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第14章 逃亡者からの知らせ
逃亡者からの知らせ
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「つう訳だから。シャムのことは心配いらないよ……たぶん」
『俺だってアイツとは遼南内戦からの付き合いですよ。もう十年以上になるんだから信じてますよ』
モニターの中の精悍なひげ面に笑みが浮かぶ。遼北と西モスレムの国境ライン上。現在は同盟機構軍との名称の東和、胡州、大麗、ゲルパルトの各軍が増派されて両軍の戦力引き離し作戦に従事している最中だった。
そんな中で暇を見つけて前の所属の所属長である嵯峨に連絡を入れるというまめなところがこのアブドゥール・シャー・シン大尉の良さでもあり、その連絡の入った時間が深夜の10時を回っているというところが少し抜けたところでもあった。
「なあに、世の中大丈夫なんて言えることはそう無いものさ。俺だって明日はどうなるか……」
『身から出た錆だと言ってみせるんですか』
「まったく昔から口の減らない奴だ。まあそんなところだが……良いのかい? それなりに忙しいんだろ?」
嵯峨の言葉にシンは」思わず背後を振り向く。軽く誰かに手を振るとすぐにモニターに目を向ける。
『まあ私の仕事は休戦状態の維持ですから……これからは施設運営や兵站部門の皆さんのお仕事ですよ。今後は撤収準備と今回の事件でキャンセルになった訓練メニューの組み直しが当面の仕事です』
「いい話だな。俺等みたいな物騒な連中は訓練のことだけ考えてられれば世の中はうまくいっているってことだ。それが一番だ」
そう言うと嵯峨は慣れた手つきでタバコを取り出し素早く安いライターで火を付ける。隊長室に漂っている煙の中にさらに濃い煙が流れ込んで渦を巻く様を呆然と眺める。
『ああ、それと……ご配慮いただきありがとうございました』
これまでの自信に満ちた鋭いシンの目つきが穏やかなものに変わるのを横目で見ながら嵯峨はにやりと笑った。
「何が?」
『一族の身柄の安全を国王に直訴していただいたそうで……それまではデモ隊が十重二十重に取り巻いて投石だの火炎瓶を投げるだの騒然としていたようなんですが……』
「ああ、あれか?」
明らかにシンがいつかはその話を持ち出すのを分かっていると言うような表情で嵯峨は付けたばかりのタバコの火をもみ消した。
「俺はそう言うのが許せない質でさ……親類に国家の敵が居るとか言って騒ぎ出す奴……お前は何様なんだよって突っ込みを入れたくなるんだよ。まあ俺の場合は一太刀袈裟懸けにして終わりって言う方法が好きなんだけどね」
『奥様のことですね……』
シンの顔が安堵から同情へと色を変える。その表情を見るのがあまりにつらいというように嵯峨は隊長の椅子を回して画面に背を向けた。
嵯峨の妻エリーゼはゲルパルト貴族シュトルベルグ伯爵家の息女として当時西園寺家の部屋住みの三男坊、陸軍大学の学生をしていた嵯峨の元へと嫁いできた。
貴族の軍学校、高等予科学校の同窓である、赤松忠満や安東貞盛、そして海軍兵学校の学生でありながら、すでに日本画家として胡州では広く知られていた斎藤一学と言った悪友達と遊び回る自分が、どれほど妻に心配をかけたかは嵯峨は娘の顔を見ると時々思い出されることがあった。
そのまま陸軍大学を首席で出た嵯峨だが、本来なら陸軍省の本庁勤めからエリートコースを走るのが過去の先輩達の進んだ道であり、嵯峨もそうなると思っていた。だが、嵯峨の義父である西園寺重基の存在が彼の運命を変えた。
軍のトップに批判的だった、前首相の義父の存在が嵯峨を出世コースからドロップアウトさせることになった。彼の初の配属先は東和共和国大使館付き二等武官と言う中央から遠く離れた任地であり、軍の上層部に顔を売る機会はその後一生訪れなかった。
