レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
1,170 / 1,557
第10章 引っ越し準備

知られたくない部屋

しおりを挟む
 昨日のかなめの怒鳴り声が耳から離れない。そんな状態でゆっくりと誠は目を開ける。ドアを叩きつける音にようやく気がついて起き上がると、そのままベッドから降りて戸口に向かう。太陽はまだ窓から差し込める高さではない。頭をかきながらドアを開けた。

「おせえんだよ!さっさと着替えろ!」 

 そこには島田と菰田がジャージ姿で突っ立っていた。珍しい組み合わせに誠は目を疑った。

「それとこいつ。返しとくぞ」 

 寝ぼけた目で菰田から渡された三冊の雑誌に目をやる。この前のコミケで買った18禁同人誌だと確認すると自然と意識が冴え渡った。

「どうしてこれを……」 

「あのなあ、お前がよこしたんだろ?部屋にあるとこれからくる女性陣に見つかるとか言って『図書館』に持ってきたじゃないか」 

 誠はようやく事態が飲み込めた。

 西館の二階の三つの空き間。男子寮に於いては『図書館』と呼ばれる特別な部屋があった。

 そこは一言でいえばエロの殿堂である。その手の雑誌、ゲームや動画のディスクなどが山ほど保存されている。寮では階級によってそこの使用可能時間が決められており、誠も何度か利用したことはあった。

「あそこに来るんですか?西園寺さん達は?」 

 正直、誠は呆れていた。寮の住民も必要な時以外は近づかないようにしている聖域である。そこに女性のしかも士官が住み着くことになるとは想像もつかない。

「だから急いでるんだ。お前は少ないから良いがこいつは……」 

 島田は含み笑いをしながら菰田を見つめる。

「うるせえ、とっとと着替えて来い!」 

 そう言うと菰田が力任せにドアを閉めた。

 もしあの部屋の以前の役割を知ればかなめは激怒し、カウラは呆れ、アメリアはにんまりと笑って寮の住民をゆするに違いない、

 誠はとりあえずTシャツにジーンズと言うラフなスタイルで『図書館』に向かった。

「消臭剤はどうした!」 

「西が買いに行ってます!」 

「急げよ!島田!サラはどう動いてる」 

「さっき電話した時は起きたばかりだったみたいだから3時間くらいはどうにかなるぞ!」 

 そこはまるで戦場である。島田と菰田が仕切り、『図書館』の中に入る。畳の下からダンボールを次々と運び出す管理部の面々。据えつけられた端末のコードを巻き取っているのは技術部員達だ。

 しかし、誠が『図書館』に入ったとたん饐えた匂いが鼻についた。見たものの不信感を増幅させるような積み上げられたティッシュペーパーの箱が卑猥な雰囲気を醸し出す。

「島田先輩。本当にここでいいんですか?」 

 誠はそう言いながら部屋を見渡す。正直この部屋にあの三人を入れるとなればどんな制裁が自分に加えられるかと想像しながら誠は島田の表情を探る。

「大丈夫だって。この部屋の存在は寮の男子隊員共通の弱みだ。誰もこの部屋のことは知られたくないはずだからな」 

「そうよねえ。知られたくないわよねえ」 

 島田と誠が振り向いた先には満面の笑みのアメリアと、消臭剤を買ってきたばかりの西からスプレー缶を取り上げているかなめ、そしてこめかみに指を当てあきれているカウラの姿があった。

「貴様等、私達にここに『住め』というわけか?」 

 見開いた目を島田と菰田に向けるカウラに二人は目を見合わせてすぐさまうなだれた。

「菰田ちゃん。そこのゲーム一山で手を打つってのはどうかしら。パートの白石さんがこの部屋を見たら……さぞ面白いショーが見れそうね」 

 周りで呆然としている隊員を尻目にアメリアはそこにあるエロゲーのジャケットを物色する。

「アホだなオメエ等」 

 かなめは西から取り上げた消臭スプレーを撒き散らかしている。

「それはですねえ……」 

 島田は完全に追い詰められた。じりじりと彼の額に浮かぶ汗は暑さのせいではないだろう。

「間違えました!この下の階です!」 

 苦し紛れに島田が叫ぶ。

「それにしちゃあずいぶん必死じゃねえか」 

 周りで隊員達は冷や汗を流している。気分で暴れるかなめは彼らにとっては天敵である。とりあえずどうすれば彼女から逃げれるか必死に考えている姿は今の誠にも滑稽に見えた。

