宇宙科学重工業を傘下に抱えているわけだ」
嵯峨の言葉にしばらく安城は沈黙した。
衛星やコロニー群など軽く消し飛ばす無敵の砲台。その開発の放棄はコロニー国家胡州帝国や外惑星ゲルパルト連邦、惑星遼州の衛星国家である大麗民国の同盟加盟の最低条件とされていた。これらと連携して地球諸国と渡り合うことを念頭に置いていた当時の東和共和国首脳部とすれば多少の軍事的妥協は政治的成功のための捨て石と考えれば受け入れられないものでは無かったのだろう。
しかし、同盟が直面した遼州の南方大陸ベルルカンの失敗国家群の救済という地球諸国から突きつけられた課題に直面している現在。経済的に優越している東和にとって同盟と言う枠組みが重荷になってきていることは誰の目にも明らかだった。
決して余裕があるわけではない東和の国家予算から相当額の支援金が湯水のようにベルルカンの国々に注がれながらこれらの貧しい国々は相変わらず貧しく、内戦と飢餓と独裁政治の中でのたうち回る現状に変化は見られなかった。
先の大戦の講和が未だ不調で対外資産が凍結されている胡州帝国、老朽化した植民コロニーの修復に腐心するゲルパルト、内政の失敗で経済的に不安定な状況が続いている大麗。自分達だけが遼州の負の部分を支えてることを同盟により強制されている。新聞が月に一度はそう言う特集を組むのを安城はうんざりした調子で見る日が続いていた。
「もし……それがインパルス砲の試験砲台だったとして……東和宇宙軍はどう使おうというわけ?」
「俺に聞かないでよ。それにそこにある建造物がインパルス砲台って決まった訳じゃないんだ。万に一つ、もしインパルス砲台だったとして……俺達にそれを告発してくれって言うつもりなら願い下げだ。これ以上同盟内部にごたごたは必要ないよ」
「でも……物が物じゃないの!」
安城の叫びに嵯峨はただ頭を掻く。
「なに?それじゃあ俺達がそれをぶっ壊せって?それこそ東和宇宙軍の思うつぼさ。東和は同盟から離脱したがっている。軍事施設……例えそれがインパルス砲で、今回の遼北と西モスレムの抗争を全面対決まで持って行こうってその砲身が両国の国境付近に向けられていたとしても破壊した時点で東和は同盟離脱を宣言するよ。同盟の機関に自国の軍事資産がぶっ壊されて黙っているほどお人好しじゃ無いだろうからね」
冷静な嵯峨の指摘には安城も黙るしかなかった。同盟の主要機関の拠点を提供し、資金的に最大の援助をし、そして人材面でも多くの貢献をしている東和が同盟から離脱すれば同盟は完全に崩壊する。
「それに関して……吉田少佐の情報は?」
安城の絞り出すように吐き出された言葉に嵯峨は両手を広げて見せるだけだった。
「奴が姿を消したのは今回の演習場の情報が入り始めてからだからな……おそらくその施設を探っているんだろうな……ただインパルス砲の図面が先に流出するとは吉田の奴も読めていなかったみたいだな。濡れ衣を着るには最悪のタイミング。退路なしだ」
そのまま嵯峨は椅子に身を投げた。安城には目の前で最悪の状況を楽しんでいるかのように見えて思わず口を開いた。
「嵯峨さん……悪い顔してるわよ」
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