遼南中興の祖ラスバ暗殺を仕掛けるほどの野心家で知られた重基だが、その後の国内情勢がさらなる拡大戦争を欲求し始めた段階で政界を去り、その潮流に乗って民衆を煽り立てる新進政治家達への苦言を呟く日々を綴っていた。しかしコロニー国家として成立し、コロニー建設者である領邦領主に絶大な権限が与えられる胡州において、摂州・泉州二州を領する四大公家筆頭の当主の嫌みは常に公的な側面を持つものだった。
日々、自称憂国の士が懐に短刀を携えて来訪しては警備の警官に逮捕される日々。嵯峨の兄で次期当主として外務官僚をしていた義基も、孤立主義に走る同盟国ゲルパルト共和国と共に反地球同盟を結成した政府を皮肉る父重基の発言をきっかけとして、外務省から出勤停止の処分を受けて謹慎の身の上にあった。
そんな中、当時は西園寺新三郎と名乗っていた嵯峨は不安を胸に新妻を連れて、初の任地東都へと旅だった。
東都での彼の任務は東和の胡州・ゲルパルト陣営への引き込みの可能性の調査というものだった。絶対中立主義の東和にそんな可能性が無い事は分かり切っていた。若かった嵯峨はすぐに仕事に絶望した。彼は大使館に出勤するのはそこそこに、趣味の剣術や書画骨董の蒐集に明け暮れ、エリーゼもまた自由で闊達な東和の雰囲気を楽しんでいた。
やがて娘、茜が生まれ、西園寺家預かりとなっていた絶家となった四大公家の一つ嵯峨家を再興して惟基と名乗り変えた頃、時代は大きく動き始めた。
胡州陣営はさらに嵯峨の仇敵とも言える嵯峨の実父、カバラ帝を説得して遼南を自陣営に加えるとそのまま地球諸国に宣戦を布告、第二次遼州大戦が始まることになる。
嵯峨は東和の中立を変えられなかった責を問われた。元から不可能だったとはいえ、陸軍省本庁の椅子は完全に遠いものとなるには十分な出来事だった。開戦記念とも言える昇進で外務中尉から憲兵大尉に配置換えをされた嵯峨は、そのまま自国の治安を維持することもままならない遼南帝国へと転属になった。
妻のエリーゼと娘の茜はそのまま東都から民間機で胡州、帝都の四条畷港へと帰路を取った。東和を追放になって帰国した客で混雑する四条畷港で二人は家臣も連れずに雑踏の中のターミナルを徘徊していた。
そこに待ち受けていた西園寺重基と姪のかなめの姿を見てエリーゼが手を振った次の瞬間、杖に頼るばかりに老いさらばえていた西園寺重基の隣にあった鉢植えのゴムの木が遠隔操作の爆弾で爆発した。
とっさに娘をかばったエリーゼは全身に爆弾の破片を受け、ほぼ即死という有様だった。重基は片足を失い、かなめは全身の九割を失って義体の世話になることになった。
自分を狙ったテロで多くを失ったショックで西園寺重基そのまま死の床につく。
そんな軍関係に奉職する人間なら知っている過去を思うとシンはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なあに……俺だって遼南の外事憲兵隊時代はレジスタンスの幹部をあぶり出すのに同じ手を使ったからな……意志が強いと自負している連中はいくら本人を追い詰めても無駄なもんだよ。そういうときは周りから攻める……実直すぎるお前さんの性格からしたら許せないかもしれないが、それが憲兵や工作員の仕事って奴さ」
『恐縮です』
照れ笑いを浮かべるシンに嵯峨はただ乾いた笑みを浮かべていた。
『それじゃあ無駄話もなんですから……それと絶妙のタイミングでの西モスレム、遼北のネットワークに対するクラッキング。吉田少佐に世話になったとお伝えください』
「俺もそう言いたいんだけどさ……本人が追われる身じゃあ礼も言えないか……まあ会ったら伝えとくよ」
とぼけたような嵯峨の言葉に軽く敬礼するとシンはそのままいつものように唐突に通信を切った。
「さてと……まあ俺も近いうちに公安に出頭するか……それともあちらが出向いてくるか……」