「ここじゃあ無いのならそこに案内してくれ」 

 額に手を当てたカウラの目線が誠に注がれ、彼もまた苦笑いを浮かべた。

「良いんですか?あそこって日が当たらないからカビとか……」 

「文句は言うな!他に部屋が無いんだからしょうがないだろ!」 

 誠に島田が耳打ちする。菰田は複雑な表情で三人を案内する。一階の西館。日のあたらないこの部分は明らかに放置されていた区画だった。階段を下りるだけでもその陰気な雰囲気は見て取れた。

「島田、あご砕いて良いか?」 

 かなめはそう言いながら指を鳴らしている。カウラも半分はあきれていた。アメリアは『図書館』に未練があるように上の階を眺めている。

「大丈夫ですよ!ここは元々豊川紡績の女子寮だったんですから、西館には女子トイレもありますし……」 

「苦しい言い訳ね」 

 アメリアの声が陰気な廊下に響く。『図書館』の改装が無駄に終わることが決まった寮の住人がその後に続いて階段を下りていく。まずは一番階段に近い部屋。島田は鍵を取り出すと扉を開けた。

 意外にもカビの臭気は漏れてこなかった。島田を先頭に菰田、カウラ、かなめ、アメリア、誠が部屋に入っていく。部屋には奇妙な冷気以外は特に問題はなさそうに見えた。

「意外と良い部屋じゃねえか。西日が当たるのかね、畳が焼けてるみたいだけど……」 

「畳は近日中に入れ替えます!」 

 かなめの投げた視線に、悲鳴にも近い調子の島田の声が響いた。

「でも何でここじゃ駄目だったんだ?」 

 カウラは特に痛みもない壁を見回している。

「そうよねえ。あそこの匂いがそう簡単に取れるとは思ってなかっだでしょうに。ああ、かなめちゃんはタバコを吸うから関係ないか」 

「一言多いんだよ!馬鹿が」 

 かなめはそう言うといつものようにアメリアの腿を蹴り上げる。

「蹴ることないでしょ!」 

 太ももを押さえながらアメリアがかなめをにらみつける。

「島田先輩。もしかして……」 

「幽霊が出るって言う落ちはつまらねえから止めとけよ」 

 かなめは天井からぶら下がる蛍光灯に手を伸ばしながらつぶやく。

「やっぱりその落ち、駄目ですか?」 

 開き直った島田がドアを蹴飛ばしている。 

「やっぱりそうなのね」 

「もう少し面白いネタ用意してくれよ。つり天井になっているとか」 

「それのどこが面白いんだ?」 

 三人に日常生活を破壊されている誠から見れば、アメリア、かなめ、カウラの発言は予想通りのものだった。

「島田先輩、言ったとおりじゃないですか。この三人がそんなこと気にするわけないって」 

 そう言いながら西は買ってきた消臭スプレーを撒いて回る。 

「そうだよね……」

 女子は幽霊を怖がるものと言う自分の彼女のサラを基準とした考え方を改めざるを得ない島田だった。

「幽霊……写真撮ったら一気にネットで人気者ね!」

「アメリア、幽霊なんていないぞ」

 いかにも嬉しそうなアメリアとそれをなだめるカウラ。かなめはと言えば日に焼けた畳が気になるようで、中腰になった畳を右手でなでていた。

「たしかに西園寺さん達なら平気ですよね、幽霊くらい」

 誠の一言にかなめが怒りの目でにらみ付けてくる。

「なんでそこでアタシなんだ?」

「いや……その……あの……」

 口ごもる誠をしり目に安心したように菰田が部屋をのぞき込む隊員達に目配せした。それまでこの部屋に伝わる因縁話を気にして部屋に入るのを躊躇していた男子隊員達は、かなめ達の落ち着きに励まされるようにして部屋に駆け込むと手にしたはたきやほうきで掃除を始めた。

「ったく下らねえことばかりやってないでオメエ等も働け」

 そう言ってかなめは思い切り島田の尻を蹴り上げた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...