独り言を言いながらそのまま隊長の椅子に身を投げる嵯峨。上着代わりに羽織っているどてらの中のネクタイを持ち上げる。もうすでに二週間、ねぐらのアパートには帰っていない。
「あと四日か……汚れてるなあ……」
そう言いながら静かにネクタイをどてらの中に滑り込ませると静かに目をつぶった。一瞬目を閉じたがその目が静かに見開かれた。
「いい加減……のぞき見は止めてくれないかな」
人の気配のない隊長室に響く珍しく張りのある嵯峨の声。それに反応するかのように先ほど消えた隊長用の通信端末のモニターに電源が入った。
『のぞき見……確かにそうかも知れませんね』
静かに響く人工的な声。嵯峨はその相手が分かり切っているというようにただにやけたまま画面を見つめていた。
「まあ……仕事はちゃんとしてくれているからさ……ただ俺の迷惑になりそうなことなら事前に言ってくれりゃいいのにねえ。そんなに信用おけないかね」
『信用?あなたが信用に足る人物かどうかはご自分が一番よく分かっているんじゃないですか?』
「違いねえや……」
嵯峨は力なく笑う。通信はつながっているのに画面は映らない端末にデータの着信を告げる音声が響く。
『俺が指名手配中に集めたデータです……お役に立てば……』
「菱川の御大将の正体と奴のもくろみに関するデータ。それに俺達が四日後に出かける演習先に浮いているあの物体に関する報告か?じゃあもういらねえなあ」
嵯峨の意外な反応に音声の主、吉田俊平は沈黙しなければならなくなった。
「あれだろ?宇宙に浮いている1.5kmのあの巨大な物体。そしてお前さんが手配されるきっかけとなったインパルス砲の設計図……話がつながった訳か……。そして菱川の旦那は俺達がその破壊に成功しようがしまいがゲルパルトのネオナチの残党相手に丸儲けをする仕組み作りを完了している……要はその裏付けと金のやりとりの通信記録ってところだろ?どうせ証拠じゃ使えねえよ。見たって自分がふがいなく感じるだけだ」
『察しが良いですね。俺が見込んだ皇帝陛下だ』
「察しが良いのは得じゃ無いよ……しなくても良い心配をするばかりだ。今回だって何も知らずに移動砲台とこんにちはすればただパイロットとして暴れりゃいいんだから。おかげで今回は俺は来ると分かっている公安連中の接待なんて言う役まわりになりそうだ」
卑屈な笑みを浮かべて机の上の埃を払う。司法機関の実力部隊の部隊長の隊長の机には似合わない積もった鉄粉がばらばらと部屋のタイルの上に落ちる音が響いた。そのまましばらくの沈黙が暗い部屋の中に続く。そして再び人工的な音声が始まる。
『そうなると……あの物体の破壊は難しくなりますね。神前じゃあ最悪の事態を防ぐので精一杯でしょう』
「まあな。東和宇宙軍じゃもうすでにあれは無かったことにするつもりらしいが……俺が作った訳じゃないし、壊してくれと頼まれた訳じゃ無いからな。あれの今の持ち主のアドルフ・ヒトラーファンクラブの連中の目的は阻止するがそこから先はテメエで処分しろって言うのが俺の立場だ」
『でもそうなると……インパルス砲搭載艦を彼等……ルドルフ・カーンのシンパですが、彼等が回収することになりますよ?』
さすがに投げやりな上司に呆れたというように呟く人工音に嵯峨は満面の笑みを浮かべる。
「それこそ『そいつは俺の仕事じゃねえ』ってところだな……ああ、そう言えばあの砲台。連中は『フェンリル』とか呼んでるらしいぜ……北欧の神の体を半分食いちぎったでかい狼。インパルス砲の想定される最低出力で衛星軌道上から地球を撃つとスカンジナビア半島が半分消し飛ぶらしいからねえ……言い得て妙だ」
『ただ……彼等が狙うのは地球ではなく……』
人工音の遮る声に嵯峨は頬杖をつきながらうなづく。
「そんなのは馬鹿でも分かる。狙いは遼北と西モスレムの国境地帯。両者の核は現在は臨戦態勢を解除したばかりだ。突然の破壊が国境で起これば間違いなく地殻の奥の鉛のシェルターの中のミサイル基地からは佃煮にするほどの厄災があふれ出るわけだ……迷惑極まりない話だねえ……」
のんきにつぶやく嵯峨の言葉に人工音は再び沈黙した。
『口では他人事を気取るが……』
「本心なんだけど」
『あなたが本心を口にする?その方が不自然だ』
吉田の言葉に嵯峨は満足げに頷くともみ消したタバコを取り上げる。そして丁寧に先を元に戻してライターで火を付けた。
「それじゃあ俺が我等が騎士殿に期待していることもお見通しって訳だ」
『クバルカ中佐なら上手くやりますよ』
あわせたような言葉に嵯峨はがっくりと肩を落とす。
「ああ、アイツの機体は今回は07式だからねえ……ホーン・オブ・ルージュの出撃はねえよ」
『え?』
人工音のあげた突然の驚きの声に嵯峨は満足げにうなづく。
「我等が騎士殿とはすなわち遼南青銅騎士団団長、ナンバルゲニア・シャムラード中尉のことだ。当然副団長も協力してくれますよね?」
当然のように笑みを浮かべる嵯峨。人工音は押し黙り沈黙が続く。
『あなたは……菱川と敵対しますか?協力関係を築きますか?』
主導権を握られまいと苦渋の決断を迫るように発せられる人工音。ただ苦々しげに嵯峨は臭い煙を肺に流し込む。
「それがお前さんの協力条件か……俺の答えはどっちとも言えないって奴だが……敵対できるほど俺の足下は盤石じゃねえし、無条件で協力するほどお人好しでも無い……そんな選択無意味だな」
あっさりと質問をかわされて再び吉田の言葉は止まった。嵯峨はただ人工音が響くのを待ちながらゆっくりとタバコをふかす。
『俺は……シャムに従いますよ……それが……』
「おっと!皆まで言うなよ。俺は野暮天にはなりたくねえから」
嵯峨はそれだけ言うと静かに端末の電源を落とした。
「これでこちらのカードは揃った……あとは俺にツキがあるかどうかだが……」
ちらりと部屋の脇を見る。並んでいる仏像、その一つ帝釈天の涼やかな目に嵯峨の瞳が引きつけられた。
「四日後は塀の中か……片付け……しようかねえ」
気が進まないというように眉をぴくりとふるわせた後、嵯峨は隊長の椅子から重い腰を持ち上げることになった。
『俺だってアイツとは遼南内戦からの付き合いですよ。もう十年以上になるんだから信じてますよ』
モニターの中の精悍なひげ面に笑みが浮かぶ。遼北と西モスレムの国境ライン上。現在は同盟機構軍との名称の東和、胡州、大麗、ゲルパルトの各軍が増派されて両軍の戦力引き離し作戦に従事している最中だった。
そんな中で暇を見つけて前の所属の所属長である嵯峨に連絡を入れるというまめなところがこのアブドゥール・シャー・シン大尉の良さでもあり、その連絡の入った時間が深夜の10時を回っているというところが少し抜けたところでもあった。
「なあに、世の中大丈夫なんて言えることはそう無いものさ。俺だって明日はどうなるか……」
『身から出た錆だと言ってみせるんですか』
「まったく昔から口の減らない奴だ。まあそんなところだが……良いのかい? それなりに忙しいんだろ?」
嵯峨の言葉にシンは」思わず背後を振り向く。軽く誰かに手を振るとすぐにモニターに目を向ける。
『まあ私の仕事は休戦状態の維持ですから……これからは施設運営や兵站部門の皆さんのお仕事ですよ。今後は撤収準備と今回の事件でキャンセルになった訓練メニューの組み直しが当面の仕事です』
「いい話だな。俺等みたいな物騒な連中は訓練のことだけ考えてられれば世の中はうまくいっているってことだ。それが一番だ」
そう言うと嵯峨は慣れた手つきでタバコを取り出し素早く安いライターで火を付ける。隊長室に漂っている煙の中にさらに濃い煙が流れ込んで渦を巻く様を呆然と眺める。
『ああ、それと……ご配慮いただきありがとうございました』
これまでの自信に満ちた鋭いシンの目つきが穏やかなものに変わるのを横目で見ながら嵯峨はにやりと笑った。
「何が?」
『一族の身柄の安全を国王に直訴していただいたそうで……それまではデモ隊が十重二十重に取り巻いて投石だの火炎瓶を投げるだの騒然としていたようなんですが……』
「ああ、あれか?」
明らかにシンがいつかはその話を持ち出すのを分かっていると言うような表情で嵯峨は付けたばかりのタバコの火をもみ消した。
「俺はそう言うのが許せない質でさ……親類に国家の敵が居るとか言って騒ぎ出す奴……お前は何様なんだよって突っ込みを入れたくなるんだよ。まあ俺の場合は一太刀袈裟懸けにして終わりって言う方法が好きなんだけどね」
『奥様のことですね……』
シンの顔が安堵から同情へと色を変える。その表情を見るのがあまりにつらいというように嵯峨は隊長の椅子を回して画面に背を向けた。
嵯峨の妻エリーゼはゲルパルト貴族シュトルベルグ伯爵家の息女として当時西園寺家の部屋住みの三男坊、陸軍大学の学生をしていた嵯峨の元へと嫁いできた。
貴族の軍学校、高等予科学校の同窓である、赤松忠満や安東貞盛、そして海軍兵学校の学生でありながら、すでに日本画家として胡州では広く知られていた斎藤一学と言った悪友達と遊び回る自分が、どれほど妻に心配をかけたかは嵯峨は娘の顔を見ると時々思い出されることがあった。
そのまま陸軍大学を首席で出た嵯峨だが、本来なら陸軍省の本庁勤めからエリートコースを走るのが過去の先輩達の進んだ道であり、嵯峨もそうなると思っていた。だが、嵯峨の義父である西園寺重基の存在が彼の運命を変えた。
軍のトップに批判的だった、前首相の義父の存在が嵯峨を出世コースからドロップアウトさせることになった。彼の初の配属先は東和共和国大使館付き二等武官と言う中央から遠く離れた任地であり、軍の上層部に顔を売る機会はその後一生訪れなかった。
遼南中興の祖ラスバ暗殺を仕掛けるほどの野心家で知られた重基だが、その後の国内情勢がさらなる拡大戦争を欲求し始めた段階で政界を去り、その潮流に乗って民衆を煽り立てる新進政治家達への苦言を呟く日々を綴っていた。しかしコロニー国家として成立し、コロニー建設者である領邦領主に絶大な権限が与えられる胡州において、摂州・泉州二州を領する四大公家筆頭の当主の嫌みは常に公的な側面を持つものだった。
日々、自称憂国の士が懐に短刀を携えて来訪しては警備の警官に逮捕される日々。嵯峨の兄で次期当主として外務官僚をしていた義基も、孤立主義に走る同盟国ゲルパルト共和国と共に反地球同盟を結成した政府を皮肉る父重基の発言をきっかけとして、外務省から出勤停止の処分を受けて謹慎の身の上にあった。
そんな中、当時は西園寺新三郎と名乗っていた嵯峨は不安を胸に新妻を連れて、初の任地東都へと旅だった。
東都での彼の任務は東和の胡州・ゲルパルト陣営への引き込みの可能性の調査というものだった。絶対中立主義の東和にそんな可能性が無い事は分かり切っていた。若かった嵯峨はすぐに仕事に絶望した。彼は大使館に出勤するのはそこそこに、趣味の剣術や書画骨董の蒐集に明け暮れ、エリーゼもまた自由で闊達な東和の雰囲気を楽しんでいた。
やがて娘、茜が生まれ、西園寺家預かりとなっていた絶家となった四大公家の一つ嵯峨家を再興して惟基と名乗り変えた頃、時代は大きく動き始めた。
胡州陣営はさらに嵯峨の仇敵とも言える嵯峨の実父、カバラ帝を説得して遼南を自陣営に加えるとそのまま地球諸国に宣戦を布告、第二次遼州大戦が始まることになる。
嵯峨は東和の中立を変えられなかった責を問われた。元から不可能だったとはいえ、陸軍省本庁の椅子は完全に遠いものとなるには十分な出来事だった。開戦記念とも言える昇進で外務中尉から憲兵大尉に配置換えをされた嵯峨は、そのまま自国の治安を維持することもままならない遼南帝国へと転属になった。
妻のエリーゼと娘の茜はそのまま東都から民間機で胡州、帝都の四条畷港へと帰路を取った。東和を追放になって帰国した客で混雑する四条畷港で二人は家臣も連れずに雑踏の中のターミナルを徘徊していた。
そこに待ち受けていた西園寺重基と姪のかなめの姿を見てエリーゼが手を振った次の瞬間、杖に頼るばかりに老いさらばえていた西園寺重基の隣にあった鉢植えのゴムの木が遠隔操作の爆弾で爆発した。
とっさに娘をかばったエリーゼは全身に爆弾の破片を受け、ほぼ即死という有様だった。重基は片足を失い、かなめは全身の九割を失って義体の世話になることになった。
自分を狙ったテロで多くを失ったショックで西園寺重基そのまま死の床につく。
そんな軍関係に奉職する人間なら知っている過去を思うとシンはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なあに……俺だって遼南の外事憲兵隊時代はレジスタンスの幹部をあぶり出すのに同じ手を使ったからな……意志が強いと自負している連中はいくら本人を追い詰めても無駄なもんだよ。そういうときは周りから攻める……実直すぎるお前さんの性格からしたら許せないかもしれないが、それが憲兵や工作員の仕事って奴さ」
『恐縮です』
照れ笑いを浮かべるシンに嵯峨はただ乾いた笑みを浮かべていた。
『それじゃあ無駄話もなんですから……それと絶妙のタイミングでの西モスレム、遼北のネットワークに対するクラッキング。吉田少佐に世話になったとお伝えください』
「俺もそう言いたいんだけどさ……本人が追われる身じゃあ礼も言えないか……まあ会ったら伝えとくよ」
とぼけたような嵯峨の言葉に軽く敬礼するとシンはそのままいつものように唐突に通信を切った。
「さてと……まあ俺も近いうちに公安に出頭するか……それともあちらが出向いてくるか……」
独り言を言いながらそのまま隊長の椅子に身を投げる嵯峨。上着代わりに羽織っているどてらの中のネクタイを持ち上げる。もうすでに二週間、ねぐらのアパートには帰っていない。
「あと四日か……汚れてるなあ……」
そう言いながら静かにネクタイをどてらの中に滑り込ませると静かに目をつぶった。一瞬目を閉じたがその目が静かに見開かれた。
「いい加減……のぞき見は止めてくれないかな」
人の気配のない隊長室に響く珍しく張りのある嵯峨の声。それに反応するかのように先ほど消えた隊長用の通信端末のモニターに電源が入った。
『のぞき見……確かにそうかも知れませんね』
静かに響く人工的な声。嵯峨はその相手が分かり切っているというようにただにやけたまま画面を見つめていた。
「まあ……仕事はちゃんとしてくれているからさ……ただ俺の迷惑になりそうなことなら事前に言ってくれりゃいいのにねえ。そんなに信用おけないかね」
『信用?あなたが信用に足る人物かどうかはご自分が一番よく分かっているんじゃないですか?』
「違いねえや……」
嵯峨は力なく笑う。通信はつながっているのに画面は映らない端末にデータの着信を告げる音声が響く。
『俺が指名手配中に集めたデータです……お役に立てば……』
「菱川の御大将の正体と奴のもくろみに関するデータ。それに俺達が四日後に出かける演習先に浮いているあの物体に関する報告か?じゃあもういらねえなあ」
嵯峨の意外な反応に音声の主、吉田俊平は沈黙しなければならなくなった。
「あれだろ?宇宙に浮いている1.5kmのあの巨大な物体。そしてお前さんが手配されるきっかけとなったインパルス砲の設計図……話がつながった訳か……。そして菱川の旦那は俺達がその破壊に成功しようがしまいがゲルパルトのネオナチの残党相手に丸儲けをする仕組み作りを完了している……要はその裏付けと金のやりとりの通信記録ってところだろ?どうせ証拠じゃ使えねえよ。見たって自分がふがいなく感じるだけだ」
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卑屈な笑みを浮かべて机の上の埃を払う。司法機関の実力部隊の部隊長の隊長の机には似合わない積もった鉄粉がばらばらと部屋のタイルの上に落ちる音が響いた。そのまましばらくの沈黙が暗い部屋の中に続く。そして再び人工的な音声が始まる。
『そうなると……あの物体の破壊は難しくなりますね。神前じゃあ最悪の事態を防ぐので精一杯でしょう』
「まあな。東和宇宙軍じゃもうすでにあれは無かったことにするつもりらしいが……俺が作った訳じゃないし、壊してくれと頼まれた訳じゃ無いからな。あれの今の持ち主のアドルフ・ヒトラーファンクラブの連中の目的は阻止するがそこから先はテメエで処分しろって言うのが俺の立場だ」
『でもそうなると……インパルス砲搭載艦を彼等……ルドルフ・カーンのシンパですが、彼等が回収することになりますよ?』
さすがに投げやりな上司に呆れたというように呟く人工音に嵯峨は満面の笑みを浮かべる。
「それこそ『そいつは俺の仕事じゃねえ』ってところだな……ああ、そう言えばあの砲台。連中は『フェンリル』とか呼んでるらしいぜ……北欧の神の体を半分食いちぎったでかい狼。インパルス砲の想定される最低出力で衛星軌道上から地球を撃つとスカンジナビア半島が半分消し飛ぶらしいからねえ……言い得て妙だ」
『ただ……彼等が狙うのは地球ではなく……』
人工音の遮る声に嵯峨は頬杖をつきながらうなづく。
「そんなのは馬鹿でも分かる。狙いは遼北と西モスレムの国境地帯。両者の核は現在は臨戦態勢を解除したばかりだ。突然の破壊が国境で起これば間違いなく地殻の奥の鉛のシェルターの中のミサイル基地からは佃煮にするほどの厄災があふれ出るわけだ……迷惑極まりない話だねえ……」
のんきにつぶやく嵯峨の言葉に人工音は再び沈黙した。
『口では他人事を気取るが……』
「本心なんだけど」
『あなたが本心を口にする?その方が不自然だ』
吉田の言葉に嵯峨は満足げに頷くともみ消したタバコを取り上げる。そして丁寧に先を元に戻してライターで火を付けた。
「それじゃあ俺が我等が騎士殿に期待していることもお見通しって訳だ」
『クバルカ中佐なら上手くやりますよ』
あわせたような言葉に嵯峨はがっくりと肩を落とす。
「ああ、アイツの機体は今回は07式だからねえ……ホーン・オブ・ルージュの出撃はねえよ」
『え?』
人工音のあげた突然の驚きの声に嵯峨は満足げにうなづく。
「我等が騎士殿とはすなわち遼南青銅騎士団団長、ナンバルゲニア・シャムラード中尉のことだ。当然副団長も協力してくれますよね?」
当然のように笑みを浮かべる嵯峨。人工音は押し黙り沈黙が続く。
『あなたは……菱川と敵対しますか?協力関係を築きますか?』
主導権を握られまいと苦渋の決断を迫るように発せられる人工音。ただ苦々しげに嵯峨は臭い煙を肺に流し込む。
「それがお前さんの協力条件か……俺の答えはどっちとも言えないって奴だが……敵対できるほど俺の足下は盤石じゃねえし、無条件で協力するほどお人好しでも無い……そんな選択無意味だな」
あっさりと質問をかわされて再び吉田の言葉は止まった。嵯峨はただ人工音が響くのを待ちながらゆっくりとタバコをふかす。
『俺は……シャムに従いますよ……それが……』
「おっと!皆まで言うなよ。俺は野暮天にはなりたくねえから」
嵯峨はそれだけ言うと静かに端末の電源を落とした。
「これでこちらのカードは揃った……あとは俺にツキがあるかどうかだが……」
ちらりと部屋の脇を見る。並んでいる仏像、その一つ帝釈天の涼やかな目に嵯峨の瞳が引きつけられた。
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戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
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*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
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